オバマ大統領の訪日と日米首脳会談についての報道を見ていると、どれもこれも煮え切らないものばかりです。
世の中が変わっているから古いモノサシで評価しようとしてもうまくいかず、かといってまだ新しいモノサシがないという状況だからでしょう。
古い考え方でいくと、今回のオバマ大統領を国賓として招いての日米首脳会談は大失敗です。TPP交渉がまとまっていなかったので、オバマ大統領はそのことが気になって、日米友好ムードを盛り上げるどころではなかったからです。
共同記者会見のとき、安倍首相は「バラク」とファーストネームを使いましたが、オバマ大統領は「シンゾー」と返すことはありませんでした。結局、会見の後半では安倍首相も「オバマ大統領」という言い方に変えました。
つまり「バラク・シンゾー」という個人的な信頼関係を築くことに完全に失敗したわけです。ひじょうにみっともない光景でした。もし民主党政権の誰かの首相のときに同じことがあれば、マスコミは大騒ぎして攻撃するか嘲笑したでしょう。
また、アメリカ側が今回の訪日をどう評価しているかということもマスコミはあまり報道しません。
オバマ大統領は「尖閣諸島は日米安保条約の適用対象」「集団的自衛権の検討を歓迎し支持する」と言明し、拉致被害者家族とも面会するなど、安倍政権の要望に応えました。そもそも国賓としての訪日というのも安倍政権の強い要望であったわけです。
ところが、オバマ大統領がいちばん望んでいたTPPの合意はできませんでした。
日本からしたら、「やらずボッタクリ」です。アメリカからしたら、せっかく国賓として行ったのに、お土産なしの手ぶらで帰されたようなものです。
当然、アメリカは安倍政権に対して怒っているか不快に思っているでしょう。そして、そういうとき、今まで日本のマスコミはアメリカの意を汲んで、日本の政権のほうを攻撃してきました。「アメリカは怒っている」ということが錦の御旗になっていたのです。
しかし、今回は違います。
これは単にマスコミが安倍政権に対して甘いということだけではないと思います。
ひとつには、安倍政権は国民の支持率でも議会の勢力でも強固な政権基盤を持っているのに、オバマ政権は支持率でも議会の勢力でも脆弱で、この両者の力関係が影響しています。
それからもうひとつは、日本国民の中にナショナリズムが高まっていて、安倍政権はそれをバックにしているということがあります。
これも力関係を変えます。
というのは、ナショナリズムというのは国家規模の利己主義で、利己主義というのはひじょうに強力だからです。
鳩山政権は普天間基地移設問題でアメリカと対立しましたが、そのときの根拠は「友愛」であり「沖縄のため」でした。つまり利他主義に立っていたわけです(沖縄は日本ですから利他主義というのもちょっとへんですが)。
利他主義というのは弱いものです。
麻生財務相は日米首脳会談のあと、TPPが大筋合意にいたらなかったことについて、「オバマが国内でまとめきれる力は今ないだろう」と発言しました。
これは常識的にはひじょうに失礼な発言ですが、それほど問題にはなりませんでした。
なぜ問題にならなかったかというと、麻生財務相は別に反米思想や反オバマ思想から発言したわけではなく、単にTPP合意にいたらなかったのは安倍政権のせいではなくオバマ政権のせいだという、つまり自己正当化の発言だったからです。
衛藤晟一首相補佐官は、昨年12月に安倍首相が靖国参拝したことにアメリカ政府が「失望」表明をしたことに対して、「むしろわれわれのほうが失望だ」と発言しました。この発言は取り消されましたが、江藤補佐官は辞任することもなく、アメリカからの反応もありません。
この発言も、なにかの思想からではなく、「英霊のため」でもなく、ただ単に安倍首相の行動がアメリカから批判されたので反射的に自己防衛しようとしたものです。
アメリカからすると、こういう利己心からの発言はひじょうに厄介です。批判したり抗議したりすると、火に油を注いでしまうことがあるからです。
日本人は戦後、こうした国家規模の利己主義であるナショナリズムをずっと抑制してきましたが、おそらくは北朝鮮による拉致問題がきっかけで、北朝鮮批判という形で最初の復活を果たしました。そして、それが中国批判、韓国批判という形で拡大してきて、とうとうアメリカ批判にまでいたったというわけです。
国際社会がナショナリズムがぶつかり合う場だとすれば、日本もようやくそこに仲間入りしたことになります。
今回の日米首脳会談が「やらずボッタクリ」だったとしても、ナショナリズムの観点からは日本はよくやったということになります。
ですから、今回の会談を批判する声はあまりありません。
これまで日本がアメリカに守ってもらうには、日本はひたすらアメリカに忠勤に励んで、アメリカにその気になってもらわなければなりませんでした。
しかし今では、「日本を守らなければアメリカは国際社会で信用を失うぞ」と日本がアメリカを脅すところにまできています。
それだけナショナリズムというのは強力です。
こうした変化をとらえていないと、今回の日米首脳会議をうまく評価することはできません。
しかし、ナショナリズムが所詮は国家規模の利己主義であることを思えば、ナショナリズムの高揚の行き着く先がろくでもない世界であることはわかりきっています。