シリーズ「横やり人生相談」です。今回は趣向を変えて、相談ではなく回答のほうを俎上に載せることにします。
朝日新聞の「悩みのるつぼ」という人生相談コーナーで美輪明宏さんが回答者を務めています。
美輪さんといえば、昨年末の紅白歌合戦で「ヨイトマケの唄」を熱唱し、大きな反響を呼びました。
「ヨイトマケの唄」は長らくテレビで聴くことはできませんでしたが、私はラジオの深夜放送で何度も聴いたことがあります。聴くたびに涙があふれてきます。ここには戦後日本人の原点があると思います。
こんな名曲がテレビで聴くことができなかったのは、「土方」という言葉が差別語だからということのようです。しかし、この歌は差別される側の人間を描いているわけですから、この歌を排除することが差別です。
しかし、今の時代に聴くと、ちょっと違うなと思うところもあります。それは学校や教育や出世に対する考え方です。
その部分だけ引用します。「僕」が小学校でイジメられて帰ってきて、母ちゃんが働いている姿を見たところです。
なぐさめてもらおう 抱いてもらおうと
息をはずませ 帰ってはきたが
母ちゃんの姿 見たときに
泣いた涙も忘れ果て
帰って行ったよ 学校へ
勉強するよと言いながら
勉強するよと言いながら
あれから何年経ったことだろう
高校も出たし大学も出た
今じゃ機械の世の中で
おまけに僕はエンジニア
苦労苦労で死んでった
母ちゃん見てくれ この姿
母ちゃん見てくれ この姿
(歌詞すべてを読む場合はこちら)
「ヨイトマケの唄」歌詞
この歌は母の愛を歌ったものだといえますが、ここでは母と子の触れ合いはありません。いや、実はこの歌詞の全文を読んでも、母と子の触れ合いは描かれていません。ただ、働く母の姿があるだけです。
しかし、この母は働いて子どもを育て、大学にまで行かせました。それが愛だということでしょう。
そして、子どもは母の期待に応えて勉強し、エンジニアになりました。それによって子どもは幸せになり、子どもを幸せにするという母の願いは成就しました。
つまり、子どもによい教育を受けさせることが親の愛であり、子どもにおいてはよく勉強してよい学校に行くことが幸せの道であるという考え方なのです。
これは昔は広く共有された価値観です。とくに貧しい境遇から抜け出すにはこれしかないといってもよかったでしょう。
今、同じ考えを持っている人がいると困ります。もう時代が違うからです。
しかし、美輪さんは昔のままの考えなのかもしれません。
朝日新聞の「悩みのるつぼ」の「夫が家庭に向き合いません」という相談に対する美輪さんの回答を読んで、首をかしげてしまいました。「母の愛」についての認識に問題がありそうです。
美輪さんの回答を全文紹介するので、相談のほうを要約することにします。
相談者は40代の女性で、50代の夫と4歳の子どもがいます。子どもはかわいいし、産んでよかったと思っていますが、夫は「子どもがほしい」とずっと言ってきたのに、子どもができても生活をまったく変えません。週末に数時間子どもと遊ぶくらいです。子どもの世話を頼むと、怒りながら「母親らしくない、仕事を辞めればいい」などと言います。こんな夫に気持ちが冷めてしまい、このままどんどん不満がふくらんでいきそうです。どう気持ちの折り合いをつけていけばいいでしょうか、という相談です。
これに対する美輪さんの回答の全文は次の通りです。
■結婚とは「えらいこと」です
若いころから勝手気ままに生きてきたから、子どもをもうけても、「生活習慣病」が顔を出すのでしょう。
よく結婚式で「おめでとう」と言いますが、まったくおめでたくないと思います。「えらいことしましたね。大丈夫ですか」というのが私の思いです。結婚というのはもちろん良いこともありますが、たいへんなこと。たとえ血がつながっていても、2人以上の人間が一つ屋根の下に暮らすのはしんどいのですから、まして他人となれば「努力」「忍耐」「あきらめ」の連続以外の何ものでもありません。
結婚式というのは「決別式」。夢と自由に別れを告げ、今日から夫や子どものため、現実に取り組むという覚悟の儀式です。だからウエディングドレスの白は「死に装束」だと、私は常々言ってきました。
あなたの夫は50代。子育ては妻に任せ、外では遊び、家では尊厳が保てないから、黙っているというような、戦前から大正、明治、江戸の世界に生きている人ですね。今は家事や育児に積極的な「イクメン」がメディアをにぎわす時代ですから、いっそう夫に対する恨みも募るのでしょう。でも昔の時代感覚の人としては典型で、普通です。そんな夫を選んでしまったわけだから自業自得。今さらブツブツ文句を言っても始まらない。理知を働かせて生きていく方法を考えましょう。
相談者は子どもに対する愛情が希薄ではないですか。子の寝顔を見て、子守歌を歌っていますか。母子のコミュニケーションに子守歌は欠かせません。良い意味でトラウマになるまで歌いましょう。子どもの顔を見ていれば、たいへんな思いをして産んだ想(おも)いや頼るものもない、あわれな子どもを守ろうという気持ちが出てきます。自分のことばかり考えるエゴイストの根性は捨てなければなりません。
世間には優しく礼儀正しい若者が出てきています。ゴルフの石川遼君、野球の斎藤佑樹君……。親による立派な教育の結果であることは間違いありません。
あなたに苦労があればあるほど、立派な作品になる。母子家庭だと覚悟を決めて、4歳の子どもとどうやって明るく楽しく暮らすのか、考えてみましょう。家に帰ったら、明るい色の服を着て、静かで優しい音楽をかける。あなたの優雅なマリアのような姿を見て、仲間に入れてくれと夫の方が寄ってくる可能性もありますから。
結婚についての認識は、私も美輪さんとかなり似ています。
私は幸せな夫婦というのをほとんど見たことがありません。新婚1、2年の夫婦を別にすれば、ほとんどの夫婦は仲が悪いか冷めているかのどちらかです。私がこれまでに見てきた夫婦の中で幸せそうな夫婦は1組か2組ぐらいです。
ただ、結婚が「努力」「忍耐」「あきらめ」の連続だとは思いません。仲良くするノウハウさえ身につければ、幸せな結婚生活を送ることができます(もちろん私はたいへん幸せな夫婦生活を送っています)。
相談者の夫は自分勝手な人のようです。こういう人を変えるのは容易なことではありません。
しかし、夫との関係は諦めて、子どもの教育を生きがいにしなさいという美輪さんの回答に賛成することはできません。
子どもの教育を生きがいにする母親はけっこう幸せであるかもしれません。しかし、子どもは不幸です。自分の人生を母親に奪われてしまったようなものだからです(美輪さんが「作品」という言葉を使っているのも気になるところです)。
それに、子どもは必ずおとなになります。そうすると、母親は生きがいがなくなって不幸になってしまいます。
母親の多くは、その不幸を回避するために子どもの自立を阻み、いつまでも自分に依存させようとします。そのため、引きこもり、パラサイト、マザコン、非婚などの問題が生じています。
こうした問題が生じるのは、「ヨイトマケの唄」の時代とは違うからです。貧しい時代には子どもをいつまでも自分に依存させようとする親などいませんでした。
また、「ヨイトマケの唄」の母親は、働くことに精一杯で、あまり子どもにかまっていられなかったでしょう。今の専業主婦の母親は十分な時間がありますから、どうしても過干渉になってしまいます。
それに、今は大学を出たからといってよい将来が約束されているわけではありません。
そういうことを考えると、子どもを育てることを生きがいにしなさいという美輪さんの回答に賛成することはできません。
もっとも、それに代わる回答は簡単に示せません。
先ほども書いたように、自分勝手な夫を変えるのは容易なことではないからです。
あえて回答するなら、「夫との関係がうまくいかないことは、友人など周りの人との関係で補いなさい。子どもを生きがいにするのは自立を阻む恐れがあるので、ほどほどにしなさい」ということでしょうか。
それにしても、貧しい時代には愛が見えやすかったといえます。
今は働く母親はいっぱいいますが、そこに「ヨイトマケの唄」のような愛があるかどうかわかりません。