村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

2017年11月

サンフランシスコ市が慰安婦像の寄贈を受け入れたことに抗議して、大阪市の吉村洋文市長は姉妹都市関係を解消すると表明し、騒ぎになっています。
 
しかし、これはあまりにも小さな問題です。
「慰安婦」問題ではなく「慰安婦像」問題だからです。
 
慰安婦像設置に抗議するのはおろかなことです。
慰安婦像は民間団体が世界中のどこにでも設置できますから、それを止めるのは不可能です。逆に日本にいやがらせをしたい韓国人などは、慰安婦像を設置するだけでいやがらせができるとわかって、大喜びでどんどん設置しています。
また、かりに世界中の慰安婦像をなくすことができたとしても、日本の国益になることはまったくありません。
それどころか、この問題で騒ぐと、日本は性差別と人種差別と歴史修正主義の国だというイメージがどんどん広がってしまいます。
 
「慰安婦」問題が「慰安婦像」問題に矮小化し、さらに国家間の問題が都市間の問題に矮小化したのはどうしてでしょうか。
 
そもそも慰安婦問題に関する日韓合意は、オバマ政権の圧力のもとに行われたものです。
「慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題」であると認め、「日本国の内閣総理大臣として()、心からおわびと反省の気持ちを表明」したことは、安倍首相の考えとは相容れなかったでしょう。
 
そこで、今年1月のオバマ政権からトランプ政権の移行期に、釜山の日本総領事館前に慰安婦像が設置されたことをきっかけに、安倍政権は駐韓大使を召還するなどして「慰安婦像」問題をしかけたわけです。
人権問題に鈍感なトランプ政権なら文句を言わないだろうという読みがあったと思います。
しかし、日韓合意を破棄するわけにはいかなかったので、「慰安婦像」問題に矮小化してしまったわけです。
 
 
このことはある意味、普天間基地の辺野古移設の日米合意に似ています。
この日米合意もアメリカの圧力のもとになされたもので、国内に納得いかない人たちがいるので、いまだに問題が継続しています。
ただ、慰安婦問題の日韓合意とは、右翼と左翼で立場が逆ですが。
 
いずれにせよ、多くの国民が納得いかないことは、アメリカの圧力で合意しても、あとあと問題になるということです。
 
「慰安婦像」問題をきっかけに、右翼も対米従属の問題に気づくといいのですが。

安倍首相が「人づくり革命」や「生産性革命」という言葉を使っていることに対して、立憲民主党の枝野幸男代表は「自民党はいつのまにか革命政党になった。われわれこそが正統な保守政党である」と言いました。
安倍首相はそれに反論したかったのか、参院本会議でこんなことを言いました。
 
 
首相が「保守」の持論展開、「日本に自信持つ姿勢」
安倍晋三首相は21日、参院本会議の代表質問で「保守」の定義について持論を展開した。保守とは「イデオロギーではなく、日本に自信を持ち歴史を見つめ直そうとする姿勢だ」と指摘。「保守と改革は矛盾しない。守るために変えるべきこともある」とも強調した。民進党の大塚耕平代表の質問に答えた。
大塚氏は、少数会派に耳を傾ける姿勢を「国会において守るべき『保守』思想だ」と述べ、国会で野党の質問時間を減らし与党の時間を増やすべきだとする与党の主張を批判した。首相は「国会の前例や慣習の積み上げは大切だ。国会は国民の負託に応える場であり、不断の改革も進められてきた」と応じた。
 
 
安倍首相の思想の浅さがわかります。

「日本に自信を持ち」というのは、愛国心やナショナリズムのことを言っているのでしょうが、それは近代になって生まれたものですから、むしろ保守と対立するものです。
「歴史を見つめ直そうとする姿勢」というのも不可解です。「歴史から学ぶ」というのが保守です。「歴史を見つめ直す」というのは、なにかのイデオロギーと思われます。
 
そもそも安倍首相は日本に自信など持っていません。アメリカべったりの外交姿勢を見れば明らかです。トランプ大統領の「アメリカファースト」に対して、「ジャパンファースト」と言えるぐらいでないとだめです。
 
日本に自信がなく、アメリカべったりというのは、安倍首相だけではなく、日本の右翼、自称保守に共通した傾向です。
なぜそうなるかというと、彼らの考える「日本」が期間限定のものだからです。
 
日本の右翼は戦後日本を否定しています。戦前に回帰したいというのが基本姿勢で、憲法九条改正はその象徴です。
 
一方、彼らは明治維新以前の日本も否定しています。
否定とまではいかないかもしれませんが、まったく興味がありません。
最近、葛飾北斎が注目され、欧米の画家が北斎の影響を受けていたということが指摘されています。欧米での日本趣味をジャポニズムと言いますが、右翼ならジャポニズムを自慢してもいいはずです。しかし、ジャポニズムの対象は明治以前の文化ですから、右翼には興味がありません。歌舞伎も能も「源氏物語」も右翼にとってはどうでもいいのです。
右翼が日本の伝統とするのは、(近代)天皇制、靖国神社、教育勅語、君が代日の丸といったもので、すべて明治維新以降のものです。
 
自民党の竹下亘総務会長は1123日、宮中晩餐会に関して、「国賓のパートナーが同性だった場合、私は晩餐会への出席には反対だ。日本国の伝統には合わないと思う」と述べました。しかし、日本の伝統は同性愛に寛容です。同性愛にきびしいのは明治以降に入ってきたキリスト教的な文化です。
また、麻生太郎財務相は「とてつもない日本」という自著の中で、インドの地下鉄建設に際して日本の技術者がとても時間に正確で、インドの人たちに感銘を与えたというエピソードを紹介し、納期を守る勤勉さを「日本人の美徳」としています。しかし、日本人が時間を正確に守るようになったのは明治以降のことです。
どちらも「欧米の文化」を「日本の伝統」と勘違いしています。これは右翼全般に見られることです。
 
安倍首相が「日本に自信を持ち」というときの日本とは、1868年の明治維新から1945年の敗戦までの77年間のことでしかありません。日本の歴史においては、長い竹竿のひとつの節と節の間みたいなものです。
しかもそれは、欧米からひたすら近代文化を取り入れた時代です。インドや中国や韓国に対しては、日本のほうが早く近代化したので、それは自慢になるかもしれませんが、欧米に対しては、あとから真似しているだけなので、コンプレックスにしかなりません。
 
 
枝野代表は「われわれこそが正統な保守政党である」と言いましたが、安倍首相ら右翼が戦前の日本をよりどころにしているのに対して、戦後日本をよりどころにしているという意味であれば、安倍首相よりも視野が狭いことになってしまいます。
近代以前の歴史を踏まえるのが真の保守です。

イメージ 1


本書は同じ著者矢部宏治氏の「日本はなぜ、『基地』と『原発』を止められないのか」の続編であり、また、矢部氏がプロデュースする「<戦後再発見>双書」という歴史シリーズの一冊でもあります。
このシリーズを読んでいる人と読んでいない人では、戦後日本の見方がまったく違うのではないかというほど重要なシリーズです。
 
「日本はなぜ、『戦争のできる国』になったのか」では、「基地権」と「指揮権」というふたつの概念を使って複雑な問題を解き明かしていきます。
 
沖縄の基地問題がまったく解決しないのを見て、「日本はまだ占領状態だ」と言うのは「基地権」のことを言っているわけです。
日米安保条約+日米地位協定+密約によって、アメリカは「日本中のどこにでも、必要な期間、必要なだけの軍隊をおく権利」を有していると矢部氏は言います。
事実、北方領土返還交渉において日本政府はロシアに「北方領土が返還されるとそこに米軍基地ができる可能性がある」と述べたために、プーチン大統領は返還をやめてしまいました。このことを見ただけで、アメリカが基地権を持っていて、日本が拒否できないことがわかります。
 
なお、細かい密約を決めるのは日米合同委員会という組織です。これはアメリカの軍人と日本の高級官僚によって構成されるという、まさに占領状態を示す組織となっています。
 
矢部氏の本を読んだ田原総一朗氏は「日経ビジネスオンライン」にこんなことを書いています。
 
 
 先日、僕はBS朝日の「激論!クロスファイア」で、ゲストとして本書の著者である矢部氏と石破茂元防衛大臣を招き、日米地位協定について議論をした。石破氏は、「この協定に少しでも触れたことを言おうとすると、『そんな話はしてはいけない』という空気がある」と述べた。いわば、この話はタブー視されているというわけだ。
 あるテレビ番組の取材で、外務省の元北米局長に日米合同委員会について尋ねると、「日米合同委員会については、何も知りません。そんなものがあるのかすら知りません」と答えた。
 北米局長は、同委員会の日本側の代表だ。何も知らないわけがない。しかし、何か知っていることを認めれば、日本国内で信用をなくし、誰からも相手にされなくなってしまうから言えなかったのだろう。
 
 
日米合同委員会については、外務省のホームページでその組織図が公表されていますから、元北米局長が「何も知りません」と言ったのは、あまりにも苦しい嘘です。
 
なお、「密約」といっても、多くはアメリカ側で公開された公文書を証拠としているので、説得力があります。
 
 
こうした基地権の問題はかなり知られるようになってきましたが、矢部氏はほかに指揮権の問題もあると言います。
 
指揮権の問題は朝鮮戦争と密接に関連しています。
 
朝鮮戦争において国連軍が組織されますが、これは国連憲章43条に基づかない非正規なもので、アメリカに「統一指揮権」と「国連旗の使用」が認められます。
「アメリカが指揮する国連軍」というのはおかしなものですが、ともかくアメリカは“錦の御旗”を手にしたわけです。
 
日本にいたアメリカ軍が朝鮮に出撃したあと、米軍基地を守るためにつくられたのが警察予備隊です。このときから「憲法破壊」が始まりました。
 
そして、アメリカから朝鮮半島近海に海上保安庁の掃海艇部隊を出すように要請がきます。吉田首相は「国連軍に協力するのは、日本政府の方針である」と言って、出動を許可します。
掃海艇部隊は日本近海の機雷除去を任務としていたのですが、朝鮮半島近海で敵が敷設した機雷を除去するのは戦争行為です。まだ占領下の日本とはいえ、これもまた「憲法破壊」でした。
 
なお、この掃海艇部隊は、1隻が機雷に触れて爆発、沈没し、1人の「戦死者」を出します。このことは長く秘密にされてきました。
このとき、25隻の部隊のうち、3隻が船長の判断によって戦場を離脱し日本に帰還したといいますから、そうとうなドラマがあったのでしょう。
 
このとき組織された国連軍は今も存在していて、板門店などの警備をしていますし、沖縄と横田基地にも国連軍後方司令部が置かれています。
そして、在日米軍というのは、「頭部は国連軍司令部、体は在日米軍というキメラ(複合生物)」であると矢部氏は言います。
そして、さまざまな法的トリックにより、戦時には自衛隊は米軍の指揮下に入る密約があるのだと言います。
現実に自衛隊はほとんど米軍と一体化しているので、そうなるに違いないと私も思います。

新安保法制はその具体化であったわけです。
 
 
韓国での有事指揮権はアメリカ軍(米韓連合軍)が握っていますが、文在寅大統領は韓国軍に移管させる方針で、交渉しています。
戦争になったら韓国軍よりアメリカ軍が指揮したほうがうまくいくと思いますが、少なくとも韓国では指揮権のことが議論になっています。
 
ところが、日本では指揮権のことはまったく話題にもなりません。
平和勢力は戦争のことを具体的に考えようとしない傾向がありますが、自衛隊が“参戦”するときに自衛隊の指揮権はどうなるのかということを安倍首相に問いただしてもらいたい気がします。
 
 
国連軍が一度組織されたのに二度目がないのは不思議ですし、その一度目がいまだに存在し続けているのも不思議でしたが、要はアメリカが国連をないがしろにしつつ国連軍という“錦の御旗”だけは手放したくないからだと考えると納得がいきます。
また、アメリカが決して北朝鮮と平和条約を締結せずに休戦状態を続けているわけもわかります。

憲法や安保法制について考えている人には必読の本です。

小学校で2018年度から始まる道徳教育の検定教科書が出そろいましたが、すべての教科書に採用されているのが「かぼちゃのつる」という話です。
「ウサギとカメ」とか「アリとキリギリス」とかは知っていますが、「かぼちゃのつる」は聞いたことがないので調べてみたら、こんな話でした。


イメージ 1
イメージ 2
イメージ 3
イメージ 4

「第1学年道徳指導学習案」より



ウサギやカメを擬人化するのはまだわかりますが、かぼちゃのつるを擬人化したのでは、そこに感情移入するのはそうとうむずかしいのではないでしょうか。
 
話そのものも、まったくおもしろくありません。ただ教訓を引き出すためにつくられた話です。
 
で、どういう教訓が引き出されるかというと、文渓堂という教科書会社のサイトでは、次のことを勧めています。
 
 
「かぼちゃのつる」を読んで話し合う。
〇ぐんぐん伸びてきているとき、かぼちゃは心の中でどんなことを思っていたでしょう。
・どんどん伸ばすぞ。
・大きくなるぞ。
〇ミツバチやスイカ、子犬に注意されたかぼちゃはどんな気持ちだったでしょう。
・うるさいな。
・もっと伸ばしたいのに。
 
◎車のタイヤにつるを切られてしまったとき、かぼちゃはどんな気持ちだったでしょう。
・みんなの言うことを聞いていればよかったな。ごめんなさい。
・もう、わがままはやめよう。
 
 
「かぼちゃのつる」を教材とする指導法を書いたサイトはいっぱいありますが、どれも基本的にこれと同じです。
 
で、最終的には「今までの自分を振り返って、わがままな行いについて考える」というところに持っていくわけです。
 
 
これは指導法がまったく間違っています。
かぼちゃがつるを伸ばすのは当たり前のことで、かぼちゃは悪くありません。
むしろどんどん伸びていく元気なつるはよい実をつけるはずです。
子どもに考えさせるのは次のことです。
 
〇車が通る道路の近くにかぼちゃを植えた人はどういう気持ちだったでしょう。
・かぼちゃをたくさん植えて儲けるぞ。
・かぼちゃが痛い目にあってもかまわない。
 
〇つるをひいた車を運転していた人はどんな気持ちだったでしょう。
・つるをよけて運転するのはめんどうだ
・つるを切っても植えたやつが損するだけだ。
・かぼちゃが痛い目にあってもかまわない。
  
教科書に「かぼちゃのつる」を載せた人はどういう気持ちだったでしょうか。
・子どもがわがままになるのを防ぎたい。
・かぼちゃを植えた人や車を運転していた人のわがままには気づかせたくない。


道徳教育から見えてくるのは、道徳教育をするおとなのわがままです。

トランプ大統領はアジア歴訪において、韓国とフィリピンで激しい反トランプデモに見舞われました。
韓国もフィリピンもアメリカの同盟国です。絆が強い分、反発も強いのでしょう。
しかし、日本では反トランプデモはありませんでした(日本在住アメリカ人によるデモはありましたが)
日本人のアメリカ観は世界からずれているようです。
 
そういう私も、アメリカについて基本的なことを知りませんでした。
アメリカ国歌は「星条旗よ永遠なれ」だと思っていましたが、これは勘違いでした。
アメリカの国歌は「星条旗( The Star-Spangled Banner)」という歌です。
「星条旗よ永遠なれ(Stars and Stripes Forever)」は「国の公式行進曲」という位置づけです。
 
外国の国歌については、フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」は、歌詞が「血まみれの旗」などあまりにも好戦的だと批判されますし、ドイツ国歌「ドイツの歌」は、やはり「世界に冠たるドイツ」などの歌詞があまりにもナショナリズムをあおると批判され、一番は歌われないということです。
 
では、アメリカ国歌「星条旗」の歌詞はどうかというと、これも十分に好戦的です。「血」という言葉も出てきます。
 
この歌詞は、独立戦争のとき、ボルティモア港のマクヘンリー砦がイギリス軍の猛攻を受けても耐え抜き、大きな星条旗を掲げていたのを見て感激した弁護士のフランシス・スコット・キーが書いたものです。
硫黄島の星条旗も似たような状況です。アメリカ人の感動するポイントのようです。
 
 
「星条旗」
1.
おお、見えるだろうか、
夜明けの薄明かりの中
我々は誇り高く声高に叫ぶ
危難の中、城壁の上に
雄々しく翻(ひるがえ)る
太き縞に輝く星々を我々は目にした
 
砲弾が赤く光を放ち宙で炸裂する中
我等の旗は夜通し翻っていた
ああ、星条旗はまだたなびいているか?
自由の地 勇者の故郷の上に!
 
2.
濃い霧の岸辺にかすかに見える
恐れおののき息をひそめる敵の軍勢が
切り立つ崖の向こうで
気まぐれに吹く微風に見え隠れする
 
朝日を受け栄光に満ちて輝きはためく
星条旗よ、長きに渡り翻らん
自由の地 勇者の故郷の上に!
 
3.
戦争による破壊と混乱を
自慢げに断言した奴等は何処へ
家も国もこれ以上我々を見捨てはしない
彼等の邪悪な足跡は
彼等自らの血で贖(あがな)われたのだ
 
敗走の恐怖と死の闇の前では
どんな慰めも傭兵や奴隷達の救いたりえず
勝利の歓喜の中、星条旗は翻る
自由の地 勇者の故郷の上に!
 
4.
愛する者を戦争の荒廃から
絶えず守り続ける国民であれ
天に救われた土地が
勝利と平和で祝福されんことを願わん
国家を創造し守り賜(たも)うた力を讃えよ
 
肝に銘せよ 我々の大義とモットーは
「我等の信頼は神の中に有る」ということを
勝利の歓喜の中、星条旗は翻る
自由の地 勇者の故郷の上に!
 
 
敵を「邪悪」と表現し、自分たちを「愛する者を……守り続ける国民」とするのは、今のハリウッド映画そのままです。
 
アメリカでは南北戦争という内戦でも、正義と悪の戦いということになっています。
日本では、たとえば「平家物語」とか、武田信玄と上杉謙信の戦いとか、関ヶ原の戦いとか、どれにしても正義と悪の戦いとは見なしません。むしろ敗者に同情的なのが特徴です。
日本人とアメリカ人では戦争観がまるで違います。
 
今後、安保法制に基づいてアメリカの戦争に日本が参加するか否かという問題が出てくるかもしれませんが、これほど戦争観が違うのにいっしょにやるのはむりがあるはずです。
 
それにしても、アメリカ国歌がこれほど好戦的であることを日本人はどれくらい知っているのでしょうか。

座間市9人殺害事件を見て思うのは、自殺願望の若者がいかに多いかということです。
 
2017年版の自殺対策白書によると、自殺者総数は7年連続で減少していますが、若者については減少傾向が少なく、20歳代未満ではほぼ横ばいです。若者の自殺は国際的にも深刻で、韓国がワースト1、日本がワースト2という格好です。
 
つまり日本は若者の生きにくい国です。もちろんその原因は若者にあるのではなく、そういう国をつくったおとなにあります。
 
学校でのイジメにしても、その原因は子どもにあるのではなく、そういう学校をつくったおとなにあります。
ところが、おとなたちは子どもが原因だと考えて、子どもを指導してイジメをなくそうとしているので、うまくいくわけがありません。
 
「近ごろの若い者はなっていない」というのは、「昔はよかった」というのと並んで、年寄りの決まり文句ですが、どうも近ごろはそれをまじめに信じ込んでいるおとなが多いようです。
 
たとえば、次の記事の80代の老人などもそうです。
 
 
女児、大声で叱られPTSDに 祭り主催の市に賠償命令
 秋祭りでボランティアスタッフの高齢男性に大声で叱られ、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症したとして、当時5歳の女児が、主催者の埼玉県深谷市に約190万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が9日、東京地裁であった。鈴木正紀裁判官は症状との因果関係を認め、約20万円の支払いを同市に命じた。
 判決などによると、女児は両親らと2014年11月に同市内であった秋祭りを訪れた。その際、輪投げ会場の受付の机の上にあった景品の駄菓子を手に取ったことを、80代のボランティア男性に大声で叱られた。女児は駆けつけた父親の前で泣き出し、父親と男性が口論するのを見て、4カ月後にPTSDと診断された。
 裁判で原告側は、叱られた後、女児が両親から離れるのを怖がったり、画用紙を黒く塗りつぶしたりしたと主張。市側は、暴言はなく、症状との因果関係はない、と訴えていた。
 鈴木裁判官は、男性は高齢で耳が悪く、地声が大きかったと指摘。女児の行動を見て「親のしつけができていない」と激高し、相当大声で話したと認めた。その上で、「女児は大きな声で注意された上、口論を見て、強い精神的ショックを受けた」ことが、PTSDの原因だったと認定した。
 一方で、判決は女児のそばにいながら、その行動に注意していなかった親の落ち度なども認め、損害額の2割の支払いを命じた。
 深谷市は「判決を見ていないので現段階でコメントできない」としている。(後藤遼太)
 
 
事件そのものはたいしたことではありませんが、5ちゃんねる(2ちゃんねる)では5歳の女児が悪いという声が圧倒的です。こういう声が世の中を悪くしているのではないかと思って、取り上げました。
 
裁判所が約20万円の支払いを命じたということで結論は出ているわけですが、そもそも5歳の子どもに“私的所有”という概念がどこまで理解できているか疑問ですし、このときは秋祭りで、食べ物などがふるまわれていても不思議ではなく、子どもがお菓子をタダでもらえると誤解したかもしれません。
そして、根本的には、この老人は「これは景品だから、持っていっちゃだめだよ」と優しく言えばよかったわけです。
大声で叱るのがだめなのは当然です。
 
もしこれが5歳の子どもでなくて、中学生ぐらいだったら、大声で叱られてもPTSDになることはなかったでしょう。
幼いほど叱られたショックが大きいのは当然です。
 
ところが、世の中ではまったく逆のことが言われています。
たとえば「近ごろの若者は叱られたことがないので、ちょっと叱られただけですぐ会社をやめてしまう」とよく言われます。
これは、もっと若いうちに叱られたほうがいいという意味でしょう。
しかし、叱られてすぐ会社をやめてしまうような人間は、若いときに叱られたらもっとショックが大きくて、家出したり登校拒否になったり自殺したりするかもしれません。
叱るときは相手に合った叱り方をしなければならないのに、ただ自分の感情だけで叱って失敗したおとなが、自分を正当化するために「近ごろの若者は叱られたことがない」などといい加減なことを言っているのです。
 
報告される幼児虐待の件数は増え続けていますし、学校での体罰事件もあとを絶ちません。若いときに叱られるほどダメージが大きいのは当然で、それが若者の自殺の原因になっているのではないでしょうか。
 
座間市9人殺害事件では、15歳、17歳という被害者がいました。この年齢で死にたくなる原因はなんでしょうか。
周りのおとながPTSDになるような叱り方をしていなければ幸いです。

トランプ大統領は今回の訪日に際し、エアフォースワンで横田基地に到着しました。これまでアメリカ政府の要人は成田空港か羽田空港に到着していましたから、新機軸です。軍事重視の姿勢を表したのでしょう。
 
このときはヘリコプターで埼玉のゴルフ場に向かいましたが、通常は横田基地から六本木の米軍基地のヘリポートに行きます。このルートを使うと、アメリカの政府や軍の関係者はパスポートチェックなしに日本に入国することができます。つまり一部のアメリカ人にとって国境はないも同然で、これは日本が属国であることの証です。

このことは矢部浩治氏の「知ってはいけない隠された日本支配の構造」(講談社現代新書)などの本でようやく知られるようになりました。

 
 
私はこれを知って、六本木とドラッグが結びついている訳がやっとわかりました。
 
ひところ上野公園でイラン人がドラッグを売っていたとか、歌舞伎町では香港マフィアが売っているとか、あるいは北朝鮮ルートの覚せい剤があるとか、ドラッグについては「○○ルート」ということが言われます。しかし、六本木では昔からドラッグが出回っていて、最近も芸能人が六本木でドラッグを買って逮捕されたりしていますが、六本木のドラッグについては「○○ルート」ということが言われず、どこからきているのか不思議でした。
しかし、実は「米軍ルート」だったのですね。
 
マスコミも警察もそういうことはまったく発表しないのでわかりませんでした。
 
 
マスコミが報じないことでは「年次改革要望書」というのがあって、1994年から毎年アメリカ政府が日本政府に改革してほしいことを列記しているのですが、たとえば建築基準法改正、法科大学院設置、裁判員制度などの司法制度改革、労働者派遣法改正、郵政民営化といったこともすべて書かれています。ということは、日本がやってきた改革はすべてアメリカの要求に応えているだけだということになります。
この要望書はすべてウェブ上に公開されているのですが、日本ではまったく報道されませんでした。
2004年に刊行された「拒否できない日本」(関岡英之著)によって初めて知られるようになりましたが、マスコミはほとんど無視しているので、いまだに知る人ぞ知るです。
 
なお、年次改革要望書は鳩山政権のときに廃止されましたが、今も形を変えて続いているということです。
 
 
同様に「アーミテージ・ナイリポート」というのもあって、ジャパン・ハンドラーの代表格であるリチャード・アーミテージ氏とジョセフ・ナイ氏らが2000年、2007年、2012年に出した日本の安全保障政策などに関する提言ですが、そこに解釈改憲による集団的自衛権行使容認と新安保法制なども提言されています。つまり安倍政権の安保政策はアーミテージ・ナイリポートの要求に応えているだけなのです。
これもマスコミはあまり報道しないので、やはり知る人ぞ知るです。
 
日本がアメリカにあやつられているということは、マスコミにとっても“不都合な真実”であるようです。
 
 
先の総選挙についてもアメリカが裏であやつっていたということを週刊朝日が報じています。
 
小池百合子、前原誠司の失脚の裏に米国政府 在米日本大使館の内部文書入手
 
この記事から一部を引用します。
 
 
総選挙後、在米日本大使館がまとめた内部文書を本誌は入手した。
 
《改憲勢力が発議可能な3分の2を確保した総選挙結果は米国には大歓迎の状況だ。むしろ米国が意図して作り上げたとみていい。民進党を事実上、解党させて東アジアの安全保障負担を日本に負わせる環境が改憲により整う非常に好都合な結果を生み出した》
 
 そして《日本が着実に戦争ができる国になりつつある》と分析。こう続く。
 
《米国には朝鮮有事など不測の事態が発生した時に、現実的な対応が出来る政治体制が整う必要があったが、希望の小池百合子代表が踏み絵を行ったのは米国の意思とも合致する》
 
 前出の孫崎氏は、166月に撮影されたラッセル国務次官補(当時)と森本敏元防衛相、小野寺五典防衛相、前原誠司前民進党代表、林芳正文部科学相、西村康稔官房副長官、自民党の福田達夫議員、希望の党の細野豪志、長島昭久両議員、JICA前理事長の田中明彦氏らが安全保障について話し合った国際会議「富士山会合」の写真を示しつつ、こう解説する。
 
「米国の政策当局者は長年、親米の安倍シンパ議員や野党の親米派議員らに接触、反安保に対抗できる安全保障問題の論客として育成してきた。その結果、前原氏が民進党を解体し、同じく親米の小池、細野、長島各氏らが踏み絵をリベラル派に迫り、結果として米国にとって最も都合のよい安倍政権の大勝となった」
 
 
ここに書かれていることは、私が前回書いた「マスコミの異様なトランプ歓迎」とも符合します。
 
アメリカの意向に従って動く政治家は「売国政治家」というしかありません。
そして、その実態を報道しないマスコミは「売国マスコミ」です。
「売国」という言葉はあまり品のいい言葉ではありませんが、ここでは「売国」以上に適切な言葉がありません。
 
もちろん売国政治家の筆頭は安倍首相です。
安倍首相はトランプ大統領が韓国に向かうとすぐにこんなツイートをしました。
 
イメージ 1


 
安倍首相がトランプ大統領をもてなしたのですから、「ありがとう」を言うのはトランプ大統領のほうです。安倍首相はアメリカの武器を買うなどの約束をしたのですから、なおさらです。
なお、トランプ大統領は安倍首相のこのツイートをリツイートしましたが、返信はしていません。

トランプ大統領が11月5日に初来日しましたが、マスコミの報道があまりにも歓迎ムードで気持ち悪いです。
北朝鮮問題という“国難”もそっちのけですし、トランプ大統領の差別主義への批判もまったくありません。
トランプ大統領は当然日本人を差別しています。日本人がトランプ大統領を歓迎したら、世界中の差別主義に反対する人たちを失望させます。
 
ネット上にはトランプ大統領に対する批判的な声がけっこうありますから、日本のマスコミの対米従属ぶりが異常です。
 
日本は「政・官・財・マスコミ」という上部構造ほど対米従属的です。リチャード・アーミテージ、マイケル・グリーン、ジョセフ・ナイといったジャパン・ハンドラーが牛耳っているからです。
 
ちなみに軍用犬を主人公にした「マックス」というアメリカ映画では、軍用犬を訓練するのがトレーナー、軍用犬を使うのがハンドラーと呼ばれていました。
 
民進党と希望の党が合流するときに起きた騒動も、背後でジャパン・ハンドラーが動いていたという「リテラ」の記事を読んで、納得がいきました。
これは201511月の記事ですから、そのときからすでに仕組まれていたのです。
 

民主党解党を画策の前原、細野、長島の本音は安保法制推進!背後に米国ジャパンハンドラーとの癒着が

 
この記事から一か所だけ引用しておきます。
 
大手紙政治部記者が解説する。
「まさに民主党内のイデオロギー闘争と言っていいでしょう。主役は前原、細野、長島の3人です。彼らが恐れているのは共産党が提唱する『国民連合政府』構想が実現して、安保法制が廃止になること。岡田代表も『連合政府』には躊躇があるが、候補者調整などの選挙協力なら歓迎との姿勢を見せたことがあった。たとえ選挙協力だけでも共産党と手を組めば、安保法制廃止、辺野古反対に舵を切らざるを得ないので、それをさせないためにも、あの手この手で揺さぶりをかけているんです」
要は、前原氏らが目指しているのは、反共産の“安保法制推進党”ということなのだ。
前原氏自身もそのことは隠していない。今月14日の読売テレビの番組で「政権を取りに行くのであれば(安全保障政策は)現実対応すべきだ」と述べ、安保法制の廃止や撤回を考えていないことを明言している。また、共産党との連携についても「(共産党は)シロアリみたいなもの。協力したら(民主党の)土台が崩れる」と端から否定の立場なのだ。なぜ、そうなのか。
 
 そもそも前原氏は京大で親米現実主義保守派の理論的支柱とされた高坂正堯教授の薫陶を受け、松下政経塾を経て政治家になった人物だ。安倍晋三首相とは同期当選で議員会館も隣の部屋だったことから、安保政策では気心の知れる仲になった。2000年代の初めには自民党防衛族の石破茂氏らとも気脈を通じ、勉強会を開いて、集団的自衛権行使容認はもとより、徴兵制や核武装論にまで言及していたという。その石破氏に、やはり自民党の米田建三氏らを加えて「新世紀の安全保障を確立する若手議員の会」(新世紀安保議連)の世話人をやっていたこともある。
 
 彼らに共通するのは、若手議員のころからCSIS(米戦略国際問題研究所)などの在米シンクタンクを頻繁に訪れ、アメリカの超党派知日派(ジャパンハンドラー)との交流に熱心だったことだ。リチャード・アーミテージやジョセフ・ナイ、マイケル・グリーンといった連中だ。集団的自衛権行使容認は彼らジャパンハンドラーの悲願だった。
 
 
小池百合子氏も前原氏と同じ考えだったでしょう。ですから、「排除します」と言ったり、民進党議員への踏み絵に安保法制容認と改憲賛成が入っていたのも当然です。
安保法制反対派を排除して保守二大政党制にするつもりだったわけですが、少し過激にやりすぎて、枝野新党ができてしまったのは、彼らの誤算でした。
しかし、これで対立軸がはっきりして、結果的にはよいことになりました。
 
それにしても、ジャパン・ハンドラーは日本の政治を支配するために実に戦略的に動いているということがわかります。
マスコミを支配しているのも、なにか巧妙な戦略があるからでしょう。
 
一方、安保法制反対派は「アメリカの戦争に巻き込まれたくない」という感情だけで動いていて、戦略というものがないように思えます。
そのため日米地位協定の見直しすらできません。
 
アメリカは世界支配、つまり覇権主義の大きな戦略を持っています。日本はその世界戦略の中のひとつのコマです。
安保法制反対派も、世界平和戦略を持って、アメリカの世界支配戦略に対抗しなければなりません。

座間市9人遺体事件でおやっと思ったのは、白石隆浩容疑者(27)と2、3か月いっしょに暮したという女性が「学校の教員になりたいと言っていて、教師の資格を取ったとか勉強していた」と語っていたことです。
相模原市やまゆり園19人殺害事件の植松聖被告も、父親が小学校の教員だったこともあって、教員志望で教育実習もしていました。
白石容疑者の父親ももしかして教員だったのかと思ったら、そうではありませんでした。
 
今のところの情報では、白石容疑者の家族は両親と妹がいて、座間市に実家があり、父親は自動車の設計の仕事をしているということです。白石容疑者は20歳ごろに実家を出て、以来一人暮らし。数年前には母親と妹が実家を出ていったということです。離婚したという情報もあります。白石容疑者は今年上旬まで池袋に住んでいて、座間市に戻ってきましたが、実家には住まず、アパートを借りました。
 
こうした情報から察するに、実質的に家族は崩壊しているようです。
もちろん崩壊するまでの過程には壮絶なことがあったと思われます。
 
座間市9人遺体事件といい相模原市やまゆり園19人殺害事件といい、このような異常な事件を起こした犯人は、人格の中心的な部分が大きくゆがんでいるものです。
そして、人格の中心的な部分を大きくゆがめるものがあるとすれば、それは幼児期からの家族関係しかありません。
 
相模原市やまゆり園事件の植松被告も、実家から両親が出ていって、一人暮らしをしていたということですから、完全に家族が崩壊していたわけです。
 
もっとも、家族崩壊といっても実態はさまざまですから、具体的にどうだったか知りたいところです。
しかし、マスコミはそういう報道はしません。植松被告の家族関係のこともまったく報道されませんでした。
 
もちろんこんな事件を起こした犯人の家族がマスコミに出にくいのは当然ですが、マスコミのほうに問題意識があれば、周辺の取材からも真実を浮かび上がらせることは可能です。
しかし、マスコミはそうした真実を逆に隠蔽する傾向があります。
 
たとえば、清水アキラ氏の三男である清水良太郎容疑者(29)が覚せい剤取締法違反容疑で逮捕されたとき、清水アキラ氏は「私の育て方がダメだったんだと思います。他人の家以上に厳しくて、何かあればひっぱたいたりもしたけど、それが逆にうそつきにしてしまったのかもしれないです」と反省の弁を述べましたが、そのあと「面会する気はない。話もしたくない」と、父親としてはありえない冷たいことを言いました。
 
そして、清水良太郎容疑者は1027日に起訴され、裁判所から150万円の保釈金で保釈許可が出ましたが、清水アキラ氏は31日に報道陣に対して、「保釈させる気はない」「勾留されている期間が反省するにはまだ短い」などと語りました。
 
これもまた冷酷な言葉です。薬物依存から立ち直るには家族の支えが必要ですし、アキラ氏は自分自身の責任はなかったかのように、良太郎容疑者を一方的に批判しています。
世間がいかに批判しても、自分だけでも子どもの味方になるのが親というものです。
 
ところが、ワイドショーなどは、このアキラ氏の態度を逆に絶賛しています。
マスコミは「親の愛」のたいせつさをまったく理解していないのでしょうか。
 
凶悪犯罪者の動機を「心の闇」でごまかすのは、もうそろそろ終わりにしないといけません。

このページのトップヘ