村田基の逆転日記

親子関係から国際関係までを把握する統一理論がここに

2018年01月

草津白根山が噴火して自衛隊員1人が亡くなったとき、「自衛隊員8人が円陣を組んで噴石から民間人を守った」というデマが拡散したということを前回の記事で書きました。
デマは論外として、こういう美談が拡散しやすいのは理解できます。自衛隊員には、いざ戦争になったら命がけで戦ってもらわねばなりませんから、自衛隊員の死は美化したくなるのです。
 
そして、産経新聞も同じような美談のデマを拡散させました。個人がSNSで拡散させたのと違って、全国紙がやったのです。
しかも、これは自衛隊員でなくて米軍兵士に関するものです。
 
【沖縄2紙が報じないニュース】
危険顧みず日本人救出し意識不明の米海兵隊員 元米軍属判決の陰で勇敢な行動スルー
 12月1日早朝、沖縄県沖縄市内で車6台による多重事故が発生した。死者は出なかったが、クラッシュした車から日本人を救助した在沖縄の米海兵隊曹長が不運にも後続車にはねられ、意識不明の重体となった。「誰も置き去りにしない」。そんな米海兵隊の規範を、危険を顧みずに貫いた隊員の勇敢な行動。県内外の心ある人々から称賛や早期回復を願う声がわき上がっている。ところが「米軍=悪」なる思想に凝り固まる沖縄メディアは冷淡を決め込み、その真実に触れようとはしないようだ。
(中略)
しかしトルヒーヨさんはなぜ、路上で後続車にはねられるという二次事故に見舞われたのか。地元2紙の記事のどこにも書かれていない。
 実はトルヒーヨさんは、自身の車から飛び出し「横転車両の50代男性運転手」を車から脱出させた後、後方から走ってきた「米軍キャンプ・ハンセン所属の男性二等軍曹」の車にはねられたのだ。50代男性運転手は日本人である。
 沖縄自動車道といえば、時速100キロ前後の猛スピードで車が走る高速道路だ。路上に降り立つことが、どれだけ危険だったか。トルヒーヨさんは、自身を犠牲にしてまで日本人の命を救った。男性運転手が幸いにも軽傷で済んだのも、トルヒーヨさんの勇気ある行動があったからだ。
(後略)

 
海兵隊兵士が日本人の命を救ってみずからは意識不明の重体になったという、まさに自己犠牲の美談です。
 
これに対して琉球新報が反論の記事を書きました。
 
産経報道「米兵が救助」米軍が否定 昨年12月沖縄自動車道多重事故
昨年12月1日に沖縄自動車道を走行中の米海兵隊曹長の男性が、意識不明の重体となった人身事故で、産経新聞が「曹長は日本人運転手を救出した後に事故に遭った」という内容の記事を掲載し、救出を報じない沖縄メディアを「報道機関を名乗る資格はない」などと批判した。しかし、米海兵隊は29日までに「(曹長は)救助行為はしていない」と本紙取材に回答し、県警も「救助の事実は確認されていない」としている。産経記事の内容は米軍から否定された格好だ。県警交通機動隊によると、産経新聞は事故後一度も同隊に取材していないという。産経新聞は事実確認が不十分なまま、誤った情報に基づいて沖縄メディアを批判した可能性が高い。産経新聞の高木桂一那覇支局長は「当時のしかるべき取材で得た情報に基づいて書いた」と答えた。
(後略)

 
産経新聞もまったく根拠のない話を書いたわけではなくて、海兵隊のツイッターが最初に誤った情報を流したことと、この海兵隊曹長の奥さんがフェイスブックで「夫は日本人の命を救って事故にあった」と主張して治療費の寄付を募っていることに影響されたものと思われますが、海兵隊にも県警にも裏取りをせずに記事を書いたとは新聞社にあるまじきことで、悪質なフェイクニュースと批判されて当然です。
 
しかも、この“美談”は自衛隊員ではなくて米軍兵士です。日本の新聞社がなぜ米軍兵士の“美談”を捏造するのでしょう。

このデマ記事は産経新聞読者にひじょうに気に入られたようで、その後も関連記事が書かれ、昨年12月にフェイスブックで拡散された記事ベスト5に3本も入っています。
 
 
フェイスブック編 「あなたは真のヒーロー」邦人救出で重体の米海兵隊員に祈りのメッセージ
12月にフェイスブックで拡散された回数が多い記事ランキングです。

1位:【沖縄2紙が報じない】危険顧みず日本人救出し意識不明の米海兵隊員 元米軍属判決の陰で勇敢な行動スルー(12月9日掲載)
2位:高須克弥院長「日本の未来に役立つ財産だ。皇室にお返しするぜ」 昭和天皇独白録を落札(12月7日掲載)
3位:「あなたは真のヒーローです」…邦人救出で重体の米海兵隊員に祈りのメッセージ 沖縄県民有志ら50人(12月10日掲載)
4位:フェイクニュース「NHKも」 バノン米元首席戦略官、会見で名指し批判(12月17日掲載)
5位:「あきらめないで…」沖縄・佐喜真淳宜野湾市長も日本人救助後重体となった米海兵隊員に感謝のメッセージ(12月17日掲載)
 
産経新聞の読者は典型的な日本の保守派でしょう。
今、ヘリコプター事故などで基地周辺の日本人の命が脅かされているときに、米軍兵士を大げさにヒーロー扱いする産経新聞と、その記事を喜ぶ保守派は、保守でも右翼でもなくて売国と呼ぶべきです。 

草津白根山が噴火し、自衛隊員1人が亡くなったとき、ネット上では「自衛隊員8人が円陣を組んで噴石から民間人を守り、その後1人が亡くなった」という情報が拡散しました。
噴火当日からSNSで広がり、中でも元衆議院議員の中津川博郷氏のツイートで大きく拡散したということです。
しかし、この情報にはソースがなく、どうやら5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)の匿名書き込みがもとになっていたらしく、災害時によくあるデマと思われます。
 
このデマ拡散の詳細は次の記事で読めます。
 
草津白根山噴火「自衛隊員8人が円陣になって民間人を守り、死亡した」は本当か
 
噴石が飛んでくるときに誰かを守るために円陣を組むというのはまったくありそうになく、それだけでデマとわかります。
デマを拡散した元衆議院議員の中津川氏は過去3回当選したことがある人で、「正しい歴史を伝える会」の顧問をしているというのは皮肉です。
 
災害のときにはヘイトスピーチのデマも拡散しがちですが、逆の「美談」のデマも拡散するようです。
 
 
今のはデマですが、読売新聞は別の「美談」を書いています。
 
部下に覆いかぶさり背中に噴石直撃…死亡陸曹長
今回の噴火で死亡した陸上自衛隊第12旅団第12ヘリコプター隊の伊沢隆行陸曹長(49)(死亡後、3等陸尉に特別昇任)が、部下の隊員をかばい、噴石の直撃を受けていたことが25日、関係者への取材でわかった。
 
 一方、陸自と群馬県は同日、「遺族の了承を得られた」として伊沢さんの氏名を公表した。
 陸自や関係者によると、伊沢さんは23日午前9時50分頃、他の隊員7人と共に山頂から滑降を始めた。約10分後、スキー場北側の本白根山から轟音が響き、噴石が降ってきた。すぐに隊員らはコース脇の雑木林に避難したが、林の中にも噴石が降り注ぎ、隊員らは次々と倒れていった。伊沢さんは、近くにいた部下を守るように覆いかぶさった。その背中を噴石が直撃したという。
 噴石がやんだ午前10時10分頃、隊員の一人が携帯電話で救助を要請。救助が到着するまでの間、伊沢さんのおかげで軽傷で済んだ部下らが、動けない隊員たちに声をかけ続け、伊沢さんは「肺が痛い」と話していたという。伊沢さんは麓に運ばれて救急車に乗せられたが、車内で心肺停止となり、午後0時半頃、搬送先の病院で死亡が確認された。
(後略)
 
朝日新聞と毎日新聞もほぼ同じ内容の記事を書いているので、デマではありません。
 
ただ、疑問は残ります。伊沢陸曹長の背中に噴石が直撃して、それから部下の上に倒れた可能性もあるのではないでしょうか。
 
それから、2人並んで伏せるより重なって伏せたほうが噴石直撃の可能性が半分になるというきわめて合理的な判断であったとも考えられます。この場合、「部下をかばった」という表現は違うことになります。
 
私がこうしたことを考えるのは、人間は基本的に自分の命をいちばんたいせつにするものだという認識があるからです。
たとえば、駅のホームから人が転落して、それを助けた人が死んでしまうという事故があると、マスコミは「自分の命を犠牲にして人を助けた」という美談にしますが、実際のところは、その人は死ぬ気はなくて、判断ミスをしただけです。
.11テロでワールドトレードセンタービルが崩落したとき、多数の消防士が犠牲になり、マスコミはやはり自己犠牲として称賛しましたが、実際のところは、消防士はビルの崩落を予想できなかっただけです。
 
マスコミは自己犠牲の美談が大好きです。
というか、一般の人が自己犠牲の美談を好むのです。
なぜなら自己犠牲を称賛しておくと、うまくいけば他人が自己犠牲の行為をしてくれて、自分が得をするという(無意識の)計算があるからです。
 
 
しかし、このケースは自衛隊の上官と部下です。
これがもし建設現場で鉄骨が落下してきて、建設会社の上司がかわいがっていた若い部下の上にかぶさって死んだというなら、すばらしい美談になります。
しかし、軍隊で上官や指揮官が部下を助けて自分が死んでいたら、“商売”になりません(そういう意味でも、伊沢陸曹長が部下をかばって死んだというのは疑問です)
 
これは実戦ではなく訓練中なので事情が違いますが、上官が部下を助けて死んだという美談が成立してしまうと、実戦がやりにくくなります。
 
なんでもかんでも自己犠牲の美談にするのはマスコミの悪いくせで、自衛隊の場合は美談になりません。逆に“営業妨害”です。
もしかすると、戦争をしにくくしようという深慮遠謀かもしれませんが。

安倍首相は1月24日、平昌冬季五輪の開会式に出席する意向を表明して、ネトウヨから大ブーイングを浴びています。
 
これまで官邸は出席しないようなことを言っていましたから、突然の路線変更です。
こういう場合は、たいてい水面下でアメリカの意向があるものです。安倍首相が靖国参拝をしなくなったのもしかりですし、そもそも慰安婦問題の日韓合意がアメリカの意向に従ったものでした。
そう思って調べると、首相の平昌五輪出席をスクープした産経新聞(1月24日付)がちゃんと書いていました。
 
 「実は、米ホワイトハウスからも、安倍首相に開会式に出てほしいという強い要請があった」
 政府高官はこう明かす。韓国に対し、行き過ぎた対北朝鮮融和政策に走らないようクギを刺したい米国が、パートナーとして安倍首相を指名した形だ。
 
実際のところは、「北朝鮮問題があるのに日韓は対立するな」とアメリカに一喝されたのでしょう。
ネトウヨからブーイングされても安倍首相はアメリカに従うしかないわけです。
 
 
それにしても、オリンピックと政治の関係がグチャグチャです。
「安倍首相は平昌五輪に出席するべきではない」と主張していた人は、慰安婦問題を理由にしていましたが、この理由で出席しないのではオリンピックに政治を持ち込んだことになります。テレビのコメンテーターまでそういう主張をしていたのにはあきれました。
 
しかも、そういう人が一方で、北朝鮮の五輪参加に反対して、「文在寅大統領はオリンピックを政治利用している」と主張しています。
しかし、北朝鮮が五輪に参加するのは当たり前のことで、政治利用ではありません。統一旗を掲げての入場も前に行われたことです。
 
もっとも、韓国でも北朝鮮の参加に反対する人がかなりいるようです。
反対派は22日、ソウル駅前で集会を開き、金正恩氏のポスターを燃やすなどしました。これは明らかに政治的行為ですから、反対派はオリンピックに政治を持ち込んだことになります。
 
反対派は「北朝鮮が参加すると平昌五輪が平壌五輪になる」などと言っていますが、運営も会場もすべて韓国ですから、ありえない理屈です。
北朝鮮が参加すると、当然南北の友好ムードが高まります。そのことに反対しているのでしょう。
 
オリンピックは「平和の祭典」とされます。オリンピック憲章にも、目的として「平和な社会を推進すること」と書かれています。
戦争を望む人にとってオリンピックは不都合な存在です。
 
今、朝鮮半島は戦争か平和かという岐路にあります。
そういうときに、日韓の保守派は北朝鮮の五輪参加に「政治利用だ」とか「平昌五輪が平壌五輪になる」などとイチャモンをつけて反対しています。これは戦争を望んでいるとしか思えません。
 
北朝鮮の平昌五輪参加問題は、平和主義者か好戦主義者かを見分けるいいバロメーターです。 

平昌冬季五輪で韓国と北朝鮮は開会式で統一旗を掲げて合同入場し、女子アイスホッケーで合同チームをつくるなどが決まりましたが、韓国内の世論は意外ときびしい反応です。
かつて2000年のシドニー、2004年のアテネの夏季五輪で両国が統一旗で合同入場をしたときは、韓国世論はもっと歓迎していた気がします。
当時の北朝鮮は韓国からしたら「できの悪い弟」みたいなものでしたが、今の北朝鮮は核保有もして、金正恩という若くて元気のいい指導者もいるので、「ライバル」になってきたのかもしれません。
 
いずれ韓国と北朝鮮が統一される日がきたら、そのときの苦労は合同チームをつくることの比ではありません。韓国にその覚悟はあるのでしょうか。
 
もっとも最近、南北朝鮮の統一ということは少しも語られません。
経済制裁で北朝鮮に圧力を加えるということばかり語られますが、北朝鮮に核放棄させるには、そのあとのビジョンを示す必要があります。
 
それができるのはアメリカだけです。
今の休戦状態をどこまでも続けるのか、平和条約を締結して休戦状態を終わらせるのか、韓国と北朝鮮の話し合いで南北統一をするのかとか、さまざまな選択肢がありますし、それとは別に、軍事力で北の体制崩壊を目指すというのもあります。
しかし、こういう根本的なことは誰も語りません。
 
トランプ政権は昨年12月に「国家安全保障戦略」をまとめています。これはアメリカのいちばん根本的な戦略です。
 
在日米国大使館のホームページにその概略が発表されています。
 

国家安全保障戦略ファクトシート

 
この戦略は「4本柱」から成り立っています。
 

I.国土と国民、米国の生活様式を守る

II.米国の繁栄を促進する

III.力による平和を維持する

IV.米国の影響力を向上する

 
まさにアメリカファーストになっていますが、問題は「III. 力による平和を維持する」のところです。
これはこのように説明されています。
 
・我々は米国の軍事力を再建し、最強の軍隊を堅持する。
・米国は戦略的競争という新たな時代において、外交、情報、軍事、経済といった分野で国家として持つあらゆる手段を用い、国益を守る。
・米国は宇宙やサイバーを含む多くの分野で能力を強化し、これまで軽視されてきた能力も再生させる。
・米国の同盟国とパートナー国は、米国の力を拡大させ共通の利害を守る。米国はこうした国々が、共通の脅威に対応するためにより大きな責任を負うことを期待する。
・我々は世界の主要地域である、インド太平洋、ヨーロッパ、および中東において、勢力の均衡が米国を利するものになるよう努める。
 
「平和」という言葉も概念もありません。
「公正」も「法の支配」もありません。
同盟国ですら下僕扱いです。
 
ここまで露骨にトランプ政権がアメリカファーストを公言しているのに、安倍政権や親米右翼はいまだに対米追従を続けています。
いや、この「国家安全保障戦略」自体あまり報道されていない気がします。日本が頼りにする同盟国がこんなお粗末な国であることをマスコミも隠したいのでしょうか。
 
トランプ政権がこういう戦略なら、北朝鮮と話し合いをして核放棄をさせるのはまったく不可能に思えます。
金正恩氏がまともな判断力を持っていたら、トランプ政権に対するには核抑止力が絶対に必要だと思うでしょう。
 
この「国家安全保障戦略」を読むと、トランプ政権では北朝鮮の核問題を解決することは不可能だし、世界を平和にすることも不可能なことがよくわかります。

北朝鮮が平昌冬季五輪に参加することになりましたが、日本のマスコミはあまり歓迎していません。1月18日の「ひるおび!」は、女子アイスホッケーが韓国と北朝鮮の合同チームになることの問題点をずっと取り上げていました。
急に合同チームを編成すると選手同士の連携がうまくいかずにたいへんだ――というのはもっともなことですが、所詮はマイナースポーツのチーム内のことで、朝鮮半島が戦争か平和かの岐路に立っていることを思えば、比較にもならない小さな話です。小さいことを大きく取り上げることで、北朝鮮の参加が悪いことのように思わせる印象操作です。
 
北朝鮮は弱小国で、アメリカと韓国の軍事力は圧倒的です。昔は中国が後ろ盾になっていましたが、最近の中国はアメリカと経済的に深く結びついているので、北朝鮮は中国を頼りにすることができません。
弱い国が強い国のイジメに耐えてがんばっている――というのが北朝鮮問題の真実ですが、さまざまな印象操作によって真実が隠されています。
 
たとえば次の記事などもそうです。
 
 
米爆撃機3機種、グアム集結
米空軍は16日、核兵器を搭載できるB52戦略爆撃機6機が米領グアムに展開したことを明らかにした。今月、同じく核を搭載でき高いステルス性能を持つB2戦略爆撃機3機も派遣。すでに配備されている戦略爆撃機B1Bと合わせ、米軍の3種の主力爆撃機が集結する形となった。
 平昌冬季五輪を控え、北朝鮮による挑発を抑止する狙いがあるとみられる。韓国と北朝鮮による南北閣僚級協議を受け対話の機運が高まる中、米軍として北朝鮮に圧力を加えていく姿勢が鮮明になった。
 (バンクーバー=峯村健司)
 
北朝鮮がミサイル試射などをすると必ず「挑発」と言われますが、アメリカが軍事的な動きをすると逆に「挑発を抑止」となります。
ミサイル試射はあくまで兵器開発の一段階ですが、戦略爆撃機配備は戦争に直結する行為で、こちらのほうがよほど「挑発」です。
 
マティス国防長官も過激なことを言っています。
 
 
米国防長官「戦争計画もある」 北朝鮮関係国の外相会合
 米国のマティス国防長官が、16日にカナダ・バンクーバーであった北朝鮮関係国外相会合に先立つ夕食会で「(米軍は)準備をしており、戦争計画(War Plan)もある」と語っていたことがわかった。出席者が明らかにした。米国の強い意思を改めて示すことで、北朝鮮を牽制(けんせい)する狙いがあったとみられる。
出席者によると、15日夜の夕食会であいさつしたマティス氏は、朝鮮戦争で国連軍に部隊を派遣した国や日本など20カ国の外相らを前に「もしも今回の外相会合でうまくいかなければ、次は防衛相会合だ」とも述べた。
(後略)
 
 
「戦争計画もある」と語ることがやはり「北朝鮮を牽制」と表現されますが、これはどう見ても国連憲章で禁止された「武力による威嚇」です。
 
北朝鮮も過激なことをいっぱい言っていますが、具体的な軍事行動を伴わない言葉だけの威嚇であり挑発です。
しかし、アメリカは戦略爆撃機を配備したり、空母を動かしたり、大規模な軍事演習をしたりして、軍事力の裏付けのある威嚇です。
ところが、マスコミの報道を見ていると、まったく逆の印象になります。
 
アメリカは圧倒的な核戦力を持ち、核兵器の先制使用も否定していません。ところが、北朝鮮が核兵器を持とうとするのは許さないわけです。
これは誰がどう考えてもアメリカが不当な主張をしているわけですが、マスコミにかかると北朝鮮のほうが不当なことをしているようになってしまいます。
 
アメリカの圧倒的な力は日本のマスコミも支配しているということです。
マスコミの印象操作を見抜く“真実の目”が必要です。

トランプ大統領が差別発言で世界的に炎上状態です。
 
トランプ大統領はハイチやアフリカ諸国のことを「shithole」と言いました。これは最初「屋外便所」と訳されたりしていましたが、そのうち「肥溜め」になり、今は「くそったれ国家」とも訳されています。公で使ってはいけない言葉ということです。
 
トランプ大統領の人種差別発言には今さら驚きませんが、問題はそのあとにあります。
 
トランプ大統領は世界的に非難されると、ツイッターで「自分は非難されている単語は使っていない」と否定しました。しかし、民主党のリチャード・ダービン上院議員は「何度も使った」と言っていますし、ホワイトハウスも発言は否定していません。
つまりトランプ大統領は嘘をついたのです。
 
トランプ大統領はウォールストリート・ジャーナルのインタビューで、金正恩委員長と「とてもよい関係にある」と語って、世の中を驚かせました。
ところが、このあとトランプ大統領はこれをフェイクニュースだとして、実際には「よい関係になるだろう」と述べたのだと主張しました。
ウォールストリート・ジャーナル社はインタビューの録音を公表して、「報道は正確だった」と反論しています。
 
トランプ大統領は、つごうが悪くなると、とっさに嘘をつくようです。
要するに自己防衛の嘘で、自分ファーストの表れです。
平気で嘘をつく人間に外交交渉はもとより政治ができるでしょうか。
 
「炎と怒り」というトランプ政権の暴露本の著者マイケル・ウルフ氏は『「取り巻きの100パーセント」がトランプ氏の資質に疑念を抱いていると断言し、「彼はまるで子どものようだと、誰もが言っている。つまり、すぐに満足させてあげる必要があるということ。彼がすべてなのだ」と語った』ということです。
 
 
ところが、日本ではトランプ大統領に対する批判の声がほとんど上がりません。
アメリカは日本がいちばん頼りにする同盟国です。その大統領がまともでないというのは、日本にとって最大の「国難」ですから、思考停止に陥っているのではないでしょうか。
 
その最たるものが安倍首相でしょう。
安倍首相には長い外交経験がありますが、やってきたことはひたすらアメリカ追従です。今もトランプ大統領に追従しています。それ以外のことをやったことがないので、路線変更ができないのでしょう。
トランプ大統領といっしょにゴルフをしたことも今では恥ずかしい過去になってしまいました(あの時点から恥ずかしかったのですが)
 
超大国の大統領がまともでないというのは、世界にとって大きな危機です。
世界各国が協力して、トランプ包囲網を構築するべきです。
日本人はそんなことは不可能だと思うかもしれませんが、そんなことはありません。トランプ大統領は昨年中にイギリスを訪問する予定でしたが、イギリスで180万人を越える反対署名が集まったために延期になり、今年2月に予定されていたイギリス訪問も、労働党の党首が大規模な反対デモを呼び掛けていたことなどから、またしても中止になりました。
世界各国がトランプ大統領にこうした対応をすれば、トランプ大統領を辞任に追い込めるかもしれません。
 
イギリス人にできて日本人にできないはずはない――と言いたいところですが、安倍首相にはむりですから、ほかの国に期待したいと思います。
 

慰安婦問題に関する日韓合意で日韓がもめています。
もともとオバマ政権の強い意向で、日韓ともにいやいや結んだ合意です。日韓が兄弟喧嘩をしているので、親のアメリカがむりやり仲直りさせたようなものですから、トランプ政権になって親の監視がゆるんだら、また喧嘩が始まったというところです。
そういう意味では今の日韓のトラブルは、トランプ政権が生み出した世界の混乱のひとつといえます。
 
文在寅大統領は1月10日、合意について再交渉はしないとしつつ、日本に対して慰安婦をいやすような「心からの謝罪」が必要だと言いました。
安倍首相はこれに対して12日、謝罪を拒否しています。
確かに日韓合意では、それ以上の措置をしないということになっていますが、こうしたやり取りをしていると、日本は謝罪していないというイメージが国際的にどんどん広がってしまいます。
 
そもそも安倍首相はほんとうに謝罪したのでしょうか。
 
日韓合意は201512月、公式の文書を交換するのではなく、日韓の外相が共同で記者会見をするという形で発表されました。
岸田外相は、「慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題」であり、「安倍内閣総理大臣は、日本国の内閣総理大臣として改めて、慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを表明する」と述べました。
つまり岸田外相が言っただけで、安倍首相の口からの謝罪の言葉はなかったのです。
 
これは、不祥事を起こした企業の謝罪会見で、社長が姿を見せずに、専務とか担当部門の人間が「社長は謝罪しています」と言うみたいなものです。
これでは本気で謝罪しているとは思われません。
 
安倍首相の姑息なやり方のために日本が信用をなくしています。
安倍首相は、村山談話についても「全体として継承する」と述べていますが、村山談話にある「植民地支配と侵略」や「反省の意」「心からのお詫び」という言葉は自分の口からは語りません。
河野談話についても、「河野談話を継承する」とは言いますが、談話にある「心からのお詫びと反省」という言葉は口にしません。
 
これは安倍首相の人格上の問題です。
昭恵夫人は産経新聞紙上で曽野綾子氏と対談したとき、「けんかをしても晋三先生の方がさっさと謝られるのでは? 性格的に」と聞かれて、「そういえば、謝らない! 『ごめんなさい』というのを聞いたことがないです」と答えています。
 
安倍首相は「ごめんなさい」が言えない性格なのです。
妻に「ごめんなさい」を言わないのは家庭内の問題ですが、首相として外国に「ごめんなさい」が言えないのでは、国益にかかわります。
 
安倍首相が昭恵夫人に「ごめんなさい」が言えないのは、女性に対する差別意識のせいでしょう。“男の沽券にかかわる”というやつです。
慰安婦問題はそれに加えて、韓国人への差別意識も加わります。
 
かといって安倍首相は、トランプ大統領のように差別意識をむき出しにして押し通す強さはありません。
そこで、岸田外相の口に語らせるという姑息な手を使いました。
そのため日本は慰安婦に謝罪していないというイメージが広がったのです。
 
文在寅大統領に謝罪を要求されたのはいい機会ですから、安倍首相は記者会見を開いて、自分の口から正々堂々とお詫びの言葉を述べるべきです。

NHKの大河ドラマ「西郷どん」が始まって、改めて“西郷人気”に注目が集まっています。
 
明治の元勲の中で西郷隆盛は圧倒的人気を誇ります。
というか、ほかの元勲はまったく人気がありません。大久保利通は西郷隆盛と並び立つ存在ですが、人気の点では対照的です。木戸孝允は、桂小五郎と称したころはいいイメージでしたが、木戸孝允になってからはまったく評価されません。伊藤博文は初代総理大臣であるため重要人物とされてきましたが、そのキャラクターが愛されているわけではありません。
 
坂本龍馬は大人気ですが、これは維新前に死んだからです。もし死なずに明治政府の要人になっていたら、木戸孝允と同じように不人気になっていたかもしれません。
 
西郷隆盛にしても、西南戦争などせずに、明治政府の立役者として天寿をまっとうしていたら、今のような国民的人気が得られたでしょうか。
 
西郷隆盛は明治政府からしたら反逆者で、極悪人です。だからこそ人気があるのです。
というのは、国民は明治政府や明治時代が嫌いだからです。
 
国民は明治政府や明治時代が嫌い――というのは小説や映画、ドラマを考えてみればわかります。
出版界では明治ものの小説は売れないという定説があります。というか、明治ものを書く作家がほとんどいません。
映画、ドラマも、戦国時代、幕末、江戸時代のものは山ほどありますが、明治ものはほとんどありません。あっても、史実に基づいた深刻なものです。
江戸時代の捕り物帳のドラマは、庶民の気楽な暮らしをベースにしているので、視聴者も気楽に見られます。
明治時代のドラマがあったとしても、視聴者は気楽には見られないでしょう。
 
明治時代になって、庶民は伝統的な暮らしを破壊され、「末は博士か大臣か」という単線の学歴社会に飲み込まれました。エリートや知識人も写真を見ると、みな胃病をかかえたような不機嫌な顔をしています。
平和も失われ、徴兵制で戦争に駆り出されるようにもなりました。
要するに国民の幸福を犠牲にして、欧米列強と同じような国になろうというのが明治時代でした。
 
しかし、国家のタテマエとしては、江戸時代は貧しくて、身分制で、封建領主にしいたげられた生活だったが、明治になってすばらしい近代的な生活ができるようになったということになっています。
このタテマエと、国民感情のホンネがずっと乖離したままです。
 
司馬遼太郎はずっと明治ものを書きませんでした。ロマンのある物語にならないことを直感していたからでしょう。やっと書いた明治ものは、「坂の上の雲」というタイトルが示すように、明治はすばらしい時代だというタテマエにのっとったものでした。司馬遼太郎は国民のホンネを無視したのです(「坂の上の雲」の主人公である秋山兄弟は軍隊という組織の歯車だったので、そこには司馬遼太郎らしいロマンがありません)
 
国家のタテマエと国民のホンネが乖離したままなので、学校では日本の近現代史を授業でほとんど教えないということがずっと続いています。
 
安倍政権は国家のタテマエの側に立っているので、今年を明治百五十年として盛大に祝おうとしています。
しかし、西郷隆盛人気を見ればわかるように、国民は明治政府が好きではありません。
むしろ明治時代を見直す年にするべきです。
 
個人的には、日本は島国ですから、欧米列強と同じ道を歩むのではなく、今のブータンのような“幸せの国”を目指す道もあったのではないかと思います。
 

安倍首相は年頭記者会見で「憲法改正に向けた国民的な議論を一層深めていく」と語り、マスコミ各社は「安倍首相、改憲に意欲」といった報道をしました。
憲法施行から71年たって、まだ「議論を一層深めていく」のですから、まるで底なし沼に沈んでいくようです。
 
そもそも安倍首相は昨年の憲法記念日に、憲法九条の1項と2項は残し、自衛隊を明記する3項を追加するという案を示し、年内にまとめると明言しました。しかし、まだまとまっていません。
この記者会見の質疑応答では、その加憲論について、「停滞していた議論の活性化を図るために一石を投じました」「具体的な検討は党に全てお任せしたいと考えています」と言っただけです。
「年内にまとめる」と言ったのは嘘ですし、今はもうまとめるつもりもないようです。
 
2項に「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」とあるのに、3項に「自衛隊を保持する」と明記したら、もろに矛盾しますから、もともとありえない案でした。
 
改憲派は改憲に向けて活発に動きますが、改憲案が具体化すると、とたんにやる気をなくすようです。
自民党は2012年に改憲草案をつくりましたが、今は反故になっています。読売新聞も産経新聞も力を入れた改憲案を発表していますが、ほとんど無視されています。
改憲派は「理想の憲法」という青い鳥を追い続けているだけです。
私はこれを「改憲するする詐欺」と言ったことがあります。
 
 
ところが、マスコミや護憲派はつねに過剰反応します。
年頭記者会見で安倍首相は、北朝鮮問題、明治百五十年、一億総活躍社会、アベノミクス、働き方改革、教育への投資などを語りましたが、改憲については「この国の形、理想の姿を示すものは憲法であります。戌年の今年こそ、新しい時代への希望を生み出すような憲法のあるべき姿を国民にしっかりと提示し、憲法改正に向けた国民的な議論を一層深めていく。自由民主党総裁として、私はそのような1年にしたいと考えております」と言っただけです。
 
平成3014
安倍内閣総理大臣年頭記者会見
 
具体的なことを言っていませんし、あまりやる気もなさそうです。
しかし、記者の最初の質問は改憲についてですし、記事は「安倍首相、改憲に意欲」みたいになります。
 
これは五十五年体制の惰性です。
五十五年体制では、社会党、共産党はみずからを護憲勢力と規定し、改憲への危機感をあおり、改憲勢力に国会の三分の二を取らせてはいけないということを有権者にアピールしました。
国民の多数は改憲反対ですから、このアピールがある程度有効でしたし、マスコミもそれに乗っかっていました。
いまだにそれが続いているのではないでしょうか。
 
具体的な改憲案もないのに改憲論議をするのは時間のむだです。
護憲派もマスコミも、改憲派が具体的な改憲案を出すのを待つべきです。
 
それに、解釈改憲で安保法制をつくったので、すでに改憲する意味は失われました。
むしろこれからの争点は、安保法制廃止でしょう。
安倍首相は「日米同盟の深化」をつねに言っていて、これも底なし沼に沈んでいくようです。
あまり「日米同盟の深化」をすると日本の独立性が損なわれます。これからは「日米の適正な距離感」を追求するときです。

明けましておめでとうございます。
 
新年にふさわしい明るい話題はないかと探しましたが、なかなか見当たりません。
今年も去年の継続です。
 
金正恩委員長は「新年の辞」において、「米本土全域が核攻撃射程圏内にあり、核のボタンが事務室の机の上にいつもある」と述べました。
それに対してトランプ大統領はツイッターで「私も核のボタンを持っていて、それは彼のものよりはるかに大きく、はるかに強力だ。私のボタンは実際に作動する!」と述べました。
まるで子どもの口喧嘩です。
 
こういうやりとりを見ると、「トランプ大統領はバカだ」と思いたくなります。しかし、トランプ大統領は、自分は知能指数が高いと自慢しています。
 
ティラーソン国務長官がトランプ大統領をバカ呼ばわりしたと報じられたとき、トランプ大統領はインタビューの中で「もしティラーソン長官が自分を『ばか』呼ばわりしたのなら、我々はIQテストを受け、比べなければならない。どちらが勝つのか、わかりきっている」と述べました。
大統領選挙中にも、トランプ氏がイスラム教徒の入国を禁止すると主張したことについてロンドン市長から批判されると、「IQテストをしよう」と反論したことがあります。
また、トランプ大統領は就任式の前日,共和党幹部が集まった昼食会で自分が選んだ閣僚たちを紹介して「賢い人たちを閣僚に集めた。歴代の政権の中で最もIQが高い」と述べました。
 
ネットで調べると、トランプ大統領の知能指数は高いという説があります(根拠は示されませんが)。
 
一方、ニュースサイト「バズフィード」によると、マクマスター大統領補佐官は「トランプ大統領の知能レベルは幼稚園児並み」「安全保障について理解する能力がない」などと批判したということです。
いったいどちらが正しいのでしょうか。
 
私が思うに、アメリカの大統領になるぐらいですから、知能は高いはずです。むしろ場当たり的な主張やいい加減な政策でも大統領が務まっているので、かなり高いともいえます。
とくに言語能力が秀でていると思います。
予備選挙のとき、トランプ氏はすぐに消えると思われていましたが、ライバル候補を罵倒することで次々と撃破していきました。トランプ氏から“口撃”されることを恐れてトランプ批判をしない候補者もいました。
 
トランプ大統領は“ディール”を得意としています。これも言葉を駆使して相手を動かす能力が秀でているからでしょう。
 
トランプ大統領はツイッターも駆使しています。かなりむちゃくちゃな発言をしていますが、ツイッターをやることは支持率を下げるよりは上げることに貢献しているに違いありません。
 
すべてトランプ大統領の言語能力が優れていることを示しています。
しかし、トランプ大統領はその言語能力の使い方を間違えています。

政治家の言語能力が優れているというと、なにかの思想があって、一貫した主張を述べるというイメージですが、トランプ大統領の場合はまったく違います。トランプ大統領の言葉は思想の表現ではなく、相手を攻撃する道具です。
 
これはボクシングにたとえるといいでしょう。
トランプ大統領の言葉はボクサーのパンチのようなものです。相手がパンチを出すと、打ち返します。「私の核のボタンは彼のよりも強力だ」というのは、打ち返したパンチです。
パンチは相手の動きに合わせて、相手の弱点をねらって出すので、そこに一貫性を求めても意味がありません。「蝶のように舞い、蜂のように刺す」です。
 
ボクサーは、パンチ力があり、手数が多く、KO率の高い選手に人気があります。トランプ大統領はまさにそういうタイプです。ツイッターではつねに誰かにパンチを出しています。反トランプ派の人もトランプ大統領の動きから目を離せません。人気ボクサーの試合が高視聴率をとるのと同じです。
 
「劇場型の政治」という言葉がありますが、トランプ大統領の場合は「ボクシングリング型の政治」です。
「劇場型の政治」にはストーリーがありますが、「ボクシングリング型の政治」には打ち合いがあるだけです。
 
願わくば言葉だけの打ち合いにとどめてほしいものです。

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