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韓国 ソウル 日本大使館前の少女像 (源五郎さんによる写真ACからの写真) 

国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の中の企画「表現の不自由展・その後」が、電話やメールによる抗議や脅迫が殺到したことで中止に追い込まれました。

過去に美術館や展覧会などから撤去されたり、内容の変更を求められたりした作品を集めるという企画ですから、ある程度の抗議は想定していたはずですが、朝日新聞によると、開幕した8月1日だけで抗議は電話200件、メール500件、事務局は抗議電話に対しては意見を聞く姿勢で、職員も増強しましたが、電話やメールは愛知県庁にも寄せられ、対応に忙殺され、芸術祭の運営そのものに支障をきたしかねないところまで追い込まれたということです。抗議の内訳は、慰安婦像に関するものが半数で、昭和天皇を想起させる作品に関するものが4割程度でした。

「抗議電話には意見を聞く姿勢」というのがどうだったのでしょうか。

こういう“電凸”をする人は、いわゆるネトウヨで、ネットで情報を共有して集中的に抗議のメールや電話をしてきます。企業に消費者がクレームをつけてくる場合は、いくら理不尽な主張であっても、企業は対応しなければなりませんが、こういう「抗議のための抗議」にまともに対応するのは戦略の誤りです。

こういう抗議をしてくる人は、匿名だから卑劣なことができるのです。「撤去しなければガソリン携行缶を持ってお邪魔する」というファックスもあったということです。

メールやファックスは放っておけばいいことですが、電話はそうはいきません。
電話の抗議に対しては、「匿名の電話には対応しません」と言って、向こうの名前と電話番号を聞いて、こちらから電話をかけ直すというやり方をすればいいのです。そのときの会話は、相手の了承を得て録音します。
もちろん名乗らない相手には、すぐに電話を切ります。

「余命三年時事日記」というブログに扇動されて、多数のネトウヨが特定の弁護士に懲戒請求をするという出来事がありましたが、懲戒請求は実名で行われたため、弁護士から逆に慰謝料請求の訴訟を起こされ、次々と慰謝料支払いを命じる判決が出て、ネトウヨがあわてるという事態が現在進行中です。

匿名だから卑劣な行為ができます。
「実名の抗議電話には意見を聞く姿勢」がよかったのではないでしょうか。


匿名で脅迫する人間も卑劣ですが、それに便乗して表現の自由を冒そうとする人間はもっと卑劣です。
河村たかし名古屋市長は、「日本国民の心を踏みにじる行為で、行政の立場を超えた展示」として、展示中止を求める抗議文を出しました。松井一郎大阪市長も、「われわれの先祖があまりにも人としての失格者というか、けだもの的に取り扱われるような展示」として批判しました。
個人としてどんな思想を持つのも自由ですが、展示をやめろと主張することは表現の自由を冒すこと以外のなにものでもありません。

なお、河村市長と松井市長が言っているのは、慰安婦像(正しくは「平和の少女像」)のことと思われますが、この像にはなんの悪意も込められていません。
つけ加えると、安倍首相も2015年の日韓合意において「日本国の内閣総理大臣として改めて、慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを表明」しているので、慰安婦像に文句をつける意味がわかりません。


かつての日本で表現の自由が制限されたのは、わいせつなどを別にすれば、社会主義思想を弾圧するためであり、戦争遂行のために反戦思想や厭戦表現を抑えるためでした。つまり一応、国家の存続に関わることでした。
ところが、今回の表現の自由の問題は、主に慰安婦像のことです。

「慰安婦像」と「表現の自由」では、重さが違いすぎて、天秤にかけることもできません。

いまだに慰安婦像にこだわって電凸などする人間は、日本の国益を損なうだけです。