宮崎駿監督のアニメ「君たちはどう生きるか」を観ました。
宮崎監督が引退を撤回して10年ぶりに発表した新作です。
事前の宣伝をまったくしないという異例の手法がとられたので、いろいろと推測してしまいました。
あまりにも駄作なので、鈴木敏夫プロデューサーは宣伝する気を失ったのかとも考えました。
若者に対して説教くさい内容ならそういうこともありえます。
いいほうに推測すると、観る人によってさまざまな解釈が可能なので、宣伝によってひとつの観方を押しつけることを嫌ったのかとも考えました。
いざふたを開けると、公開4日間で興行収入21.4億円を突破し、これは2001年公開の「千と千尋の神隠し」を超える記録だということです。
宣伝なしという異例の手法が成功したことになりますが、これはひとえに宮崎駿ブランドの力でしょう。
私は映画のレビューなどもほとんど見ず、「異世界冒険ファンタジー」であるという情報だけ仕入れて映画館に行きました。
宣伝をしないというジブリの方針に敬意を表して、あまりストーリーに触れないようにして感想を書いてみます。
『君たちはどう生きるか』という吉野源三郎の小説があり、このアニメはそのタイトルを借りていますが、「宮崎駿原作・脚本・監督」となっていて、オリジナルのストーリーです。
物語は、東京が空襲にあうシーンから始まります。第二次世界大戦も末期です。
主人公の少年は母方の実家に疎開します。そこは金持ちの家で、庭には大きな池があり、庭の奥の森には謎めいた建物があります。
庭には怪しいアオサギがいて、人語をしゃべり、主人公を異世界へと導いていきます。
日常世界と異世界が微妙に重なり合っているのが宮崎ファンタジーの常道です。
前半は、ちょっと物語のテンポが遅いなと感じることがあります。物語がどう展開するかまったく読めないことも影響しています。
登場人物が微妙に重なり合っていて、死んでしまった大叔父から現在までの時間軸も長く、よく理解できないところがあります。「何度も観たい」という感想がある一方で、まったくつまらないという感想があるのもうなずけます。
この前、日テレで「となりのトトロ」をやっているのをたまたま観て、完全に子ども向きの物語だなと思いました。昔初めて観たときは、アニミズムとか自然との共生とかの“意味”を見ていたのですが、物語は、母親が入院して、初めての土地にやってきた子どもが不安の中でさまざまな経験をして、最後に母親が元気になって幸せになるというもので、要するに子どもの目に映った世界が描かれていたのです。
「魔女の宅急便」は、少女の成長物語です。
これらの作品と比べると、「君たちはどう生きるか」は一筋縄ではいかない作品で、「これがテーマだ」ということが単純にいえません。観る人によっていろいろな解釈ができます。
鈴木プロデューサーも宣伝のやりようがなかったということかもしれません。
私自身はというと、観終わって感動しました。
私は宮崎監督のアニメをずっと観てきて、宮崎監督が引退を撤回してまで撮ったのはなぜかと考え、「これがテーマだ」ということを自分なりに推測しました。その推測に基づいて感動したわけです。
その推測を書いてみますが、あくまで私の推測ですから、そういう解釈もあるのかと思って読んでいただければ幸いです。
影響されやすい人にとってはネタバレと同じことになるので、映画を観てから読んだほうがいいかもしれません。
ただ、私の推測を頭に置いて観たほうがおもしろく観れるのではないかとも思っています。
宮崎監督の「君たちはどう生きるか」はオリジナルのストーリーですが、宮崎監督は吉野源三郎の小説を読んで感動して、そのタイトルを借りたということなので、小説の影響はあるはずです。いや、ストーリーは違ってもテーマは同じと見ることができます。
吉野源三郎の小説が書かれた1937年は盧溝橋事件で日中戦争が本格化した年です。そういう時代にあらがうために科学や学問を学ぶことの重要性を説いた小説ということができます。ちなみに主人公の少年のあだ名は「コペル君」で、もちろんコペルニクスからきています。
宮崎監督のアニメも戦争を背景にしています。もうすぐ原爆を落とされて敗戦になるという時期ですから、観客は「戦争」を強く意識せざるを得ません。
宮崎監督は「戦争」を強く意識する作品をいくつもつくってきました。
アニメの「風の谷のナウシカ」は、最後にナウシカが奇跡を起こして戦争を止めます。マンガ版の「ナウシカ」とはまったく違う物語になっていて、宮崎監督はこのハッピーエンドが気にいらなかったそうです。それは当然で、奇跡によってしか戦争を止められないなら、現実の戦争を止めるすべはないことになります。
「紅の豚」は、戦争を止めることは諦めて、豚になって戦争から逃避している男の物語です。
「風立ちぬ」は、ゼロ戦を設計することでむしろ戦争に協力した男の物語です。
宮崎監督はもちろん反戦の立場です。
しかし、最後まで戦争を止める道を示すことはできませんでした。
それが心残りで、引退を撤回して「君たちはどう生きるか」を撮ったのではないかと思いました。
吉野源三郎の小説が書かれた時代は、科学の力や優れた知性によって戦争が止められるという期待が高まっていました。
1932年、国際連盟はアインシュタインに対して、「誰でも好きな人を選び、今の文明でもっともたいせつと思われる問題についてその人と意見を交換してほしい」と依頼しました。アインシュタインはフロイトを指名して、「人間を戦争というくびきから解き放つことはできるのか?」というテーマについて意見交換をしました(この内容は『人はなぜ戦争をするのか』(講談社学術文庫)で読めます)。
フロイトはアインシュタインとともに当代最高の知性と目されていました。
フロイトの代表作『精神分析入門』はわが国では1926年に翻訳出版されましたが、その中でフロイトは「人類は素朴な自己愛が三度侮辱を受けた」と書いています。一度目はコペルニクスの地動説によって地球は宇宙の中心ではないと知ったとき、二度目はダーウィンの進化論によって人間は特別に創造されたものではないと知ったとき、三度目はみずからの心理学による無意識の発見によって自我は自分自身の主人ではないと知ったときであるというのです。
フロイトは自分の心理学を天文学や生物学と同じ科学と見なしていたのです。
『精神分析入門』を翻訳した安田徳太郎は、1952年の改訳版の「訳者よりはじめに」でこのように書いています。
この『精神分析入門』は日本における最初のフロイト本の紹介であった。私の翻訳をとおして、日本でもフロイトの名前はいっぱんに有名になったが、日本の医学者はフロイトの原文を一ページも読まないくせに、さっそくフロイト征伐に乗り出し、私もそのまきぞえで、マルクスとフロイトがたたって、とうとう七年目に官学からたたき出された。ゲンコツが私へのほうびであった。それほどマルクスとフロイトの名前は日本の官学のお気にめさなかったのである。いっぽうフロイトはアインシュタインといっしょにドイツで反戦運動をやったために、ヒトラーからこれもゲンコツをくらって、イギリスに亡命し、そのごまもなく八十三歳の高齢で死んでしまった。こういうように、どこの国でも学問の道はじつにけわしかった。
(中略)
おわりに、今や歴史的名著になったこの本が十九世紀の偉大な学問的成果としてのダーウィンの『種の起源』とマルクスの『資本論』とともに、日本の青年男女のあいだにもひろく読まれて、人間の心理行動にたいして科学的な興味が高まることを希望してやまない。
この文章から吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』が書かれた時代背景がわかるでしょう。
科学や学問や知性によって戦争や貧富の差などの社会問題はやがて解決されるということが信じられていたのです。
宮崎監督は『君たちはどう生きるか』を読んだときに、その点に共感し、希望を持ったのでしょう。
しかし、現実はそうなりませんでした。
マルクス主義もフロイト心理学も過去の遺物になり、世界平和の実現は夢物語と化しました。
なぜそうなったかというと、ダーウィンが『種の起源』の12年後に著した『人間の由来』において、人間に進化論を適用するのに失敗したからです。
それ以降、進化論には社会ダーウィン主義、優生思想、人種差別がついて回るようになり、人間に進化論を適用して論じることはタブーとなりました(ダーウィンがなにを間違ったのかについては「道徳観のコペルニクス的転回」に書いています)。
進化論から見れば、人間の戦争は動物の生存闘争の延長線上に位置づけられます。生存のために戦争をするのに、戦争によって生存が脅かされるという矛盾した事態が生じています。これは戦争の目的を「正義」や「自由」や「民主主義」で粉飾しているからです。
したがって、ダーウィンの間違いを正し、戦争を生存闘争の一環と見なせば、戦争を止めることは十分に可能です。
宮崎監督の前作の「風立ちぬ」は、東日本大震災の2年後の公開でしたが、関東大震災のシーンから始まります。ストーリーは前からできていたので偶然の一致ですが、まるで震災を予見していたようだと話題になりました。
「君たちはどう生きるか」はウクライナ戦争のさ中に公開になりました。
これも偶然の一致ですが、戦争について危機感を持っていた宮崎監督の判断が正しかったといえるかもしれません。
宮崎監督が「君たちはどう生きるか」で訴えたかったのは、人間の知性によって戦争を止めることは可能だということです。
もっとも、その実現は次の世代に託されました。
ですから、これは「君たちはどう戦争を止めるか」という宮崎監督の問いかけでもあります。