村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

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菅義偉官房長官の記者会見は、記者の質問は事前通告されていて、菅長官はカンペを読むだけです。
しかし、首相になると、国会質問で野党はあの手この手で攻め立ててきますから、臨機応変の答弁能力が必要です。
自民党総裁選に立候補してから、菅氏の答弁能力について早くも各方面から疑問の声が上がっています。

9月8日、「news23」(TBS系)に自民党総裁選に立候補した岸田文雄、菅義偉、石破茂の三氏が出席し、討論会が行われましたが、改憲問題について質問された菅氏は、「自衛隊の立ち位置というのが、憲法のなかで否定をされている」「憲法改正のなかで、自衛隊の位置づけというものを盛り込むべきだ」と言いました。

私はたまたまこの場面を見ていて、「自衛隊は憲法で否定されている」というのはあまりにもお粗末な失言だなと思っていたら、翌日の記者会見で菅氏は「発言は言葉足らずだった」と釈明し、「憲法に違反するものではないというのが政府の正式な見解だ」と訂正しました。

民間の改憲派は「自衛隊は憲法違反だから改憲を」と主張できますが、政府は自衛隊合憲論ですから、政府関係者はそんなことは言えません。安倍首相も「憲法学者の多数が違憲だと言っている」などと苦心した言い回しをしてきました。

菅氏がこんなお粗末な失言をするのは、憲法九条改正によほど興味がないし、やる気もないからだろうと私は思いました。


9月9日には自民党の青年局・女性局主催の、三候補が出席しての公開討論会が行われました。
これは「討論会」と銘打っていますが、三人が互いに議論することはなく、会場からの質問に三人がそれぞれ一分以内で答えるという「三人そろっての質疑応答」というべきものでした。

質問は「代表質問」と「自由質問」に分けられ、「自由質問」は各地方の青年局・女性局の人が現地からリモートでするというものでした。
「自由質問」と言うぐらいですから、質問者が自由にするものかと思ったら、そうではなくて、やはり事前通告されていました。
なぜそれがわかったかというと、菅氏が答えながら下を見て、なにかを読んでいたからです。
ほかの二人はちゃんと前を見て答えていましたから、菅氏も同様にしていたら、次善通告があったとは気づかなかったでしょう(三人ともちょうど一分で答えをまとめていたので、その点から気づくこともできますが)。

それにしても、堂々とカンペを読まれたのでは、「自由質問」としている主催者の面目が丸つぶれです。

石破氏と岸田氏がカンペを読まずに答えられるのは、自分でカンペを書いたので、質問者が質問している間に数字や固有名詞だけ確認しておけば、あとは全部頭に入っているからでしょう。
ということは、菅氏は自分で書かずにスタッフに書いてもらっているのかもしれません。

そのせいかもしれませんが、菅氏は質問されたこととまったく違うことを答えるという場面がありました。
これは「ハフィントンポスト」の『「日本の好きなところを教えて」岸田文雄、石破茂、菅義偉の3氏の答えは?(自民党総裁選)』という記事に書かれているので、そこから引用します。

京都府連の学生部長から「日本の好きなところについて教えてください」という質問がありました。
それに対して、岸田氏は「外務大臣として国の外から日本を見てきたが、みんなで助け合う国民性は世界に誇りうるものである」ということを述べました。
石破氏は「皇室というありがたい存在は日本にしかない」と言ったあと、「歴史、地域、家族をたいせつにするところ、とりわけふるさとをたいせつにするところが日本の素晴らしいところだ」と述べました。

そして、菅氏が語ったのは次の通りです。
なんといっても私は、秋田で生まれて高校まで育ちました。まさに、人間・菅義偉を育ててくれたのは、ふるさと秋田だと思っています。
そして、横浜で政治家の人生をスタートしました。政治家として私を育ててくれたのは、この横浜であります。
私はまさにこの、世代を大切にしたい、また地方を大切にしたい、そういう思うの中で地方を原点とした政治を今行っております。

「日本の好きなところについて教えてください」という質問の答えになっていません。

なぜこんなことになったのかと考えると、おそらくカンペがなかったのでしょう。「日本の好きなところについて教えてください」という素朴な質問には、本人が思った通りに答えればいいので、スタッフもカンペを用意しなかったのだと思われます。

で、この質問に対して、岸田氏は自分の外務大臣の経験から語り始め、石破氏は最初に「私は保守主義って、イデオロギーだと思っていないんですね。それはある意味、感性だと思う」とかましてから、皇室のことを言いました。それぞれ個性の出た話でした。

菅氏はそれに対抗しなければと思ったのでしょう。自分の唯一のアピールポイントである、秋田から上京してきた話をしました。
そうすると、「日本の好きなところ」として、田舎の自然の美しさとか、田舎の人の人情とかを挙げるのが普通です。
しかし、菅氏はなにを質問されたかを忘れてしまって、「秋田から出てきたのが私の政治家としての原点だ」といういつもの話をしたのです。

話している途中で質問を忘れるというお粗末ですが、カンペがないとこんなことになります。


菅氏だけしょっちゅう下を見ながら話しているのはYouTubeで確かめられます。


(「日本の好きなところは」という質問は38分ごろから)


総理大臣は記者会見や国会などで国民に向かって語りかけることもだいじな仕事です。
菅氏は大丈夫でしょうか。

菅ブログ
すが義偉オフィシャルブログより

次期総理大臣として本命視される菅義偉官房長官は、これまでの言動を見ていると、これといった政治理念のない人のようでした。
しかし、菅氏は総裁選出馬表明の記者会見とそのあとのテレビ出演で、何度も「自助・共助・公助の国づくりをしていきたい」と語りました。
「自助・共助・公助」というのが菅氏の政治理念のようです。

菅氏は9月5日、自身の公式ブログで総裁選の政策発表を行い、その見出しも「自助・共助・公助、そして絆 〜地方から活力あふれる日本に!〜」となっています。

「自助・共助・公助」というのはよくできたキャッチフレーズだと思ったら、防災対策の基本理念にある言葉でした。
それを丸パクリしたようです(防災の基本理念をつくるのに菅氏がアイデアを出したという可能性もないではありませんが)。

「自助・共助・公助」というのは、災害時にはこの三つがうまく機能することがたいせつだということです。とりわけ大規模災害時には、行政の「公助」が迅速には対応できないので、みずから行動する「自助」と、地域で助け合う「共助」がたいせつになります。


菅氏は災害時の理念を平時の理念に転用しています。
「絆」という言葉も、東日本大震災のときによく言われたものです。

菅氏は災害時と平時の区別がつかないのかというと、そんなはずはありません。
要するに国民は災害時のつもりで、できる限り「公助」を当てにせず「自助」と「共助」でなんとかしろと言いたいのでしょう。
為政者としてはなんとも虫のいい考えです。


菅氏を擁護する人もいるでしょう。
「自助」も「共助」もたいせつなことだから、菅氏が主張するのは当然だという具合です。

しかし、たいせつなことは国民もわきまえています。政治家に言われる筋合いはありません。
政治家の役割は、「公助」の部分です。政策として掲げるのは「公助」をどうするかということで十分です。


「自助がたいせつ」というのは要するに道徳です。
政治家が国民に道徳を説くのは自民党の伝統です。

菅氏は秋田県の農家に生まれ、高卒で集団就職で上京してきたと自身の経歴を語りましたが、新潟県出身の田中角栄首相を連想した人も多いでしょう。
田中角栄首相は首相になるとすぐ、「五つの大切、十の反省」なる道徳を国民に提示しました。
これは「人間を大切にしよう」「 自然を大切にしょう」とか「 友達と仲良くしただろうか」「 お年よりに親切だったろうか」といった、当たり前すぎるというか、あまりにくだらないものだったので、国民の総スカンを食い、たちまち葬り去られてしまいました。

田中首相は教育勅語を真似したのでしょう。
自民党はずっと教育勅語の復活を目指してきました。

西洋社会では、道徳はキリスト教と結びついていました。
明治政府はそれを真似て、天皇と結びついた教育勅語をつくりました。
現人神の権威で国民に道徳を説いたわけです。
そのため、道徳と宗教が結びつくのは普通のことですが、日本では道徳と国家が結びつくという奇妙な伝統ができました。

戦後、教育勅語は失効しましたが、自民党は為政者が国民に道徳を説いた時代が忘れられず、教育勅語の復活と道徳教育の復活を目指してきて、道徳教育の教科化までこぎつけました。

菅氏もこうした自民党の伝統にのっとっているのでしょう。
しかし、民主国家の政治家のあり方ではありません。

ですから、菅氏が「自助・共助・公助」や「絆」を説くのを見て、「立派なことを言っている」などと反応するのは愚かです。
「国民をバカにするな」とか「何様のつもりだ」というのが正しい反応です。

菅長官
首相官邸HPより

菅義偉官房長官が総裁選出馬表明をしたのは、自民党内の派閥のほとんどが菅長官支持で固まったあとでした。
すべてが水面下で決まる、いかにも自民党らしい展開です。

菅長官は出馬表明の記者会見で「安倍路線の継承」を言明しました。
ということは、首相の顔が変わるだけで、なにも変わらないのでしょうか。
いや、そんなことはありません。この8年間で「安倍路線」そのものが変化しているからです。


安倍路線を簡単にまとめると、経済はアベノミクス、外交は対米従属、内政は保守イデオロギーです。
この中でいちばん大きく変化したのは内政の保守イデオロギーの部分です。

安倍首相は表向き憲法改正を最大の目標にしていましたが、ついに果たせませんでした。長期安定政権においてもできなかったのですから、改憲は不可能という決論が出たと見ていいでしょう。

靖国参拝も重要な目標で、安倍首相は第一次安倍政権のときに靖国参拝ができなかったことを「痛恨の極み」として、第二次政権では靖国参拝を公約として掲げていました。そして、2013年12月26日に電撃的に参拝しましたが、内外から大きな反発が起きて、それ以降は一度も参拝していません。

慰安婦問題についても、安倍首相は「強制連行はなかった」と主張して韓国への謝罪を拒否していましたが、2015年の日韓合意で「おわびと反省の気持ち」を表明しました。

安倍首相が肩入れした森友学園は、子どもが教育勅語を暗唱し、軍服のような制服を着て整列行進するという軍国時代のような小学校をつくるはずでしたが、スキャンダルとともに幼稚園での軍国的教育が明るみに出て、国民の反発を買い、軍国教育の復活もとうてい不可能になりました。

つまり日本会議に代表される保守派が目標としてきたことは、ことごとく失敗に終わったのです。
もちろん国民の支持がないからでもあります。
安倍政権を評価する国民も、もっぱらアベノミクスと対米従属の部分を評価しています。

つまり保守イデオロギーは「安倍とともに去りぬ」です。


ですから、菅政権が受け継ぐのは、アベノミクスと対米従属だけということになります。
菅氏自身も、ウィキペディアを見ると日本会議国会議員懇談会や神道政治連盟国会議員懇談会などに参加していますが、保守イデオロギーを表に出すような発言は聞いたことがありません(韓国に対してはやたらきびしいことを言いますが)。

出馬表明の記者会見でも、菅氏がとくに強調したのは、洪水対策のためのダムの水量調節のことと、携帯料金の値下げのことでした。
自分の過去の業績として挙げたのも、ふるさと納税の成立、外国人観光客の誘致、農産品の輸出促進です(本人は言いませんでしたが「Go Toトラベル」前倒しもあります)。
つまり菅氏に関心があるのは内政であり、とくに地方のことです。
安倍首相の「美しい国」や「新しい国」のような国家ビジョンはありません。

劣化コピーという言葉がありますが、菅政権は安倍政権から保守イデオロギー色を抜いた“脱色コピー”です。


そうすると、これは国民の望む政権のようですが、そうはなりません。
安倍政権の大罪に「権力の私物化」がありますが、菅官房長官はその部分を中心になって担ってきたからです。
たとえば安倍首相は自分の保守イデオロギーから森友学園に不正に肩入れし、不正が明るみに出ると主に菅長官が隠ぺい工作をするという役割分担になっていました。
菅長官はまた、テレビ局に圧力をかけるのも平気ですし、記者会見のときに気に入らない記者を選別したりもします。

権力は、暴走しないように法令に従って行使するものと定められていますが、菅氏は法令の枠いっぱいに使ったり、恣意的に解釈したりして、権力を乱用したり私物化したりします。
このように超法規的にふるまう権力者は、いかにも権力者らしい権力者としてかえって国民の人気を博します。
世界の権力者の大勢はそうなっています。トランプ大統領、プーチン大統領、習近平主席、イギリスのジョンソン首相、ブラジルのボルソナロ大統領などがそうです。

安倍首相もその一人といえます。政策が評価されたというより、国会でヤジを飛ばすようなわがままなふるまいが支持されたのでしょう。

日本維新の会の松井一郎大阪市長、吉村洋文大阪府知事、橋下徹氏らを見ていると、なにか思想や目標があるわけではなく、権力者としてふるまうことが最大の目的であるように思えますし、そうした姿勢をけっこう支持する人たちがいます。


超法規的なふるまいをする権力者、わがままな権力者が国民に支持されるという現実を、今の知識人は受け止められないでしょう。

DV男が妻や子どもを支配している家庭で育った人間は、わがままにふるまう権力者を見ると父親のような親しみを感じます。
少し前までアンケート調査で体罰に反対より賛成のほうが多かったことを見てもわかるように、日本でもたいていの家庭で暴力はありますし、暴力とまではいかなくても、親は子どもに対してわがままにふるまっているので、権力者がわがままにふるまうことへの支持は広く存在します。
トランプ大統領は典型的なDV男のイメージなので、熱狂的に支持する人が多くいます。


左右対立というイデオロギーは無意味になって、今では権力への態度で政治的立場が分かれます。
DV男や強権的な権力者に依存するか、対等で民主的な関係を求めるかという違いが政治的対立の主軸になるのです。


今後、菅政権が発足すると、菅首相の強権的なふるまいゆえに支持する国民が出てくるでしょう。
政権批判と同時に、そういう国民も批判しなければいけません。

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権力者が権力の座を下りると、それまで隠されていた真実が次々と明るみに出て、かつての権力者は罪人となる――というのはよくあることですし、韓国の政治などは完全にそのパターンです。
安倍首相もそうなるだろうと漠然と思っていたら、どうやら様子が違います。

共同通信社が全国緊急電話世論調査を実施したのですが、「今月29、30両日の調査によると、内閣支持率は56.9%。1週間前の22、23両日の調査より20.9ポイント増加した」ということです。

首相退任が決まった内閣の支持率を調査するというのも妙なものですが、20ポイント超も上昇したのにはびっくりです。
病気を理由にした辞任に国民の同情が集まったのでしょうか。

田崎史郎氏はテレビコメンテーター界における安倍応援団の筆頭格です。こういう人は「安倍とともに去りぬ」になるのかと思ったら、このところテレビに出ずっぱりです。
ということは、安倍首相中心の支配構造は変わらないとテレビ局は認識しているのでしょう。


今後のことで安倍首相にとって困るのは、石破茂元幹事長が総裁選で勝利することです。
石破氏はこれまで安倍首相に迫害されてきましたから、安倍首相は石破氏に復讐され、それこそ罪人にされてしまうかもしれません。
しかし、今のところ明らかに菅義偉官房長官が有利な情勢になっています。
党員投票をやらない方向なのも、“石破つぶし”のためです。
ここまでは安倍首相が辞任を決めたときからのシナリオでしょう。

つまり安倍首相はキングメーカーになって、院政を敷くということになりそうです。


安倍首相は辞任の作戦が巧妙でした。
“難病”のイメージを徹底的に利用しました。
「病気で辞めるのならしかたがない」というだけでなく、「難病で辞めるのはかわいそう」というところまで持っていきました。

実際のところは、国会議員は辞めないのですから、病気であることもあやしいものです。
安倍首相はトランプ大統領やプーチン大統領と電話会談をしたりして、首相の仕事もちゃんとやっています。


安倍首相の「難病利用」によっていちばん迷惑をこうむっているのは、潰瘍性大腸炎の患者でしょう。
潰瘍性大腸炎になると治らない、仕事ができないというイメージになってしまいました。
それから、慶応大学病院にとっても迷惑です。処方した薬が効果を上げているのに首相を辞任されて、「慶応大学病院には治せなかった」というイメージになってしまいました。
実際のところは、潰瘍性大腸炎の治療法は進歩して、深刻化するケースは少なくなっているということです。

そもそも安倍首相は潰瘍性大腸炎を理由に第一次政権を投げ出し、その後、2012年の総裁選に出馬したときは、体調を不安視する周囲に対して、アサコールという特効薬が効いたとして「今はまったく問題がなくなった」と主張していました。
結局、また潰瘍性大腸炎を理由にして辞任するとは、どういう神経をしているのでしょうか。


安倍首相の場合、6月の定期健診で「再発の兆候」が認められ、8月に「再発が確認」されたということです。
なぜこの時期に再発したかというと、政権運営が行き詰まったストレスからでしょう。
ですから、今回の辞任は「政権投げ出し」だといえます。

しかし、よく考えると、「逃げの投げ出し」ではなく「攻めの投げ出し」であったようです。

普通、選挙は議員にとって大仕事ですから、衆院の解散は議員任期が残り少なくなってから行われるとしたものです。しかし、安倍首相はつねに野党の選挙準備が整わないうちに早めに解散総選挙を仕掛け、勝利してきました。
安倍首相は今回もその勝利の方程式に従い、「早めの辞任」を仕掛けたのでしょう。
ということは、菅総理大臣が誕生すると、早期に解散総選挙があるということが考えられます。
“安倍院政”なら当然そうなります。

いや、もっと長期的な戦略があるのかもしれません。
安倍首相は65歳、菅官房長官は71歳です。
自民党の総裁は3期までと決まっていますが、いったん辞めたあと再任を禁止する規定はないので、菅総裁のあと、また安倍氏が総裁になり、第三次安倍政権を発足させるということも可能です。

「難病利用の辞任」はあってはならず、安倍首相の潰瘍性大腸炎の症状はどの程度のものなのか明らかにされるべきです。

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辞任記者会見の安倍首相(官邸ホームページより)

安倍首相は8月28日、記者会見で辞意を表明しました。
第一次安倍政権のときに続いて二度目の唐突な「政権投げ出し」です。

潰瘍性大腸炎はストレスも症状悪化の原因です。
安倍首相は会見で「一議員として仕事をしていきたい」と言って、議員辞職は否定しました。
首相は務まらないが、議員としては務まるということです。
ということは、体の問題ではなく、「首相の重責」に耐えられないという心の問題ですから、「政権投げ出し」というしかありません。

ところが、マスコミは「政権投げ出し」という批判はほとんどしていません。
安倍首相のイメージ戦略に乗せられたようです。


安倍首相はこのところ「病気」というイメージを強く打ち出ししていました。

甘利明議員は、テレビ番組で安倍首相の「疲労蓄積」を心配し、「責任感が強く、自分が休むことは罪だとの意識まで持っている」と語り、麻生太郎財務相は「147日間休まず働いたら、普通だったら体調としては、おかしくなるんじゃないの」と語り、働きすぎが原因で体調を崩しているというイメージを広げました。
そして、8月17日、24日と続けて慶応大学病院に行ったときも、あらかじめマスコミに伝えました。そのためマスコミはずっと病院前に張り付いて、診察時間が「7時間半」と「4時間」だったと報じ、また病院に車で出入りする映像もニュース番組で流れました。
こうして「首相病気」のイメージを国民に植え付けたのです。

しかし、これはあくまでイメージです。
記者会見の言葉を聞いていると、辞任するほどの症状とは思えません。
首相官邸ホームページの「令和2年8月28日 安倍内閣総理大臣記者会見」から書き起こしてみます。
この8年近くの間、しっかりと持病をコントロールしながら、なんら支障なく、総理大臣の仕事に毎日、日々全力投球することができました。
しかし、本年6月の定期健診で再発の兆候が見られると指摘を受けました。その後も薬を使いながら全力で職務に当たってまいりましたが、先月中ごろから体調に異変が生じ、体力をかなり消耗する状況となりました。そして、8月上旬には潰瘍性大腸炎の再発が確認されました。
今後の治療として、現在の薬に加えまして、さらに新しい薬の投与を行うことといたしました。今週初めの再検診においては、投薬の効果があるということが確認されたものの、この投薬はある程度継続的な処方が必要であり、予断は許しません。
政治においては、もっともだいじなことは結果を出すことである。私は政権発足以来、そう申し上げ、この7年8か月、結果を出すために全身全霊を傾けてまいりました。病気と治療をかかえ、体力が万全でないということの中、たいせつな政治判断を誤ること、結果を出せないことがあってはなりません。国民のみなさまの負託に自信をもって応えられる状態でなくなる以上、なくなった以上、総理大臣の地位にあり続けるべきではないと判断いたしました。
総理大臣の職を辞することといたします。

投薬の効果が確認されたのに辞任するのは不可解です。

質疑応答において記者も「治療を続けながら執務を続行するという選択肢はなかったのか」と質問していますが、安倍首相は「間違いなくよくなっていく保証はない」「コロナ禍の中において政治的空白を出さないようにするにはこのタイミングで辞任するしかないと判断した」と答えています。

さらに、次期首相が決まるまで首相の座にあることに関して、「もちろんこの任にある限りですね、コロナ対策、責任をもって全力をあげていきたい。幸いにも新しい薬が効いてますので、しっかりと努めていきたいとそう思っております」と言っています。
つまりしばらく首相を続けていけるというのです。

では、なぜ今辞めたのかというと、
①改憲が不可能になって、この先やりたいことがなくなった。
②やり続けても経済も外交も改善の見込みがない。
ということからではないかと思われます。

やはり「投げ出し」です。
前回は追い詰められてギリギリで投げ出したのですが、今回は早めに投げ出したわけです。

いや、「早め」というのは間違いです。
ほんとうはもっと早く投げ出しているべきでした。
たとえば対ロシアの北方領土返還交渉について、今では二島返還すら不可能な状況になっています。これは外交の大失策として首相のクビが飛んで当然です。
ところが、マスコミの追及が甘いので、平気な顔で首相を続けてきました。
モリカケや桜を見る会でも安倍首相は辞任して当然でした。

本来は死んでいるはずの体を集中治療室に入れてさまざまな延命措置を施してきたものの、本人が長すぎる延命に嫌気が差して、今回安楽死ならぬ“安楽辞任”を選択したというところです。

もちろん“安楽辞任”などということはあってはならず、今後、安倍首相の外交や経済政策をきびしく検証し、モリカケ、桜を見る会の疑惑を徹底追及するべきです。

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