村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

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8月24日の安倍首相

安倍首相は8月17日、24日と続けて都内の慶応大学病院を受診し、健康不安が取りざたされています。

安倍首相本人は「体調管理に万全を期して、これからまた仕事を頑張りたい」と語りましたし、菅官房長官は「毎日お目にかかっているが、変わりはないと思う」と、健康不安説を否定しています。
しかし、政治家というのは病気であっても否定するのが当たり前なので、こういう言葉は信用できません。
病院での滞在時間は、17日が7時間半、24日が約4時間とかなりの長時間で、これでなにもないとは考えられません。


ただ、首相サイドはわざと健康不安説をあおっているという説もあります。

自民党の甘利明議員は16日のフジテレビの番組で、首相の疲労蓄積を心配して「ちょっと休んでもらいたい。責任感が強く、自分が休むことは罪だとの意識まで持っている」と語りました。
麻生太郎財務相は17日夜、「147日間休まず働いたら、普通だったら体調としては、おかしくなるんじゃないの」「休む必要があるということは申し上げた。ちゃんと自分で健康管理するのも、仕事の一つだ」と語りました。
つまり安倍首相が7時間の診察を受けた前後に、安倍首相の側近が「安倍首相の疲労蓄積」をアピールしているのです。

なぜそんなことをするかというと、安倍首相は国会も開かず、記者会見もしないでいるのを批判されているので、「疲労蓄積」を理由に批判をかわそうとしているというわけです。
確かに安倍首相が147日間休んでいないということは話題になって、安倍応援団は「安倍首相はこんなに国民のために働いている」と声を上げています。


とはいえ、政治家が「疲労蓄積」をアピールするのはやはり不可解です。
私は「疲労蓄積」をアピールする別の理由を考えました。

安倍首相は前の政権で突然に辞任を表明して、「政権を投げ出した」とさんざん批判されました。
今回また突然に辞任表明をすれば、前回以上に批判されるのが目に見えています。
そこで、あらかじめ「疲労蓄積」によって体調が悪化していることを周知させておき、それから辞任表明をしようという作戦ではないかと考えられます。

ということは、実際に体調はかなり悪くて、近く辞任することが視野に入っていることになります。
辞任するときのために今は「国民のために休みなしに働いて疲労が蓄積し、持病の潰瘍性大腸炎が悪化した」という物語をつくっているところです。


安倍首相の体調が悪いことは顔色を見てもわかります。

安倍首相は24日、病院から官邸に戻ると、記者団の前でコメントしました。
この日は安倍首相の連続在職日数が佐藤栄作首相を抜いて歴代最長の2799日となった記念日だからです。
この日は午前10時前に病院に入り、記者団の前に現れたのは午後2時前ですから、そんな疲れるはずはないのですが、顔色はさえません。



在職日数が歴代最長となったことについては、「すべてはこれまでの国政選挙において力強い支持をいただいた国民のみなさまのおかげでございます。心から御礼申し上げたいと思います。また、たいへんきびしいときにあっても、いたらない私をささえていただいたすべてのみなさまに感謝申し上げたいと思います」と語りました。
この言葉だけ聞くと、まるで辞任のときの言葉のようです。
今後のことについては「これからまた仕事を頑張りたい」と言っただけで、具体的な目標はなにも語りませんでした。


安倍首相が辞任するとすれば、総裁選なしに誰かが暫定的な首相に就くことになります。
常識的には麻生財務相か菅官房長官でしょう。
菅官房長官は18日にBS日テレ「深層NEWS」、21日にテレビ朝日「報道ステーション」と立て続けに生出演し、存在感をアピールしています。

どう考えても、安倍首相の辞任は近いと思われます。

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アメリカ大統領選挙はトランプ大統領対ジョー・バイデン元副大統領の対決となりました。

バイデン候補は、無難ですが、これという魅力がありません。
一方、トランプ大統領は、よくも悪くも人を引きつけます。

トランプ大統領の強みは、なんといっても人を攻撃する言語能力がずば抜けていることです。この点で対抗できる人は誰もいません。

そして、自分自身が人から攻撃されても平気です。カエルの面にションベン状態です。
2月、3月ごろ、トランプ大統領は「暖かくなればウイルスは奇跡のように消えてなくなる」とか「4月になればウイルスはなくなると思う」などと言っていました。そのことは当然批判されましたが、トランプ大統領は平気です。7月になっても「ウイルスは消える。最後に正しいのは私だ」と言っています。

人を攻撃する力は強くて、人から攻撃されても平気――これは戦う上では最強です。
トランプ大統領はこの能力でライバル候補を全部なぎ倒して大統領になったのです。

ですから、現時点の世論調査ではバイデン候補がトランプ大統領をリードしていますが、これから選挙運動が本格化していくと、トランプ大統領が巻き返すということが十分にありえます。


トランプ大統領を一言でいえば、「ウルトラ利己主義者」です。
ひたすら自分の利益を追求し、(不正な手段も含めて)それを実現してきました。
普通の人は利己主義者とはつきあいませんが、トランプ大統領が利益を得ると、その周辺にいる人間も利益を得ることができるので、寄ってくる人間もいます。


トランプ大統領のスローガンは「アメリカ・ファースト」です。
これは「アメリカ利己主義宣言」みたいなものです。

トランプ大統領は「公正」とか「公平」とか「対等」とか「平等」とかいう言葉を言ったことがありません(どこかで言っているのでしょうが、私は聞いたことがない)。

トランプ大統領がいつも言うのは、中国や日本やメキシコに「アメリカは食い物にされてきた」ということです。
「今度はアメリカが食い物にする番だ」とは言いませんが、心の中ではそう思っているに違いありません。
ウルトラ利己主義者の辞書に「平等互恵」とか「共存共栄」という言葉はなく、あるのは食うか食われるかだけです。


日本とアメリカの関係でいうと、アメリカはTPPを離脱し、日米で二国間の貿易協定を昨年末に改定し、今年1月1日から発効しました。
これによって日本はアメリカ産の牛肉や乳製品の関税を引き下げる一方、日本が要求していたアメリカにおける自動車関税の引き下げは先送りとなりました。
日本側も合意した以上、「不平等だ」とは言いませんが、二国間協議では力のあるほうが有利なので、実質は不平等に違いありません。

アメリカはカナダ、メキシコとの自由貿易協定NAFTAを再交渉してUSMCAを締結し、今年7月1日に発効しました。
アメリカはまた、韓国との自由貿易協定(米韓FTA)を改定し、2019年1月に発効しました。

トランプ政権が「アメリカ・ファースト」を掲げている以上、これらはすべてアメリカの利益になるように改定されたに違いありません。
ということは、これらはトランプ政権の実績です。

大統領選の最大の争点は、トランプ大統領があおってきた人種差別的な分断の評価であるかのような報道がされていますが、有権者の最大の関心は経済です。
トランプ政権によりアメリカ国民も利益を得ています。トランプ政権がある程度の支持を得ているのもそのためです。


「アメリカ・ファースト」というスローガンは、1940年にアメリカが対ドイツ戦に参戦するのを阻止するために唱えられたのが最初だということです。
 1992年の大統領選挙の予備選挙では、共和党右派のパトリック・ブキャナンが主張しました。

自国第一とか国益優先というのは、どこの国の政治でも言われることですが、基本的には国内向けに言うことです。
しかし、トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」は、「アメリカを再び偉大に」とともに基本戦略ですから、対外的にも主張されていると見るべきです。
ですから、2016年の大統領選の段階で、世界各国は「アメリカといえども法の支配に従うべきで、われわれは『アメリカ・ファースト』など認めない」と言うべきでした。
トランプ大統領が当選してからは、安倍首相みたいにトランプ大統領にすり寄る国家指導者もいて、国際社会はまとまることができませんでした。


結局、ウルトラ利己主義者がアメリカ大統領になったので、アメリカはウルトラ利己主義国家になり、世界が迷惑をしています。
以前からアメリカは利己主義国家だったとはいえますが、表向きは「法の支配」とか「自由と民主主義」ということを押し立てていたので、そうひどいことはしませんでした。
トランプ大統領にそうした理念はなく、露骨な利己主義があるだけです。


これまでは経済のことばかり言ってきましたが、トランプ大統領はパリ協定離脱、イラン核合意離脱、中距離核戦力(INF)全廃条約離脱などを行ってきました。
これも「アメリカ・ファースト」の一環のようですが、果してアメリカの利益になっているのかはわかりません。
ただ、世界の不利益であるのは間違いありません。


バイデン候補は「アメリカ・ファースト」の否定を選挙の争点に持っていくということはしていないようですが、実質的には大きな争点でしょう。
バイデン候補が当選すれば、アメリカは「アメリカ・ファースト」を捨てて、まっとうな国として国際社会に復帰するはずです。

日本のメディアがアメリカの分断に比重を置いて報道しているのはおかしなことです。アメリカの分断はあくまでアメリカの国内問題です。
アメリカが「アメリカ・ファースト」を捨てるか否かは、世界にとっても日本にとっても重大事です。

それにしても、日本で「アメリカ・ファースト」を批判する人をほとんど見かけないのは、なんとも不思議なことです。

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連日の猛暑日で、熱中症で亡くなる方が増えています。
室内にいてエアコンがあれば、亡くなるようなことはなさそうですが、そう簡単ではありません。

朝日新聞の「熱中症の死者や搬送相次ぐ 多くが高齢者、屋内でも危険」という記事には「8月の23区内での熱中症による死者は、都監察医務院のまとめでは、17日午前時点で53人。(中略)53人中50人が屋内で見つかり、43人はエアコンがないか、あっても発見時に作動していなかったという」と書かれています。

エアコンはあるのに使わなくて亡くなってしまう人がけっこういるのです。
年寄りは感覚が鈍っているので、危険なほど気温が高くなっているのに気づかないということもあるでしょうが、暑いのをがまんしてエアコンを使わないという人もいます。

「冷房は体に悪い」という考え方が昔からありました。
「冷房は嫌い」という人もいます。

しかし、こうした考えの人も本音は「電気代がもったいない」ということではないでしょうか。

昔は「扇風機をつけっ放しで寝ると死ぬ」などという都市伝説みたいなものがありましたが、これも電気代を節約したいためにつくられた嘘ではないかと思われます。

年金暮らしの年寄りなどぎりぎりの節約生活をしている人は、電気代もできる限り節約しようとして、暑いのもがまんします。
こういう人は「お金がない」というのが恥ずかしいので、「冷房は嫌い」などと言ったりします。

「わずかの電気代より自分の命のほうがたいせつだろう」と言うのは部外者の言い分です。
ほんとうにお金のない人は、お金が命みたいなものです。

ですから、ぎりぎりの生活をしている人に「暑い日はむりをせずにエアコンをつけましょう」と言ってもほとんど効果がありません。


エアコンの電気代がいくらかかるのか調べてみました。
気温と部屋の大きさとエアコンの性能によって違ってきますが、だいたい1時間21円ぐらいのようです。
1日10時間エアコンを使うとすると、月6000円ぐらいです。
これはバカになりません。
エアコンをつけずに死んでしまう人がいるのも不思議ではありません。


お金が惜しくて死んでしまう人なら、その命を救うのは簡単です。
お金を上げればいいのです。

新型コロナ対策で1人10万円の特別給付金を配ったので、お金を配ることのハードルはかなり下がっています。
1人ないし夫婦の年寄り世帯で、年金以外に収入がないという世帯に、エアコン分の電気代を給付すれば、電気代がもったいなくて死ぬことは防げます。

いや、現金を給付すると、ほかのことに使って、やはりエアコンはがまんする人がいるでしょう。
国が直接電力会社に支払うという形にすればどうかと考えましたが、これも結局は同じことです。

いちばんいいと思えるのは、7月分と8月分の電気代を全額国が負担することです。
そうすれば遠慮なくエアコンを使うことができます(エアコンのない世帯へのエアコン設置補助もやるべきです)。
国はよけいな支払いをすることになりますが、年寄りの貧困世帯の救済だと思えばいいのです。


エアコンを使わずに熱中症で死亡する悲劇をなくすにはいい方法だと思うのですが、年寄りに払う金があるなら若い世代のために使うべきだという声も出てきそうです。
いや、基本的にみんなそう考えているので、年寄りの熱中症を防ぐためにお金を使うということは誰も言わないのかもしれません。

しかし、若い世代のこともたいせつですが、目先の命を救うこともたいせつなので、こういう方法も考えてみていいのではないでしょうか。

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戦後間もないころ、おばあさんが無邪気に遊んでいる小さな男の子たちを指差して「この子たちが大きくなったらまた戦争を始めるだろう」と言ったという話があります。
第一次世界大戦が終わってから21年後に第二次世界大戦が始まったのですから、そう思ってもむりはありません。

しかし、今年の8月15日で戦後75年がたち、曲りなりに日本は平和でした。
第二次世界大戦後、戦争の意味が大きく変わったからです。


松木武彦著「人はなぜ戦うのか――考古学から見た戦争」や佐原真著「戦争の考古学(佐原真の仕事4)」といった戦争考古学の本によると、人類が本格的に戦争をするようになったのは農耕社会になってからです。
その理由は、農耕社会では人口が増え不作のときの飢餓が深刻化したとか、土地争い、水争いが増えたとか、集団行動をするようになったとか、いろいろ説明されていますが、最大の理由は、食糧の備蓄量が大幅に増えたことでしょう。
狩猟採集社会では、食糧の備蓄といっても、せいぜい数日分から十数日分くらいです。
しかし、農耕社会では、収穫期には少なくとも半年間の労働の成果が蓄えられています。それを1日の戦争でごっそり奪うことができるなら、多少の危険を冒しても戦争しようという人間が出てきてもおかしくありません。
実際、農耕社会では外敵に備える環濠集落が広くつくられるようになります。
映画「七人の侍」では、収穫期になると野武士が村を襲いにくるのですが、ああいう感じだったのでしょう。

それからずっと戦争は利益のために行われてきました。
勝つと食糧、土地、財宝、女、奴隷を獲得することができます。

戦争するのは本能だと考えている人がいますが、それは間違いです。動物はなわばり争いをしますが、争い自体が不利益を生むので、それほど激しくは争いません。
人間の場合も、戦争をすると自分のほうもある程度損害が出るので、めったに戦争はしません。少ない損害で大きな利益が得られそうなときだけ合理的な判断で戦争をします。

文明が進んで富が蓄積されると、戦争の機会が増えていきます。
戦争の強い集団はどんどん戦争をして、ローマ帝国やらモンゴル帝国やらを築きました。

戦争でもっとも利益が得られたのは、近代国家が強力な軍隊を持って、近代化していない国を次々と植民地化していった植民地主義の時代です。
日本も遅まきながら植民地獲得の戦争をやりました。

このころに戦争はもうかるものだというイメージができて、それをいまだに引きずっているのではないでしょうか。
しかし、第二次世界大戦後は戦争の意味合いがまったく変わりました。

植民地主義の時代が終わり、戦争に勝っても領土や植民地を獲得することはできません。
それに、国連憲章で戦争は禁止されたので、賠償金を取ることもできませんし、国際社会から批判も受けます(実際は1928年に成立したパリ不戦条約から戦争は禁止されています)。

一方で、高度産業社会が実現し、各国の経済関係は緊密になり、そこから上がる利益が大きくなってくると、隣国と戦争するのは大損失になりました。


今ではまともに戦争ができるのはアメリカぐらいですが、やはり戦争には不利益しかありません。
湾岸戦争は、アメリカが多国籍軍を率いて勝利し、精神的満足があったかもしれませんが、アフガン戦争とイラク戦争は損失が巨大で、アメリカ国民もうんざりしています。


中国とインドは長い国境で接して、何度も国境紛争が起こり、戦死者も出ていますが、紛争が大きくなることはありません。
双方が戦争をするのは損だと認識しているからです。


日本に関していうと、今、尖閣諸島が日中間の緊張のもとになっています。
しかし、昔は「満蒙は日本の生命線」といったものですが、今「尖閣は日本の生命線」であるはずがなく、重みがぜんぜん違います。

北朝鮮は、拉致問題を起こすような頭のおかしい国だから、なにをするかわからないと思われていましたが、最近は北朝鮮なりに合理的な行動をしていることがわかってきて、脅威感が薄れてきました。


第二次大戦後の世界がどんどん平和になっていることは、国際連合広報センターの
「紛争と暴力の新時代」というサイトにも示されています。

世界的に見ると、戦死者の絶対数は1946年以来、減少を続けています。しかし同時にまた、紛争や暴力は現在、増加傾向にあり、大半の紛争は政治的民兵や犯罪集団、国際テロ集団など非国家主体の間で生じています。
   ※
現在では、武力紛争よりも犯罪が多くの人の命を奪っています。2017年には、全世界で50万人近くが殺人によって命を失っていますが、これは武力紛争による死者8万9,000人とテロ攻撃による死者1万9,000人を大きく上回る数字です。
   ※
テロは依然として幅広く見られるものの、その影響は近年、衰えてきています。全世界でテロ攻撃よるものと見られる死者の数は、2018年に3年連続で減少し、1万9,000人を下回っています。各国政府が暴力的過激主義を防止し、これに対処するため、テロ対策の取り組みや地域的、国際的な協調とプログラムを強化する中で、テロ攻撃による死者が減っているからです。2017年には、テロ攻撃の5分の1が失敗に終わっていますが、2014年の時点で、この割合は12%強にすぎませんでした。


戦争やテロの死亡者はへっていて、犯罪(殺人)による死亡者のほうがはるかに多いのです。

こうしたことはあまり知られていません。軍事・外交の専門家たちにとって不都合な真実だからです。

外務省の基本認識は、「わが国を取り巻く安全保障環境はいっそうきびしさを増している」というものです。
安倍首相も演説で決まって「わが国を取り巻く安全保障環境はいっそうきびしさを増している」と言うので、国民も耳にタコのはずです。

しかし、「わが国を取り巻く安全保障環境はいっそうおだやかさを増している」というのが正しい認識です。



日本人は第二次世界大戦の体験が強烈なので、いまだにそこにとらわれています。
戦争に負けて悔しいと思う者は、敗戦の象徴である憲法九条を改正して少しでも戦前の日本を取り戻そうと思っていますし、戦争が悲惨だったと思う者は、憲法九条の改正はなんとしても阻止したいと思っています。
どちらも過去にとらわれているので、現在の状況に適応することができません。


安倍首相は今年の全国戦没者追悼式の式辞で「積極的平和主義」という言葉を使いました。
かつては自衛隊を戦闘地域に派遣して、自衛隊に戦闘を経験させようとしていた節があります。
つまり日本を「戦争のできる国」にしようとしてきたようなのです。
しかし、それは実現していません。
世界が平和になってきているのを読み間違っているからです。

憲法九条改正に反対する人たちも、そのモチベーションをもっぱら戦争の悲惨さの記憶に頼っています。
しかし、記憶は風化していくので、こうした運動は若い人に理解されず、先細りが運命づけられています。
これからの平和運動は、経済合理性の追求にシフトしていくのが正しい道です。
戦争の損得を計算し、防衛費を費用対効果で算定するのが、いちばん有効な平和運動です。

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安倍首相が広島と長崎の平和式典で述べたあいさつがほとんど同じで、「“コピペあいさつ”でいいのか」という声が上がっています。

広島と長崎でそれほど変えようがないですし、コピペなのは毎年同じです。
今年だけ問題にされたのは、「安倍首相の言葉には心がこもっていない」という不満が高まっているからでしょう。

安倍首相は緊急事態宣言を発出するときや解除するときに国民に向かってスピーチをしましたが、用意された原稿をプロンプターで読むだけです。
もとの原稿が官僚の作文で、安倍首相もただそれを読むだけなので、「言葉に心がこもっていない」という印象になってしまいます。

スピーチだけではありません。
安倍首相は記者会見でも心のこもった言葉を言いません。

広島の平和式典のあと、安倍首相は久しぶりの記者会見をしました。
しかし、記者会見の時間は約15分で、記者の質問も4問だけでした。

会見の最後に朝日新聞記者が「総理、まだ質問があります」と言って手を上げたところ、朝日新聞の記事によると、『朝日新聞記者の腕を、首相官邸報道室の男性職員が「だめだよもう。終わり、終わり」と制止しながらつかんだ』ということがありました。
朝日新聞は「質問機会を奪う行為につながりかねず、容認できません」と報道室に抗議しましたが、菅義偉官房長官は7日午前の記者会見で「(首相の)広島空港への移動時刻が迫っていた中での出来事で、速やかな移動を促すべく職員が注意喚起を行ったが、腕をつかむことはしていないとの報告を受けている」と述べ、今のところ、腕をつかんだか否かはうやむやになっています。

記者会見で質疑応答があったといっても、やはり安倍首相の言葉には心がこもっていません。
なぜ安倍首相の言葉には心がこもっていないのかが明らかになる出来事が、長崎の記者会見場でありました。



この記者会見も時間は約15分でした。記者の質問は2問とあらかじめ決められていました。
会見が終わり、安倍首相は立ち上がる前に手元の書類を立てて持ちました。
その瞬間をANNのテレビカメラは撮っていました。

安倍カンペ




コピペ切り取り


字が小さくて見にくいですが、四角い囲みの中の冒頭に「問1」とあり、「核兵器」と思われる言葉が続いています。
これは、毎日新聞のマツムラマユ記者の核兵器禁止条約についての質問と思われます。
そして、その下に[答]という字があり、安倍首相が実際に答えた内容がそのまま書かれています。

要するに、記者の質問も安倍首相の答えも全部あらかじめ決まっていて、安倍首相は原稿を読むだけなのです(安倍首相のテーブルだけ花が飾ってあるのはカンペ隠しのためです)。
これでは言葉に心がこもらないのは当然です。

記者会見そのものが台本のある芝居、下手な学芸会のようなものです。
これなら記者会見などしなくて、安倍首相の手元にある原稿を各メディアが受け取って、それをもとに記事を書けばいいのです。
いや、それだとテレビは絵がないので、テレビのために学芸会をやっているのでしょう。


菅官房長官の定例記者会見も同じシステムに違いありません。
韓国で慰安婦像の前で安倍首相らしい人物が土下座する像が設置されたことについてTBS記者が菅長官に質問したところ、菅長官はそれに答えるときに「慰安婦問題の最終的かつ不可逆的な解決を確認した日韓合意」という言葉を正確に言ったので、質問も答えもあらかじめ決まっているのだとわかりました(このことは『「首相謝罪」の炎上商法が不発』という記事に書きました)。

質問があらかじめわかっていれば、いくらでもはぐらかしの答弁ができます。

安倍首相の記者会見での言葉はカンペを読んでいるだけだということが証拠映像つきでわかったのですから、ワイドショーなどがおもしろおかしく取り上げてもよさそうなものですが、同じマスコミなのでやらないのでしょう。
そのため、今のところツイッターでしか取り上げられていないようです。

記者クラブも情けないものです。
質問をあらかじめ提出するよう求められているなら、そのことを公表するべきです。
台本のないふりをするのは国民をあざむく行為です。

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