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東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会公式サイトより


東京パラリンピック大会開会式のテーマが「WE HAVE WINGS(私たちには翼がある)」だと知ったときは、いやな予感しかしませんでした。

翼あるいは空を飛ぶことをテーマにした曲は「翼をください」「この空を飛べたら」「翼の折れたエンジェル」など名曲ぞろいですが、どれも人間が空を飛べない哀しみを歌っています。
ところが、パラは「翼がある」です。大丈夫でしょうか。

パラリンピックの開会式はわりと好評でした。オリンピックの開会式と閉会式があまりにも悪評だったので、その反動もあったでしょう。関係者が「外野からの注文が少なかった」と言っていて、統一感があったこともプラスだったようです。


パラ開会式の中心にひとつの「物語」があります。
スタジアムのフィールドをパラ・エアポートという飛行場に見立て、各国選手団もそこに降り立つという設定です。
パラ・エアポートにはさまざまな飛行機が離着陸していますが、そこに「片翼の小さな飛行機」が登場します。NHKのナレーションによると、「翼がひとつしかありません。いつか空を飛ぶことを夢見ています」ということです。
片翼しかついていない車椅子に乗っているのは、公募で選ばれた13歳の和合由衣さんで、先天性の上肢下肢の機能障害があるということです。

少女の周りにはさまざまな個性ある飛行機が個性ある飛び方をしています。目の見えない飛行機は、テクノロジーと心の目で方向を定めて飛んでいるそうです。
「片翼の小さな飛行機にも飛びたい気持ちはあるものの、なかなか一歩を踏み出すことができません」というナレーションがあります。

少女はパラ・エアポートの外に出ます。そうすると、デコトラがやってきます。
「彼女は悩みを打ち明けます。トラックは悩みを笑い飛ばしました。彼女にぜひ紹介したい仲間がいるみたいですよ」というナレーションで、デコトラの中から布袋寅泰氏の率いるロックバンドが出てきて、演奏を始めます。バンドのメンバーは障害があって、障害があるなりの演奏の仕方をします。
それと同時にやはり障害のあるダンサーが出てきて、踊ります。
この演奏とダンスがたいへんすばらしく、「多様性」をよく表現しています。
感動したという人が多いのもうなずけます。

「物語」になっているのも成功しています。見ている人は結末はどうなるのだろうという興味で引き込まれます。

私もどういう結末かと考えました。
翼が片方しかなくては飛べません。腕のいい職人が“義翼”をつくってくれるのかもしれません。あるいは翼を半分切って、両翼にするという手もありそうです。誰か補助者が翼のない側をささえてくれていっしょに飛ぶのかもしれません。
あるいは、飛ぶことを諦めて、飛べない自分を受け入れるという結末もあるでしょう。

で、物語はどうなったかというと、仲間から勇気をもらった少女はパラ・エアポートに戻ってきて、仲間が照らしてくれる夜の滑走路で、仲間の手拍子に勇気づけられて走り出し、そして空を飛びます。

いったいどういう原理で空を飛んだのかわかりません。
ビデオを見返しましたが、やはりわかりません。
推理小説を読んで、読み終えても犯人がわからないみたいな気分です。

世の人々はあまり気にしていなくて、「勇気をもらって飛んだ」みたいな解釈で納得している人が多くいました。


調べてみると、東京オリパラ組織委の公式サイトの「パラリンピック開会式・閉会式」のページに説明が書いてありました。

パラリンピック開会式のテーマである「WE HAVE WINGS」に込めた思い。 人間は誰もが、自分の「翼」を持っていて、勇気を出してその「翼」を広げることで、思わぬ場所に到達できる。 その「翼」をテーマにした物語が始まります。 主人公は、「片翼の小さな飛行機」。 少女は、空を飛ぶことを夢見ています。ただ、翼が片方しかないということで、 空を飛ぶことをあきらめています。彼女は、自分にも本当は「翼」があることに気づいていません。

少女には最初から「翼」があったのです。
ただ、物理的(フィジカル)な翼ではなく、「心の翼」ということでしょう。
ということは、これは「精神力で身体の障害を克服できる」という精神主義の物語です。

ファンタジーの中だから奇跡が起こってもいいではないかという意見があるかもしれませんが、現実離れしたファンタジーにもメッセージがあって、それがわれわれの心に届いて感動が生まれます。
このファンタジーのメッセージはやはり「勇気で障害は克服できる」というものです。

パラリンピック大会という場で、障害者のミュージシャンやダンサーが多数出てきて、主人公の少女も障害者であるという状況で、「勇気で障害は克服できる」というとんでもないメッセージが発せられたのです。


障害者がみずからの努力で障害を克服してくれれば、周りの人間にとってこれほどありがたいことはないので、こういう物語は歓迎され、「感動ポルノ」と呼ばれます。
感動ポルノとは、「身体障害者が物事に取り組み奮闘する姿が健常者に感動をもたらすコンテンツとして消費されていることを批判的にとらえた言葉」と説明されます。

これは「片翼の小さな飛行機」の物語だけでなく、<東京2020パラリンピック競技大会開会式コンセプト>と題された次の文章にも感じられます。

WE HAVE WINGS

人生は追い風ばかりではありません。

前に進もうと思っても、なかなか進めない。

視界不良で、状況を掴めない。

ついにはその場で立ち止まり、うずくまる。

誰しもが、そんな逆風を何度となく経験します。

しかし、パラリンピックに出場するアスリートたちは知っています。

風がどの方向に吹いていようと、それを人生の力に変えられることを。

勇気を出して「翼」を広げることで、思わぬ場所に到達できるということを。

いよいよパラリンピックが始まります。

アスリートたちのパフォーマンスは、あなたにも「翼」があることを気づかせてくれるでしょう。

パラ・アスリートの活躍を「感動ポルノ」として消費することを宣言したような文章です。
パラリンピック大会運営の中心的な人たちがこうした考えなのでしょう。

障害は精神力では克服できません。
パラリンピック大会が間違ったメッセージを発するのは多くの障害者にとって迷惑です。
「片翼でも空を飛べるんだから、あなたも努力すればできる」と言われかねないからです。

「翼がある」はやはり根本的に間違っています。


ところで、「片翼の小さな飛行機」の物語は、飛べないで悩んでいた少女が、みんなの協力で“義翼”をつけてもらって、空を飛ぶ喜びを味わうという結末でよかったのではないでしょうか。
そのほうが感動的です。