村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

2014年10月

閣僚の不祥事が相次いで発覚していますが、中でも安倍首相にとっていちばん都合が悪いのは、宮沢洋一経産相が外国人から計40万円の献金を受け取っていたことでしょう。というのは、安倍首相が野党時代に、民主党政権の前原誠司外相と田中慶秋法相の2人が外国人献金を受け取っていたことを攻撃していたからです。
「日刊ゲンダイ」はこのように書いています。
 
安倍首相が墓穴2年前の「外国人献金禁止」発言が命取り
(前略)
「宮沢辞任」が避けられそうにない最大の理由は、民主党の田中慶秋法相に対して、当時の安倍晋三総裁が強硬に「大臣辞任」を求めていたからだ。2012年10月4日の記者会見で、こうブチ上げている。
〈なぜ、外国人の献金が禁じられているのか。これは国会議員が持たなければいけない基本的な認識なんですね。日本の国益を考え、立法していく。内閣の一員になれば守秘義務がかかります。外国から絶対に影響を受けてはならない、ということなのです〉〈ところが、民主党は、そこのところが分かっていない。それは大変な問題だと思います〉
 
  この会見の様子は、いまでもユーチューブで見られる。外国人からカネを受け取った大臣に対し、強く辞任を求めていた。2年前、民主党に対して発した言葉が、いまそのままブーメランのように自分に返っている形だ。政治評論家の山口朝雄氏がこう言う。
 
 「野党の党首だった安倍晋三は、エラソーに民主党大臣の辞任を要求していた。だったら当然、宮沢大臣も罷免するべきです。民主党はダメだが、自民党はOKとはいきませんよ」
 
  いま、官邸周辺は、民主党議員の「政治資金収支報告書」を一つ一つ丹念に調べているそうだ。民主党議員の「政治とカネ」を探し出して泥仕合に持ち込むハラだ。しかし、どんなに悪あがきをしようが、宮沢大臣の「政治とカネ」は消えない。少しは潔くしたらどうだ。
 
官邸周辺は民主党議員の「政治とカネ」を探しているということですが、その成果でしょうか、民主党の枝野幸男幹事長が収入約244万円を政治資金収支報告書に記載していないことが発覚しました。
 
政治とカネ、民主幹事長にも 首相「撃ち方やめになれば」
 民主党の枝野幸男幹事長は29日、自らの関係政治団体が2011年の新年会の会費収入約240万円を政治資金収支報告書に記載していなかったと明らかにした。安倍晋三首相は自民党本部で側近議員らと会い、与野党の「政治とカネ」問題について「誹謗(ひぼう)中傷合戦になるのは美しくない。撃ち方やめになればいい」と語った。
 
 枝野氏の関係政治団体は「アッチェル・えだの幸男と21世紀をつくる会」。11年分の報告書には新年会について「会場費」207万5千円の支出だけを記載していた。枝野氏は29日、国会内で記者団に「記載漏れだった。軽率なミスで恥ずかしい」と釈明した。
 
 民主党の川端達夫国会対策委員長は同日、国会内で維新の党の松浪健太国対委員長と会談し、今後も閣僚の「政治とカネ」の問題を追及する方針を確認した。両党は30日の衆院予算委員会の集中審議で、望月義夫環境相や宮沢洋一経済産業相らの問題を取り上げる。
 
 ただ菅義偉官房長官は記者会見で「国民は建設的な政策論争を望んでいる」と述べ、枝野氏の問題を念頭に、野党側をけん制した。
 
「撃ち方やめ」という軍隊用語を使うところがいかにも安倍首相らしいですが、ここでこの言葉を使うのは間違っています。
というのは、「撃ち方やめ」というのは自軍に対する命令で、敵軍には通用しないからです。ここでは「停戦(休戦)になればいい」と言うべきです(もちろん停戦するには敵と協議しないといけません)。
どうしても「撃ち方やめ」という言葉を使いたいなら、安倍首相はまず与党に対して「撃ち方やめ」と命令し、次に「野党も撃ち方やめになればいい」と言うべきです。
 
戦争のやめ方もわからない人間が自衛隊の最高指揮官であるというのは恐ろしいことです。
 
ただ、菅官房長官が言うように、与野党のスキャンダル合戦は建設的なものではありません。外国人献金にしても、金額も少ないですし、それほど重要なこととも思えません。
しかし、今問題になっているのは、与党と野党の関係だけではありません。過去の安倍首相と今の安倍首相の関係なのです。
 
自分は野党時代、外国人献金を理由に大臣の首を取りにいき、与党になると今度は大臣の首を守るというのでは、ご都合主義もきわまります。
 
ですから、宮沢経産相の首を守りたいなら、過去の自分は間違っていたと認めて、謝罪するべきです。その上で宮沢経産相の首を守ろうとするなら、一応筋が通っています。
 
「撃ち方やめ」で自分の矛盾がうやむやになると思っているとすれば、虫がよすぎます。
 
とはいえ、安倍首相は過去の自分が間違っていたとはなかなか言えないでしょう。というのは、外国人と日本人をきびしく区別するのは、右翼思想のキモみたいなものだからです。外国人献金を認めるなら、外国人参政権も認めるのかということになってしまいます。
それに、朝日新聞が誤報を認めたために大バッシングを受けたのを目の当たりにしていますから、なおさら間違いを認めるわけにいかないでしょう。
 
とすれば、「外国人から献金を受けたことは絶対許せない」と言って、みずから宮沢経産相の首を切り、その上で野党に対して停戦を呼びかけるしかありません。
しかし、それをやるとますます安倍内閣が弱体化してしまいます。
 
「撃ち方やめになればいい」という言葉は、なにかの方針を示したものではなく、窮地に陥って、ただ願望を表現しただけの言葉のようです。
 

朝日新聞たたきが一転して、今は安倍内閣たたきになっています。各メディアは黙って方針転換するのではなく、「冷やし中華始めました」みたいに「安倍たたき始めました」という張り紙を出すべきです。
 
私はこの激変はどうしてだろうかと考えてしまいますが、多くの人はなにも考えていないようです。私は「人間は道徳という棍棒を持ったサルである」と主張していますが、おそらくみんなは棍棒でたたくことができれば満足で、たたく対象がなにかということはどうでもいいのでしょう。
 
私は考えた挙句、慰安婦問題がすべてのもとであるという結論に達しました。
 
私は4月半ばに「慰安婦問題終了のお知らせ」という記事を書いています。
 
慰安婦問題終了のお知らせ
 
このころ、安倍首相も菅官房長官も「河野談話の継承」を明言していました。そして、3月にはハーグで、オバマ大統領が日韓の間を取り持つ形で日米韓の首脳会談が行われており、明らかに日韓は慰安婦問題を解決することで友好関係を修復しようという方向にありました。
 
朝日新聞がその後、自社の慰安婦報道を検証して誤報を認めたのも、慰安婦問題が解決される流れに合わせたものでしょう。
 
ところが一方で、国内にはあくまで慰安婦問題を否定しようとする勢力がありました。それを主導したのが産経新聞です。私はそれについて『産経新聞の「謝罪しなくていいですよ」詐欺』という記事を書いたことがあります。
 
産経新聞の「謝罪しなくていいですよ」詐欺
 
産経新聞の主張は、韓国内で軍や官憲が関与して女性を強制連行した証拠はないから日本は謝罪しなくていいという論理です。
しかし、慰安所そのものが国が関与して女性の身体の自由を奪う制度ですから、強制連行の有無はたいした問題ではありません。それに、韓国以外では強制連行の証拠があるのですから、国際社会に対して発信できる主張でもありません。
 
ところが、この詐欺にひっかかる人がたくさんいました。だいたい人は謝罪したくないものですし、格下に見ている相手に対してはなおさらそうです。
というわけで、性差別、人種差別、職業(売春婦)差別意識の強い人が軒並みこの詐欺にひっかかってしまったわけです。彼らの議論を聞いていると、差別意識が丸出しで、きわめて醜悪です。
 
「アウシュビッツにガス室はなかった」という主張をもとに「ホロコーストはなかった」という主張に結びつけようという人たちがいますが、産経新聞の主張は論理構造がそれと同じです。
また、「日本の名誉回復」ということも主張されますが、これは正確には「軍国日本ないし枢軸国日本の名誉回復」という意味ですから、国際社会から不信感を持たれるのは当然です。
 
というわけで、朝日新聞が誤報を認めたことをきっかけに「謝罪しなくていいですよ」詐欺にだまされる人がふえ、そこにバイト店員炎上事件のように、なんでもいいからなにかをバッシングしたいという人が加わって、朝日新聞たたきが異様に盛り上がったわけですが、結局のところ、済州島での強制連行の有無がなにかに影響を与えるということはなく、「(軍国)日本の名誉回復」はまったくできませんでした。
逆に、「謝罪しなくていいですよ」詐欺の動きに加えて、安倍改造内閣が右寄りの人事であったために、海外からの日本に対する視線はいっそうきびしくなりました。
 
そういうことが国内のマスコミの論調にも反映して、最近の安倍内閣たたきになっているのではないかと思われます(このブログで最近同じことばかり書いていますが、見方がだんだん進歩しています)
 
朝日新聞たたきで日本外交は一時的に迷走しましたが、結局もとに戻りました。それは次のふたつの記事からも明らかでしょう。
 
河野談話・村山談話に吉田氏証言反映せず 政府答弁書を閣議決定
 政府は24日の閣議で、慰安婦をめぐる平成5年の河野洋平官房長官談話や、過去の植民地支配を認めた7年の村山富市首相談話に、旧日本軍が慰安婦を強制連行したとする故吉田清治氏の証言は反映されていないとの答弁書を決定した。
 吉田忠智社民党党首の質問主意書に答えた。
http://www.sankei.com/politics/news/141024/plt1410240021-n1.html
 
日韓の議連総会、共同声明で慰安婦問題に言及
 与野党の国会議員でつくる日韓議員連盟と韓日議員連盟は25日、ソウルで合同総会を開き、日韓首脳会談の早期実現に向けて「環境作りに努力する」と明記した共同声明を採択した。声明では、元慰安婦の名誉回復と心の痛みを癒やす措置が早急に取られるよう、双方が努力することも確認した。
 
 声明は日韓関係の重要性を強調し、来年の国交正常化50周年に向けて「関係を早急に修復しなければならない」と指摘した。「日本側は河野談話、村山談話など歴代政権の立場を継承することを再確認した」「河野談話、村山談話の精神にふさわしい行動をとることにした」など、歴史認識問題をめぐって日本側に対応を求める内容も目立った。
 
 一方、産経新聞前ソウル支局長が朴槿恵(パククネ)大統領の名誉を傷つけたとして起訴された問題は触れなかった。声明の原案には産経新聞を念頭に「日本側は、韓国当局による日本の報道関係者に対する措置が、両国関係改善に向けた環境を悪化させることを懸念した」とあったが、日韓議連関係者によると、韓国側の反対で盛り込まれなかったという。
 
 終了後の記者会見で韓日議連の姜昌一(カンチャンイル)幹事長は「韓国側が日本側を攻撃したり、日本側が韓国側を攻撃したりするのではなく、どう友好関係を増進するかといった視点で声明が作られた」と説明。総会には日本側からは議連の額賀福志郎会長(自民党)や河村建夫幹事長(同)、直嶋正行副幹事長(民主党)らが出席した。(ソウル=明楽麻子、東岡徹)
 
 
産経新聞やそれに同調して日本を迷走させた人たち(たとえば橋下徹大阪市長とか池田信夫氏とか)は国民に対して謝罪するべきです。
 

小渕大臣の後任である宮沢洋一経産相が政治活動費を交際費の名目で「SMバー」に支出していたということが話題になっています。しかし、記事を読むと、たった1万8230円の支出です。
 
経産相「宮沢会」、SMバーに政活費支出 「面目ない」
 
民主党政権時代、民主党の議員の支出に「キャバクラ」での飲食費が計上されているということが問題になりました。そのとき私は、高級料亭よりキャバクラのほうがましではないかと思ったものです。
しかし、庶民感覚としては、高級料亭よりもキャバクラやSMバーのほうがわかりやすく、批判しやすいのでしょう。
 
新閣僚についてはさまざまなスキャンダルが報じられています。
宮沢経産相については、東京電力株を保有していることも問題視されています。
竹下亘復興相については、実家の酒屋に58万円を支出していたということです。
御法川信英財務副大臣については、選挙区内の有権者にカレンダー3000部を無料で配っていたことが問題視されています。
高橋比奈子環境省政務官については、週刊文春の報道によると、EM菌という、放射能除染もできるとされるトンデモ科学の広告塔になっているということです。
 
これまでは誤報問題を起こした朝日新聞がもっぱらたたかれてきましたが、今度はマスコミも国民もみんなして安倍内閣をたたくという流れになっています。
 
この理由のひとつは、みんな朝日新聞たたきに飽きてきたからでしょう。
かつてバイト店員炎上事件というのが盛り上がりましたが、今はまったくありません。ほんとうはバカなことをするバイト店員は同じように存在して、小さな炎上は起こっているのかもしれませんが、ニュースになるほど盛り上がらないわけです。
人間、同じことをしていたら飽きるのは当然です。
 
そして、今度は矛先が安倍内閣に向かったというわけですが、その理由のひとつに、内閣改造で女性閣僚が過去最多の5人になったということもあるでしょう。新内閣の支持率を見ると国民は好意的に受け止めたと思われますが、マスコミは男社会ですから、女性閣僚に対するほとんど無意識の反発が生じたのです。
 
とはいえ、それだけとも思えませんから、私は“アメリカの陰謀”が背景にあるのではないかと思って、前回の記事を書きました。
 
2人の大臣を辞めさせた闇の力
 
しかし、考えてみると、“アメリカの陰謀”を想定せずに、日本のマスコミがみずから反省して考えを変えたと理解してもいいわけです。
そこで今回はそういう角度から書いてみます。
 
日本国内で朝日新聞誤報問題が大きく騒がれたので、日本政府も多少それに合わせた動きをしました。たとえば、「クマラスワミ報告書」を作成したクマラスワミ元特別報告者に直接働きかけたのです。
 
クマラスワミ報告書の記述撤回要請…日本政府、ク氏に面会し直接要請
菅(すが)義偉(よしひで)官房長官は16日の記者会見で、慰安婦を強制連行された「性奴隷」と認定した1996(平成8)年の国連人権委員会(当時、現在は国連人権理事会)の「クマラスワミ報告書」を作成したスリランカの女性法律家、クマラスワミ元特別報告者に直接、日本政府として報告書の一部を撤回するよう求めたことを明らかにした。クマラスワミ氏は拒否した。
 
 朝日新聞が8月、韓国の済州島で慰安婦を強制連行したとする吉田清治氏の証言が虚偽だったとして、関連記事を取り消したことに伴う対応で、政府は慰安婦に関する国際社会の事実誤認を是正するため、さらに広報活動を強化する。
 
 外務省によると、同省の佐藤地(くに)・女性人権人道担当大使が14日、米ニューヨークでクマラスワミ氏に面会し、「吉田証言」が引用された報告書の一部撤回を申し入れた。佐藤氏は元慰安婦へ「償い金」を支給したアジア女性基金など日本のこれまでの取り組みも合わせて伝えた。
 
 菅氏は記者会見で「朝日新聞が慰安婦問題に関する報道が誤報だったと取り消したのでクマラスワミ氏に説明し、報告書に示された見解を修正するよう求めた。先方は『修正に応じられない』ということだった」と述べた。
 さらに「政府としては今後、国連人権理事会をはじめ国際社会で適切な機会をとらえて、わが国の考え方を粘り強く説明し理解を得たい」と強調した。
 
 クマラスワミ報告書をめぐっては、菅氏が9月5日の記者会見で「報告書の一部が朝日新聞が取り消した記事内容に影響を受けているのは間違いない」と指摘していた。
 
 政府は、慰安婦を含む歴史認識に関する対外広報戦略の強化を進めており、今年度の政府国際広報予算を昨年度の2倍に引き上げた。来年度はさらに2倍以上にする方針だ。
 
 このほか、クマラスワミ報告書が提出された直後に当時の日本政府が作成した「反論文書」の公開も検討している。反論文書は現在、非公開となっている。
 
産経新聞が得意げに報じましたが、このあと次のようなことがありました。
 
クマラスワミ報告書の一部撤回、米側に説明 駐米大使
【ワシントン=加納宏幸】佐々江賢一郎駐米大使は17日の定例記者会見で、朝日新聞が韓国の済州島で慰安婦を強制連行したとする吉田清治氏の証言が虚偽だったとして関連記事を取り消したのを受け、証言を引用した1996(平成8)年の国連人権委員会(当時)の「クマラスワミ報告書」の一部撤回を日本政府が求めていることに関し、米側に事実関係を説明する考えを示した。
 
 佐々江氏は「事実は事実として正しく認識してもらうことが重要だ。この問題に関心がある人に説明をしてきたし、今後もそういう考えだ」と述べた。
 
 一方で、菅義偉(よしひで)官房長官が慰安婦募集の強制性を認めた河野洋平官房長官談話を継承するとしていることに関し、「朝日新聞の修正いかんに関わらず河野談話の本質的な意義は失われていないと思っておられる」と語った。
 
なぜ大使が「米側に事実関係を説明する」のかというと、米側が日本の動きに不快感を示したからと想像されます。つまり弁解に追われたということです。
 
そして、次に菅官房長官は、これまで河野談話を継承するということを言明してきましたが、河野氏の記者会見での言葉について否定的な認識を示しました。
 
菅官房長官、河野氏の発言「大きな問題だ」
 菅義偉(すがよしひで)官房長官は21日の参院内閣委員会で、河野洋平元官房長官が平成5年に慰安婦問題に関する談話を発表した記者会見で、強制連行を認める発言をしたことについて「強制連行を示す資料がない中で、(認めたのは)大きな問題だ」と述べた。河野氏の発言によって強制連行があったかのような事実誤認が国際社会に広がったとの認識を示したものだ。
 
 当時、河野氏は会見で、強制連行に関して認識を問われ「そういう事実があったと。結構です」と述べた。河野談話を検証した有識者チームが今年6月にまとめた報告書では、河野氏が政府の共通認識を踏み外し、独断的に「強制連行」を認めたことが確認されている。
 
 菅氏は内閣委で、朝日新聞が強制連行をめぐる吉田清治氏の証言を報道してきたことにも言及し「吉田氏の証言であたかも強制連行があったような事実に反する認識が韓国をはじめ国際社会に広まったことも事実だ」と述べた。そのうえで「政府としては客観的事実に基づいて、正しい歴史認識が形成され、日本の名誉や信頼の回復を図るべく日本の基本的な立場、取り組みを海外で徹底して広報している」と説明した。
 
ところが、この発言に対して、またしても海外から反発が起きました。
 
菅官房長官、河野氏の発言は「大きな問題」=海外でも反響「韓国を激怒させることになる」「証拠はまだある」
20141022日、慰安婦問題に関する菅義偉官房長官の発言が、国際ニュースを扱う英語のオンラインマガジンでも報じられ、海外からもコメントが寄せられている。
 
菅官房長官は21日、河野洋平元官房長官が1993年に強制連行を認める発言をしたことについて、「大きな問題だ。そこは否定し、政府として日本の名誉、信頼を回復すべくしっかり訴えている」と批判した。また、菅氏は国連のクマラスワミ報告の撤回も要請したことをすでに明らかにしており、このことはアジア太平洋地域の国際ニュースを扱う英語のオンラインマガジンでも報じられ、海外のネットユーザーも反応を示している。
 
 「安倍首相と菅官房長官が行っている曖昧な発言による戦略は、韓国を激怒させ、中国のプロパガンダを助けることになる」
 「日本は否定の極みから抜け出さなければならない。安倍首相に、死者と生き延びた人たちへの礼儀を見せてほしい。人道に反する戦争犯罪を告白し、説明責任を果たすべきだ」
 「人間としての良識や心の平和を大切にするなら、日本という国は無視した方がいい。過去の侵略行為や窃盗や拷問、暴行、虐殺未遂行為などを正当化するような国だから」
 
 「日本が20世紀前半に行った残虐行為を無視したいのは、教科書からそれらについての記述が削除されているからだ」
 「吉田証言に基づいた記事が取り消されようが、慰安婦に関する証拠はたくさんある。フィリピン人、ベトナム人、タイ人、オランダ人の女性たちも日本軍に強制連行されていたのだ」
 「マレーシアのお年寄りに第二次世界大戦中の日本軍についてどう思っているか尋ねてみたら、とても興味深い話が聞けるはずだ」(翻訳・編集/Yasuda
 
これは中国系メディアの記事ですから、日本にきびしい表現になっていますが、菅官房長官の発言や日本政府の動きが英語ニュースで報じられ、それについて反発の起こっていることがわかります。
 
朝日新聞誤報を巡って起きた国内の議論は、国際社会ではまったく通用するものではなく、日本がなにか発信するたびに強い逆風が起きるのが実情です。日本のマスコミもようやくそれを理解して、軌道修正をはかったということでしょう。
 
つまり現在のマスコミの動きは、「行き過ぎた右寄りの修正」と理解できます(とはいえ、そこにアメリカの意志が働いていないともいえません)
 
そして、今度は右寄りの安倍政権たたきに向かったというわけです。
宮沢経産相の「SMバー」がこれだけ大きく騒がれるのもそのためです。
 
ちなみに宮沢経産相の「SMバー」問題は、海外の多くのメディアも取り上げています。まさに国辱ものです。
 
ブルームバーグ
Japan Minister Aide’s Bondage Bar Spree Adds to Abe Scandals
 
 ABC
 Japan's new trade minister admits political support group spent office cash at Hiroshima bondage club
 
 CNN
 Timses Menteri Kunjungi Bar Sadomasokis
  
レクスプレス
Japon: des fonds politiques du nouveau ministre de l'Industrie depenses dans un bar sado-maso
 
デア・スタンダード
Japans neuer Handelsminister bereits unter Druck
 
日本人をおとしめ、日本の誇りを傷つけているいちばんの元凶は安倍政権というわけです。
 

1020日、小渕優子経産相と松島みどり法相が辞任しました。安倍政権には大打撃です。
これまで絶好調だった安倍政権ですが、内閣改造をきっかけに、一気に潮目が変わった感じがします。
これほどの激変は、単なる偶然ではすまされません。
新閣僚の“身体検査”が甘かったという説があり、確かにそうでしょうが、それだけとも思えません。
ここにはなにかの力学が陰で働いていると見るべきです。
 
安倍改造内閣が発足したのは9月3日ですが、9月4日にはすでにウォール・ストリート・ジャーナル日本版が、閣僚19人中15人が右翼団体「日本会議」のメンバーだということを報道しています。
 
安倍改造内閣で右傾化加速、米紙が「驚くべき」発見―中国メディア
 
そして、9月10日には、高市早苗総務相と稲田朋美自民党政務調査会長がネオナチ活動家とツーショット写真を撮っていたことを英ガーディアン紙、AFP通信などが報道しているということが日本でも報道されました。
 
高市・稲田両議員、ネオナチ活動家と写真 関係否定も、海外メディアは右傾化批判
 
つまり早い段階で新内閣は海外から批判されていたのです。
 
しかし、ネオナチとのツーショット写真は、日本の大手メディアはそれほど報道しませんでしたし、世論もそれほど盛り上がりませんでした。
 
そこで、次に松島法相のうちわ問題が表面化しました。これは民主党の蓮舫参院議員が国会で取り上げたのが最初です。
小渕産経相の政治資金問題は「赤旗」が最初に報道しました。
 
野党はいつでも政府与党の足を引っ張りたいと思っていますから、やはりこのタイミングを狙ってどこかから情報提供があったのではないかと想像されます。
ネオナチではだめだったから、今度は“政治とカネ”にシフトしたということでしょう。
ねらいはつねに安倍新内閣の目玉である女性閣僚です。
 
では、誰がそういう情報提供をしているのかというと、今、官僚組織が安倍政権に離反したということは考えにくいと思います。消費税値上げに関して財務省と官邸に確執があるといわれますが、安倍政権が弱体化すると消費税値上げがかえって困難になりますから、財務省が安倍政権の足を引っ張るとは思えません。
 
となると、あとはアメリカしか考えられません。
安倍政権は集団的自衛権行使容認や米軍基地辺野古移設などで親米的な政策を進めていますが、日韓、日中関係を悪化させ、さらに朝日新聞誤報問題をきっかけに歴史認識で決定的にアメリカの不興を買ったということが想像されます。
このへんの事情は小熊英二氏の文章がわかりやすいので、全文引用します。
 
(思想の地層)「誤解」を解く 「枢軸国日本」と一線を 小熊英二
米国で、「慰安婦問題」での「日本叩(たた)き」が続いているという。ジャーナリストの古森義久氏は、共和党系のヘリテージ財団による歴史問題シンポジウムの模様を、以下のように伝えている。
 
 その場の質問で、古森氏は朝日新聞の誤報訂正を強調し、「日本軍による強制連行はなかった」と述べた。しかし財団側は、「せっかく私たちが日韓関係の改善を図ろうとしているのにこんな質問が出てくるなんて」と述べたという(古森義久「慰安婦報道訂正 アメリカに届かず」WiLL11月号)。
 
 この問題で、国際社会の一部に、誤解や単純化があるのは事実である。軍需工場などに動員された「女子挺身隊(ていしんたい)」が、ときに「慰安婦」と混同されているのはその一例だ。古森氏をはじめ、そうした「誤解」を解こうとする人々は多いが、効果は上がっていない。
 
 それはなぜか。冷泉彰彦「朝日『誤報』で日本が『誤解』されたという誤解」(NEWSWEEK日本版ウェブサイト)は、そのヒントを示している。
 
 冷泉氏によると、国際社会は、「日本国」と「枢軸国日本」は「全く別」だという前提に立っている。ここでいう「日本国」は、「サンフランシスコ講和を受け入れ、やがて国連に加盟した」国である。「枢軸国日本」は、「第二次世界大戦を起こした」国だ。
 
     *
 
 そうした国際社会の視点からは、「慰安婦問題」での「誤解」の解消にこだわる日本側の姿勢は奇妙に映る。それによって「枢軸国日本の名誉回復」に努めても、「日本国」の国際的立場の向上とは無関係だからだ。かえってそうした努力は、「『現在の日本政府や日本人は枢軸国日本の名誉にこだわる存在』つまり『枢軸国の延長』だというプロパガンダ」を行う国を利する逆効果になる、と冷泉氏はいう。
 
 「慰安婦問題」での「誤解」を解こうとしている論者は、「東京裁判」や「戦後憲法」への批判も並行して行うことが多い。しかし、史実認識を訂正しようとする努力が、「枢軸国日本の名誉回復」や戦後国際秩序の否定を伴っていたら、国際社会で認められる余地はない。かえって逆効果である。
 
     *
 
 これは「靖国問題」でも同様だ。刑死したA級戦犯を合祀(ごうし)した靖国神社宮司の松平永芳氏は「現行憲法の否定はわれわれの願うところだが、その前には極東軍事裁判がある。この根源をたたいてしまおうという意図のもとに、“A級戦犯”一四柱を新たに祭神とした」と述べている(西法太郎「『A級戦犯靖国合祀』松平永芳の孤独」新潮45 8月号)。この意図を認めるなら、東京裁判もサンフランシスコ講和条約も否定することになり、ひいては日米安保条約を含む戦後の諸条約や国際秩序の前提を否定することになる。こうした施設を参拝しながら、「日米は価値観を同じくする同盟国」などと唱えてみても、相手方の信頼は得られまい。
 
 靖国神社については、戦死者を追悼した施設はどこの国にもあるという意見がある。前述のように、諸外国の「従軍慰安婦」認識には誤解があるという意見は多い。だが、そうした意見が部分的には正当だったとしても、それが「枢軸国日本の名誉回復」の願望と結びついていたら、受け入れられる可能性は皆無であることを知るべきだ。
 
 これは他の問題にも言える。集団的自衛権の行使容認が、国内外で反発を買うのはなぜか。背景に、占領軍が押しつけた憲法の縛りを脱するという「枢軸国日本の名誉回復」の願望があると懸念されるからだ。いくら安全保障のためと説明しても、それを提案する政治家が並行して靖国神社に参拝するのでは、懸念を招くのは無理もない。
 
 こうした問題での「誤解」を解きたいなら、方法は一つである。現在の「日本国」は、「枢軸国日本」を否定している、という姿勢を明確にすることだ。それなしには、国際社会の理解も、安全保障の議論も進まない。
 
 (歴史社会学者)
 
 
アメリカが陰で日本の政治を動かしているというのは陰謀論に近いもので、とくに今回についてはまだ証拠がありませんが、急に安倍政権に逆風が吹き出したのは、そうとしか解釈できません。
ケネディ駐日米大使は、このところ目立った発言はしていませんが、日本に赴任してからずっと安倍政権を観察してきて、安倍首相の思想がわかってきたはずです。そして、ケネディ大使は思想的に安倍首相と相容れるはずがありません。ケネディ大使の意向がアメリカ政府を動かしているということは考えられます。
 
“政治とカネ”というフレーズを持ち出されると、日本人はいつも同じ踊りを踊ってしまいます。誰かに踊らされているのではないかということは、考えてみる価値があるはずです。

動物はみな生存競争をしており、人間も例外ではありません。ただ、人間の場合は、牙や爪や角よりも言葉(道徳)を主な武器にして生存競争をしているという違いがあります。
これを私は「人間は道徳という棍棒を持ったサルである」と表現しているのですが、世の人々はなかなか理解できないようで、道徳教育によってよい人間をつくることができると誤解したりしています。
 
そうしたところ、「人間って何ですか?」(夢枕獏著)という本を読んでいたら、夢枕獏氏とビートたけし氏の対談の中に、道徳の本質を示すようなやりとりがあったので、その部分を引用してみます(この本は夢枕獏氏が脳科学、生物学など各分野の一流学者と対談したもの。ビートたけし氏だけ学者ではありません)
 
夢枕 もうだいぶ前ですが、たけしさんがある事件で記者会見をしているとき、女性記者が「道徳的に考えて、ご自身のしたことについてはどう思ってるんですか?」というような質問をしましたよね。そのとき、たけしさんは声を大きくして「おまえはクソしねぇのか。おまえは、結婚してる男を好きになったことはねぇのか。俺もこういう商売をやってるし、そちらも話を聞くのが商売だろうから、こうして会見を開いているんだ。そういう場所で、おまえ、道徳なんて言葉を俺に対して使うのか」というようなことを言ってましたよね。あれは瞬間的に出た言葉だったんですか?
たけし テレビというものはすべてエンターテインメントで、まして芸能バラエティーの記者会見なのに、そこに倫理とか道徳なんてことを持ち込まれたんで、困っちゃって。じゃあ落語はどうするんだ、バカヤローと。我々はそれで生きてるわけですから。
みんなを笑わせて終わらせよう、というつもりで来ていたのに「何だ、頭の悪いその質問は?」と思ったら、突発的に怒っちゃった()
夢枕 女性記者は泣きだしちゃいましたよね。でも、あのときはもう心の中で軍艦マーチのような音楽が鳴り響いて「たけしー、もっと言ったれー!」と思っていました()
 
「ある事件」がなんのことかわかりませんが、芸能人の不祥事を追及するのはテレビのワイドショーなどのお決まりのパターンで、女性記者もそのレールに乗っかって、“道徳という棍棒”で殴ろうとしたところ、たけしさんに逆襲されてしまったというシーンです。
 
おそらく「ある事件」はそれほどたいした事件ではなかったか、もうかなり昔の事件だったのでしょう。それに加えて、女性記者が「道徳」という抽象的な言葉を使ったのも下手でした。「被害者の心情」とか「子どもたちへの悪影響」というように、少しでも具体的に言うのがうまいやり方です。
そして、今ではたけしさんがきわめて権威ある存在になり、一方は一介の女性記者であるという力関係が決定的でした。
たけしさんがお笑いの世界ではいちばん権威のある「落語」という言葉を持ち出したのもうまいやり方です。
 
これは世間的な「道徳」に対して、「芸人的価値観」(これも一種の道徳です)が打ち勝った例ですが、これはあくまで特殊な例で、普通は世間的な「道徳」で世の中は塗りつぶされています。
その傾向はインターネットの普及でさらに強まっています。
今ではバイト店員がちょっと悪ふざけをしただけで、「道徳」という棍棒でたたきのめされてしまいます。
 
つまり人間は、能力において競争するだけでなく、ライバルを無責任、自分勝手、怠慢、不注意などと道徳的に批判することで心理的ダメージを与え、また社会的評価を下げることで自分が優位に立とうとしているわけです。
 
人間も動物ですから、生存競争をするのは当然ですが、問題は、自分が道徳を武器にして生存競争をしているという認識のないことです。
逆に道徳は人をよくしたり社会をよくしたりするものだと思っています(ときにはそういう場合もありますが)
 
人間は生存競争するだけでなく、生存のために互いに協力することもあるわけですが、道徳について勘違いしているために、協力するべきときに生存競争をしてしまうという間違いを犯します。これが人類にとって最大の問題ではないかと私は考えています。
 
たとえば、家庭は互いに協力する場ですが、そこに道徳を持ち込んで、夫婦が互いに相手を自分勝手だとかだらしないとかいって道徳的な批判をすると、夫婦関係はうまくいかなくなります。
 
また、資本主義は互いに競争することを前提としたシステムですが、資源と環境の制約のために、すでに一定の豊かさを実現した先進国においてはそろそろ競争をやめなくてはなりません。
しかし、どうすれば競争をやめられるのか誰もわかりません。
競争モードから協力モードへの切り替えスイッチが「隠れているインジケーター」となっているのです。
 
国家間の競争も同じです。軍拡競争は誰が考えてもバカバカしいことですが、やめるスイッチのありかがわからないのでやめられません。
 
政治家を批判したりするときには道徳は有力な武器になるので、道徳も悪いことばかりではありません。
しかし、道徳が棍棒だということを知らないと、逆に棍棒に振り回されることになってしまいます。
道徳は正しく使いたいものです。

今年のノーベル平和賞がパキスタンのマララ・ユスフザイさんとインドのカイラシュ・サティヤルティさんに授与されました。マララさんは17歳という若さなのでとくに話題になっています。
受賞発表の記者会見では、若さについてかなりきびしい声が出たようです。
 
ノーベル平和賞、最年少受賞に驚き 「若すぎる」と質問も
 
しかし、「ノーベル賞に値する実績がない」といって反対するならわかりますが、「ノーベル賞には若すぎる」といって反対するのは理由になりません。もともと年齢制限などないからです。
若くして大きな賞を受賞すると舞い上がって天狗になるという懸念はありますが、舞い上がったり落ち込んだりという経験を積むことでさらに大きな人間になるという可能性もあります。
 
それにしても、この若さで世界的に注目される存在になるというのはたいしたものです。私は昨年7月にマララさんが国連総会で演説したときに驚いて、どうしてこの若さでこんな大きなことができるようになったのかについてブログの記事を書いたことがあります。
 
マララさん演説と“国際人”教育
 
「ローマは1日にして成らず」というように、マララさんは私立学校を経営する父親の影響を受け、11歳のときにすでにメディアに登場して、世界に自分の意見を発信するということをしていました。もちろん生まれつきの能力はあったにしても、それなりの経験をひとつひとつ積んで成長してきたのです。今回のノーベル平和賞受賞もひとつのステップになることでしょう。
 
ただ、タリバンはあくまでマララさんを敵視しています。
 
マララさん、今後も襲撃対象…タリバンが声明
 【イスラマバード=丸山修】パキスタンの武装勢力「パキスタン・タリバン運動」(TTP)の分派組織は10日、ツイッターで声明を出し、ノーベル平和賞受賞が決まったマララ・ユスフザイさん(17)を「イスラムの敵」と批判し、今後も襲撃の対象とする考えを示した。
  
 TTPは、マララさんを敵視し、2012年10月に襲撃した。声明では「異教徒から与えられた賞を誇ることに価値はない。マララは、我々が異教徒のプロパガンダに屈しないことを知るべきだ」と警告した。
 
私はこのニュースを読んだとき、もしかしてマララさんはキリスト教徒なのだろうかと思いました。
この疑問は前のブログ記事を書いたときにもちょっと感じていたことです。
 
そこでマララさんのノーベル平和賞受賞を伝える記事を検索していくつも読んでみましたが、マララさんはキリスト教徒だともイスラム教徒だとも書いてありません。
ノーベル賞を授与する側の人たちは明らかにキリスト教徒かキリスト教文化に染まった人たちです。もしマララさんもキリスト教徒だとしたら、イスラム教徒が不快に思うのもある程度理解できます。
 
しかし、この疑問はマララさんの受賞スピーチを読むと氷解しました。本人がちゃんと「イスラム教をあつく信仰しています」と語っています。
考えてみれば、マララさんはいつもスカーフを巻いていますから、当然のことでした。
 
マララさんは教育を受ける権利のたいせつさを訴えていますが、同時に宗教についても多くのことを訴えています。
昨年7月の国連総会のスピーチから2カ所を引用します。
 
 
私は、自分を撃ったタリバン兵士さえも憎んではいません。私が銃を手にして、彼が私の前に立っていたとしても、私は彼を撃たないでしょう。
これは、私が預言者モハメッド、キリスト、ブッダから学んだ慈悲の心です。
これは、マーティン・ルーサー・キング、ネルソン・マンデラ、そしてムハンマド・アリー・ジンナーから受け継がれた変革という財産なのです。
これは、私がガンディー、バシャ・カーン、そしてマザー・テレサから学んだ非暴力という哲学なのです。
そして、これは私の父と母から学んだ「許しの心」です。
まさに、私の魂が私に訴えてきます。「穏やかでいなさい、すべての人を愛しなさい」と。
 
 
パキスタンは平和を愛する民主的な国です。パシュトゥン人は自分たちの娘や息子に教育を与えたいと思っています。イスラムは平和、慈悲、兄弟愛の宗教です。すべての子どもに教育を与えることは義務であり責任である、と言っています。
 
マララさんの思想は宗教と切っても切り離せません。
この思想はガンジーと似ています。ガンジーはヒンドゥー教徒でしたが、キリスト教や仏教やイスラム教も尊敬して、宗教を信じる者同士は理解し合えると思っていました。
 
マララさんがイスラム教徒であることは、イスラム教のイメージアップにもなるはずです。
しかし、日本のマスコミはそのことにまったくふれません。一方、タリバンや「イスラム国」などの過激な勢力がイスラム教と結びついていることはしっかりと報道します。
これはイスラム教に対する露骨なイメージ操作ではないでしょうか。
 
私のような年代の者は、ノーベル平和賞というとアルベルト・シュバイツァーを真っ先に思い浮かべます。「シュバイツァー伝」は子どもの読む偉人伝の定番でした。シュバイツァーはアフリカでの医療活動に身を捧げた人ですが、その博愛主義がキリスト教精神に基づくものであることは「シュバイツァー伝」にも書かれていますし、常識でもあります。
マララさんだけ宗教にふれられないのはおかしな話です。
 
日本のマスコミは、マララさんがイスラム教徒であることを踏まえてその思想や業績を報道するべきです。

産経新聞のコラムがパク・クネ大統領の名誉を傷つけたとして、ソウルの検察は加藤達也前産経新聞ソウル支局長を在宅起訴しました。
この起訴には政治的な意図が疑われます。報道に国家権力が政治的に介入することは決してあってはいけないことで、各方面から批判の声が上がっているのは当然です。
 
ただ、この出来事は、朝日新聞の慰安婦誤報問題と対照的な構造になっています。ですから、日本にとっては「人の振り見て我が振り直せ」という絶好の機会でもあります。
 
たとえば、菅官房長官は「きわめて遺憾」「国際社会の常識とは大きくかけ離れている」と韓国を批判しました。しかし、自分自身も朝日新聞を批判しているわけで、権力者の立場から報道機関を批判するというのは「国際社会の常識とは大きくかけ離れている」行為です。
 
また、安倍首相は国会答弁で朝日新聞に対して「この記事によって傷つけられた日本の名誉を回復するためにも今後、努力して頂きたい」と述べました。首相が報道機関に注文をつけるというのもとんでもない行為です。しかも、「日本の名誉を回復する」ということは報道機関の役割ではありません。もし朝日新聞が「日本の名誉を回復する」ために費用をかけて広報活動などすれば、経営者は会社に損害を与えたということで株主代表訴訟の対象にもなりかねません。
 
こうした無茶な論理が通っているのも、今の日本社会が、弱みを見せたものはとことんたたいてやれという風潮に染まっているからでしょう。
これは学校のイジメと同じことで、日本全体にイジメが蔓延しているわけです。自民党教育のすばらしい成果です。
 
韓国の検察が産経新聞の前ソウル支局長を起訴したのは許しがたいことですが、だからといって産経新聞が正しいということにはなりません。
 
産経新聞の問題のコラムはこちらです。
 
【追跡~ソウル発】朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?
 
読んでみると、根拠のない噂をなんの裏付けもとらずに紹介したお粗末な記事です。
これは産経新聞の本紙に載ったものではなく、ネットだけの配信です。ネトウヨレベルの記事です。
 
根拠のない噂を書いた朝鮮日報の記者を起訴せず、それを紹介した産経新聞の記者を起訴するという韓国検察の論理はへんですが、ただ、韓国検察の立場になって考えると、韓国内だけの記事ならいいが、日本語で日本人に向けて発信されると「韓国の恥」になるということでしょう。
つまり産経新聞は「韓国人をおとしめた」「韓国の誇りを傷つけた」ということで起訴されたのではないかと想像されます。
 
となると、この論理は産経新聞自身にも返ってきます。
産経新聞は朝日新聞に対して、「日本人をおとしめた」「日本の誇りを傷つけた」ということで批判しています。
そうすると、「韓国人をおとしめた」「韓国の誇りを傷つけた」と批判されたとき、「日本人をおとしめることはいけないが、韓国人をおとしめることはかまわない」という論理で開き直るのでしょうか。
 
おそらく産経新聞に限らず日本の右翼は、このような問題について考えたこともないのでしょう。
ですから、平気で、というかほとんど意識せずに韓国人をおとしめています。
これは安倍首相も同じですし、嫌韓本や嫌韓記事を喜んで読んでいる人たちも同じです。
 
これも自民党教育のすばらしい成果です。
改正教育基本法には、「我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し」と書かれています。「愛」と「尊重」はまったく別の概念です。
つまり自国と他国を分け隔てすることを教えているのです。
当然、「日本の誇りを傷つけた」といって朝日新聞を批判する一方で、「韓国の誇りを傷つけた」ことには平気という人間が生まれてしまいます。
 
こうした人間は国際社会で活躍することはできません。日本の国際的地位が低下し続けるのは当然です。
 
産経新聞はとりあえず、自社の記事が根拠のない噂を拡散させて「韓国の誇りを傷つけた」ことについてどう考えているか見解を表明する必要があります。
というか、「日本の誇りはたいせつだが、韓国の誇りなどどうでもいい」という右翼の本音をぶちまけてしまいなさいということです。
本音が言語化されたとき、世の中はどう反応するでしょうか。 

ノーベル物理学賞を赤崎勇、天野浩、中村修二の3氏が受賞しました。
ニュース番組を見ていると、冒頭からずっとそのことです。しかも内容がもっぱら家族や身近な人の談話などで受賞者の“人となり”を紹介するもので、つまらないのでスイッチを切ってしまいました。
青色発光ダイオードの技術的なことを説明されてもわからないので、そうした人間的な面の報道にかたよるのはしかたないこととは思いますが、報道の量が多すぎると思います。
 
新聞も号外を出しています。「ノーベル賞 号外」で検索すると、朝日、読売、毎日、産経、日経のほか地方紙も号外を出していることがわかりました。
わざわざ号外を出すほどのことでしょうか。
 
日本人のノーベル賞受賞第1号は、1949年の物理学賞の湯川秀樹です。第2号が1965年の朝永振一郎ですから、16年間、日本人の受賞者は1人しかいなかったわけで、希少価値がありました。
しかし、現在はウィキペディアの「日本人のノーベル賞受賞者」という項目によると、今回の物理学賞も含めて受賞者の合計は22人にのぼります(日本国籍でない人も含む)
 
毎回同じような調子で報道するのは“惰性”としかいいようがありません。
惰性”に加えて、“愛国”もありそうです。
日本を持ち上げる報道にはドライブがかかる傾向があります。
 
このことは最近の拉致問題についての報道にも感じました。
 
安倍政権が北朝鮮との対話に乗り出してから、拉致問題についての報道がふえてきました。それは当然ですが、その報道の仕方が昔とまったく同じです。いまだに横田めぐみさんが生きているという前提の報道になっています。
もしかして生きているかもしれませんが、死んでいる可能性が大きいことは、誰もが理解しているはずです。
 
“惰性”と“愛国”の報道はなんの進歩も生みません。
国のあり方を批判してこそ国が進歩するのですが、最近そうした報道は“自虐的”と批判されそうなためか、影をひそめている気がします。
 
今回受賞したカリフォルニア大学の中村修二教授は、現在アメリカ国籍ですが、受賞会見では日本に対してきびしいことを言っています。
昔の日本は、こうした批判の言葉をむしろ歓迎して受け止めていましたが、今の日本はどうでしょうか。
 
 
中村修二教授「開発が偉大でも市場で勝てない」
 【グルノーブル(仏南東部)=石黒穣、サンタバーバラ(米カリフォルニア州)=中島達雄】ノーベル物理学賞の受賞が決まった名古屋大学の天野浩教授(54)、米カリフォルニア大学サンタバーバラ校の中村修二教授(60)の記者会見は以下の通り。
 
 ◆中村氏◆
 
 ――(冒頭発言)
 
 私はこれまでの人生で多くの方々に助けられてきて、とても幸運だ。最初のきっかけは、日亜化学工業の社長だった小川信雄氏が、青色LED開発という私のギャンブルを支持してくれたことだ。カリフォルニア大サンタバーバラ校のヘンリー・ヤン学長の支援にも感謝している。
 
 1993年に高輝度青色LEDの実用化に成功した後、研究活動が爆発的に進展した。多くの研究者がLEDの分野に参入し、携帯電話やテレビ、照明などあらゆる応用に取り組んだ。
 
 ――受賞の知らせを受けた時は、何をしていたか。
 
 眠っていた。少し神経質になっていたので、30%は寝ていたが、70%は神経が高ぶっていた。
 
 ――照明がないような発展途上国で、LEDの技術はどう使われているか。
 
 アフリカの一部のように電力がない国々では、太陽電池を充電し、夜間、LEDで照明を使うことができる。このため、発展途上国で非常に人気が高い。
 
 ――LEDの研究を始めた当時、今のような状況を想像したか。
 
 まったく想像しなかった。勤めていた会社で10年間にわたって赤色LEDを開発したが、既に大手の会社が製造していたので、販売成績は悪かった。会社が私にキレて、私もキレた。そこで私は社長室に行き、青色LEDを開発したいと直談判した。すると、社長はこう言った。「オーケー。やっていい」。それまで会社は研究開発費を出してくれなかったが、社長に500万ドル必要だと言うと、彼はそれもオーケーだと言った。
 
 当時、私は海外に出たことがなかったので、海外に行きたかった。そこで、社長に青色LEDを開発するには、フロリダ大学で学ぶ必要があると言った。1年間留学し、帰国して青色LEDの開発に取り組んだ。
 
 ――日本の多くの教授が海外での研究を目指し、頭脳流出ではないのか。
 
 米国は研究者にとって、多くの自由がある。必死で努力すれば、誰でもアメリカンドリームを手にするチャンスがある。日本ではそのチャンスはない。年齢による差別、セクハラ、健康問題での差別があり、米国のような本物の自由がない。
 
 日本では大企業のサラリーマンになるしかない。企業が大きな事業をやっていても、社員は平均的なサラリーマンだ。米国では、何でも好きにやれる。
 
 ――今回の受賞が日本にとって持つ意味は。
 
 3人のノーベル賞受賞者が出るというのは、日本にとって躍進だと思う。ただ、日本で開発が行われても、日本企業はグローバル化で問題を抱えている。開発が偉大でも、市場では勝てない。携帯電話技術や太陽電池で、日本の製品は当初、非常に優れていた。しかし、グローバル化に失敗した。LEDも同じだ。日本で開発されたが、すべての市場を失っている。
 
 ――現在、何に取り組んでいるのか。
 
 LEDの効率を高めることに取り組んでいる。

北海道南幌町で10月2日に母と祖母が殺された事件で、高校2年生の娘が逮捕され、「しつけがきびしく、今の状況から逃れたかった」と供述しているということです。
女子高生による殺人事件ということでは、7月に佐世保市で起きた高校1年生の同級生殺人事件が思い出されます。
このふたつの事件の違いと類似性について書こうかと思っていると、佐世保市の事件の加害少女の父親が首を吊ったというニュースが飛び込んできました。
 
佐世保の高1殺害、容疑の少女の父親が自殺か
長崎県佐世保市で7月に起きた高1女子生徒殺害事件で、殺人容疑で逮捕された同級生の少女(16)(鑑定留置中)の父親が5日、同市の自宅で首をつった状態で見つかった。
 
 父親は死亡しており、県警は自殺の可能性があるとみて調べている。
 
 県警によると、発見したのは父親の知人の女性で、午後4時過ぎに119番した。遺書は見つかっていないという。
 
 長崎県教委などによると、少女は今年3月2日、父親を金属バットで殴り、頭などにけがを負わせた。その6日後には教職員に「人を殺してみたかったので、父親でなくてもよかった」などと打ち明けていた。
 
 少女は高校入学後、マンションで一人暮らしを始め、父親とは別居。高校入学後、事件まで3日しか登校していなかった。殺害事件は7月26日、このマンションの部屋で発生した。
 
 父親は事件後の8月3日、代理人弁護士を通じ、「娘が起こした事件で、何の落ち度もないお嬢様が被害者となられたことについては、おわびの言葉さえ見つからない」などと記した謝罪文を公表していた。
20141005 2031
 
この事件は、なんの恨みもない、むしろ親しかった同級生を殺したということで、不可解な事件とされていました。しかし、父親が母親の死から数カ月後に若い女性と再婚していたことや、娘を祖母と養子縁組させていたことなどが明らかになり、父親への非難の声が高まりました。
この父親は世間体をよくするために生きてきたような人でしたから、こうした状況は人一倍こたえたでしょう。
加害少女は父親を金属バットで父親を殴って傷を負わせたことがあります。もともと父親に対する殺意があったとすれば、同級生を殺すことによって間接的に目的を達したことになるわけです。
 
もっとも、父親を殺すために同級生を殺すというのは非論理的ですから、この事件の動機が不可解とされ、“心の闇”論が語られたのもむりはありません。
 
一方、南幌町の事件は、かなりわかりやすいといえます。
 
北海道祖母と母殺害:高2女子「しつけ厳しく逃れたく…」
北海道南幌町で1日未明、高校2年の女子生徒(17)が祖母(71)と母(47)2人を殺害したとされる事件で、殺人容疑で逮捕された女子生徒が「しつけが厳しく、今の状況から逃れたかった」と供述していることが2日、道警栗山署への取材で分かった。2人には首や頭など複数カ所に刺し傷や切り傷があり、同署はしつけに対する強い恨みが殺害の動機とみて捜査している。
    
 同署によると、司法解剖の結果、2人の死因はいずれも出血性ショックだった。祖母は2階、母は1階の寝室で殺害され、祖母には頭や背中など十数カ所に傷があり、争った形跡があった。母は首に深い切り傷があった。女子生徒は祖母、母、姉(23)の4人暮らしで、寝室は母と同じだった。
 
 近所の住民によると、女子生徒は夕方になると走って帰宅する姿が目撃されており、「門限が厳しく、時間を守らないと怒られる」と漏らしていたという。
 
 岩見沢児童相談所によると、女子生徒が幼稚園児だった2004年2月、家庭内で虐待を受けているとの通報があった。児童福祉司が身体的虐待の痕があることを確認し、児童福祉法に基づく指導措置を決定。同年11月まで自宅の訪問や面談を重ね、「虐待が再発する心配はない」と判断し措置を解除した。その後、虐待の通報はなかったという。
 
 女子生徒が通う高校は2日朝、全校集会で事件の概要を説明した。スクールカウンセラーを配置し生徒の心のケアに努めるという。【三股智子、野原寛史、日下部元美】
 
女子生徒が幼稚園時代に虐待されていたことは、児童相談所によって確認されています。
親から虐待されたので親を殺した――というのはわかりやすい理屈です。
 
しかし、実際のところは、このようにわかりやすい親殺しの例はあまりありません。
有名なのは、「金属バット殺人事件」として知られる、1980年に川崎市で起きた20歳の予備校生が金属バットで両親を殺した事件です。
ちなみに「金属バット殺人事件」で検索すると、「岡山金属バット母親殺害事件」や「山口母親殺害事件」というのも引っかかります。親を殺すときは金属バットを使いたくなるもののようです(佐世保の女子高生も父親を金属バットで殴っています)
 
しかし、親から虐待された子どもが親に復讐するというのは特殊なケースです。ほとんどの場合は、無関係な人に凶行が向けられます。酒鬼薔薇事件がその典型です。池田小事件の宅間守、秋葉原通り魔事件の加藤智大もそうです。
 
なぜそんなことになるかというと、人間は親から虐待されるということを認識できないからです。
虐待されている子どもに、医者や教師が「そのアザはどうしたの?」と聞くと、子どもは転んだとかぶつけたとか言って、必ず親をかばいます。そのように生まれついているとしかいいようがありません。親から捨てられたら生きていけない哺乳類はみなそのように生まれついているのでしょう。
 
人類の歴史において、親が子どもを虐待することがあるということを初めて発見したのはフロイトです(フロイトはその後、自分の発見を捨ててエディプス・コンプレックス理論をつくるのですが)
日本で幼児虐待がマスコミに取り上げられ、社会問題化してきたのは1990年代になってからです。
しかし、それでも異常な犯罪の裏には幼児虐待があるということは、犯罪者本人も含めてまだまだ認識されていません。
 
ですから、南幌町の事件では、虐待する親を“正しく”標的にできたのはなぜかということがむしろ気になります。
おそらく児童相談所が介入したことによって、子どもが虐待ということを認識しやすくなったのでしょう(あと、父親は亡くなったのか離婚したのかよくわかりませんが、少女の心の中に父親の存在があって、それが母親や祖母の虐待を客観的に認識させたのかもしれません)
 
虐待の通報は年々増え続けていますし、最近は「毒親」(子どもを不幸にする親)という言葉も市民権を得てきました。
ですから、南幌町の事件のように、虐待した親が殺される事件がふえてくるかもしれません。
また、佐世保市の事件のように、凶行が直接親に向かわなくても、親が社会的に制裁されるということがふえてくるかもしれません(酒鬼薔薇事件のときは、犯人の両親は共著で「『少年A』この子を生んで」という本を書いて自己正当化をはかり、世間もそれを許していました)
 
南幌町の事件は、高2の娘が虐待を受けていたということが同級生などの証言で次々と明らかになっているので、これからマスコミがどう報道するかが注目されます。
また、裁判所の判断も注目です。父親から性的虐待を受けていた娘が父親を殺して執行猶予判決を受けた例もあります(尊属殺人規定が違憲とされるきっかけとなった事件)。

御嶽山の噴火で、現時点で48人が亡くなり、火山活動による被害では戦後最悪となったということです。
この報道の中で「心肺停止」という言葉が頻出するので、首をかしげていましたが、その背景を説明する報道がありました。
 
 
御嶽山噴火でも使われた「心肺停止」 なぜ「死亡」といってはいけないのか
  長野、岐阜県境にある御嶽山の噴火で、山頂付近に残された人たちの救助活動が難航している。
 
   警察は「心肺停止の状態」で発見したと発表している。被災者の身が案じられるが、果たしてどのような状態なのだろうか。海外メディアでは日本独自の表現だと説明している。
 
海外メディアでは「死亡」「遺体」と断定的なところも
 
   御嶽山が噴火したのは20149271152分。週末だったこともあり、山頂付近は約250人の人でにぎわっていたと推測されている。
 
   捜索の進展とともに、被害状況が明らかになり、291430分現在で32人が心肺停止の状態で発見された。その後に救出、搬送が進み、28日夜に同様の状態で運ばれた4人の男性と合わせて、10人の死亡が確認された。あくまで心肺停止の状態と死亡した人は別に数えられている。
 
   御嶽山の噴火は海外メディアでも大きく取り上げられているが、「心肺停止の状態」の報じ方は大きく違う。"cardiac arrest""heart and lung failure"などと英訳されており、いずれも日本語に直訳すれば「心肺の停止」だ。
 
   AFP通信は"cardiac arrest"を「医師が死亡を宣言する前に使われる」と説明。ウォール・ストリート・ジャーナルは「死亡しているおそれがあるが、医療的に正式な死亡が宣言されていない」と補足する。
 
   "heart and lung failure"を使ったAP通信やワシントンポストは「日本の当局による、医師が診断する前の遺体の慣例的な言い方」と説明した。英語圏以外では、中国の中国新聞網が「無生命跡象(生命の兆しがない)」と書いており、生存にかなり悲観的な表現だ。
 
   海外メディアは見出しで"At least 31 people believed dead(少なくとも31人が死亡したとみられる)"AP通信)、"Mt Ontake rescue teams find 31 bodies(御嶽山のレスキュー隊が31の遺体を発見した)"BBC)と断定的に書いており、心肺停止の状態と死亡が確認された人を一緒にカウントしている記事が多い。
 
日本は死亡確認に医師の診断が必要
 
   関西福祉大学の勝田吉彰教授によると、「日本で心肺停止の状態とは、心音が聞こえない『心臓停止』および『呼吸停止』の状態を指します」という。死亡確認にはこの2つだけでは十分ではなく、「脈拍停止、瞳孔散大と合わせて、4つすべてを医師が診断することが必要です。医師が宣言し、初めて死亡が確定します」と語る。海外ではこうした手順が踏まれるとは限らないため、日本と大きな違いが出ているようだ。
 
   長野県警も、「医師の診断がまだできておらず、心音と呼吸が停止していることから判断」(同広報)して、「心肺停止の状態」と発表している。
 
   なお、心肺停止の状態から息を吹き返すケースはある。たしかに、街中で倒れた人が心臓マッサージやAEDを施されたり、病院で強心剤を投与されたりして蘇生することはある。ただし、あくまで迅速に必要な手当てがされた場合がほとんどだ。「山頂付近に残る人たち」の一刻も早い「救出」が望まれるが、有毒な硫化水素が充満しており、二次災害の恐れから捜索は打ち切られ、再開は30日に持ち越されている。
 
私は今回初めて、「心肺停止」という言葉にひっかかりを覚えましたが、記憶を探ってみると、これまで海や山の遭難報道で「心肺停止」という言葉を目にしながらスルーしていたようです。
 
「心肺停止」は「死亡」とは違って、まだ蘇生する可能性があることを意味します。「遭難者が『心肺停止』状態で発見された」というような報道を見たとき、私は救助隊員が蘇生術を施している最中なのだろうと漠然と思っていました。
しかし、今回は「長野県警は28日、山頂付近で31人が心肺停止の状態で見つかり、そのうち男性4人の死亡を確認したと発表した」というような報道になっています。31人もの人間が救助隊員から蘇生術を施されているなどということがあるわけないので、初めておかしいと思ったわけです。
 
救助隊員が発見したときは、すぐには「死亡」とは判定できず、「心肺停止」と見なすのはおかしくありません。しかし、「心肺停止」が10分以上続くと蘇生は不可能であると私はどこかで読んだことがあります。今回ネットで調べてみたら、「10分」という数字は確認できませんでしたが、間違っていないということはわかりました。
 
ウィキペディアの「一次救命処置」の項目
突然倒れた人や、あるいは倒れている人が居たら、まず心停止を疑う。脳自体には酸素を蓄える能力がなく、心臓が止まってから短時間で低酸素による不可逆的な状態に陥る。 BLSはそれへの対処であり、脳への酸素供給維持を目的とする。
 
人間の脳は2分以内に心肺蘇生が開始された場合の救命率は90%程度であるが、4分では50%5分では25%程度と一般にいわれる(カーラーの救命曲線参照)。
 
ですから、救助隊員が発見したときは「心肺停止」であっても、蘇生術を行わずに数分が経過すれば「死亡」と認定できるわけです。医師の診断がなければ「死亡」と認定できないというのはあまりにも官僚主義的なやり方です。
 
ですから、警察が「心肺停止」と発表するのがおかしいのですが、それをそのまま報道するマスコミも同様におかしいといえます。
かりに救助隊員の第一報に「心肺停止」とあっても、数分後に「死亡」に変わることがわかりきっているわけですから、「死亡」と報道すればいいわけです。
「死亡」という言い方がいやなら、「死亡確実」という報道の仕方もあるでしょう。選挙の開票速報のときは「当選確実」とやっているのですから(しかも早すぎてしばしば失敗します)
「心肺停止」では、まだ死んでいないのかと勘違いする人も当然出てきます。
 
 
「心肺停止」報道は、外国からもおかしいと思われているようですが、当然です。
日本全体が「脳死状態」になっているようです。

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