なにかと話題の本を読みました。
なぜ話題かというと、ひとつにはよく売れているからですし、もうひとつは読む人によって評価がまったく違うからですし、さらには朝日新聞の書評が訂正されるという“事件”があったからでもあります。
朝日新聞はこの本を書評欄の「売れてる本」というコーナーで取り上げました。「売れてる本」というコーナーは、「売れているから取り上げるけど、正規の書評欄で取り上げるほどの価値はない本」を取り上げるコーナーです。つまり朝日新聞はこの本をあまり高く評価していないことになります。そして、書評を担当したのはジャーナリストの佐々木俊尚氏です。佐々木氏もこの本をどちらかというと否定的に評価するに違いない立場の人です。つまり朝日新聞はこの本を書評欄で取り上げたものの、否定的に取り上げようという意図があったのではないかと推察されます。
そして、佐々木氏の書評に対して著者の孫崎享が抗議して、朝日新聞がその書評の冒頭10行を削除すると表明しました。
「孫崎享著『戦後史の正体』は陰謀史観」書評の一部削除
孫崎享氏による、「戦後史の正体」の朝日新聞書評への反論
佐々木俊尚氏という個人の書いた文章について朝日新聞が削除を表明するというのはなんだか妙なことですが、それはさておき、毀誉褒貶のある書物であるということがこのことからもわかります。
著者の孫崎享氏は外務省国際情報局長を務め、防衛大学校で7年間安全保障の講義をしたこともある人で、本書はアメリカからの圧力を軸に日本の戦後史を読み解いたものです。
「はじめに」と目次と序章は次で読むことができます。
私自身は、この本は大いに評価します。ただ、評価したくない人もいっぱいいることでしょう。
たとえば朝日新聞もそうです。この本にかかると、朝日新聞の昔の花形記者笠信太郎もアメリカの手先のように描かれます。朝日新聞がこの本を否定的に扱おうとしたのは当然でしょう。
朝日新聞だけでなく学者や言論人の多くにとってこの本は“不都合な真実”を書いたものです。著者も「まえがき」で書いているように、「『米国の意向』について論じることは日本の言論界ではタブーだからです」。
そして、そういう人は本書を否定する理由として「陰謀論の本だ」というふうに主張します。
確かにそういうふうに読めるところもあります。この本を全部信用するわけにはいきません。また、TPPにまで言及していますが、そこまで書く必要はなかったでしょう(「戦後史」というより「今」の問題ですから)。
とはいえ、その陰謀論的な部分もおもしろいことは事実です。
たとえば、石橋湛山は戦前ジャーナリストとして軍部をきびしく批判した気骨の人で、1956年に首相になりましたが、病気のために2カ月で辞任しました。このことは教科書にも載っていて、誰でも知っているでしょう。しかし、どんな病気で辞任したのかを知っている人はいるでしょうか。また、首相を辞任してから15年間も生きていたことを知っている人はいるでしょうか。
真相を知りたい人は今すぐ書店へ――と書くと本の宣伝になってしまいますから、ここで書きます。
アメリカは石橋首相の自主独立路線を警戒しますが、米国務省北東アジア部長のパーソンズは秘密電報内で「われわれがラッキーなら、石橋は長つづきしない」と書きます。そして、石橋首相は突如肺炎になり、主治医は「肺炎の症状は消えて回復の途上にある。肺炎以外の病気は心配ない。体重の異常な減り方が、肺炎でやせたものとしては理解できない」と述べます。石橋首相は施政方針演説と予算審議ができないということで退陣に追い込まれます。
教科書に石橋首相は2カ月で退陣したと書いてあっても、どんな病気で辞めたのかまで書いてないのは、そういう事情だったわけです。「肺炎で辞めた」と書くと、逆に疑問が出てきますから。
また、60年安保闘争のとき、全学連が右翼の田中清玄から資金提供を受けていたことがのちに発覚し、人々に大きな衝撃を与えました。なぜ右翼が全学連に資金提供したのかというと、全学連は共産党と対立していたので、共産党を弱体化させるためだと説明されていました。
しかし、この説明はあまり説得力がありません。全学連が強大になり、薩長連合みたいに共産党と手を組むという可能性もないではないからです。とにかく、右翼が左翼に資金提供するというのは不可解です。
本書によると、アメリカが岸内閣を倒したかったからだということです。なぜ岸内閣を倒したかったのかというと、岸信介首相は意外と対米自立派だったからだということです。
本書には真偽の定かでないことも書かれていますが、事実に基づくことと推測によることはちゃんと区別されています。だから、本書を陰謀論の本として否定するのは間違いだと思います。
とくに本書で重要なのは、戦争直後から1951年のサンフランシスコ講和条約と日米安保条約調印までのところです。ここは全部資料に基づいて書かれていますし、説得力があります。本書を否定したい人は、陰謀論など持ち出さないでここを否定しないと意味がないと思います。
たとえば、講和条約が調印されたのはサンフランシスコの華麗なオペラハウスでしたが、安保条約調印の署名が行われたのはサンフランシスコ郊外の米国陸軍第六軍の基地の中で、しかも下士官クラブでした。そして、米側は4人が署名していますが、日本側は吉田首相1人でした。こうした事実を知るだけでも意味があるといえます。
また、本書では繰り返し、国務省顧問だったダレスの言葉「われわれ(米国)が望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利を確保する、それが米国の目標である」が引用されます。この言葉を見れば、日米地位協定が聖域化していることもわかりますし、普天間基地の国外県外移設を主張した鳩山由紀夫首相が失脚したこともわかりますし、オスプレイ配備や米兵犯罪に日本政府がなにもできないこともわかります。
本書を読んで思い出したのですが、福田赳夫首相は「全方位外交」ということを掲げていました。今では考えられないことでしょう。今は、新しい首相が誕生するたびに「日米同盟は日本外交の基軸である」ということを、まるで踏み絵のように言わされることが儀式化しています。
日本は独立国であることをやめて占領時代に回帰しているかのようです。