村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

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新型コロナウイルスの感染者が急増し、「第二波」が到来したと言うしかない状況です。

そんな中、7月21日発売の月刊「WiLL」9月号(ワック出版)が「新型コロナ第二波はこない」と断言した記事を目玉にして、「壮大に予想を外した」と評判になっています。


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月刊誌なので書店に並んだときには状況が変わっていたということではなくて、編集部はこの内容に自信を持っているようです。
発売に合わせてYouTubeで配信された「WILL増刊号インターネット版」では、山根真デスクはこの記事が文芸春秋最新号の特集「第二波に備えよ」にケンカを売る内容であるとして、「自信あるんで、もうかかってこいって感じですよね」と語っています。

「新型コロナ第二波はこない」の執筆者として2人の名前があがっていますが、上久保靖彦京都大学大学院特定教授は、日本で新型コロナ感染症の死者が少ないのは日本人がすでに新型コロナに対する集団免疫を獲得しているからだという仮説を発表した人で、もう1人の小川榮太郎氏は、自称文芸評論家で、『約束の日 安倍晋三試論』という著書もある、安倍応援団の筆頭格の人です。

「WiLL」自体が安倍応援雑誌みたいなものですが、9月号の表紙を見ると、壮大に外しているのは「新型コロナ第二波はこない」だけではなくて、「日本のメディアが伝えない米大統領選はトランプ圧勝」も同じです。

このふたつの記事はつながっています。
トランプ大統領は、「ウイルスはすぐに消え去る」などと言って感染拡大を軽視してきました。「第二波はこない」と同じです。もしそれが正しければ「トランプ圧勝」も正しかったでしょう。
現実にはウイルスは猛威をふるい、トランプ大統領はバイデン候補に大きく水をあけられています。


「第二波はこない」はトランプ大統領の言いそうなことです。
「バイデンはボケてるョ!」という記事もありますが、これもトランプ大統領の言いそうなことです。

「WiLL」のバックナンバーを見てみると、安倍応援記事ばかりでなく、トランプ応援記事と、トランプ大統領の言い分と同じような記事が多く目につきます。

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「新型コロナウイルスは中国の陰謀だ」と「人種差別反対運動は反トランプの陰謀だ」という記事がやたら目につきます。「ディープステート」という言葉も出てきます。まるでアメリカ保守派の雑誌みたいです。

トランプ大統領は「中国ウイルス」という言葉を使って中国に責任転嫁する一方で、「ウイルスはすぐに消え去る」とも言ってきて、7月4日の独立記念日の演説では、新型コロナウイルスの症例の「99%は無害」と言いました。
ですから、「WiLL」にウイルス中国陰謀説とともに「第二波はこない」という記事が載るのも不思議ではありません。



「第二波はこない」という記事は、おかしな雑誌が予想を外したというだけのことではすまないかもしれません。
というのは、執筆者の一人の小川榮太郎氏は安倍首相にきわめて近い人物で、それなりの影響力があるかもしれないからです。

小川氏はFacebookにこんなことを書いています。

小川栄太郎


上久保靖彦教授の日本人集団免疫仮説に基づく「第二波はこない」説を自民党や担当大臣にレクチャーしているのです(担当大臣というのは常識的には西村康稔新型コロナ担当大臣のことでしょう)。

安倍政権は唐突に「Go Toトラベル」を前倒しして実施すると発表し、明らかに第二波が襲来していると思われる中でも強行して世の中を混乱させていますが、その判断にはこのことも影響していたのかもしれません。


トランプ大統領の妄想が日本の保守派に浸透し、それが安倍政権を動かしているかもしれないということです。
“中国ウイルス”ならぬ“トランプウイルス”の脅威です。

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7月22日、新型コロナウイルスの新規感染者数が795人になり、過去最多を記録しました。
安倍首相は官邸で記者から「Go Toトラベル」が始まったことについて聞かれ、「国民の皆様のご協力をいただきながら、慎重に経済活動再開を目指していく方針に変わりはありません」と答えました。

こういう答えを聞くと、いらっとします。
本来なら「この程度の感染者数では経済活動再開の方針を変える必要はないと思います」みたいなことを言うべきです。
もっとも、そうすると「では、どの程度なら方針を見直すんですか」と聞かれて、安倍首相に定見のないことがバレてしまいますが。

「感染防止と経済活動の両立」と言葉でいうのは簡単ですが、「感染防止」と「経済活動」という異質のものを天秤にかけて計るには、高度な判断力が必要です。

安倍首相は非常事態宣言を解除するときに「日本モデルの力を示した」と自慢げに言いました。
麻生財務相は「民度が違う」と言いました。

「日本モデル」も「民度が違う」も、つまるところ「日本スゴイ」ということです。
こういうことを言うと国民の喝采が得られると思っているのでしょうが、科学的に感染防止に取り組もうという意欲が感じられません。


安倍首相と麻生財務相に続く政権のキーマンである菅官房長官は、このところ存在感がありませんでしたが、「Go Toトラベル」の前倒しが決まってから、注目される発言をするようになりました。

7月11日、北海道で講演した菅長官は、最近の感染拡大について「この問題は圧倒的に『東京問題』と言っても過言ではない」と語り、「これは国の問題」と反論する小池都知事とやり合いました。

この「東京問題」という発言は、感染を小さく見せかけたいために言っただけかなと思いましたが、その後、「感染の根源」という言葉を使いました。

感染急増「夜の街」対策強化へ…菅氏「根源を一つ一つつぶしていく」
 政府は、新型コロナウイルスの感染者が多数出ているホストクラブなどへの対策を強化する。全国の警察が風俗営業法に基づき、各地の「夜の街」に積極的な立ち入り調査を行い、感染防止策を含む営業実態を確認する方針だ。

 菅官房長官は19日のフジテレビの番組で、接待を伴う店としてホストクラブやキャバクラを挙げ、「どこに新型コロナの根源みたいなものがあるか分かってきたから、警察が足を踏み入れ、根源を一つ一つつぶしていく」と述べた。
https://news.yahoo.co.jp/articles/32b8202aa328b5f71cbaf2a487eafe8c4f66ce01


「感染の根源」という言葉に驚きました。
感染に「根源」などあるはずがなく、すべては感染の「通過点」です。

「感染の根源」は単なる思いつきの言葉ではなく、菅長官は20日午前の記者会見でも語っています。


記者 コロナウイルスが蔓延している場所は限られているとおっしゃいましたけども、これは意味としては、蔓延するきっかけになった店舗が夜の街全体ではなくて、少ないところに限られているという意味なのか、市中に感染してないという意味なのか、どうなんでしょうか。
菅長官 夜の街の感染がきわめて大きいことは、たとえば東京都の検査でも明らかになってきているんじゃないでしょうか。明らかにホストクラブとかキャバクラ、そうしたところが根源になっているということは、今日までの検査の中で明らかになってきているというふうに思っています。そうしたところに風営法等を初めとする各法の義務を徹底させるということはだいじじゃないでしょうか。

小池都知事は「夜の街」という言葉をよく使いますが、これはパチンコ屋とともに差別的に見られる水商売を悪者にする一方、経済活動に直結する職場と通勤電車から国民の視線をそらせようという作戦でしょう。
ところが、菅長官はそれを真に受けたのか、ホストクラブやキャバクラを「感染の根源」と見なして、これから警察の立ち入り調査などで「根源を一つ一つつぶしていく」ということです。

これだけ市中感染が広がっている中で、今さらホストクラブやキャバクラを規制したところで、大した意味はありません。
菅官房長官は感染のメカニズムがなにもわかっていないようです。

トランプ大統領はアメリカの感染拡大を中国やWHOのせいにして攻撃していますが、菅長官も同じ発想をする人かもしれません。
菅長官は2月、3月ごろのマスク不足の対策を担っていて、マスク不足は転売ヤーのせいであるとして政令改正でマスク転売を禁止しましたが、効果はありませんでした。マスク不足はマスクの絶対数が不足しているからで、転売ヤーのせいではなかったからです。

ともかく、「感染の根源」などという言葉を使う人にまともな感染対策ができるとは思えません。

西村コロナ担当相も加藤厚労相も、記者会見や国会でしゃべっているところを見ていると、感染のことがよくわかっていないのではないかという気がします。


政府の「感染防止と経済活動の両立をはかる」という方針はいいのですが、「感染防止」と「経済活動」を天秤にかけて計れる人間が誰もいないので、政府はエンジンの壊れた船のように、利権と世論の風に吹かれて漂流しているだけです。

今の政府首脳が学習して向上するということは考えられないので、国民としては、せいぜい正しい方向の風を吹かせるしかありません。

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「Go To トラベル キャンペーン」の問題点について書こうと思いましたが、問題点が多すぎて、なにから書いていいのかわかりません。
いろいろ考えて、ようやく問題点を整理しました。

国土交通省は4月の一次補正予算に約1.7兆円の予算額の「Go Toキャンペーン」事業を盛り込みました。この事業には「Go To Travel キャンペーン」「Go To Eat キャンペーン」「Go To Event キャンペーン」「Go To 商店街 キャンペーン」などがあって、コロナ収束後に観光業などの地方経済を回復させることが目的です。

この事業が発表されたのは、緊急事態宣言が発出される前です。
そんなときからコロナ収束後の計画を立てていたとは、長期的視野がすごいのか、危機感がなさすぎるのか、どちらにしても感心します。

この少し前には、自民党の農林部会や水産部会が和牛や魚の消費喚起をするために「お肉券」や「お魚券」を計画しましたが、これは反対の声が強くて、立ち消えになりました。
「Go Toキャンペーン」も基本的に同じようなもので、特定の業界を税金で救済するものです。

ここに問題がありますが、ただ、特定業界を税金で救済することが必ずしも悪いわけではなく、やり方次第です。

キャンペーン
https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001339698.pdf

これらのキャンペーンは、4月7日の閣議決定で「感染症の拡大が収束した後」に実施するとされました。

キャンペーンの目玉である「Go Toトラベル」は、旅行代金の半額(うち3割は旅行先で使えるクーポン)を政府が負担するというものです。こんなに得なら、これ目当てに旅行にいく人がいっぱい出るでしょう。

「Go To トラベル」は8月初めから実施する予定でした。
この時期も問題ではありましたが、7月10日の記者会見で赤羽国交相が7月22日から前倒しして実施すると発表して、急に問題が大きくなりました。
そのとき感染者が明らかに増加傾向にあったからです。


この決定を主導したのは菅官房長官のようです。
菅長官は感染者の急増について、「この問題は圧倒的に『東京問題』と言っても過言ではない」と言って、問題を軽視しましたが、小池都知事は「これは国の問題」と反論、さらに「Go Toトラベル」について「冷房と暖房と両方かけている」と批判しました。

結局、菅長官も国民の反対の声に押されて方針転換しましたが、東京発着をキャンペーンの対象から除外するという中途半端な対応でした。
東京だけ除外したのは、菅長官の小池都知事に対する感情からかもしれません。

「東京だけ除外」にしたために、さまざまな問題が生じました。東京都民でないことを証明する書類が必要になるとか、東京ディズニーランドとスカイツリーに行くツアーはどうするのかといった問題があり、赤羽国交相はキャンセル料は補償しないと言っていたのに自民党の岸田政調会長がキャンセル料補償を検討していると言ったり、赤羽国交相が高齢者と若者の団体旅行は除外すると言ったり、わけのわからないことになっています。

こうしたいきさつを見ると、「Go Toトラベル」自体の問題よりも、突然実施を前倒しし、ゴリ押しし、東京だけ除外という半端な対応をしたことによる問題がほとんどであることがわかります。
当初の閣議決定通り「感染症の拡大が収束した後」に実施すれば、なにも問題はなかったでしょう。


ただ、ほんとうに感染が収束すればキャンペーンなどしなくてもみんな旅行するようになるはずです。そうすれば、キャンペーンなど必要ないということになります。

そう考えると、旅行代金の半額を政府が負担するというこの「Go Toトラベル」は、感染の危険性がある中でも人を旅行させようと設計されたキャンペーンであると考えられます。
つまり「感染症の拡大が収束した後」に実施するという閣議決定が、キャンペーンの趣旨に反するのです。
感染がいっこうに収まらず、誰も観光旅行をしないような今こそ、観光業界救済のためにキャンペーンを発動するというのは、このキャンペーンの本来の姿です。

そう考えると、今の時期に実施を前倒しし、ゴリ押しした政府の態度は一貫しています。
東京を除外したところは少しぶれましたが、これは東京都に対するいやがらせでしょう。

つまり政府の方針は、「多少の感染リスクがあっても経済を回していこう」ということです。
これは前から一貫していて、政府が緊急事態宣言を出したのも、小池都知事や医師会やマスコミにせっつかれて、いやいや出したという感じでした。
今、感染者数は緊急事態宣言当時の水準に近づいていますが、政府が緊急事態宣言を出すような気配はまったくありません。

問題は、そうした政府の方針を誰も説明しないことです。
安倍首相か菅官房長官が「多少の感染リスクはあっても経済回復を優先するべきであるという観点から、『Go Toトラベル』を実施することにした」と国民に向かって説明すれば、もちろん反論があるでしょうが、論点が明確になります。
感染防止優先か経済回復優先か――という国民的議論が起こって、そのうちコンセンサスが成立するでしょう。
これまでの日本人は新型コロナを恐れすぎていたので、少し経済優先にシフトするのが適正かと思います。

そういう説明能力のある政治家が一人もいないのが日本の不幸です。

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世の中の変わる速度よりも教育の変わる速度は遅い――というのは私が考えた法則ですが、十分に成立すると思います。
したがって、教育の世界はどんどん世の中から取り残されていきます。

都立高校の83%に頭髪に関する規則があり、そのうちの約10%の高校には「ツーブロックを禁止する」という旨が明記されているそうです。
共産党の池川友一都議が都議会で、なぜツーブロック禁止なのかと質問したところ、藤田裕司教育長は「外見等が原因で事件や事故に遭うケースなどがございますため、生徒を守る趣旨から定めているものでございます」と回答し、池川都議がツイッターにその質疑の動画を投稿したところ、「意味不明の理由だ」などと反響を呼んで、ネットニュースになりました(その代表的なニュースはこちら)。

私はツーブロックという言葉を初めて知って、調べてみると、「ああ、あれか」と納得しました。よく見る髪型です。私の中では“部分刈り上げ”と認識していました。
オシャレに敏感な若い人がする髪型――ということは言えるかもしれません。

ツーブロックが禁止される理由は、要するにオシャレだからです。
昔から日本の学校は生徒のオシャレを目の敵にしてきました。

私が小中学生のころ、「華美な服装はいけない」ということを耳にタコができるほど聞かされました。
「華美」を文字通りに解釈すれば「華やかで美しいこと」ですから、むしろいい意味です。ですから私は頭の中で「過美」と変換していました。

中学で江戸時代の三大改革を学び、贅沢禁止令が繰り返し出されたことを知ると、「華美な服装はいけない」というのは江戸時代の改革を真似ているのかと思いました。
封建時代の道徳が学校の中に生き残っているのだと思ったのです。
根拠はありませんが、そうとでも考えなければ説明がつきません。

ついでに言えば、戦時中も「ぜいたくは敵だ」とか「パーマネントはやめましょう」というスローガンがありました。
学校は「ロストワールド」みたいに昔のものが生き残っているところです。


最近はさすがに見なくなりましたが、少し前まで坊主頭と詰襟の学生服を強制する学校が多くありました。
もちろんこれは軍国教育の名残りです。戦後は平和教育に転換したといっても、中身はなかなか変わりません(セーラー服も水兵の服です)。
校庭に生徒を整列させて、気をつけ、休め、前にならえなどをさせるのも軍国教育の名残りです。こんなことは社会に出たらなんの役にも立ちません(自衛隊や警察に就職すれば別ですが)。

校則に頭髪と服装に関する規制が多いのも、軍国教育の名残りと考えられます。

運動部で練習中に水飲みを禁止することが長らく行われてきたのも、軍隊で水の補給が少なくても対応できる体にするためです。
戦後にはもちろん意味がなく、科学的に水分補給がたいせつだということが言われるようになっても、なかなか改まりませんでした。

教科書の内容は時代に合わせて変わりますが、学校文化はなかなか変わりません。

オシャレ禁止には保護者の支持もあります。
子どもが華美な服装などのオシャレをすると金がかかり、親の負担になるからです。


ブラック校則などの学校文化がなかなか変わらないのは、インプリンティングとトラウマで説明できます。
幼児期に体験したことは強い思い込みとなって、なかなか訂正できません。つまりインプリンティングです。
そして、その体験に苦痛が伴うとトラウマとなり、トラウマは記憶の中に封印されるので、やはりなかなか訂正できません。

ブラック校則に従わされた生徒が教師になると、また同じようなブラック校則をつくって生徒を従わせます。いわば「ブラック校則の連鎖」です。
親から虐待された子どもが親になると自分の子どもを虐待するという「虐待の連鎖」と同じことです。


学校文化がこのように時代遅れであることは、学校内だけの問題ではなく、社会にも影響します
たとえば、ツーブロック禁止の校則について杉村太蔵氏はテレビでこのように語りました。

 「校則って確かに、大人から見ても『なんだこれ』っていうの結構ありますよ。僕は北海道出身で、マフラーの巻き方の校則もありました」と自身の経験を振り返り「校則はなぜ存在するのかというと、子供たちがルールを守る練習。世の中に出たときに『これ変なルールだな』と思うことがありながらも、ルールである以上それを守らなければいけない。それを守る訓練というのもどこか教育的にあるのかなと理解しています。世の中の法律でも納得できないものって結構あると思いますから」とあくまで教育に必要なものであると強調。

 「生徒が納得できないと」という意見に対しては「僕はそこが訓練だと思っている。世の中に出たときに、全てにおいて納得できないこともあるでしょう。納得できないことも受け入れるという訓練が未成年のときに必要なんじゃないかなと思う。こういう意味不明な校則もあっていいんじゃないかな」と持論を展開した。


杉村太蔵氏といえば、26歳で衆議院議員になり、「早く料亭に行ってみたい」などの型破りな発言で注目されただけに、柔軟な考えの持主かと思いましたが、こと校則に関しては完全に硬直した考えです。

この杉村氏の意見に対してはネットで批判の声が上がりました。

「不条理なルールに従い続ける社会ではなく、不条理なルールに声を上げて変える社会にしなければ」
「『ルールを守る練習』が必要なら、『ルールを変える練習』も必要。ルール従うだけでは、考える人は育たない」
「そんな無意味な練習は必要ない。子どもたちに納得出来る説明をするのが大人の仕事」

とはいえ、杉村氏のような考えの人は日本にたくさんいるでしょう。
こういう人は、自分自身の考えが硬直しているだけでなく、若い人の新しい考えも否定するので、社会の進歩を妨げます。

最近、日本から斬新で創造的な製品が生まれなくなって、日本経済がすっかり停滞してしまったのは、少子高齢化のせいだけではなく、ブラック校則などが蔓延する学校文化の影響が大きいのではないでしょうか。


ブラック校則をなくすには、当然ですが、校則づくりに生徒も参加することです。
そうすれば今の時代に合った校則になります。

そもそも自分たちが守るルールを自分たちでつくるのは民主主義の基本です。

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最近、違法アップロードをしないように訴えるテレビ広告が盛んに放映されています。
私はてっきり、法律が改正されたので、それを告知する広告をやっているのかと思いましたが、法律改正とは関係ないようです。

この広告は、日本民間放送連盟が放送番組の違法配信撲滅キャンペーンとして始めた「違法だよ!あげるくん」というシリーズです。
「あげるくん」「タメヨちゃん」に犬のお巡りさん(?)の「トメ吉」というキャラクターが出てきます。
昭和っぽい雰囲気に、アニメのキャラクターがかわいくて、全体的な印象はいいのですが、実は大いに問題なところがあります。




「トメ吉」は、見た目はかわいいのに、声が太くて、脅かすように「つかまるよ、マジで」などと言うのが不愉快だという意見があります。
確かに不愉快ですが、それは声や言い方だけの問題ではありません。

この広告にはいろいろなバージョンがありますが、代表的なものを書き起こしてみます。

「あげるくん、遊ばないの?」
「昨日の番組をネットにあげてから」
「またか」
「暇か」
「見られなかった人のためにあげているんだよ」
「違法」
「えっ?」
「それ、無断アップロードっていって違法だから」
「はいはい、わかりました」
「つかまるよ、マジで」

あげるくんは「見られなかった人のためにあげているんだよ」と言って、自分はいいことをしているんだと主張しますが、トメ吉はそれが悪いことだという説明をせずに、「違法だから」「つかまるよ、マジで」と言うだけです。

ほかのバージョンもすべて同じです。

「ドラマを録ってネットにあげるのは違法って言ったよね」
「でも、みんなのために僕は法を犯すのでーす」
「10年以下の懲役または1000万円以下の罰金、もしくは両方」
「バレなきゃいいんじゃない」
「バレるから。それがネットだから」
  *
「昨日のドラマ、みんなのためにアップしてあげよう」
「違法」
「えっ?」
「つかまるよ、マジで」
  *
「この番組、最高。SNSで拡散だな」
「それ、無断アップロードっていうんだよ」
「みんなが喜ぶんだよ」
「つかまるよ、マジで」

どれもみんなのためにやっている行為が「違法」として否定されます。
これでは道徳的な行為を法律が否定していることになります。
おとななら著作権法の趣旨を理解しているので、自分の頭の中で補いをつけることができますが、子どもがこの広告を見たら、理不尽な法律があるなと思うでしょう。
いや、この世界はみんなのためになることをすればつかまってしまう理不尽な世界だと思うかもしれません。

おとなが見ても、なんの説明もせずに「違法」だの「つかまるよ、マジで」だのと言われるのは不愉快です。
子どものころ、頭ごなしに説教されたことが思い出されます。

「有害CMだ」という声が高まっても不思議ではありません。


不愉快でない広告にするには、違法アップロードがなぜいけないかを説明することです。
「みんなのためにアップしてあげよう」という主張に対しては、「みんなのためっていうけど、番組のつくり手のことは考えてないよね」とか「それは将来の有料配信の利益を奪うことになるよ」とか言ってから、「つかまるよ、マジで」と言えばいいのです。

この広告のつくり手は、国民など頭ごなしに言ってやればいいのだと思っているのでしょうか。

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