中学生がサッカーの練習をしていたらボールが人の家の庭に入ってしまい、それがきっかけで中学生の親が殴られて意識不明の重体になるという事件がありました。日本社会の不寛容さを象徴するような事件です。
私が子どものころは、野球のボールがよく人の家の庭に入ってしまい、気安くボールを取らせてくれる家もありましたが、怖くて誰も行けないという家もあり、そのときは泣く泣くボールを諦めなければなりませんでした。
この事件も、きっかけはそのようなことでしょう。ボールをけり込んだ中学生に悪意のないことは明らかなので、容疑者の男がそれを理解すればよかったのですが、目先だけを見ていると、ボールが侵入してくるわ、中学生が侵入してくるわで、許せないという気持ちになったわけです。これはなわばりを守ろうという本能からきているので、ある程度やむをえないことではあります。平手で殴ったというのは行き過ぎですが、こうしたなわばり争いは動物の世界ではよくあることです。
しかし、動物のなわばり争いは一過性のもので、あとを引くことはありません。ところが、道徳を持つ人間はそうはいきません。
「向こうが悪い。悪いことをしたら謝るべきだ」というのが道徳的思考のひとつです。
で、中学生の親は向こうに謝らせようとし、向こうもまた同じことを考えていて争いになったというわけです。
ここで、道徳のふたつの利用法について述べておきましょう。
トラブルが起こったとき、謝ってことを収める。これはよい道徳の使い方です。
一方、「お前が悪いから謝れ」というのは、逆にトラブルを起こしてでも自分が優位に立とうとすることで、これは道徳の悪い使い方です。
世の中にはこのふたつの区別のついていない人が多くて、たとえば小さい子どもに「ごめんなさいは?」とむりやり謝らせている母親がいますが、これは完全に間違っています。そして、こういう親に育てられた子どもは大きくなると、機会があれば人に謝らせようとします。たとえば、クレイマーといわれるような人がそれです。
そして、この事件の加害者も被害者もそうした思考法の持ち主だったのでしょう。
ともかくこの事件は、道徳が招いた悲劇だといえます。道徳がなければこんなことにはならなかったのですから。
この事件に関して、被害者が悪いとか、中学生が悪いという議論もあります。しかし、そうした議論もまた道徳が招いた混迷なのです。
道徳は誰かに「悪」のレッテルを張って攻撃する道具であって、道徳によって問題を根本的に解決したり、世の中をよくすることはできません(「悪」のレッテルを張った人間を黙らせることで一時的に問題が解決したように見えることはありますが)。
ともかく、この事件を見れば、道徳がむしろ問題を引き起こすということがよくわかるでしょう。
これからは「脱道徳」の時代です。
【中3男子を平手打ち、抗議に来た父親に「死ね」と殴る蹴る】
サッカーボールが自宅アパートの敷地内に入ったことに腹を立てて中学3年の男子生徒(14)を平手打ちし、抗議に訪れた生徒の父親・武田悦生さん(47)にも暴行を加えて意識不明の重体にさせたとして、千葉県警成田署は30日夜、傷害容疑で成田市の無職・川島一高容疑者(35)を現行犯逮捕した。殴る蹴るの暴行を数十回繰り返した容疑者は「(父親は)謝りに来たと思ったのに抗議で、腹が立った。殺すつもりだった」と供述している。
成田署によると、川島容疑者は30日午後8時15分頃、自宅アパート敷地内で、同アパートの別棟に住むスポーツ店経営の武田さんに殴る蹴るの暴行を加え、重体にさせた疑いで逮捕された。武田さんは病院に搬送されたが、外傷性クモ膜下出血で意識不明。
武田さんの長男が同日正午過ぎ、隣接する駐車場から、川島容疑者宅のある棟の高さ2メートル50ほどの壁にサッカーボールを当てるパス練習をしていた際、ボールが誤って壁を越え容疑者の自宅の敷地内に入った。それを目撃した同容疑者は、拾いに来た長男に「何やってんだ」と注意。長男は「すいません」と謝ったが、容疑者は「ニヤついてんじゃねえ」と平手で殴った。
長男から事情を聞いた両親は午後8時頃、長男を連れて容疑者宅を訪ねた。武田さんが謝罪した上で抗議をすると、容疑者はいきなり殴打。地面に倒れた武田さんに対し「お前なんて死ねよ」などと言いながら、足の裏で背中を踏みつけるなど、殴る蹴るの暴行を数十回繰り返した。母親の「やめて下さい」という叫び声に気付いた数人の近隣住民が現場に駆け付け「それ以上やったら死んじゃうよ」と訴えても聞き入れず、武田さんに意識があることを確認すると、さらに暴行を加えた。長男が通報し、現行犯逮捕となった。
調べに対し「謝りに来たと思ったのに、オレに謝れと言ってきたから腹が立った。殺すつもりでやった」と供述しているため、県警は傷害から殺人未遂容疑に切り替える方針。川島容疑者は190センチ近い長身でガッチリした体格。アルバイトをしても1~2日しか続かず、両親の援助を受け生活していた。
武田さんの父・孝一さん(74)によると、武田さんは成田市サッカー協会の理事や中学校のPTA会長も務めており、人望も厚く、これまで川島容疑者を含めて他人とトラブルになったことはなかったという。
(2011年6月1日06時02分 スポーツ報知)