村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

スクリーンショット (24)
6月23日の記者会見

ジャニーズ事務所所属でNEWSの手越祐也氏(32歳)が記者会見し、事務所を退所して独立したことを発表しましたが、それを報じるマスコミがやたら手越氏に批判的です。
まるで手越氏が不祥事を起こして謝罪の記者会見をしたみたいです。

私はこれまで手越氏のことはほとんど知りませんでしたが、記者会見の様子を見て、とにかくよくしゃべる人で、よく行動する人だなと思いました。人脈も豊富なようです(昭恵夫人の私的「桜を見る会」にも参加していました)。
ウィキペディアの「手越祐也」の項目によると、「地球でトップ3に入るぐらいポジティブ」というのがほとんどキャッチフレーズとなっているそうです。
こういう人が軽薄に見えるのはしかたがありません。考えは浅くても、行動力で補うタイプです。

手越氏に不祥事がなかったわけではありません。今年4月、緊急事態宣言下で外出自粛要請中に女性らとパーティをしていたと報じられました。
手越氏は女性らと会食したことは認めましたが、「自分にとっては不要不急ではなかった」として、いろいろ弁明の言葉を述べました。この弁明が嘘くさかったということはあります。

それから、その弁明のときに「コロナウイルスをうつされても面倒くさいので」と言ったことにも非難が集中しました。
しかし、これも「面倒くさい」という言葉尻をとらえた非難です。私などは、若い人の中にはこういう感覚の人がいるのだなあと、視野が広がった気がしました。
新型コロナウイルスに対する感覚は、年寄りと若い人でぜんぜん違います。手越氏のように若くて元気な人が「面倒くさい」ととらえるのは当然です。マスコミはこういう感覚をこれまで排除してきたことを反省しないといけません。

手越氏は自粛要請に従わなかったと批判されていますが、自粛のやり方というのは各自が判断することです。
手越氏に対してはマスコミが「自粛警察」になっています。


それから、手越氏は事務所を辞めるいきさつについてほんとうのことを言っていないのではないかと非難されています。
手越氏は記者会見では「円満退所」を主張したようですが、記者会見に弁護士を同席させていましたし、事務所を辞める交渉にも弁護士が関わっていましたから、それほど「円満」であるわけがありません。

会見の冒頭で手越氏はこのように語っています。


僕はいまだにジャニーズ事務所、そしてNEWS、そしてファンのことは、心から大好きです。メンバーとの間にトラブルがあったことは1ミリもございませんし、もっと言うとジャニーズ事務所との間に大きなトラブルがあったということもありません。


「トラブルがあったことは1ミリもございません」と「大きなトラブルがあったということもありません」と、表現に差をつけています。
つまり事務所とは「大きくないトラブルはあった」ということです。

マスコミはこうした発言をスルーしています。

ほんとうに手越氏は事務所とのトラブルについて語っていないのか、改めて記者会見を詳しく見てみることにしました。




幸い会見の全文起こしのサイトがあったので、引用はそこからすることにします。

手越祐也 ジャニーズ退所会見【全文(1)】「トラブルは1ミリもなかった。早く自分の口で真実を伝えたかった」


会見の言葉から、事務所とのトラブルを示すような言葉を全部拾ってみました。

 で、ジャニーズ事務所というのは本当にファンを大事にする事務所なので、ファンクラブだったりとか、いまだにインターネットっていうところへあまりアクセスをしない、既存のファンだったりファンクラブだったりを大切にするっていうやり方をずっとやっているので、僕は先に新しいメディアだったりとか、これから来るであろう、まあこのコロナウイルスが来たからこそ世界の在り方が僕は変わると思っていて、変化しなきゃいけないタイミングが来てしまったと。

ちょっとわかりにくいですが、事務所はインターネットにあまりアクセスしていないが、自分は変化しなきゃいけないタイミングがきたのだと言って、そこに違いがあったことを明らかにしています。
ちなみにジャニーズ事務所は所属タレントが個人でSNSのアカウントを使って発信することを許可していません(今のところ唯一の例外は山下智久氏です)。

「円満退所」という言葉を使っているのは、次のところです。

 で、その中で双方の弁護士がやり取りをして、いろんな決めなければいけない事項とかもあるので、そういうものをやり取りして、6月19日付で、ジャニーズ事務所との、関係を円満退所ということで6月19日をもって私・手越祐也はジャニーズ事務所と契約が解除、円満退所という形になったというのが、ここまでの真実であり、

あくまで「円満退所という形になった」という表現です。

質疑応答になってから、「社長に会えなかった」ということを話します。


――メンバーは退所を納得している?

 3月にメンバーに話をして、その前に、ジャニーズ事務所のチーフマネージャーと、その上のテレビとかを仕切っている方には伝えてあったんですね。そのあとにメンバーに伝えました。

 で、次は、ジャニーズ事務所の現社長の(藤島)ジュリー(景子)さんに話をしにいくと。で、そこでの反応を見て。ジュリーさんにも色々考えられることってあると思いますので、話をして、そこできっとある程度、NEWSはどうするのかだったりとか、ジャニーズ事務所からの退所日も含めてどうするのかっていう返答があるんじゃないかと。でその後に、また返ってきたボールを持ってメンバーやレコード会社との会議に行くんだろうなと僕は思ってたんですけど、コロナウイルスの影響もあって事務所内でバタバタしたというのもあって、社長との話し合いがかなわなかったんです。

 で、かなわない中で、世間が言うステイホーム破り、手越キャバクラという報道をみて、その直後から、弁護士を入れての話し合いになってしまったので、そこから先メンバーに話せなくなってしまったんですね。もっとスムーズに社長に話に行けて、そこからリターンがあって、この先メンバーともさらに話し合いを深めていく、というふうになっていれば、たぶん3月末とか4月頭の段階ではメンバーともいろいろ話せたと思うんですけど、なかなかその事務所のお偉いさんクラスの後に、社長との話し合いになれなかったんですよ。

ほぼ同じことをもう一度言っています。


(自分にとってNEWSは)実家みたいなところだと思っていたので、メンバーとはさらに話し合いを続けていこうとは思っていたのですけれども、そのメンバーでの話し合いの中で、次に社長のところに話に行くというのはメンバーにも伝えていましたし、メンバーもきっと早く社長と話した方がいいんじゃないかっていうふうなことで一致していたので、チーフマネージャーだったり事務所の方には、早く社長に会わせてほしいと。早く話し合いがしたいって言ってたんですけれど。それがなかなか、かなわなかったんですよね。そのままずるずるいってしまったというのが今回のこの現状ですね。


社長が会わなかったのは事務所側の判断で、それがいいとも悪いとも言えませんが、手越氏はかなり不満だったようです。

滝沢秀明副社長についても語っています。

――辞める時に、副社長の滝沢さんともお話ししていない?

手越:はい。

――それに関してどう思うか。

手越:もちろん、本音を言っちゃうとショックだなというのはあります。こだわりを持ってジャニーズ事務所に、破天荒だけどもいたつもりだし。会ってほしかったというのが本音ではありますけれども。

事務所に対する不満も具体的に語っています。

――ここまでの話を聞いていると、ジャニーズ事務所が好きで、NEWSも好き、ファンも好き。そして今後やりたいことは引き続き歌って踊ってステージに立ち続けたい。なぜ事務所を辞めなければいけないのかがわからない。

手越:先ほど話した夢のなかにもいろいろあったと思うんですけど、自分がまずメディアを持つ。僕が独立した後に目標に掲げているのが、影響力を最大化するというところが一つなんですね。今の時代において、SNSというのは影響力や発信力において切っても切り離せないと思っていて。でもジャニーズ事務所にはジャニーズ事務所のやり方があると思うので、やはり影響力をこれ以上持つためには、個人でいろいろなところに出て行って、勝負していって、いろいろなところに手越祐也という名前を刻んでいくしかないなという思いが一つ。  

 たとえば僕とつながりのあるミュージシャンの方々から、名前を出すと角が立つのであれですけど、日本の音楽を引っ張ってきた方々なんですけど、(彼らから)「僕らのフェスに出てほしい」とか、「ライブに出てほしい」とか、その時は手越祐也でゲストももらったし、「テゴマス」でゲストももらったんですけど、そういったときに、NEWSのライブがホームだとしたら、フェスとかってどちらかというとアウェー戦になるじゃないですか。アウェー戦で僕らのパフォーマンスをみてもらったほうが、NEWSに還元できるなというのが僕の思い。

 なので、そういうセッションだったり活動をたくさんして、NEWSに持ち帰れたらいいかなというので、当時のマネージャーに「こういうオファーをいただいたんですけどどうですか?」って言ったら、断ってしまったんですよね。超有名ミュージシャンからのオファーだったんですけど。ジャニーズ事務所って、自分の事務所のファンだったりとか、ジャニーズファミリーを大事にするので、飛び出した人とのコラボとか、僕はX JAPANに憧れていたのでToshiさんとはラジオでコラボさせてもらったんですけど、コラボとか、自分の頭のなかにあるファンとのディナーショーだったり、ファンミーティングというのは、全部通らなかったんですよ。全てにおいて。

 最近この4、5年で僕が個人で持ってきた仕事だったり、NEWSで持ってきた仕事っていうのも、わりと僕がプライベートの人脈で仲良くなったところから、「せっかくだから手越とやりたいから」というので僕が事務所のマネージャーとつないで、そこで決まってきた仕事っていうのが本当に多くて。っていうのもあって、でもやっぱりジャニーズって巨大な日本ナンバーワンの事務所なので、「これはマイナスがあるんじゃないか」というのを細かく精査するじゃないですか。そのなかで僕はスピード感を大事にしたい人なので。「やりたい」と思ったらやりたい、「欲しい」っていうものは欲しいという性格なので、なかなかもっていったものが具現化されてファンに届くというのが10カ月、1年かかっちゃっていたんですよね。

 というのもあって、僕のアイドル人生の1年って、テレビ局のみなさんの1年はもしかしたら普通なのかもしれないけど、アイドルの30歳から31歳の1年って、本当に大切だし、1分1秒を僕は大事にしたいと思って生活している。そこの僕の理想のスピード感との開きが出てきたというのは、理由として大きいです。海外進出という面や、音楽性で自由に広げていきたい。例えば一人で作詞作曲のアルバムを作りたいと言っても、ジャニーズにいたらなかなかOKは出ないし、時間はかかる。自分がやりたいアイディアが、ジャニーズにいたらスピード感が遅いし、なかなかかなわないよなと。

 このままの現状に満足して、ずっと5年10年活動するっていうのでも絶対幸せだと思うんですけども、やっぱり僕の人生の夢として、人間いつか死ぬわけですから、死んだときに悔いを残すっていうのは絶対にしたくないと思って毎日を生きている。思ったことをすぐに行動に移してしまうというところにつながってくるんですけど。

 NEWSの活動をしながらこの夢がかなうのなら、僕は絶対NEWSもジャニーズも出ていないです。ただ、ジャニーズを出ざるを得なかったというのが、一番大きな僕の心情の変化であり、原因ですね。

ジャニーズ事務所が保守的で硬直化していることが事務所を出たいちばんの原因であると明快に語っています。
もっとも、これがすべてかはわかりませんし、ほんとうのことかもわかりませんが、手越氏の言い分はこういうことです。

ところが、この言い分を報じたマスコミは見たことがありません。
ジュリー社長や滝沢副社長に会えなかったということもほとんど報じられていません。
2時間にも及ぶ記者会見のどの部分を報じるかはマスコミの判断ですが、マスコミは事務所側に立って、手越氏の事務所に対する不満はほとんどカットしてしまったということです。
マスコミの報道だけ見ていると、どうして手越氏が事務所を辞めたのかまったくわかりません。


事務所はどう考えていたのでしょうか。
手越氏はボランティアもやりたい、事業もやりたい、SNSもやりたい、中国向けのウェイボー(微博)もやりたい、アメリカ進出もしたいという人で、広い人脈もありそうですし、自分で「破天荒・手越祐也」と言っているぐらいですから、事務所のコントロールもきかないのでしょう。なにか大きなトラブルを起こす前に辞めさせようとしたのはありそうなことです。
ところが、そういう事務所側の本音に迫る報道もありません。


今回の記者会見の報道を見て、芸能マスコミが“ジャニーズ帝国”にいかに支配されているかがよくわかりました。

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自民党広報がつくった四コマ漫画が、進化論を根拠にして改憲を訴えたために物議をかもしています。

これは「教えて!もやウィン」というタイトルの四コマ漫画のシリーズで、現在、第1話「進化論」3編、第2話「憲法とは」3編が公開されています。
登場人物は「ケント」「ノリカ」「もやウィン」の3人で、ダーウィンを模した「もやウィン」があとの2人に憲法について講義するという形式です。

進化論を根拠にして社会問題を論じるのは、基本的に全部だめですが、この漫画はそれ以前の間違いを犯しています。

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ここには三つの問題が指摘できます。

第一に、ダーウィンは「唯一生き残ることが出来るのは変化できる者である」などとは言っていません。
ケンブリッジ大などによる研究班「ダーウィン・コレスポンデンス・プロジェクト」によると、この言葉は有名な六つの誤用例のひとつで、米ルイジアナ州立大の教授が1963年、ダーウィンの著作「種の起源」から誤って引用したのが始まりということです。

ダーウィンの発言でない
https://www.darwinproject.ac.uk/people/about-darwin/six-things-darwin-never-said#quote1

第二に、ダーウィンがこの言葉を言おうが言うまいが、内容が間違っています。
変化することで生き残る場合もありますが、変化する方向が違えば生き残れない場合もあり、変化しないことで生き残る場合もあります。

第三に、進化論は進化のメカニズムを説明するだけで、それを根拠に社会のあり方や人間の生き方を論じるのは間違っています(これはあとで説明します)。


こうした批判に対する自民党の対応はというと、朝日新聞の記事によると、『自民党の広報本部は「憲法改正について、国民の皆様にわかりやすくご理解していただくために、表現させていただきました」と回答した』ということで、どうやら訂正などは行わないようです。

自民党の二階俊博幹事長は6月23日の記者会見で「何を言っても、そういうご意見が出るところが民主主義の世の中であって、この国の良さだ。おおらかに受け止めていったらいいんじゃないか」「学識のあるところを披瀝したのではないか。ダーウィンも喜んでいるでしょう」と言って、やはり批判には対応しない態度です。

進化論についてはいろいろな考え方があるかもしれませんが、ダーウィンがその言葉を言ったか否かは事実に関することですから、間違いは認めて訂正しなければいけません。
公文書改ざん、虚偽答弁、記録廃棄を続けてきて、自民党は平気で事実を軽視する体質になったようです。


もっとも、自民党が訂正しない理由がわからないでもありません。
この漫画シリーズは、ダーウィンを模した「もやウィン」が講師役となって改憲の必要性を講義するもので、第1話が「進化論」となっていますから、そこの間違いを認めてしまうと、シリーズの根幹が成り立たなくなってしまいます。

ということは、自民党はこのシリーズそのものをやめるしかないのではないでしょうか。


科学を軽視するのは自民党の体質かもしれません。
麻生財務相は、日本では新型コロナウイルスによる死亡率が低いとした上で、外国首脳とのやりとりについて、「『お前らだけ薬持っているのか』とよく電話かかってきたもんですけども、『おたくとは、うちの国とは国民の民度のレベルが違うんだ』っていつも言って、言ってやるとみんな絶句して黙るんですけど、そうすると後の質問が来なくなるんで、それが一番簡単な答えだと思って」と語りました。
相手は死亡率が低い科学的な理由を知りたがっているのに、「国民の民度が違う」と答えて得意になっているところに科学軽視が現れています。

安倍首相も緊急事態宣言解除をするときの記者会見で、「日本モデルの力を示した」と語りましたが、これも同じです。「日本モデル」はどういうものかを具体的に示し、外国で応用する方法を示すぐらいでないといけません。

首相や国会議員が靖国神社に参拝したり、森元首相が「日本は神の国」と発言したり、教育勅語をありがたがったりと、自民党には科学的、合理的とは言えない傾向が昔からあります。



進化論やダーウィンの権威を利用するのは、自民党に限らず社会ダーウィン主義者や優生思想の持主がよくやることです。
もっとも、これについてはダーウィンの側に多くの責任があります。

「優生学」という言葉をつくったフランシス・ゴルトンは、ダーウィンのいとこにあたります。ダーウィンは著作の中で何度もゴルトンの説に言及しているので、優生思想に共鳴していたと見なしても間違いではないでしょうし、社会ダーウィン主義とほぼ同じ考えも有していました。
それはダーウィンの次の文章からも明らかです。

人類の福祉をどのように向上させるかは、最も複雑な問題である。自分の子どもたちが卑しい貧困状態に陥ることを避けられない人々は、結婚するべきではない。なぜなら、貧困は大きな邪悪であるばかりか、向こう見ずな結婚に導くことで、それ自体を増加させる傾向があるからである。一方、ゴールトン氏(引用者注・フランシス・ゴルトンのこと)が述べているように、慎み深い人々が結婚を控え、向こう見ずな人々が結婚したならば、社会のよくないメンバーが、よりよいメンバーを凌駕することになるだろう。人間も他の動物と同様に、その速い増殖率からくる存続のための争いを通じて、現在の高い地位に上ったことは疑いない。そして、もしも人間がさらなる高みへと進むべきなのであれば、厳しい競争にさらされ続けていなければならない。そうでなければ、人間はすぐに怠惰に陥り、より高度な才能に恵まれた個人が、そうでない個人よりも、存続のための争いで勝ち残るということはなくなってしまうだろう。(ダーウィン著「人間の由来/下」講談社学術文庫490ページ)



ダーウィンにおいては、進化論も優生思想も社会ダーウィン主義もいっしょでした。
そのため進化論が社会に広がるとともに優生思想と社会ダーウィン主義も広がっていったわけですが、弱肉強食、弱者切り捨ての社会はよくないという反省が起き、進化論から優生思想と社会ダーウィン主義を切り離そうという動きが起きました。

そこで利用されたのが「ヒュームの法則」です。
ウィキペディアにはこう説明されています。

ヒュームの法則(ヒュームのほうそく、Hume's law)、またはヒュームのギロチン(Hume's guillotine)とは、「~である」(is)という命題からは推論によって「~すべき」(ought)という命題は導き出せないという原理である。


進化論のような科学が明らかにするのは「ある」という事実であって、そこから「べき」という価値観や思想を導くことはできないということです。

この説は18世紀半ばのものですが、G.E.ムーアは20世紀初めに同様の説を唱え、「ある」から「べき」を導くことを「自然主義の誤謬」と名づけました。

「ヒュームの法則」と「自然主義の誤謬」は一体となって使われます。
たとえば、「生物は生存闘争をする」ということを根拠に「人間は生存闘争をするべきである」と主張すると、それは「ヒュームの法則」に反するとされ、「自然主義の誤謬」と呼ばれて葬り去られます。
脳科学の知見をもとに社会のあり方を論じたりするのも、たいてい「自然主義の誤謬」だとされます。

このやり方はたいへん有効なので、「ヒュームのギロチン」と呼ばれるようにもなりました。


ところで、デイビッド・ヒュームは、「法則」と呼べるほどこのことを強く主張したわけではありません。おそらく本人は軽い気持ちで書いただけでしょう。
その部分を引用します。


どの道徳体系ででも私はいつも気がついていたのだが、その著者は、しばらくは通常の仕方で論究を進め、それから神の存在を立証し、人間に関する事がらについて所見を述べる。ところが、このときに突然、である、ではないという普通の連辞で命題を結ぶのではなく、出会うどの命題も、べきである、べきでないで結ばれていないものはないことに気づいて私は驚くのである。この変化は目につきにくいが、きわめて重要である。なぜなら、このべきである、べきでないというのは、ある新しい関係、断言を表わすのだから、これを注視して解明し、同時に、この新しい関係が全然異なる他の関係からいかにして導出されうるのか、まったく考えも及ばぬように思える限り、その理由を与えることが必要だからである。(ヒューム著「人性論」中公クラシックス188-189ページ)


要するに、「である」と「べきである」を区別しない著者がいるのを見て驚いたと述べているだけです。
ただ、「ある」と「べき」を対比するというやり方はおそらく初めてであり、いい発想だったとは言えます。

ムーアはこの古い説を引っ張り出し、「倫理学原理」という著作で「自然主義の誤謬」という言葉をつけて世の中に出したところ、世の中のニーズに合って、つまり進化論から優生思想や社会ダーウィン主義を切り離したいという人が多くいたために、「ギロチン」と言われるまでになったと思われます。


現在、進化論をもとに社会問題を論じると「自然主義の誤謬」だとされるので、そういうことはほとんどなくなりました。

進化論をもとに優生思想を主張するのも「自然主義の誤謬」として否定されます。
ただ、進化論と無関係に優生思想を主張するのは、人権思想で否定するしかありません。人権思想の強度が試されることになります。


ダーウィンは社会ダーウィン主義者で優生思想の持主であっただけでなく、人種差別主義者でもありました。
それは次の文章からも明らかでしょう。

未開人は女性の意見を尊重しないので、たいていの場合、妻は奴隷と同じように扱われている。ほとんどの未開人は、赤の他人の苦難にはまったく無頓着で、むしろそれを見るのを喜ぶ。北アメリカのインディアンでは、敵を拷問するのに女子どもも手伝ったということはよく知られている。未開人のなかには、動物を残酷に扱うことに恐ろしい喜びを感じるものがあり、彼らの間では、慈悲などという美徳はまったく存在しない。(「人間の由来/上」124ページ)



現在、アメリカでは奴隷の所有者であったなどの理由で歴史上の偉人の像が引き倒されていますが、ダーウィンの像が引き倒されても少しも不思議ではありません。

自民党広報の「教えて!もやウィン」は、ダーウィンの言ってもいない発言を持ち出し、進化論を曲解していますが、それ以前に、ダーウィンを模した「もやウィン」から改憲のような社会問題について講義を受けるという設定自体が間違っています。

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アメリカで歴史上の偉人とされる人物の像が引き倒されたり撤去されたりする動きが加速しています。
南軍のリー将軍の像が倒されるのはわかりますが、サンフランシスコで6月19日に北軍のグラント将軍(第18代大統領)の像も倒されました。奴隷の所有者だったというのが理由のようです。
同時に、同じ理由でアメリカ国歌「星条旗」の作詞者であるフランシス・スコット・キーの像も引き倒されました。

ニューヨーク市のアメリカ自然史博物館にある第26代大統領セオドア・ルーズベルトの像も撤去されることが決まりました。ルーズベルトが先住民族とアフリカ系男性を両脇に従えるようにして馬にまたがっている像で、人種差別と植民地主義を美化するものだとかねてから批判されていました。
オレゴン州ではワシントン大統領の像も破壊されましたし、コロンブス像の撤去も各地で進んでいます。

5月25日にミネソタ州ミネアポリス近郊で黒人男性のジョージ・フロイド氏が白人警官に首を膝で押さえられて殺害された事件をきっかけに人種差別反対運動が盛り上がったことの影響が大きいのはもちろんですが、そういう一時的なことではなく、もっと深いところでアメリカの歴史の見直しが進んでいるようです。


小田嶋隆氏の『「日本人感」って何なんだろう』というコラムは、水原希子さんがSNSで差別的な攻撃を受けていることを主に取り上げたものですが、Netflixの『13th -憲法修正第13条-』というドキュメンタリー映画も紹介していて、この映画がたいへんすばらしかったので、私もこのブログで紹介することにします。

現在、この映画はNetflixの契約者以外にもYouTubeで無料公開されていて、誰でも観ることができます(期間限定かもしれません)。




これはNetflixが2016年に制作した1時間40分のドキュメンタリー映画です。これを見ると、現在「Black Lives Matter」をスローガンにした運動が盛り上がっている背景がわかります。

私はマイケル・ムーア監督の「ボウリング・フォー・コロンバイン 」に匹敵する映画だと思いました。
「ボウリング・フォー・コロンバイン 」は銃規制を軸にしてアメリカ社会の病理を描いた映画で、「13th -憲法修正第13条-」は刑務所を軸にしてアメリカ社会の病理を描いた映画です。「ボウリング――」のほうは、マイケル・ムーア監督がエンターテインメントに仕上げていて、おもしろく観られますが、「13th -憲法修正第13条-」のほうは硬派のドキュメンタリーなので、観るのに少し骨が折れるかもしれません。しかし、観ると「そうだったのか」と、目からうろこがぼろぼろ落ちる気がします。

内容については小田嶋隆氏が要約したものを引用します。

 視聴する時間を作れない人のために、ざっと内容を紹介しておく。
 『13th』というタイトルは、「合衆国憲法修正第13条」を指している。タイトルにあえて憲法の条文を持ってきたのは、合衆国人民の隷属からの自由を謳った「合衆国憲法修正第13条」の中にある「ただし犯罪者(criminal)はその限りにあらず」という例外規定が、黒人の抑圧を正当化するキーになっているという見立てを、映画制作者たちが共有しているからだ。

 じっさい、作品の中で米国の歴史や現状について語るインタビュイーたちが、繰り返し訴えている通り、この「憲法第13条の抜け穴」は、黒人を永遠に「奴隷」の地位に縛りつけておくための、いわば「切り札」として機能している。

13条が切り札になった経緯は、以下の通りだ。

1.南北戦争終結当時、400万人の解放奴隷をかかえた南部の経済は破綻状態にあった。
2.その南部諸州の経済を立て直すべく、囚人(主に黒人)労働が利用されたわけなのだが、その囚人を確保するために、最初の刑務所ブームが起こった。
3.奴隷解放直後には、徘徊や放浪といった微罪で大量の黒人が投獄された。この時、修正13条の例外規定が盛大に利用され、以来、この規定は黒人を投獄しその労働力を利用するための魔法の杖となる。刑務所に収監された黒人たちの労働力は、鉄道の敷設や南部のインフラ整備にあてられた。
4.そんな中、1915年に制作・公開された映画史に残る初期の“傑作”長編『國民の創生(The Birth of a Nation)』は、白人観客の潜在意識の中に黒人を「犯罪者、強姦者」のイメージで刻印する上で大きな役割を果たした。
5.1960年代に公民権法が成立すると、南部から大量の黒人が北部、西部に移動し、全米各地で犯罪率が上昇した。政治家たちは、犯罪増加の原因を「黒人に自由を与えたからだ」として、政治的に利用した。
6.以来、麻薬戦争、不法移民排除などを理由に、有色人種コミュニティーを摘発すべく、各種の法律が順次厳格化され、裁判制度の不備や量刑の長期化などの影響もあって、次なる刑務所ブームが起こる。
7.1970年代には30万人に過ぎなかった刑務所収容者の数は、2010年代には230万人に膨れ上がる。これは、世界でも最も高水準の数で、世界全体の受刑者のうちの4人に1人が米国人という計算になる。
8.1980年代以降、刑務所、移民収容施設が民営化され、それらの産業は莫大な利益を生み出すようになる。
9.さらに刑務所関連経済は、増え続ける囚人労働を搾取することで「産獄複合体(Prison Industrial Complex)」と呼ばれる怪物を形成するに至る。
10.産獄複合体は、政治的ロビー団体を組織し、議会に対しても甚大な影響力を発揮するようになる。のみならず彼らは、アメリカのシステムそのものに組み込まれている。
 ごらんの通り、なんとも壮大かつ辛辣な見立てだ。


アメリカを語るときに「軍産複合体」ということがよく言われますが、ここには「産獄複合体」がキーワードとして出てきます。
刑務所システムそのものが大きなビジネスになっていて、しかも受刑者の労働力が産業に利用されて利益を生み出します。
そのため受刑者が増えるほど儲かるわけです。

1970年に35万人ほどだった受刑者は、80年には50万人、90年には117万人、2000年には200万人という恐ろしいスピードで増え続け、14年には230万人を突破しました。
アメリカもヨーロッパ諸国も同じような文明国ですが、アメリカだけ犯罪大国である理由が、この映画を観て初めてわかりました。

受刑者をふやすためのひとつの仕掛けが“麻薬戦争”です。
アメリカが長年“麻薬戦争”をやっていて、少しも成果が上がらないのを不思議に思っていましたが、「受刑者をふやす」というほうの成果は上がっているのです。

犯罪者の97%は裁判なしに刑務所送りにされているということも初めて知りました。
私の知識では、アメリカでは裁判官の前で罪を認めるとその場で刑が言い渡され、無実を主張すると陪審員つきの裁判に回されるのですが、実際は容疑者が検察官と取引して刑を認めているのです。容疑者が裁判を要求すると、印象を悪くして刑が重くなる可能性が大きいので、97%が裁判なしになります。

犯罪者だから刑務所に入るのではなく、刑務所に入る人間をふやすために犯罪者を仕立て上げていると考えるとよくわかるでしょうか。

刑務所送りになるのは黒人が多く、それが現在の「Black Lives Matter」の運動につながっているというわけです。

Netflixがこういう根源的なアメリカ批判の映画をつくって、しかも今回無料公開していることは大いに称賛に値します。


ところで、アメリカがこういう国であることは同盟国である日本にも当然影響してきます。

日本はヨーロッパから文句を言われながらも死刑制度を維持し、特定秘密保護法、共謀罪をつくり、司法取引を導入してきましたが、これは要するに司法のアメリカナイズをしているわけです。
幸い日本は犯罪はへり続けていますが、果してアメリカを手本に司法改革をしていていいのか、考え直さないといけません。

それから、この映画には出てきませんが、“テロ戦争”も“麻薬戦争”と同じなのではないかと思いました。
“テロ戦争”は産獄複合体と軍産複合体を同時に儲けさせる仕掛けと考えられます。

日本は同盟国の正体をしっかりと見きわめて、国のかじ取りを誤らないようにしないといけません。

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人種差別反対運動で「Black Lives Matter」というスローガンが使われていますが、これをどう訳すかが問題になっています。

「 Matter」は、名詞だと「問題」とか「事柄」という意味ですが、ここでは動詞なので、「問題である」とか「重要である」という意味になります。
一般には「黒人の命はたいせつだ」とか「黒人の命もたいせつだ」と訳されていますが、これでは本来の意味が表現できていないという声があります。
そこで「黒人の命こそたいせつだ」という訳が考えられましたが、これでは黒人の命を特別扱いしているみたいです。

そうでなくても、「Black Lives Matter」は逆差別だと主張する人たちがいます。
そういう人たちは「All Lives Matter」と言います。

「Blue Lives Matter」という言葉もあります。
ブルーはアメリカでは警官を象徴する色だということで、「警官の命もたいせつだ」という意味になります。
警官が黒人を殺す事件が人種差別反対運動盛り上がりのきっかけになっているのに、それを否定するような言葉です。

日本で痴漢対策に女性専用列車があることに対して、「女性専用列車は男性差別だ」と主張する人がいるみたいなものです。

で、「Black Lives Matter」をどう訳すかという問題ですが、朝日新聞の『(後藤正文の朝からロック)黒人の命「は」「も」「こそ」』というコラムに、ピーター・バラカンさんによる「黒人の命を軽く見るな」という訳語が紹介されていて、これがいいのではないかと思いました。

「黒人の命を軽く見るな」という言葉だと、黒人の命が軽く見られている現状への抗議だということがわかります(「黒人の命を無視するな」のほうがよりいいかもしれません)。
「黒人の命はたいせつだ」とか「黒人の命もたいせつだ」では、差別的な現状が見えてきません。


ともかく、「黒人差別反対」という声を上げると、「それは白人差別だ」という声が上がり、「女性差別反対」の声を上げると、「それは男性差別だ」という声が上がり、議論が混乱するのが常です。
こうしたやり方が天才的にうまいのがトランプ大統領です。

6月12日、ジョージア州アトランタ市で、駐車場の車の中で寝ていた黒人男性が飲酒運転で逮捕されるときに抵抗し、警官のテーザー銃を奪い、警官が黒人男性に拳銃を3発撃って射殺するという事件がありました。撃った白人警官は殺人罪で訴追されましたが、白人警官が血を流して倒れている黒人男性を蹴りつけている映像があり、白人警官への批判がいっそう高まりました。
トランプ大統領は米Foxニュースのインタビューで、この事件に言及し、「私は彼(被告の白人警官)がフェアな扱いを受けることを願う。わが国では、警察はフェアな扱いを受けてこなかったから」「あのように警察官に抵抗してはいけない。それでとても恐ろしい対立に陥ってしまい、あの終わりようだ。ひどい話だ」と語りました。

トランプ大統領にかかると、フェアな扱いを受けてこなかったのは黒人ではなく警官で、撃った白人警官より抵抗した黒人男性が悪いということになってしまいます。

トランプ大統領は外交関係でも同じやり方です。
たとえば5月29日の会見でも「中国は何十年もの間、米国を食い物にしてきた。私たちの仕事を奪い、知的財産を盗んできた」と言いました。
トランプ大統領はつねにこの調子で、「アメリカは食い物にされてきた」「アメリカは利用されてきた」「日米安保は不公平だ」と言います。
どの国も超大国のアメリカを食い物にすることなどできるわけがないのですが、ともかくトランプ大統領は、アメリカは食い物にされていると主張し、相手国と交渉するわけです。


つまりトランプ大統領は「公平」という基準が普通の人と違うのです。
いや、トランプ大統領だけでなく、白人至上主義者はみな同じです。
彼らは、今のアメリカは黒人やヒスパニックやアジア系がのさばって、白人は不当にしいたげられていると思っていますし、アメリカは中国や日本に食い物にされていると思っています。
彼らの内心の思いを政治の表舞台で言語化することで支持を集めたのがトランプ大統領です。


トランプ大統領や白人至上主義者は、議論の出発点が違うので、一般の人が議論するとどうしてもかみ合いません。
たとえばテニスの大坂なおみ選手は、差別問題に積極的な発言をしていますが、ツイッターで「日本には差別はない。引っかき回すな(There is no racism in Japan. Do not make a disturbance)」と反論されたことがありますが、これなど典型です。
もし日本に差別がないなら、差別反対の声を上げる大坂選手は愚か者ということになりますが、もちろん日本に差別はあるに決まっています。

「日本には差別はない」というのはまだかわいいほうです。
本格的な差別主義者は、「在日は特権を享受していて、日本人は差別されている」と主張します。

歴史修正主義者も同じ論法を使います。
自虐史観の人間が歴史をゆがめているので、自分たちはそれを正しているだけだというわけです。

差別主義者と戦うために土俵に上がったときは、仕切り線がちゃんと真ん中に引かれているか確かめないといけません。

渡部健
「文春オンライン」の記事より

文春砲が報じたお笑いコンビ・アンジャッシュの渡部健氏の不倫問題が大きな騒ぎになっていますが、そもそもこの不倫のどこがいけないのでしょうか。

「あんなきれいな奥さん(佐々木希)がいるのに不倫するのは許せない」という人がいますが、その理屈だと、ブサイクな奥さんがいる男は不倫してもある程度許されるのかということになります。

アンジャッシュの相方の児嶋一哉氏は、渡部氏の代役でラジオ出演した際、「相方から見ても気持ち悪い不倫」と言い、「直撃LIVEグッディ!」の安藤優子キャスターも「気持ち悪い」という言葉を使いました。
しかし、「気持ち悪い」というような主観的な言葉で人が批判できるなら、「年寄りはシワだらけで気持ち悪い」ということも言えてしまいます。

「多目的トイレを使った」
「そのつど1万円を渡された」
「ことが終わるとシャワーも浴びさせてもらえず帰された」

こうしたことが伝えられていますが、「バイキング」司会の坂上忍氏は「テレビでは紹介できないこともある」と言っていました。

詳しく知らずに論じることはできないので、いちばんの元である週刊文春の記事を読んでみました。

佐々木希、逆上 アンジャッシュ渡部建「テイクアウト不倫」――相手女性が告白【先出し全文】

記事によると、渡部氏は希さんとつきあっているときから複数の女性とつきあいがあり、結婚後もそれは変わらなかったということです。
そうなると、希さんはそのことを知っているのではないかという気もします。
もし妻公認の不倫であるなら、渡部氏は責められません。

いずれにしても、不倫は夫婦間の問題であり、世間からバッシングされることではありません。

ただ、不倫のやり方というか、渡部氏の女性の扱いには問題がありそうです。
そうした個所を記事から引用します。

「たしかに、私と渡部さんは、多いときには週2回ほどエッチをする関係でした。トータルで30回以上は関係を持ったかもしれません。当時、渡部さんは『ここは友達の家なんだよ』と言っていましたが、玄関には若い女性が履くようなヒールの靴が置いてあった。とにかく殺風景な空間で、玄関右手の寝室に入ると、いつでも彼はすぐに体を求めてきました。でも、行為が終わった途端に私を帰したがるのです。私の脱いだ服を渡してきて『はい、これ』って。シャワーすら浴びさせてもらえなかった。いつも15分ほどで追い出され、帰り際には『またね』って必ず1万円札1枚を渡してきました」(B子さん)

 その後、渡部がB子さんとの密会場所として指定してきたのは、東京都港区に聳える六本木ヒルズだった。

「彼は『地下駐車場の多目的トイレに来い』と言うのです。エレベーターの前で落ち合って、トイレの鍵を閉めた瞬間、すぐにプレイが始まりました。『俺と会いたかった?』と聞いてきて、下半身をガバッと出し、舐めるよう命令する。ことが終わると彼はマスクをして帽子を被り、『LINEの文面を全部消して!  早く携帯見せて』と。キスから別れるまで、3~5分という物凄い早さです。その後も彼はヒルズのトイレばかりを指定し、会える時刻を伝えると、地下2~4階にあるトイレを徘徊し、誰もいない階を確認した上で『地下0階ね。すぐ来て』と指示を出してくるようになったのです」(同前)


これが“多目的トイレ不倫”の実際です。

多目的トイレを性行為のために使用しては、本来の使い方をしたい人が使えなくなりますから、これはいけません。
ただ、ほかのことについてはどうでしょうか。

帰り際に1万円を渡したというのは、安すぎる気がしましたが、この金額は2人の関係で決まるものですから、外部の人間がとやかく言うことではありません。
行為が終わった途端に女性を帰したがるというのも、ひどい気がしましたが、これも女性が受け入れて、つきあいを続けているわけです。

女性の扱いについてはこのような記述もあります。

改めてB子さんに取材を申し込むと、彼女は重い口を開いた。

「彼は私のことを“性のはけ口”くらいにしか思っていなかったんでしょうね。せめて一人の女性として扱って欲しかったと思います」


「(略)行為が終わると態度が一変し、『明日仕事だよね。気をつけて帰ってね』と、すぐ帰るよう促されました。滞在時間は約1時間。デリヘル扱いされたことが本当に悔しかった」(同前)


これを読んで、女性を“性のはけ口”として扱ったりデリヘル扱いしたりするのはけしからんと言う人がいますが、女性のほうはそれを受け入れているわけですから、無関係な人間が口を出すことではありません。


「不倫」というと、恋愛感情のからむドロドロした三角関係を想像しますが、ここにある不倫は、恋愛感情のない、セックスだけの関係です。
要するに渡部氏には複数のセックスフレンドがいたというだけのことなのです。

離婚をちらつかせて女性を口説いたというのなら悪質ですが、そういうものではありません。
若い女性タレントに「テレビに出させてやるよ」と言って口説いたのでもないし、人気芸能人の権力を使ってセックスを強要したのでもありません。

女性は“性のはけ口”として扱われて満足していたのかという疑問はありますが、おそらく「人気芸能人とつきあっている私」ということに満足を見いだしていたのでしょう。

ブラックマヨネーズの吉田敬氏が「バイキング」でこの不倫問題について、「多目的トイレをトイレ以外で使ったこと以外、僕はなんとも思わないです」と言っていましたが、確かに相手の女性を傷つけたわけではなく、奥さんは傷つけたかもしれませんが、それは夫婦の問題なので、世の中の人から非難されることはありません。


ただ、問題をややこしくしたのは、文春砲がやりすぎたことです。
記事には、LINE電話のカメラをオンにして「お互いの自慰行為を見せ合う“相互鑑賞プレイ”」をしたとか、「大人の玩具」を使ったなどということも書かれています。
安藤優子キャスターらが「気持ち悪い」と言ったのは、このことを指しているのでしょう。

しかし、このように性行為のあり方を具体的に書くのは、それが事実であっても名誉棄損になります。文春は、人気稼業の芸能人は訴えてこないだろうと甘く見て、書きすぎたのです。
ですから安藤キャスターは、渡部氏に対して「気持ち悪い」と言うのではなく、文春に対して「そんな気持ち悪いことを書くな」と言うべきでした。


渡部氏が説明もなしに芸能活動自粛を発表したので、記者会見して説明するべきだという声があります。
しかし、記事が事実だとしたら、それ以上に説明することはありません。
希さんを傷つけたのではないかという問題はありますが、それは2人の問題なので、記者会見で説明することではありません。


ただし、「結婚しているのに複数のセックスフレンドがいる」というのはイメージが悪いので、タレントとして評価が下がるのはしかたありません。
渡部氏をCMに起用していた企業から巨額の損害賠償請求がされるという話もあります。

この手の騒動があると、必ず芸能人が損害賠償の責任を問われますが、考えてみれば不当な話です。その芸能人をCMに起用した企業にも責任があるからです。
渡部氏のそれまでのイメージからして、このような女性関係があるのはぜんぜん不思議ではありません。佐々木希さんと結婚したことを見ても、美人が好きで、しかも口説く能力を持っていることがわかります。
渡部氏の責任と、渡部氏をCMに起用した企業の責任とを相殺すれば、そんな巨額の賠償金額になるはずがありません。

テレビ局も、これまで渡部氏をさんざん持ち上げて人気者にして、今度は一転して人気者をたたいているわけで、この手のひら返しのほうが渡部氏の不倫よりも問題です。


最近、世の中もちょっと冷静になって、渡部氏に非難されることはそれほどないことに気づいてきたようです。
その代わり、週刊誌に売ったということで相手の女性を非難する動きが出てきています。
しかし、取材協力費を積まれれば、売りたくなるのは合理的判断です。買って書いたほうにより問題があるというべきでしょう。


文春砲は、黒川弘務検事長の賭け麻雀問題のように急所を一撃することもありますが、今回のように、どうでもいいことに大きな砲弾を撃ち込んで、世の中を混乱させるだけのこともあります。

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