村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

2011年08月

インドで政府の腐敗問題を追及してきた社会運動家アンナ・ハザレ氏が8月19日に釈放されたというニュースがありました。ハザレ氏は獄中でハンガーストライキを始め、釈放されてからは広場でハンストを続行し、支持者数万人が集まったということです。
 
ハンストで思い出すのはガンジーです(ハザレ氏も「現代のガンジー」と呼ばれているそうです)。ガンジーはことあるごとにハンストを行い、最終的に非暴力でインド独立を勝ち取りました。
ガンジーはどうしてハンストという手段を用いたのでしょうか。考えてみれば、ハンストは自分の体にダメージを与えるだけで、相手にはなんのダメージも与えません。
もちろん、ガンジーのハンストがインド国民の心を動かしたという効果はあるでしょう。しかし、ただそれだけでしょうか。
非暴力で独立を勝ち取るには、最終的にイギリス政府がインド独立を承認しなければなりません。つまりイギリス政府の心を動かさなければならないのです(「政府の心」というのはちょっとへんな表現ですが)
 
人の心を動かすには、単純にいってふたつのやり方があります。
ひとつは、相手の利己心に訴えるやり方です。いわゆるアメとムチがそれです。
この場合アメというのは、たとえば独立を承認してくれればイギリス政府にお金を払うというようなやり方です。しかし、インド独立勢力にそんなお金のあるはずはありません。となると、ムチのほうを使わなければなりません。暴動、テロ、ゲリラなどで、イギリス政府にこれ以上インドを植民地にしていても不利益になるだけだと思わせるのです。
もちろんこれは暴力による独立運動で、ガンジーの思想とは違います。
 
人の心を動かすもうひとつのやり方は、相手の利他心に訴えるというやり方です。相手の同情心、親切心、良心などを喚起し、独立させてやろうと思わせるのです。
このやり方は、相手はまともな人間だという認識が前提になります。
ガンジーはイギリスに留学した経験があります。当時のイギリスは植民地から来た有色人種でも1人の人間として遇する懐の広さがあり(ガンジーは州知事の息子で、将来指導的立場になる人間だという計算もイギリス側にはあったでしょう)、ガンジーはイギリス人の友人もできて、充実した留学生活を送りました。
ガンジーはその経験から、インド人が不当な立場に置かれていることを訴えていけばイギリス人は理解してくれると思ったのです。
実際、ガンジーのハンストが長期にわたると、イギリス政府の人間も同じ人間として放っておけないという気持ちになったでしょう。
つまり、ガンジーとイギリス政府の人間は、深いところで同じ人間としてつながっていたのです。
ガンジーの非暴力思想には、こうした背景がありました。
 
現在、アメリカ政府はテロリストを同じ人間とは考えていませんし、テロリストもアメリカ政府を心が通じる相手とは考えていません。
つまり、相手は利他心どころか利己心すらない存在だと思っているのです。
そうすると、アメとムチのやり方も通じないということになり、相手をせん滅するしかなくなっています。
私たちはガンジーの時代から遠いところに来てしまいました。
 
しかし、希望を捨てる必要はありません。「ガンジー自伝」には次の言葉があります。
「一人に可能なことは万人に可能であると私は思っている」

私が高校で入った硬式テニス部では、一年生のときはほとんどが球拾いで、実際に球を打つ練習はわずかの時間しかありませんでした。私たち一年生は、「こんなことでは上達しない。俺たちが二年生になったら、一年生には十分に練習させてやろう」と話し合ったものです。ところが、私たちが二年生になると、一年生には同じように球拾いばかりさせ、「俺たちが一年生のときはもっときびしかったものだ」などと言いながら、先輩風を吹かせているのです。
たった一年でここまで豹変できるとは、われながら恐ろしいものです。
とはいえ、みんながそうだからこそ、運動部の伝統はずっと続いているのです。日本全国の学校の運動部で、一年生は練習の仕方や先輩の態度に対する不満を口にし、そして、二年生になったとたんに豹変します。
 
私がこうしたことを意識するようになったきっかけは、父親の軍隊時代の話を聞いたことです。父親は海軍将校でしたが、二年兵が初年兵をビンタで教育している班では、初年兵が二年兵になると、次の初年兵をビンタするようになるが、ビンタをしない班ではずっとビンタはない、そういう話をしてくれたのです。
 
ビンタされた初年兵は、当然こんなことはされたくないと思うでしょう。しかし、立場が変わると、とたんにビンタするようになります。「自分がされていやなことは人にしてはいけない」というのは倫理の基本だと思いますが、そんなものは簡単に吹っ飛んでしまうのです。
 
学校の運動部というのは、いつでもやめられますから、へんな伝統があってもたいした問題ではありませんが、軍隊は簡単にやめられませんから、暴力の伝統があるのは困ったことです。
いや、運動部でも困ることはいろいろあります。たとえば、一昔前の運動部では、練習中は水を飲んではいけないということが絶対的な決まりとなっていました。夏の炎天下の練習でも飲めないのですから、むちゃくちゃな話です。先輩後輩の関係が理不尽なので、こうした理不尽なやり方が改められなかったのでしょう。
ちなみに私の入った硬式テニス部では、雨の日は室内で練習し、階段の上り下りなどをするのですが、いったいどういう効果があるのかわからないようなへんな練習法がいっぱいありました。たとえば、背中を壁につけ、椅子に座ったように腰を落とし、つま先立ちになって、長時間その姿勢を維持するというのがありました。苦しいだけの練習法としか思えません。
運動部が民主的な組織で、話し合いで物事が決められていたら、科学的で効果的な練習法がもっと採用されているのではないでしょうか。
 
ともかく、私たちはたった一年たつだけで、「自分がされていやなことは人にしてはいけない」という倫理の基本を忘れてしまう存在なのです。
そのため人間社会には、さまざまな悪が世代から世代へと伝えられています。その悪はしばしば伝統とか文化とか呼ばれて美化されています。
こうした悪をひとつひとつあぶり出す作業が世の中をよくすることにつながります。

ロックの世界では「30歳以上を信じるな」という言葉があります。そうすると、自分が30歳以上になったらどうなるのでしょうか。もちろん、「若いころはバカなことを考えていたなあ」ということになるわけです。いや、ロックンローラーは永遠の青春なので、違うかもしれませんが。
 
誰でもおとなになれば、若いころと考えが変わります。ただ変わるのではありません。若者と敵対するように変わります。だから、若者から「30歳以上を信じるな」と言われてしまうのです。
おとなと若者の関係は、資本家と労働者の階級対立に似ています。いや、それよりもたちが悪いといえます。親と子の関係まで階級対立みたいになっているからです。
 
次に取り上げる人生相談はその典型みたいなものです。回答者である作家の出久根達郎氏にはたいへん失礼になりますが、重要な問題ですので、どうしても取り上げさせていただきます。
 
 
読売新聞「人生案内」 
 
20歳のフリーター女性。過干渉な母親に悩んでいます。
 私はバイト先で、遅番の仕事に入ることが多いのです。その場合、家に帰るのが夜10時過ぎになるのですが、帰宅時間が遅いと母によく怒られます。夜に友達と遊ぶ際も同じなので、友達より早く帰ることになりますが、この年で夜9時や10時が「遅い」と叱るのは変じゃないでしょうか。
 金銭管理も私に任せてくれません。働いて稼いだのは私なのに、私にキャッシュカードを持たせず、給料が入ると母が引き出し、そこから数千円を私に渡します。まるでお小遣いです。
 それ以上の金額が必要になり、こっそりカードを取って私がお金を引き出すと、「必要なお金なら渡すって言ったでしょ!」と叱られます。でも、もし正直に必要な理由を言うと、「一緒に買い物に行こう」などという展開になるので、嫌なんです。
 これらの例は氷山の一角。娘とはいえ、ここまで干渉するというのは妥当なのでしょうか。また、私に努力すべき点があるならば、どのようなことか教えてください。(埼玉・K子)
 あなたのお話だけを聞いていると、融通のきかない、やかましいお母さんのようですが、お母さんにもそれなりの言い分があることでしょう。あなたはお母さんに心配をかけたことがあるのではありませんか。それでお母さんは急に厳しくなったのではありませんか。
 アルバイトの内容は、正直に伝えているのですか。仕事で遅くなるのに説教を言うのは理不尽すぎます。帰宅時間や金銭の管理は、あなたぐらいの年齢でしたら、多くの親がしていることで、あなただけが特別なのではありません。していない親の方が、珍しいくらいです。
 時間については、親と話し合いで決めたらよいでしょう。お金も、必要なら申告すれば出す、と言うのですから、多少、窮屈であっても問題ないじゃありませんか。もっと自由にと願うなら、お母さんの信用を得ることです。あなたのことを心配してくれる親は、今はうっとうしいでしょうが、やがてありがたみがわかります。
 (出久根 達郎・作家)
2011621日 読売新聞)
 
 
回答者の出久根達郎氏は明らかに母親側に立って回答しています。それが正しいなら問題ありませんが、どうしてもそうとは思えません。
 
回答者は、お母さんが厳しくなったのは相談者がお母さんに心配をかけたからではないかと言っていますが、これは根拠がありません。いや、親に心配をかけない子どもなどいないはずです。どんな親も子どものことを心配します。お母さんがきびしい原因を、子どもがお母さんに心配をかけたからだとするのはむりがあると思います。
 
回答者は「仕事で遅くなるのに説教を言うのは理不尽すぎます」と当然の指摘をしていますが、同時に「アルバイトの内容は、正直に伝えているのですか」とも書いています。そのため、母親が理不尽すぎるのは、相談者が正直に伝えていないためだとも読めてしまいます。
 
「帰宅時間や金銭の管理は、あなたぐらいの年齢でしたら、多くの親がしていることで、あなただけが特別なのではありません。していない親の方が、珍しいくらいです」という指摘にいたっては、ちょっとあきれてしまいます。
帰宅時間はさておき、子どものアルバイトの金銭の管理を親がしているというのは、私の知る範囲ではありません(中学生ならあるかもしれません)。アルバイトで稼いだ金は自分が手にしてこそ、労働の価値や喜びがわかるのです。そして、そこから食費や家賃分を親に払うというのが日本の常識でしょう。
子どものアルバイトの金銭を親が管理するというのは、鵜飼いの鵜や管理売春を連想してしまいます。この親はまったく理不尽ですし、相談者もいったいどういう気持ちでアルバイトをしているのか少々不可解でもあります。
 
「もっと自由にと願うなら、お母さんの信用を得ることです」という指摘も根本的に間違っています。自由と信用は関係ありません。国民が自由を求めるとき、国民は独裁者の信用を得なければいけないのでしょうか。
 
この相談者である二十歳のフリーター女性は明らかに母親から不当な扱いを受けています。しかし、回答者は母親よりもむしろ相談者の態度に問題があると指摘しています。
かりに人口を30歳以上と30歳未満に分ければ、社会の実権を握っているのは30歳以上のほうで、30歳未満はいわば被支配階級ということになります。この人生相談は被支配階級からなされ、支配階級の者が回答したために、へんなことになってしまいました。
おとなと若者の関係は、資本家と労働者の関係以上に問題をはらんでいます。格差社会や少子化や非婚や引きこもりなどの問題も、おとなと若者の関係から考えるとよりわかりやすくなります。
 
マルクス主義は資本家と労働者の関係を問題にし、フェミニズムは男と女の関係を問題にしましたが、これからは大人と若者・子どもの関係がより大きな問題としてクローズアップされてくるはずです。
 
 

菅伸子総理夫人は、「今からの政治家には、ストレステストが大事だと思います。それがクリアできない人は、とても総理はやれませんと思いました」と語ったそうです。さすがに伸子さんは的確なことを言います。
 
安倍晋三氏が総理を辞任したのは、完全に総理のストレスに耐えられなかったからです。そのときは、いかにもひ弱なおぼっちゃまという感じでした。しかし、総理になる前は自民党幹事長などの要職をこなし、北朝鮮に強硬姿勢を示すなど、むしろタフなイメージすらありました。総理になってみないとわからないものです。
 
福田康夫氏も、やはり総理のストレスに耐えきれずに辞任しました。正確にいうと、ストレスに耐えようとする意欲がなかったのかもしれません。棚ボタで総理になったような感じでしたから。しかし、福田氏も小泉内閣の官房長官時代はタフなイメージでした。やはり総理のポストの大きさはまったく違うのでしょう。
 
麻生太郎氏は、鈍感力の人ですから、ストレスに耐える力はありました。しかし、鈍感力以外の力がなかったようです。
 
鳩山由紀夫氏は、宇宙人ですから地上のストレスはそれほど感じなかったかもしれませんが、やはり宇宙人ですから……。
 
菅直人総理は、もっともストレスに弱いタイプでしょう。ですから、伸子夫人や仙谷由人氏や枝野幸男官房長官や何人もの補佐官やいろいろな審議会などにささえられてやってきました。伸子夫人はそれを見て、冒頭の言葉を言ったのでしょう。
 
昔の自民党政権では、誰でも総理が務まりました。人気がなくて辞めるということはありましたが、ストレスに耐えきれずにやめるということはありませんでした。しかし、小泉政権以降は、“官邸主導”が求められることになり、まったく様変わりしたのです。
 
現在、民主党代表選にさまざまな人が名乗りをあげています。しかし、ストレステストは実施されていません。アメリカ大統領の場合は、長期の予備選を戦う過程がストレステストになりますが、民主党代表選にそういうものはありません。
もうすぐ私たちは、またしても“仮免”総理をいただくことになります。“仮免”期間中がストレステスト期間ということになるでしょう。今度は国民も気長に待たないといけません。

ノルウェーの連続テロ事件のアンネシュ・ブレイビク容疑者の人物像について、朝日新聞が記事を書いています(8月16日朝刊)。見出しの文字を拾うと、「好青年の顔」「礼儀正しい・ブランド服・移民にお礼」という具合で、“凶悪なテロリスト”とは真逆のイメージになっています。ほんとうなのでしょうか。
記事から抜粋してみます。
 
「1歳の時、両親の離婚で外交官の父と離別。その後、オスロ西部の高級住宅街で育った。王族も通った名門小学校に通い、イスラム教徒の友人も複数いた。声明では『少年時代に嫌な経験はない。経済的に恵まれていた』と明かしている」
 
これを読んで、ごく普通ではないか、むしろ恵まれているのではないかと思った人は、考えが甘いかもしれません。問題は、愛されて育ったか、それとも虐待されて育ったかということです。ですから、経済的に恵まれていたことや名門小学校に通ったことは直接関係ありません。
1歳という子育てのむずかしい時期に両親が離婚したというのも多少ひっかかりますが、それはいいことにしておきましょう。気になるのは、本人が「少年時代に嫌な経験はない。経済的に恵まれていた」と述べているところです。「経済的に恵まれていた」とは言っても、「愛情的に恵まれていた」とは言っていません。それに、「少年時代は楽しかった」ではなく「少年時代に嫌な経験はない」と言っています。
 
親から虐待されている子どもに、たとえば医者が「この傷はどうしたの?」と聞くと、まず確実に「自分で転んだ」とか言います。子どもが自分から親を告発することはほぼ100%ありません。その子どもがおとなになったときはどうかというと、これもほとんど自分が虐待されたという認識はありません。あまりにも苦痛な体験は記憶から消し去られてしまうのです。「少年時代に嫌な経験はない」という言葉には、記憶を封印している可能性があります。
もっとも、これはあくまで推測です。ブレイビク容疑者が子ども時代に虐待されていたという証拠はなにもありません。ただ、本人の言葉から虐待はなかったと判断してはいけないということです。
 
おとなになったブレイビク容疑者について、近所の人はこう語っています。
 
「近くのスーパー店員スサンさん(21)()容疑者をレジで接客した。『とても礼儀正しく、笑顔でお礼を言われた。今もテロ犯とは思えない』」
「トルコ移民のエイユップさん(32)のレストランには頻繁に訪れた。()『とても丁寧に食事の礼を何度も言われた。反イスラムには見えなかった』と話す」
 
いうまでもないことですが、礼儀正しいからといって、その人がよい人とは限りません。礼儀というのは、それをかぶればその人がよい人に見える便利な仮面です。礼儀という仮面をとったときの顔を知る人はいないようです。
この記事には友人の証言は出てきません。親しい友人とバカ話をして笑っていたというような証言もありません。近所の人と世間話をしたということもないようです。
母親との関係がどうだったかも書かれていません。犯行の前、母親の家に行って食事をともにしたということですが、ブレイビク容疑者の目的は実家から犯行に使う車を持ち帰ることだったようです。
つまり、友だちのいない男、近所の人と接するときは礼儀正しいが表面的な交流しかしない男、それがブレイビク容疑者のようです。
しかし、新聞記事によるとそれが「好青年」になってしまいます。
 
新聞記事によると、ブレイビク容疑者はこういう経過をたどったことになります。
 
恵まれた環境で育った
  ↓
礼儀正しい好青年になった
  ↓
なぜか過激な移民排斥思想に染まった
  ↓
テロ実行
 
 
私の考えではこうなります。
 
愛情のない家庭で虐待されて育った(←推測)
  ↓
人と表面的にしか交流できない偏った性格になった
  ↓
自分の性格に合った過激な移民排斥思想に染まった。
  ↓
テロ実行
 
私の考えでは、肝心のところが推測です。しかし、全体として矛盾はありません。
新聞記事では、礼儀正しい好青年が過激思想に染まるというところがどうしても不可解です。「心の闇」などという言葉でごまかすしかありません。
 
今のところ限られた新聞記事では、どちらが正しいか判断できないかもしれません。しかし、ブレイビク容疑者が育った家庭環境にまで取材が迫れば、どちらが正しいかはっきりするはずです。

終戦記念日の決まり文句に、「尊い犠牲の上に今の平和が築かれた」というのがあります。
今年の8月15日の全国戦没者追悼式での菅首相の式辞にも「先人の尊い犠牲とご労苦」という言葉が出てきます。
ちょいと検索してみると、小泉進次郎議員の公式ブログにも「今日は終戦記念日。今日の平和と繁栄が、尊い犠牲の上にあることに思いを馳せ」とあります。
 
しかし、「尊い犠牲」という表現は間違っています。
尊いものは命なのです。犠牲が尊いわけではない。これを混同してはいけません。
「尊い命が犠牲になった」というのが正しい表現です。
厳密にいうと、「犠牲」という言葉も死を美化していますから、「尊い命が失われた」といったほうがいいと思います。いちばん正確なのは、「尊い命がむごく失われた」という表現でしょう。
「尊い犠牲」という表現を肯定してしまうと、戦争でたくさん人が死ぬほど尊いものがふえていくことになります。これでは戦争をしたほうがいいという結論が導かれかねません。
 
「尊い犠牲の上に今の平和が築かれた」という表現の、犠牲と平和の関係も、よく考えると不可解です。
戦争で多くの人が死に、そののちに平和が訪れたという時間軸上の変化があるのは事実ですが、では、多くの人が死ななかったら平和はなかったのでしょうか。もっと早く降伏していれば、あるいはそもそも戦争をしていなかったらどうでしょうか。たくさんの死者がなくても平和は築けたのではないでしょうか。
もっとも、そんなことを考えると、300万人以上の死者はむだ死にだったのかということになります。それはあまりにもむごすぎます。だから、誰もが「尊い犠牲の上に今の平和が築かれた」という決まり文句に安住し、思考停止を決め込んでいるのです。
 
私たちは平和を望んでいます。それは戦争があまりにもむごいからです。戦争のむごさを直視することは平和につながります。
ところが、私たちはむごいことは直視したくありません。そのため戦争を美化し、戦死者を美化します。中でも若くして死んだ特攻隊員の死はいちばんむごい。そのため特攻隊員の死はいちばん美化されます。
しかし、こうしたことは戦争を招き寄せることにつながります。
戦争のむごさや愚かさを直視する精神の強さを持つことこそが平和の礎です。
 

人が戦争をするのは、人の本性に根ざしているのか否かというのは大きな問題ですが、実はすでに答えが出ています。戦争考古学によって明らかになったのです。しかし、このことはまだ意外と知られていないような気がします。これは必修の知識ですから、ここで簡単に紹介しておきましょう。
 
「人はなぜ戦うのか――考古学から見た戦争」松木武彦著(講談社選書メチエ)
「戦争の考古学(佐原真の仕事4)」佐原真著(岩波書店)
 
今のところこの2冊が戦争考古学関係の本だと思います。私は「人はなぜ戦うのか」を読み、その後「戦争の考古学」が出たので、内容に違いがあるかもしれないと思って、ひと通り立ち読みしましたが、基本的に同じでした。
ちなみに戦争考古学とは、傷ついた人骨、武器、濠や城壁などから古代の戦争について研究する学問です。
戦争考古学の成果は、次のひと言で表現できます。
 
戦争は農耕社会になってから始まった。
 
農耕が始まる以前は、戦いはあってもほとんどが喧嘩とか犯罪のようなレベルで、戦争といえるような規模の戦いは農耕が始まってから発生したのです。日本においては、縄文時代に戦争はなく、弥生時代になってから戦争が始まります。
ということは、戦争は人間の本性に根ざしているものではないということになります。
これはきわめて重要な事実です。これを知ると知らないとでは、人間や社会に関する考え方が大きく変わってきます。
 
ただ、そうすると農耕社会になってから戦争が始まったのはなぜかということが問題になります。これについてはいろいろな考え方があり、たとえば農耕社会では土地争いが激化する、人口が増えて不作のときの飢えが深刻化する、社会組織が整備される、国家ができる、宗教や思想がかかわってくるなどですが、今のところ明確にはなっていないようです。
しかし、私はこれを単純に考えています。農耕以前の狩猟採集社会では、ひとつの集落に蓄えられた食糧は数日分かせいぜい十数日分しかなかったでしょう。農耕社会になれば収穫直後は一年分の食糧が蓄えられており、戦争によってそれを奪ってしまう利益がひじょうに大きくなります。極端にいえば、一日戦争をするだけで一年分の労働の成果を獲得でき、あとは遊んで暮らせるというわけで、それなら命の危険があっても戦争をやってみようと思う人間が出てきたのでしょう。
ですから、農耕社会では環濠集落が広く見られるようになります。
 
ともかく、これまでは戦争は人間の本性に根ざしているという説が有力でした。たとえば、アインシュタインとフロイトの往復書簡において、フロイトは人間の心に攻撃性があるので戦争が起こるのだと述べています。また、動物行動学者のコンラート・ローレンツはその著書「攻撃」において、動物には本能として攻撃性があると述べています(ちなみにフロイト、ローレンツ、ヒトラーはみなオーストリア生まれ。これは必ずしも偶然とはいえないと私は考えています)
しかし、戦争考古学の成果によって、こうした考え方は変わらざるをえないでしょう。
 
最近出版された政治学分野の戦争論の本を書店で見てみたら、クラウゼヴィッツとカール・シュミットから戦争を説き始めており、戦争考古学にはぜんぜん触れられていませんでした。
戦争は農耕社会になってから始まったということが早く常識になってほしいものです。

なんのための批判かという原点を喪失したフジテレビ批判騒動は、結局2ちゃんねるというコップの中の嵐に終わってしまいそうです。しかし、これによっていちばん痛手をこうむったのは保守勢力でしょう。とくに産経新聞は、2ちゃんねるの若者は圧倒的に自分の味方だと思って、それをよりどころにしていたので、ショックが大きかったはずです。
フジテレビをターゲットにするというのは、保守的な人、右翼的な人には思いつけません。イデオロギーとは無縁のひろゆき氏ならではの発想でしょう。やはり2ちゃんねるはひろゆき氏の脳内ワールドなのです。
 
とはいえ、多くの人がフジテレビ批判に参加したのは事実です。なぜ参加したのかというと、それが“祭り”であったからです。祭りには高揚感と連帯感があり、参加すること自体に喜びがあります。どんな神輿を担いでいるかはたいした問題ではありません。
 
2ちゃんねるに積極的に書き込みをしている人は、リアルでは非活動的な人です。私はそれを「引きこもり系の不良」と名づけています。群れをなして盛り場をうろついたり喧嘩したりするのは「行動化する不良」です(なぜ不良かというと、家庭、学校、社会になじめない人たちだからです)
引きこもり系の人でも、というか、引きこもり系の人だからこそ、祭りへの参加欲求は強いものがあります。リアルで祭りに参加するということができないタイプの人だけに、2ちゃんねるでときどき祭りが行われるのはひじょうにありがたいことに違いありません。
 
それから、フジテレビ批判に参加することによって、自分の力を確認したいという気持ちもあるでしょう。つまり、「自分は非力な1人のネットユーザーだが、みんなと力を合わせることによって世の中に影響を与えることができた」という実感がほしいのです。
これも当然の欲求だといえます。とくに日本人の若者は自己評価が低いとされるので、よけい欲求は強いでしょう。
もっとも、世の中に影響を与えるにはいろいろな形があります。今回は、というか2ちゃんねるではつねのことですが、大勢の力によってフジテレビを屈服させようとしました。これは学校におけるイジメと似た構造です。おそらく多くの人は学校でイジメられるかイジメられる恐れを感じてきて、今度はイジメる側に回りたかったのでしょう。しかし、こうしたやり方では世の中によい影響を与えることはできません。
 
ともかく今回の騒動は、2ちゃんねる側はなんの成果も得られないまま敗北しつつあります。
この敗北は最初から予見されていました。今回の祭りを演出した者の戦略的な失敗です。
祭りの参加者はむなしい思いのまま解散していきます。
これは2ちゃんねるにとってもひとつの転機になるかもしれません。

2ちゃんねるにおける“韓流推し”フジテレビ批判は終息に向かったかと思ったら、今度はフジ系列の東海テレビで「汚染されたお米 セシウムさん」というテロップが流れたことや、原爆忌の翌日のドラマで「リトルボーイ」と書かれたTシャツが登場したことや、宮城県南三陸町に行ったボランティアがフジの「27時間テレビ」の会場の設営を手伝わされたことなどが批判されています。
最初は「“韓流推し”だからフジテレビはけしからん」といっていたのが、今度は「○○だからフジテレビはけしからん」といっているわけです。いったい最初の“韓流推し”批判はどこにいったのでしょうか。今はフジテレビならなんでも批判するということになっていて、批判する目的が不明です。
そもそもフジの“韓流推し”批判をしていた人たちは右寄りの人たちのはずで、そういう人がフジ産経グループを批判するというのも筋が通らない話でした。
 
そこで思い出されるのが、2ちゃんねるの実質的創始者であるひろゆきこと西村博之氏が7月27日の「ひろゆき日記」において、外国人株主比率の問題から日本テレビとフジテレビは電波法により免許取り消しの恐れがあると指摘したことです。これは2ちゃんねるの「ニュース速報+」でも取り上げられました。俳優の高岡蒼甫さんがツイッターでフジテレビ批判発言をしたのが7月23日ですから、ひろゆき氏にこの問題をプッシュしようという意図があったと推測するのにむりはないでしょう。
 
なぜひろゆき氏がこの問題をプッシュしようとしたかというと、当然2ちゃんねる内で“祭り”を起こしたかったからでしょう。“祭り”そのものでアクセス数が増えるのはもちろん、社会的な話題になれば新たに2ちゃんねるにアクセスする人も増えるでしょう。
 
ネットユーザーはマスコミ批判をする傾向があります。とくに2ちゃんねるでは、毎日新聞の英文サイトの変態記事批判が大きな“祭り”になったという実績があります。今回はマスコミ批判に加えて嫌韓、反韓もあるのですから、大きな“祭り”にする条件はそろっています。
具体的には、フジテレビに関する批判的な記事を積極的に取り上げ(そういえばサッカーの松田直樹選手の葬式でフジの女子アナが笑顔を見せたという記事もありました)、スレッドの書き込みが1000に達したらすかさず次のスレッドを立ち上げるといったことで(これが間延びすると盛り上がりません)、“祭り”を演出していったのです。
 
私はかつて「ひろゆきの脳内ワールド」というエントリーで、2ちゃんねるはひろゆき氏の独特の価値観で運営されてきたため独特の世界となり、それはひろゆき氏の脳内ワールドにほかならないと指摘しました。
 
今回のフジテレビ批判騒動を見ても、やはり2ちゃんねるはひろゆき氏の脳内ワールドにほかならないといわざるをえません。

古代ギリシャのデルフォイの神殿に書かれていたという「汝自身を知れ」、これが西洋哲学の出発点です。しかし、いまだに誰もこの神託に答えを出していません。そこで、私が自分なりに答えてみましょう。
それは、
「私は悪人である」
というものです。
 
もちろんこれは私自身だけでなく、誰もがそうだということです。誰もが自分は悪人なのに、それに気づかず、あいつは悪人だ、こいつも悪人だと他人を評価しているのですから、まったく愚かなことです。他人を悪人だと思うなら、自分も悪人である可能性があることになぜ気づかないのでしょう。
 
もっとも、「悪」というのは不明確な概念です。そこで、「悪」を「不当に利己的」と表現することにしましょう。
 
人間は誰も、自分の利益と他人の利益を同じに考えることはできません。たとえば、買物をしたとき、渡された釣り銭が少ないと、すかさず文句を言います。しかし、渡された釣り銭が多いと、同じように文句を言うかというと、そんなことはないでしょう。黙っているかもしれません。つまり、非対称になっているのです。
隣の家と敷地の境界線を巡って争っていることはしばしばありますが、それはもちろん、自分の家の敷地を広くするために争っているのです。決して譲り合って争っているわけではありません。尖閣諸島、竹島、北方領土などの領土問題も同じです。譲り合っているわけではありません。
 
なにが公平かが明確になっている場合は、不当に利己的な主張をする人はまずいません。自分がみんなから批判されるからです。しかし、なにが公平かはっきりしない場合も多く、その場合は、誰もが少し多めに利益を得ようとします。それは進化の過程で獲得された性質なのです。
 
そのため、つねに利益を巡る争いが起きます。それはなわばりを持つ動物がつねになわばり争いをするのと同じです。
 
ですから、各自が利益の主張を少しずつ抑えれば、争いのない社会が築ける理屈です。
 
しかし、人類は、自分の利益を抑えるのではなく相手の利益を抑えることで問題を解決しようとしました。これはまったく間違ったやり方です。そのため、人類はどの動物よりもよく争う動物になってしまいました。しかし、人類はいまだにこの間違いに気づいていません。
 
振り返れば、血まみれの道です。
 
「自分は少し不当に利己的な人間である」ということにみんなが気づくのはいつの日でしょうか。

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