「小人閑居して不善をなす」という諺がありますが、現代では「金持ち閑居して宇宙へ行く」という諺も必要です。
ZOZOTOWN創業者の前澤友作氏は12月8日、日本の民間人として初めて宇宙に行き、国際宇宙ステーションに12日間滞在しました。
費用は約100億円だったそうですが、個人資産2000億円以上とされる前澤氏にとってはなんでもないのでしょう。
金持ちが宇宙を目指すのは世界的なブームのようです。
世界一の富豪とされるイーロン・マスク氏は、電気自動車大手テスラのCEOであるだけでなく、宇宙開発企業スペースXも創業し、民間企業による有人宇宙飛行を成功させました。
世界で二番目の富豪とされるジェフ・ベゾス氏は(このへんの富豪の順位は一年ごとに変わりそうです)、アマゾン創業者で会長であるだけでなく、宇宙開発企業ブルー・オリジンを所有し、民間人による宇宙旅行の実現を目指しています。
わが国では堀江貴文氏も、宇宙旅行ビジネスを目指して何度もロケット打ち上げをしています。
こういう人たちを見て、「夢があっていい」という人もいますが、私は「宇宙しか夢がないのか」と思います。
本業で功成り名遂げて、バカみたいに資産ができて、ほかになにかすることがないかと考えたとき、宇宙ビジネスしか思いつかないのでしょう。
小さいころから宇宙へ行くのが夢だったという人ならいいですが、「夢といえば宇宙」というステレオタイプな発想なら、心が貧しいといえます。
それに、宇宙旅行といっても地球の周りをぐるぐる回っているだけで、未知の世界に挑戦するというロマンはありません。
昔の実業家は、松下幸之助にしても本田宗一郎にしても中内功にしても、本業一筋が当たり前で、ほかのビジネスに手を出すことはまずありませんでした。
今は価値観が変わったということもありますが、若くして巨額の資産を手にするようになったことが大きいと思います。
昔の日本は累進課税の税率がすごくて、松下幸之助などは収入の9割以上を税金に取られて、「私は国に税金を納めた手数料をいただいている」と言っていました。
松下幸之助は晩年に松下政経塾をつくりましたが、その程度のことしかできなかったわけです。
今の実業家は若くして巨額の資産を手にし、使いみちがないので、宇宙ビジネスに金をつぎ込みます。
前澤氏などは2019年には100人に100万円ずつのお年玉プレゼント、2020年には1000人に100万円ずつのお年玉プレゼントをしました。
こうしたバラマキや宇宙旅行に対して、「金持ちの道楽」という批判がありますが、それに対して「自分の能力で稼いだ金を好きに使ってなにが悪い」という反論もあります。
ここで問題になるのは、果たして前澤氏は自分の「能力」で稼いだのかということです。
前澤氏は確かに人より能力は高いでしょうが、いくら高いといっても、人の2倍も3倍もないでしょう。
ところが、すでに前澤氏は平均的な人の1000倍ぐらい稼いでいるのです。
前澤氏が能力によって稼いだ部分はほんの少しです。あとは資本主義のからくりによって稼いだのです。
農耕社会では、体力のある人間がいくらがんばって畑を耕しても、人の2倍か3倍が限度でした。
しかし、土地所有制が始まると、広い土地を持つ地主は働かずとも小作料によって人の何倍もの収入を得ることができます。
貧しい小作人は不作のときなどすぐ金がなくなるので、地主は小作人に金を貸し付けて、さらにその金利を得ることもできました。
もちろんこの収入の差は能力とはほとんど関係ありません。
働かずに豊かな生活をする地主と、いくら働いても貧しい生活をする小作人や農奴の関係は見えやすく、不当であることがよくわかるので、今では多くの国で地主と小作人の関係は規制されています。
ところが、農業以外の産業での資本家と労働者、雇う側と雇われる側の関係はあまり規制されず、冷戦後は資本家や雇う側がさらに有利になって、日本では契約社員や派遣社員の形で安く人を雇うことができます。
さらに所得税がどんどん減税されて、今では累進課税は最高45%ですし、株式譲渡所得については税率20%です。
前澤氏は2019年にZOZOTOWNをヤフーに譲渡し、報道によるとそのときに約2400億円を手にしたそうですが、その税率も20%です。
松下幸之助の時代と違って、金持ちは税制面で大幅に優遇されているのです(自民党は財政赤字がふくらむ中でも金持ち減税を進めてきました)。
つまり人間の能力は、知能にせよ体力にせよ、いくら高くても平均より30%とか40%程度なのに、資本主義下では収入は平均の千倍、一万倍ということが可能で、しかも税制で優遇されています。
現代の金持ちを見て、彼は自分の能力によって金持ちになったなどと考えるのは愚かなことです。
前澤氏は本人も戸惑うような巨額のお金を手にしたために、おかしなバラマキをしたり、宇宙に行ったりしているというわけです。
普通金持ちは貧しい人や恵まれない人のために慈善事業をするものですが、前澤氏のお金配りはそういうものではなく、前澤氏が恣意的に選んだり、抽選方式だったりします。
「貧しい人に配れ」という声に対しては、前澤氏本人がツイッターで「誰に配ろうが俺の好き。国の社会保障と一緒にしないでもらいたい」と言っています。
昔の成功した実業家なら、半ば建て前であるとしても、「自分が成功できたのは従業員や周りの人のおかげ」と言ったものですが、前澤氏にはそういう言葉もありません。
ZOZOTOWNを運営する(株)ZOZOのホームページを見ると、従業員数は「1359名/グループ全体」となっています。おそらく正社員はもっと少ないはずですが、単純化して1000人ということにしてみます。前澤氏が手にした2000億円をみんなで分配すると、1人2億円ということになります。前澤氏が200億円取っても、それほど変わりません。
将来の成長を見越して実態以上に株価が高くなっている面はありますが、資本主義社会がいかにいびつかがよくわかります。
前澤氏は、格差が拡大した今の日本を象徴するような存在です。
ところで、前澤氏のような金持ちの存在を能力によって説明するのは、誰が見てもむりがあります。
そこで、最近は格差の理由を「能力」ではなく「努力」で説明することがよく行われています。
「彼が成功したのは努力したからだ。努力しない人間がねたむのはよくない」といった具合です。
「努力」というのはやっかいな問題ですが、これについては、新しく始めた別ブログの「道徳観のコペルニクス的転回」の「第1章の1」で説明しているので、参考にしてください。
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