村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

2017年12月

2017年の漢字が「北」であったように、北朝鮮に振り回された1年でした。
いや、正確に言うと、北朝鮮に対応するトランプ政権と安倍政権に振り回された1年でした。
 
たとえば安倍首相は1222日にこんなことを言っています。
 
安倍首相、韓国への渡航「問題ない」
安倍晋三首相は22日、都内の会合であいさつし、今後の北朝鮮情勢に関連し「基本的には(来年2月に)平昌冬季五輪があるから、大丈夫だ。緊張状態はあるが、韓国に行く分には(安全面で)何の問題もない」との認識を示した。
 
さんざん「国難」などと脅威をあおっておきながら、今度は「何の問題もない」です。しかも、その理由に五輪を挙げているのも不可解です。北朝鮮が五輪を尊重するということなのか、トランプ政権が五輪中は攻撃しないということなのか、それとも安倍首相が適当なことを言っているだけなのか。
 
一方で、政府が主催したミサイル避難訓練は3月以降、22道県で25回行われ、たとえば学校では、児童は窓から離れ、5分間、床に伏せて頭をかかえる姿勢をとるなどしたそうです。
 
これは通常弾頭のミサイルを想定した訓練のように思われますが、安倍首相は「北朝鮮はサリン搭載の弾頭を保有している可能性がある」と国会で発言したことがあります。化学兵器を想定するなら、ガスマスクを配布するとか、風向きを見て避難するとかの訓練をしなければなりません。
いや、韓国の統一相は2月に、北朝鮮は核爆弾の小型化をしてノドンに搭載可能だと国会答弁で述べています。核ミサイルも想定しなければなりません。
 
それに、地域も限定するのが当然です。北朝鮮が狙うのは米軍基地と東京、大阪などの大都市です。避難訓練をするなら、そういう地域で重点的にしないといけません。
 
しかし、米軍基地の近くが危ないなどというと、基地反対運動が起きかねませんから、ごまかしているのでしょう。
 
北朝鮮はICBMを開発したとはいっても、米本土を攻撃する能力はまだないとされます。核ミサイルの脅威が現実のものとなっている日本がアメリカと同一歩調をとれるわけがありません。
安倍首相は国民の命を危険にさらしてもトランプ大統領にへつらうという、まさに売国政治家です。
 
 
根本的なことを言えば、日本はアメリカの核抑止力に守られながら、北朝鮮に対しては核抑止力を持つなという、明らかに不当な要求をしています。
不当な要求でも、うまくいけばいいという考え方もあるでしょうが、明らかに不当な要求というのは通りません。
これは「最後通牒ゲーム」というゲーム理論の実験でも明らかになっています。人間は、明らかに不公平な取引を求められると、自分が損をしてもそれを拒否するのです。
これは人間が不合理な行動をする例とされますが、実験ではなく現実においては、不合理とはいえません。一度不公平な取引を受け入れた人間は、周りの人間になめられて、のちのち損をするに違いないからです(実験は見知らぬ人間同士で、一度限りという条件で行われるので、不合理だということになります)
 
ですから、いくら経済制裁をしても、北朝鮮に不当な要求を飲ませることはまず不可能です。
 
2018年を北朝鮮の核問題解決の年としたいなら、日本は北朝鮮に対する不当な要求をやめて、北朝鮮が納得して受け入れるような提案をするべきで、その方向でトランプ政権を説得するしかありません。
 

この一年を振り返って思うのは、日本人はどんどん自信をなくしているなあということです。
 
「日本スゴイですね」系のテレビ番組がいっぱいあるのは、日本人としての自信がないからでしょう。
安倍首相がトランプ大統領になにも言えなくても、多くの日本人は分相応と思っているようです。日本がなにか言える相手は、北朝鮮と韓国ぐらいです(最近は中国にも言えなくなっています)
 
自信がないと、強い者にはさからえないので、弱い者イジメをしがちで、ヘイトスピーチや生活保護たたきが盛んになります。
究極の弱い者イジメが子どもイジメです。
親や教師が子どもをイジメているので、子どもは学校で自分より弱い子どもをイジメることになります。
 
保育園の子どもの声がうるさいとか、電車の中で赤ん坊が泣くのがうるさいとかの声がどんどん大きくなっています。
赤ん坊の泣き声がうるさいといっても、赤ん坊を泣きやますことはできないので、赤ん坊といっしょにいる母親に対して、「泣きやませろ」とか「よそに行け」と言うことになります。
しかし、母親だからといって必ず赤ん坊を泣きやますことができるわけではありませんし、たとえば電車の中なら外に出るわけにもいきません。
 
そこで、松本人志氏は「新幹線で子供がうるさい。子供に罪はなし。親のおろおろ感なしに罪あり」とツイートして話題になりました。
松本氏はこのツイートに関して「ワイドナショー」の中で、「(親が)ほんのちょっとでも申し訳ないですって顔をしてくれたらすべて丸くおさまる。平気な顔でスマホいじってると、だんだん子供にまで腹立ってくるんですよね」と説明しました。
 
これは一見、赤ん坊と親に配慮しているようですが、「赤ん坊が泣くのは親に罪がある」という認識ですから、たいして変わりません。
 
こういう認識の人間が周りにいたら、親も肩身が狭いですし、子育てが負担になります。
 
つまり社会全体が子どもを愛していないので、親も子どもを愛しにくくなっているのです。
これは少子化のひとつの原因ではないでしょうか。
 
いや、それだけではありません。
日本人が自信をなくしていることにもつながっているのではないかと思います。
自信というのは、軍事力や経済力やなにかの実力や実績から生まれるものばかりではありません。「理由のない自信」というのがあります。
たとえば、途上国の貧乏な人が自信を持って明るく生きているということがあります。
これは親から十分に愛されて育ったので、自己肯定感を持って、周りともいい人間関係が持てているからです。
 
最近の日本人の自信のなさは、経済が停滞していることだけが理由ではありません。
親が子どもに対して、行儀がよくないとだめだ、成績がよくないとだめだ、学歴がないとだめだという育て方をしているせいではないでしょうか。
自信がないので、恋愛、結婚もできないし、友だちもつくれないし、ひどいと引きこもりになってしまいます。
 
赤ん坊はどこでも泣いて、子どもはどこでも走り回ったり騒いだりして、周りのおとなが温かい目で見守る国になれば、日本人はかりに貧しくても、自信を持って幸せに生きていけるのではないかと思います。
 

今年を振り返ってみると、トランプ政権に振り回された一年だったなあと思います。
 
北朝鮮問題にしても、北の核が脅威だというよりも、トランプ政権が武力行使をしそうなことのほうがよほど脅威でした。
パリ協定離脱とかイスラエルのエルサレム首都認定とか、トランプ政権は確実に世界を悪くしています。
 
すべてのもとは、トランプ大統領が「アメリカファースト」を掲げて世界に出てきたとき、誰もそれをたしなめなかったことです。
もし子どもが「自分第一だ」と言ったら、親や教師は「みんなが自分第一だと言ったらどうなると思う?」と言ってたしなめるはずです。
利己主義はよくないというのは倫理の基本です。
 
安倍首相が「じゃあ私はジャパンファーストで行く」と言うのもひとつの手です。これもトランプ大統領をたしなめることになります。
しかし、世界の首脳でそういうことを言う人はいなかったと思います。
 
もっとも、マクロン大統領が「トランプ大統領がアメリカファーストなら、われわれはフランスファーストだ」と言ったとしても、トランプ大統領はマクロン大統領を罵倒して終わりでしょう。
トランプ大統領は、アメリカは特別な国で、ほかの国とは比べものにならないと思っているに違いありません。
 
特別な国というのは、要するに「神の国」ということです。もともとアメリカはきわめて宗教的な国ですが、トランプ大統領の支持層はとくに宗教的です。
たとえば、最近アメリカではクリスマスに「メリークリスマス」ではなく「ハッピーホリデー」という言葉を使う傾向がありましたが、トランプ大統領は選挙中から「当選したらメリークリスマスを使う」と約束していて、ニュースによると、最近約束通り「メリークリスマス」という言葉を連発しているそうです。
 
それはアメリカの国内問題ですが、エルサレムをイスラエルの首都と認定してアメリカ大使館を移転するとなると、国際問題です。
日本のマスコミは、これはアメリカ国内の支持者向けの政策だと解説していますが、だったら国連総会に首都認定の撤回を求める決議案が出されたとき、法的拘束力のない決議案ですから、無視していればいいのです。ところが、トランプ政権は決議案に賛成した国には援助を削減すると脅しをかけました。
エルサレムはキリスト教にとっても聖地です。エルサレムはユダヤ・キリスト教のものだと世界に(とくにイスラム教徒に)認めさせたいのでしょう。
 
ともかく、アメリカは「神の国」で、ほかの国と違うのだから、アメリカファーストを主張するのは当然だというのがトランプ大統領の考えでしょう。
 
主権国家はどの国も国際法に従うべきで、これは法の支配の精神からも当然です。
「法の支配」の反対語は「人の支配」で、要するに王様が支配している状態です。
アメリカファーストの主張が通用する世界は、アメリカが王様としてわがままにふるまっている世界です。
 
前からアメリカは王様のようにふるまってきましたが、トランプ大統領が登場して、それが露骨になりました。
アメリカは相対的に世界における地位を下げ続けてきて、これが最後のあがきというところです。
誰かが「王様は裸だ」と叫んでもいいときです。

日馬富士による貴ノ岩暴行事件が妙にこじれています。
 
こうした上から下への暴力、いわゆる体罰は、秩序維持に役立つので、体制側の人間は肯定的です。相撲協会にもそういう人が多いでしょう。その思いが言葉の端々に出るので、問題がこじれます。
それに、子どものころの体罰で心と脳に傷を負った人も多くいて、そういう人も感情的になって問題をこじらせます。たとえば、ボクサーのトレーニングと暴力の区別もつかない松本人志氏もそうです。
 
そして、貴乃花親方もまたそうであるようです。
母親の藤田紀子さんが語っています。
 
 

藤田紀子貴乃花親方が受けていた体罰を明かす「かわいそうでした」

5日放送の「バイキング」(フジテレビ系)で、藤田紀子が、息子である貴乃花親方が受けていた体罰について明かした。
(中略)
続けて藤田は、貴乃花の現役時代について、横綱であっても過ちを犯せば、若い衆の前で親方に殴られていたことを明かした。藤田は「あんまり体罰がすごいので」と語っており、横綱という体裁を配慮してほかの力士から見えない所に連れて行くように親方に注文づけた程だったとか。藤田は「かわいそうでした」と振り返っている。
 
また、力士は外出時に着物の着用が決まりになっているそうだが、貴乃花は、まげを結ったまま洋服で出歩き、しかも写真週刊誌にも撮られてしまった過去があるとのこと。藤田は「それ(週刊誌)を見た親方の怒りがすごかった」「横綱であろうが、殴り飛ばしていました」と語り、共演者から驚きの声が漏れていた。
 
 
これは貴乃花親方が横綱時代のことを語っていますが、「横綱であっても」という表現から、体罰は横綱になる前からあったと考えられます。
貴乃花親方は、小学校のときから父親のもとで相撲をしていますから、幼いころから体罰を受けていた可能性があります。
そうだとすれば、心と脳にそうとうなダメージを受けているはずです。
学校の運動部で体罰を受けた場合は、家庭で救われるということがあります。しかし、実の父親からの体罰ですし、稽古場と家庭が一体ですから、救われる場所がありません。
 
 
現在、貴乃花親方は相撲協会や世間に対してほとんどなにも語らず、ひじょうに不可解な態度をとっています。
貴乃花親方は相撲界の改革を目指しているとされますが、改革について具体的に語るわけではありません。
週刊誌などは、「ガチンコ」という言葉を使って、暗に貴乃花親方は相撲界の八百長を告発しようとしているのだという記事を書いています。しかし、ほんとうに八百長を告発しようとするなら、動かぬ証拠をにぎらないとうまくいきません。貴乃花親方の態度を見ると、そういう戦略もなさそうです。
 
また、貴乃花親方が極右思想を持っているという一部報道もあります。
 
週刊朝日が全文を掲載したメールの中で、貴乃花親方は相撲協会のことを「陛下のお言葉をこの胸に国体を担う団体」と表現。また、「角道、報道、日本を取り戻すことのみ私の大義であり大道であります」との一文もあった。
 
 
貴乃花親方は父親に虐待されたことから相撲界に対して複雑な感情を持っていて、それで貴乃花親方自身が問題をこじらせているのではないかと思われます。
 
われわれはなにかの対立を見ると、どちらが正しいのだろうと考えます。しかし、暴力団同士の抗争を見ればわかるように、実際はどちらも正しくないことが多いものです。
 
今回の貴ノ岩暴行事件を巡る騒動も同じです。
相撲界やその取り巻きに正しい方針を示す人が一人もいません。
「アウトレイジ」のキャッチコピーと同じく「全員悪人」です。
この問題にかかわるのは時間のむだと思います。
 
 

お笑い芸人の松本人志氏が「ワイドナショー」出演者らとともに安倍首相と焼肉店で会食しました。
首相と親しくつきあうのはキャスターとしてどうかと思いますが、松本氏はもともと安倍政権支持で、「安保法制反対は平和ボケ」という発言をし、共謀罪について「冤罪も多少あるかもしれないですけど、プラスのほうが多い」という発言をしたりしています。
 
問題発言の多い松本氏ですが、きわめつけは体罰擁護発言を繰り返していることでしょう。
日野皓正氏がドラム演奏をやめない中学生をビンタした事件のとき、体罰について「なぜ今はだめで昔は良かったのか。明確な理由がわからない」とか「体罰を受けて育った僕たちは失敗作みたいな形で言われているような気がして、どうも納得がいかない」などと発言しました。
 
さらに日馬富士の貴ノ岩に対する暴行事件についてはこのように語っています。
 
 
「人を張り倒して投げ倒す世界。その世界で土俵以外のところで一切暴力ダメというのは無理があると思う」
「稽古と体罰はすごくグレーなところで。それで強くなる力士もいる」
「球技と違って格闘なので。1発や2発、手出ることはあると思う」
「じゃあ、ボクサーはどうなるんですか? 練習する時にスパーリングもできないんですか? リング上でグローブつけているからOK? でも、リングなんて各ジム1個しかないからね。他のところでもやらないと」
 
 
格闘技のプロが人に暴力をふるうことは絶対に許されないという常識と真逆のことを言っています。とくにボクシングのスパーリングと暴力を混同しているところは、完全に破たんしています。
 
松本氏は父親が亡くなったとき、「そんなにオヤジとは折り合いがよくなかったんで。最終的には僕のこと、1回も褒めてくれなかったんで」と語っています。
「体罰を受けて育った僕たち」とも言っていますから、父親から体罰を受けていたのかもしれません。
 
体罰が幼児の脳に損傷を与えることは今や常識です。厚生労働省も全国の自治体に資料を配布しています。
 

体罰・暴言で子どもの脳が「萎縮」「変形」厚労省研究班が注意喚起

 
 
ボクシングのスパーリングと暴力の区別がつかないところなど、松本氏の脳が損傷を受けたせいかもしれません。
 
体罰の体験は毒のある笑いとも関連しているでしょう。
 
毒のある笑いといえば、ビートたけし氏も同じです。
たけし氏は「たけしくん、ハイ!」(北野武著)で、父親は母親を殴り、自分は母親から殴られるという幼少時の壮絶な体験を書いています。
おそらくその影響で、たけし氏の映画には暴力描写が多く出てきます。
しかし、たけし氏は暴力を暴力として描いています。暴力を正当化することはしていません。
そこが松本氏と決定的に違うところです。
 
ボクシングのスパーリングと暴力の区別もつかない人間がキャスターとして安全保障を論じているとは、これこそ“毒のある笑い”です。

沖縄で小学校のグラウンドに米軍のヘリコプターの窓枠が落下し、児童一人がケガをするという事故があり、また基地問題がクローズアップされていますが、基地問題に関しては、沖縄県民と本土の人間とで態度が大きく違います。
沖縄県民の基地負担が大きいというのが大きな理由ですが、それだけではありません。
沖縄県民は米軍に対して怒りの声を上げますが、本土の人間は米軍やアメリカに怒るということがまずありません。
 
たとえば本土にも横田米軍基地の騒音問題がありますが、これについては周辺住民が抗議しているだけで、それ以外の人間は無関心です。また、首都圏上空に広大な横田空域があって旅客機などの飛行が制限されているという問題もありますが、本土の人間は黙って受け入れています。
 
単純化して言えば、沖縄県民は反米的ですが、本土の人間は反米的ではありません。
どうしてこのような違いがあるかというと、基地負担だけではなく、戦争体験の違いからきているのではないかと思われます。

 
沖縄は全島が戦場となり、県民の4人に1人が犠牲になるという悲惨な経験をしています。
しかし、本土は空襲があって、原爆も落とされましたが、それだけです。
世界と比較しても、第二次大戦の当事国であるソ連、ドイツ、イタリア、中国は国土の大部分が戦場になるという経験をしています。
よく日本人は「戦争は悲惨だ」と言いますが、戦地に行った兵隊と直接空襲の被害にあった人以外は、食糧不足でお腹が空いたとか、軍事教練がたいへんだったとか、その程度です。
米軍の占領政策も、日本の行政組織をそのまま利用したので、日本人は他国の軍隊に占領されたという意識が希薄でした。
 
 
戦後日本の対米従属がどうして生じたかについて、「永続敗戦論」の著者である白井聡氏は、「敗戦の否認」という言葉を使って説明していますが、「敗戦の否認」という言葉については説明不足です。私は勝手に、敗戦の経験があまりに悲惨だったので、そのトラウマを記憶から消し去ろうとする心理かと思っていました。
しかし、逆だったのかもしれません。
 
当時の日本人は、本土決戦をする覚悟を固めていましたが、唐突に終戦になってしまいました。
当時の軍部の多くは本土決戦をやる気でしたが、昭和天皇が終戦を決意したのです。昭和天皇が国民のためを思って決意したのだということになっていますが、ソ連が参戦して、ソ連に日本が占領されると天皇は処刑されるに違いないので、昭和天皇があわててポツダム宣言受諾を決めたのだという説のほうがありそうです。
 
日本人は占領されると、占領軍に略奪や虐殺やレイプをされるに違いないと思っていましたが、そういうこともありませんでした。
 
つまり日本人は、あまり敗戦の実感がなかったのです。
そのため、戦争にうんざりしていた人は敗戦を喜んで受け入れましたが、戦争に思い入れがあった人は容易に「敗戦の否認」をすることができました。戦後憲法の象徴的な部分である九条を改正し、日本軍やA級戦犯の名誉回復さえすれば、戦前と同じ状態に戻れます。
 
いや、占領軍である米軍が居座っているのは戦前と決定的に違います。
しかし、これについては、占領軍が居座っているのではなく、日本が望んで米軍にいてもらっているのだと思えばいいわけです。
 
したがって、憲法九条改正、日本軍・A級戦犯の名誉回復、対米従属というのは、日本の右翼の三点セットになっています。これによって「敗戦の否認」を成就させるのが右翼の本分です。
 
しかし、沖縄県民は沖縄決戦で敗戦を経験していますし、直接占領された経験もしていますから、「敗戦の否認」などできるわけがありません。
この点で右翼と沖縄県民は相容れません。
そのため右翼は沖縄県民を攻撃するのです。
 
沖縄決戦をした沖縄県民と、本土決戦を回避した本土の人間は、遠く隔たったところにいるのかもしれません。 

トランプ大統領がイスラエルの首都をエルサレムと認めてアメリカ大使館の移転を表明してから、パレスチナはじめ中東各国で反発が高まっています。
 
かつての十字軍の目的は聖地エルサレムの奪還でした。トランプ大統領は十字軍が果たせなかったことをやろうとしているわけです。
少なくとも聖地にアメリカ大使館を置こうという宗教的な決定であることは明らかです。
ユダヤ・キリスト教対イスラム教の対立が深刻化するのは当然です。
 
しかし、日本のマスコミはトランプ大統領の決定を報じるのに、「十字軍」や「反イスラム主義」というキーワードをまったく使いません。
 
朝日新聞はこのような解説を載せています。
 
朝日新聞
■<考論>米国内の支持基盤へアピール ジョエル・ミグダル教授(ワシントン大学〈国際関係〉)
トランプ氏は就任以降、選挙公約の達成に次々と失敗している。メキシコ国境の壁の建設もできていない。「医療保険制度改革(オバマケア)」の撤廃も進んでいない。そんな中、エルサレムの問題は、完全に一存で公約を達成できる。国内の支持者、特に(ユダヤ人のエルサレム帰還を支持する)キリスト教の保守派に示す狙いがあったと考える。
 
要するに「公約」と「支持者」のためだというわけです。
「公約」と「支持者」のためなら、トランプ大統領は民主主義的な決定をしたことになります。
しかし、「公約」は支持者にアピールするようにつくられますし、トランプ大統領の支持者の多くは「反イスラム主義」で「十字軍」意識の持ち主です。
 
この教授はトランプ大統領とアメリカ人を悪く言わないために、「反イスラム主義」と「十字軍」を隠して、代わりに「公約」と「支持者」を持ち出しているのです。
 
アメリカ人の政治学者がそのように言うのはわかりますが、驚いたことに日本のマスコミのほとんどすべてが同じ論調です。
 
 
日テレNEWS24
 エルサレムを首都と認めることは中東情勢を緊迫化させる引き金を引くことになるが、トランプ大統領はそうしたことより、「公約の実現だ」と支持者固めを優先させた。
 
NHKNEWSWEB
ワシントン支局の西河記者が指摘するポイントは:
▼トランプ大統領は「国際社会からどう見られるか」よりも「国内の支持者にどうアピールするか」を優先させたということ。
▼トランプ大統領の強い支持層は国際的な評価よりもいかにトランプ大統領が既存の政治家とは異なる取り組みを行っているかを重視する傾向にある。
 
毎日新聞
トランプ米大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定したことを受け、米議会からは称賛する声が相次いでいる。支持者向けの公約実現に固執するトランプ氏の特異性が強調される今回の問題だが、米政界に根強い親イスラエルの姿勢も改めて浮き彫りにしたといえそうだ。
 
TBSNEWS
今回の決定は、中東和平やアメリカの利益より、大統領が自らの政権公約を最優先に考えたいわば「トランプ政権第一主義」に基づくものといえます。背景には、「選挙中の公約を守る」姿勢を支持者に強く訴えるとともに、イスラエル寄りの姿勢を鮮明にすることで、「親イスラエル」のキリスト教右派やユダヤ系ロビー団体の支持を得る狙いがあるとみられます。
 
JPNEWS
トランプ氏の動きは親トランプを鮮明にしているイスラエル政府や、イスラエル寄りのトランプ氏支持者を意識したものとみられますが、トランプ氏がエルサレムを「イスラエルの不可分の首都」だと認めると、東エルサレムを将来のパレスチナ国家の首都と位置づけるパレスチナ自治政府をはじめとするアラブ世界からの反発は必至で、トランプ氏の娘婿でユダヤ人のクシュナー大統領上級顧問が関わる中東和平交渉にも影響を与えます。
 
 
すべて「公約」と「支持者」で説明しています。
「聖地にアメリカ大使館を置く」という宗教的行為であることがまったく説明されていません。
これではなぜ中東の緊張が激化するのかわかりませんし、トランプ氏の決定に反発するイスラム教徒のほうが悪いということにもなりかねません。
 
安倍政権は無条件でアメリカに追随していますが、日本のマスコミも同じです。

トランプ政権は「反イスラム主義」です。 
同盟国の正しい姿を知らなければ日本の安全保障も成り立ちません。
 
 

トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認めたことが世界各国から批判されているのは当然です。北朝鮮がミサイル試射をすると「挑発」だといって批判されますが、今回のトランプ大統領の決定もイスラム世界に対する「挑発」です。
 
トランプ大統領は真珠湾攻撃の記念日にも日本を「挑発」するようなことを言っています。
 
 
トランプ氏、真珠湾攻撃は「邪悪な急襲」
 【ワシントン=永沢毅】1941年の日本軍の真珠湾攻撃から76年を迎えた7日、トランプ米大統領は攻撃から生き延びた元米兵をホワイトハウスに招いた。真珠湾攻撃について「邪悪な急襲だ」と批判し、「米国のために戦った勇敢な戦士たちを決して忘れない」と称賛した。
 トランプ大統領はこれに先立ち、ツイッターに「リメンバー・パールハーバー(真珠湾を忘れるな)」と書き込んだ。
 
 
「邪悪」とか「リメンバー・パールハーバー」とか言われて、日本人はどう反応したかというと、今のところなんの反応もしていません。
左翼はもともと真珠湾攻撃を批判していましたが、右翼は「自存自衛」の戦いだったとか、コミンテルンやルーズベルトにはめられたとかいって真珠湾攻撃を正当化していたので、ここは反論するべき場面です。
しかし、右翼がものを言えるのは韓国や中国に対してだけのようです。
いや、左翼もアメリカにはものが言えません。沖縄の基地問題も、アメリカよりはもっぱら日本政府を批判しています。
 
 
ゆがんだ日米関係がどうして生じたかについて、白井聡氏は「永続敗戦論」という本で「敗戦の否認」という言葉を使って説明しています。日本人は敗戦を否認するがゆえに、今もアメリカに敗戦し続けているというのです。
 
私はそれに加えて「アメリカへの恐怖」というものを想定すると、うまく説明できると思います。
 
戦後の日本人は無意識にアメリカを恐怖し続けています。
この恐怖から逃れるひとつの手段は、アメリカの懐に飛び込むことです。
「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」です。
日本が安全保障政策で限りなくアメリカとの一体化を追求しているのはそのためです。
 
ノーベル平和賞を受賞した核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のスタッフであるダニエル・フーグスタ氏は、JNNの取材に「日本は核兵器廃絶のリーダーになる力がある。アメリカの核の傘から離れるべきだ」と語りました。
 
これに対して5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)では、
「核がないから、核落とされたのにバカだろ」
「護衛の兵士から離れてジャングルの中を丸腰で進めと? どんだけ無慈悲やねん」
といった反論ばかりです。
核の傘から離脱するのがよほど恐怖のようです。
 
この恐怖は中国やロシアや北朝鮮の核兵器に対するものばかりとは思えません。
核の傘から離脱するということは、日米安保体制を見直して、日本はアメリカから自立するということでしょう。
日本とアメリカは普通の国と国の関係になります。そうすると、ときには対立し、対立がこじれることもあるでしょう。
アメリカはもう2発原爆を落としていますから、3発目を落とすハードルはかなり低くなっています。
アメリカと普通の関係になることが日本人は怖いのではないでしょうか。
 
そう考えると、かつてあった非武装中立論というのも理解できます。
丸腰になってしまえばアメリカは攻撃できないだろうということで、それはそれで安心が得られます。
 
つまり戦後の日本人は「アメリカへの恐怖」を持ち続けて、それから逃れるために窮鳥作戦と丸腰作戦のふたつの方法を考えたのです(核武装して自立するという作戦も一部にありました)
 
今は窮鳥作戦を採用しています。
窮鳥は懐にいる限り猟師から守ってもらえますが、自立しようと飛び立てば、そのとたんに撃たれるでしょう。
 
日本は経済問題ではアメリカとある程度対等に近い交渉ができますが、安全保障問題についてはひたすら従うだけです。
こういう現状から抜け出すには、日本人が根深く持っている「アメリカへの恐怖」を自覚しなければいけないと思います。

12月6日は、世界が戦争に近づいているのではないかと予感させるニュースが相次ぎました。
 
国際オリンピック委員会(IOC)は国家ぐるみでのドーピングを理由としてロシアの平昌冬季五輪への参加を禁止すると発表しました。
ロシアは潔白を主張していますが、かりにIOCの言い分が正しいとしても、国単位の参加禁止はやりすぎでしょう。そもそも参加禁止にする理由がよくわかりません。
 
IOCのトーマス・バッハ会長は、ロシアの国を挙げてのドーピングは「五輪とスポーツの高潔性に対する前代未聞の攻撃」だと言いました。
 
「高潔性」という言葉もへんですが、「攻撃」という認識は間違っています。
 
オリンピックでメダルを取ると大きな富と名誉が約束されます。ドーピングは多少健康にマイナスですが、両者を天秤にかけると、ドーピングに走る人間が出てくるのは当然です。つまりこれは経済合理的な行動で、「攻撃」ではありません。ですから、これを阻止するには、厳格な検査を実施し、発覚した場合には大きな罰を与えることですが、もちろん罰は恣意的なものではなく、あらかじめ罰則は決めておかなければなりません。
 
ロシアが大規模なドーピングをしていたとすれば、それを取り締まる体制に不備があったわけで、IOCはむしろ批判される側です。
試合で反則を見逃した審判が批判されるのと同じです。
 
スポーツの世界のいいところは、正義だの悪だのがないところです。
サッカーの試合で反則をすれば、相手方にフリーキックやペナルティーキックが与えられ、反則した選手にはイエローカード、レッドカードが与えられ、出場停止になったりしますが、それ以上のことはありません。
もし反則行為を悪と見なし、反則した選手に謝罪や反省をさせるという制度になったらどうなるでしょうか。
「あの選手は心から謝罪してない」とか「向こうが先にラフプレーをしたからだ」とか言い合いになって、チームもサポーターも感情的になり、サッカーの楽しさが大幅になくなってしまうと思われます。

ジャイアンツとタイガースが正義と悪の戦いだとされたら、わけがわかりません。
北朝鮮のチームとも対等であるのがスポーツのいいところです。
だからこそオリンピックは「平和の祭典」と言われるのです。

ドーピングは反則として対処するべきものです。
ところが、今回、IOCはスポーツの世界に刑事司法と同じ“正義の裁き”を持ち込みました。
「高潔性」と「攻撃」という言葉によってロシアを「悪」と認定しているのです。

そもそもIOCに“正義の裁き”を行う資格があるとは思えません。
冷戦時代のイデオロギーにとらわれているのかもしれませんが、IOCはスポーツの精神を破壊しているといえます
 
 
IOCがロシアの出場禁止を決めたのと同じ日に、トランプ政権はイスラエルの首都をエルサレムと認めた上で、アメリカ大使館をテルアビブからエルサレムに移転すると決めたということです。
エルサレムはイスラム教にとっても聖地なので、イスラム世界の反発を招くことは必至です。
 
それにしても、トランプ大統領はなにを目指しているのでしょうか。
今回の決定は、テロの危険性をふやすだけで、アメリカの国益になることはなにもないと思われます。
アメリカファーストにも反します。
ということは、トランプ大統領の宗教的信念というしかありません。
 
この決定が原因でアメリカ人をねらうテロが起きたら、多くの人はトランプ大統領よりはやはりテロリストを非難するでしょう。
こうしてどんどんテロ戦争が激化していきます。
 
この決定に対して、菅官房長官は「重大な関心をもって注視している」と述べただけです。
毎度のことながら、情けない限りです。キリスト教とイスラム教の対立の外にいる日本は、こうしたときこそ果たす役割があるはずです。「反対」とか「世界にとって好ましくない」と言えないなら、せめて「理解できない」くらいは言うべきです。
また、安倍首相がトランプ大統領と親しい関係なら、考え直すように忠告するべきです。
 
今回のふたつの決定は、ロシアやイスラム世界に屈辱を与えることで戦争の危機を高めるものです。
テロよりもこういうことのほうが非難されるべきです。

1130日、相撲協会の理事会が開かれ、貴乃花親方と八角理事長が向かい合って座っている様子がマスコミに公開されましたが、両者のにらみ合いがすごくて、「ゴッドファーザーみたい」とか、「無言のアウトレイジみたい」という声が上がりました。
相撲協会やマスコミの大半を敵に回しても屈しない貴乃花親方の精神力はたいしたものです。
 
貴乃花親方の知人が励ましのメールを送ったところ、返信に「今の状況、若い頃から慣れております」とあったそうです。
 
確かに貴乃花親方は、若いころは熱狂的な若貴ブームでマスコミに持ち上げられ、体調不良で休場が続くと一転してマスコミにバッシングされ、その落差がすごかったので、そのときにタフな精神を身につけたのでしょう。
 
安倍首相も似たところがあります。第一次政権のときは大人気で首相に就任し、政権を投げ出すや大バッシングされました。よくも悪くもそのときに鍛えられたので、今の長期政権があるのでしょう。
 
 
それにしても、貴乃花親方の態度は強硬です。相撲協会の改革を目指すなら、もっと穏健なやり方をして内部で賛同者をふやすようにしたほうがいいという意見があります。
その強硬姿勢には、貴乃花親方の幼少期からの人生の歩みが関わっているかもしれません。
 
貴乃花親方は大関貴ノ花利彰の子どもで、兄の元若乃花とともに小学生のときから相撲を始め、父親が親方であった藤島部屋(のち二子山部屋)に入門します。つまり父親が師匠になったわけです。
若貴ブームのときは、この一家は理想の家族のように喧伝されていましたが、そんなことはなかったでしょう。ブームが一転してバッシングに変わったころは、父親が貴乃花親方(当時横綱貴乃花)について「貴乃花は整体師から洗脳されている」と言って騒動になりましたし、貴乃花と若乃花も絶縁状態になり、両親も離婚しました。一家が崩壊したわけです。
 
貴乃花親方としても、父親に対して複雑な思いがあったでしょう。
息子と父親の間に確執があるというのは世間でありふれたことです。そういうことがあって息子は親離れして自立していきます。
しかし、父親が師匠であると、そうはいきません。師匠と喧嘩して部屋を辞めると、相撲が取れなくなります。
貴乃花親方は父親への複雑な思いを封印していたはずです。
 
そして今、父親への思いが相撲協会に向けられて、対立が深刻化しているのではないでしょうか。
 
こう言ったからといって、私は貴乃花親方の現在の行動を批判しているわけではありません。
親との葛藤をかかえている人間がそれを原動力として大きなことを成し遂げるというのはよくあることです。貴乃花親方には相撲協会の改革を成し遂げてほしいものです。

 
父親との葛藤ということでは、安倍首相にもあるはずです。
安倍首相が祖父の岸信介に特別な思い入れを持って政治を行っていることは、本人も公言しています。
しかし、安倍首相の父親の安倍晋太郎は自民党の有力政治家で、首相になる寸前に病にたおれ、安倍首相はそのとき父親の秘書として父親の無念を目の当たりにしました。安倍首相は政治家になったとき「父親の遺志を継ぐ」ということを公言してもいいはずですが、なぜか父親のことはほとんど語りません。
また、安倍首相の父方の祖父は安倍寛という政治家で、戦時中に東条英機の方針に反対し、大政翼賛会非推薦で国会議員に当選したという人ですが、安倍首相はやはりこの祖父のこともまったく語りません。
 
安倍首相もまた家族に対して複雑な思いを持っていることがうかがえます。
 
 
このような家族間の葛藤は誰でもかかえていることです。しかし、そのことを自分で把握していないと、感情のままに間違った方向に行ってしまう可能性があります。
貴乃花親方も安倍首相も危ういことです。
 

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