村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

2018年12月

外国人労働者をふやす入管法改正は、ネトウヨや保守派など安倍政権の支持層から総反発を受けて内閣支持率も低下したので、安倍首相はその対策を考えたようです。
 
今、韓国の駆逐艦が海上自衛隊の哨戒機に火器管制レーダーを照射したか否かということが大きな問題になっています。
しかし、日本と韓国は軍事的にはアメリカを介した準同盟国であり、日米韓合同軍事演習を何度もやっていますから、どう転んでも戦争になることはありません。
「レーダー照射はきわめて危険な行為だ。その場で反撃してもおかしくない」などと騒いでいるのはまったく愚かな人です。
韓国の駆逐艦になにか手違いがあったか、それとも自衛隊の哨戒機がなにか勘違いをしたかという問題ですが、どちらにしてもたいしたことではありません。
 
このことが大きな騒ぎになったのは、安倍首相のたくらみによるようです。
 
レーダー照射自体がたいしたことではありませんし、まだ事実関係もよく把握できていない段階で、日本側はそのことを公表しました。
なぜ公表したかについて、1225日のTBSの「ひるおび!」で田崎史郎氏が「安倍首相が公表を指示した」とコメントしていました。田崎氏は官邸に深く食い込んでいる人なので、信ぴょう性があります。
 
28日には防衛省が哨戒機から撮影した映像を証拠として公開しましたが、これも安倍首相の指示でした。
 
 
渋る防衛省、安倍首相が押し切る=日韓対立泥沼化も-映像公開
 韓国駆逐艦による海上自衛隊哨戒機への火器管制レーダー照射問題をめぐり日韓の主張がぶつかる中、防衛省が「証拠」として当時の映像の公開に踏み切った。同省は防衛当局間の関係を一層冷え込ませると慎重だったが、韓国にいら立ちを募らせる安倍晋三首相がトップダウンで押し切った。日本の正当性を世論に訴える狙いだが、泥沼化する恐れもある。
 防衛省は当初、映像公開について「韓国がさらに反発するだけだ」(幹部)との見方が強く、岩屋毅防衛相も否定的だった。複数の政府関係者によると、方針転換は27日、首相の「鶴の一声」で急きょ決まった。
 韓国政府は11月、日韓合意に基づく元慰安婦支援財団の解散を決定。元徴用工訴訟をめぐり日本企業への賠償判決も相次ぎ、首相は「韓国に対し相当頭にきていた」(自民党関係者)という。
 そこに加わったのが危険な火器管制レーダーの照射。海自機への照射を否定する韓国の姿勢に、首相の不満が爆発したもようだ。
(後略)
 
 
このところ安倍外交は八方ふさがりです。
トランプ大統領からは「日本は貿易面でアメリカを不公平に扱っている」と批判されてもなにも反論せず、高価な兵器を買わされるだけです。
プーチン大統領からは「二島を引き渡しても主権が日本のものになるわけではない」などとおかしなことを言われてもなにも反論しません。
中国に対してもこのところ融和的です。
北朝鮮にも、米朝首脳会談以降きびしいことは言っていません。
当然、安倍政権支持層に不満がたまっています。
その不満を韓国に向けさせようという安倍首相の作戦でしょう。
 
 
日本は国際捕鯨委員会(IWC)からの脱退を発表しましたが、これも外務省などが反対するのを安倍首相や二階幹事長らの政治判断で押し切ったということです。
脱退して商業捕鯨を再開しても日本にたいした利益はないと言われています。
それでも脱退したのは、日本の食文化を守るという名目で国際機関を脱退すれば、安倍政権の支持層に受けると思ったのでしょう。
 
もしかすると、カルロス・ゴーン前日産会長を逮捕したのにもそういう判断があったかもしれません。
 
レーダー照射問題で韓国批判が盛り上がっているのを見ると、安倍首相の作戦はうまくいっているようです。
 
しかし、問題は安倍政権がアメリカやロシアや中国に強く出られないことにあります。
韓国にばかり強く出てもなんの意味もありません。
 
安倍外交の根本問題は、対米従属です。
そのためトランプ大統領からは言われっぱなしです。
プーチン大統領は辺野古問題を取り上げて、日本政府に米軍基地についての決定権がないと北方領土は返せないと言い、安倍首相は反論できません。
トランプ大統領がアメリカファーストの外交をするために、安倍首相は中国包囲網づくりをやめざるをえなくなりました。
北朝鮮についても、安倍首相が「日米は完全に一致している」と言うために独自の外交ができません。
 
安倍首相は韓国のことなど放っておいて(むしろ日韓連携して)、対米自立の道を歩むべきです。

辺野古の埋め立て工事中止をホワイトハウスに請願するインターネット署名の呼びかけがりゅうちぇるさん、ローラさんらによって行われました。
30日以内に署名が10万人を越えるとアメリカ政府が検討することになっていますが、現在すでに16万人を越えています(期限は1月5日ごろまで)。著名な芸能人が呼びかけた効果です。
 
署名は次のサイト。
 
We the people
Stop thelandfill of Henoko / Oura Bay until a referendum can be held in Okinawa
 

辺野古埋め立て賛成派は、とりわけローラさんを批判しています。
 
TBSの「サンデー・ジャポン」において、コメンテーターの西川史子さんはローラさんについて、「辺野古に関してなにも解決策を言っていない」「もっと勉強して、ちゃんと言うべきですよ」とかなり激しい口調で語ったということです。
 
ローラさんが勉強してないと思うなら、自分が勉強した結果をコメントするべきで、それがコメンテーターの役割です。
 
同じ番組でデーブ・スペクター氏はローラさんについて、「どこに住んでいるのかわからない、何になりたいのかわからない。結局仕事はCMタレント」と辺野古問題と関係ない発言をしたあと、「じゃあ代案はどうなの」と批判しました。
 
「勉強してない」「代案がない」というのは、批判のための批判です。
 
西川さんの発言を聞いて、私は「マウンティング女子」という言葉を思い出しました。
自分はインテリのコメンテーターで、ローラさんはおバカなタレントという位置づけだったはずなのに、ローラさんが政治的な発言をして、それが注目されているため、「私のほうが上よ」というマウンティング発言をしてしまったのでしょう。
デーブ氏も「若い女性が政治的発言をする」という現実が受け入れられないものと思われます。
西川さんの場合は、「この小娘が」という序列意識、デーブさんの場合は、「女の子が」という性差別意識もあるでしょう。
 
沖縄の基地問題についてはいろいろな人が発言していますが、ローラさんは若くてバックもないということで批判されたわけです。
結局、弱い者いじめです。
 
反対にアメリカは日本にとって強者です。強者は批判しにくいものです。
辺野古を初めとする沖縄の基地問題も、アメリカのゴリ押しに日本政府が屈しているわけですが、アメリカを批判しないために問題の本質が見えてきません。そのため結局、弱い沖縄が犠牲になるわけです。
 
 
最初に戻って、辺野古の埋め立て工事中止をホワイトハウスに請願するインターネット署名ですが、案外うまくいく可能性があるのではないでしょうか。
 
トランプ大統領は米軍のシリア撤退を決め、さらにアフガンの米軍を半減させる方針です。
トランプ大統領は米韓合同軍事演習にも消極的ですし、在韓米軍の存在価値にも疑問を呈しています。
在日米軍の存在価値にも疑問を持っているはずです。
 
海外に米軍を駐留させている経費をむだと見なすのは、トランプ大統領の基本的な考え方です。これまで周りの反対が強くてできなかったのですが、中間選挙が終わって、本格的に駐留米軍の削減をやり始めたようです。
 
ただ、シリア撤退にはアメリカ国内でも反対の声が強く、トランプ大統領はそれが不満なようです。
朝日新聞の『シリア撤退でトルコと協議、トランプ氏「生産的だった」』という記事から一部を引用します。
 
 米軍撤退をめぐっては、ISが再起する懸念や、ロシアやイランの影響力が増すとして、欧州の同盟国から批判が出ている。米政権内でも異論が根強く、撤退に反対したマティス国防長官が辞任を表明するにまで至っている。
 トランプ氏は22日、撤退を決めたのが自分以外なら「その人物は米国で最も人気のあるヒーローになるだろう」とツイッターで主張。「私だと、フェイク(偽)ニュース・メディアは激しく攻撃してくる。狂っている!」と不満をあらわにした。(ワシントン=杉山正)
 
 
駐留米軍を削減したいトランプ大統領ですから、辺野古の埋め立て工事中止を決断してもおかしくありません。
これは環境問題でもあるので、アメリカ国内でも歓迎され、日本国民からも歓迎されます。
ただ、辺野古の新基地建設はすべて日本政府の負担ですから、アメリカにとって経費節減にはなりませんが、日米両国民から歓迎される決定は、トランプ大統領にとっても魅力的なはずです。
 
強い者にこび、弱い者をいじめるというのは、みにくい人間の典型です。
強い者と戦うことはできなくても、知恵を使って強い者を動かすことはできていいはずです。

南青山の児童相談所建設に反対する地元住民の言い方に批判が集まっています。
 
「地元の小学校の皆さんは習い事や塾、たくさんしていてレベルも高いです。もしその子どもたちがお金がギリギリで、地元小学校にいらっしゃるってなった時には、とてもつらい思いをされるんではないかなと思います」
「外に出ると、あまりにも幸せな家族、着飾った両親、そういう場面と自分の家庭を見たときのギャップを私はすごく心配しております」
 
恵まれない子どもを見下すような言い方が批判されるのは当然です。
 
しかし、2人の子どもを持つお笑い芸人の松嶋尚美さんがフジテレビの「バイキング」でした発言はちょっと違います。
 
「もしも自分のところに来るとなったときには、引っ越しする可能性もあります。たとえば、親に暴行されて“キーッ”となって外に飛び出した子が、暴力振るったり、カツアゲしたりするかもしれないなという変な心配がまずあったりもするし。(自分の)子どもも流されそうなタイプやし。たとえば、学校で頭をグリグリで殴る子がいたんですって。それは親がそうしているから、そこまで悪いこととは思わなくて、友だちにしてしまうとか。そういう面では悩むことは正直ある」
 
暴力を振るわれた子どもは別の子どもに暴力を振るう――つまり“暴力の連鎖”を理由にしています。
しかも、「自分の子どもを守る」という目的があるので、この発言にけっこう賛同する声があるようです。
 
“暴力の連鎖”ということが一般論としてあることは事実です。
しかし、松嶋さんやその賛同者たちは肝心のことを見逃しています。
それは、暴力は力のある者が力のない者に対して振るうものだということです。
 
親から虐待され、一時保護所や児童養護施設に収容された子どもが学校に通うようになると、ほかの子に暴力を振るうかというと、そんなことはなく、逆にいじめられる可能性のほうが大です。
親から虐待された子どもは、自己評価が低く、基本的な生活習慣が身についていない場合もあり、それに、そもそも施設から通っているということ自体がいじめられる要素です。
ですから、松嶋さんが心配するべきは、自分の子どもと施設の子どもが同じ学校に通うようになった場合、自分の子が施設の子をいじめるのではないかということです。
 
なお、施設内部では、年長の子が年少の子をいじめるという“暴力の連鎖”がありがちなので、職員の配慮が必要です。
 

虐待、いじめ、暴力は、あくまで強者と弱者という権力関係で生じるもので、権力関係を抜きにした議論は意味がありません。
 
南青山の児童相談所建設に反対する人の論理も、東京の一等地に住む金持ちが恵まれない子どもを排除しようとしているわけで、弱い者いじめそのものです。
新自由主義に染まった日本のみにくい面が出た気がします。

親から虐待された子どもにどう対処するべきか――という問題に世の中は答えを持っていないようです。
 
東京都港区南青山に児童相談所を含む複合施設が建設されることに地元住民から反対の声が上がり、問題になっています。
反対の理由は、土地の価格が下がるというものから、児童相談所に併設される一時保護所にくる子どもへの警戒感もあるようです。
 
一時保護所には、親から虐待された子どもが多く収容されます。そういう子どもに白い目が向けられているのです。
 
親から虐待され、世間からは白い目で見られる――というのはひどい話ですが、それだけではありません。
一時保護所にも問題があります。
 
たまたま朝日新聞に一般社団法人女子高生サポートセンター(Colabo)代表の仁藤夢乃さんのインタビュー記事が載っていました。仁藤さんは虐待や貧困、いじめなどの生きづらさをかかえた少女たちのサポート活動をしている経験からこのように語っています。
 
 
彼女たちが自ら相談窓口に行くのは難しい。最近かかわった17歳の子は、幼少時から虐待を受け、親が捕まったため帰る家がなくなりました。児童相談所に保護されましたが一時保護所が嫌で脱走し、生きるために体を売っていたようです。ネットで私たちを見つけ連絡をくれました。
 一時保護所は厳しい制約があるほか、階段50往復といった罰を科すところもあり、二度と保護されたくないと思う子が少なくありません。公の施設としては「婦人保護施設」もありますが、18歳未満は使えません。それに18歳以上でも、ハードルが高くて使いにくいのです。
 父親から性的虐待を受け、地方から逃げてきた19歳の女子と一緒に窓口に行くと「施設は厳しいところ」「携帯電話は使えない」「入るには覚悟がいる」など、脅しともとれる言葉を容赦なくかけられました。これでは、行く気になれないのは当然です。彼女たちは、児童福祉や婦人保護といった公の支援の仕組みからこぼれ落ちているのです。
 
 
虐待された子を救うはずの施設でまた虐待されてしまうというわけです。
 
さらに、たまたまこんな記事もありました。
 
「少年院に行くかも」児相で少年自殺、職員発言が原因か
 
父親から虐待を受けていた16歳の少年が家出中に自転車を盗んだとして補導され、一時保護所に入り、職員と面接中に「少年院に行く場合もある」と言われた日に自室でシーツで首をつって死亡したという事件がありました。この自殺の検証委員会は職員の不適切な発言が自殺につながった可能性があるという報告をしたという記事です。
 
 
一時保護所は原則2か月以内とされていて、それ以上の長期になると児童養護施設に入ることになりますが、児童養護施設の実態もひどいものです。
私は「明日、ママがいない」というテレビドラマが話題になっているころ、このブログで児童養護施設についての記事を書いたことがあります。
 
「児童養護施設の実態とは」
 
「選択」という雑誌の記事に基づいて書いたもので、そこからほんの一部だけ引用しておきます。
 
「地獄から抜けたと思ったら、ついた場所は別の地獄だった」
 埼玉県内の児童養護施設で八歳から十八歳までを過ごした二十代前半の男性は、絞り出すように語った。
 
「一部の恵まれた施設を除いて、ほとんどの施設でなんらかの暴力が恒常的に行われている」
 
小学校低学年の頃から、とかく職員の「せんせい」は恐怖の対象でしかなく、約束事を破ったなどとして暴力を受けた。約束というのも就寝前に歯を磨くのを忘れたといった些細なことで、廊下に正座させられ、時には殴られた。
 
 
つまり幼児虐待というのはフラクタル図形のような相似形になっています。
家庭で幼児虐待が行われ、その外に出て施設に入るとまた虐待が行われ、その施設の外の世間も白い目で見るというわけです。
 
その根本原因は、「幼児虐待の原因は親に愛情がないことである」ということを誰も明言しないことにあります。
愛情があれば虐待しませんし、愛情がないから虐待するのです。当たり前です。
「幼児虐待の原因は親に愛情がないことである」ということが認識されていれば、児童養護施設の役割は、虐待されていた子どもに愛情を注ぐことであるとわかるでしょう。子どもに愛情を持って世話をするというのが施設職員の仕事です。
 
「ホスピタリズム」という言葉があります。
第二次世界大戦後、多くの孤児が施設に収容されましたが、衣食住が満たされた環境にもかかわらず子どもの死亡率が高く、母性的なものとの情緒的きずなの欠如が原因であるとされました。施設病とも言います。子どもが育つにはビタミンやたんぱく質と同様に愛情が不可欠だということです。
こういうことは児童福祉関係者には常識のはずです。
 
ところが、今の施設は「愛情」ということを無視ないし軽視しています。
そのため被虐待児に対して普通の学校と同じことをします。規則正しい生活で規律を身につけさせ、善悪をきびしく教えて規範意識を植えつけようとするのです。栄養失調の子どもに運動させて体を鍛えようとするみたいなものです。
 
酒鬼薔薇事件の犯人である少年を受け入れた医療少年院では、問題は親の育て方にあったとして、「育て直し」と称して母親役を決めて周りのスタッフが疑似家族を形成し、小さな子どもを育てるように世話をしました。世間から注目された事件だったため、施設側も特別に力を入れたわけです。元少年は今のところ再犯もせず、本を出版するなどしているので、「育て直し」はある程度成功したと言えそうです。
 
こうした対応をすることは施設の職員とってもたいへんです。「感情労働」という言葉がありますが、仕事で愛情を要求されるのは「感情労働」の最たるものです。
そのため規律重視のうわべだけの対応になりがちです。
政府は児童相談所の児童福祉司を2022年までに約2000人増やす計画ですが、人数だけでなく、「愛情」という根本のところの対応を強化していかなければなりません。
 
南青山の児童相談所建設問題ではからずも児童福祉施設に対する世間の冷たい目が明らかになりましたが、福祉施設内でも同様の冷たい目が子どもに向けられている現実があります。
「愛情」が根本的な問題であるということが認識されれば、たとえば親代わりのボランティアを施設が大量に受け入れるというように、対策はいくらでもあります。

美しい海を埋め立てて日本の金でアメリカの基地をつくるのは、「唯一の解決策」どころか「最悪の解決策」です。
 
辺野古の海に土砂の投入が始まった翌日の1214日、岩屋防衛相は「移設は日米同盟のためではない。日本国民のためだ。日本の守りの最前線は南西地域であり、抑止力を減退させるわけにはいかない」と語りました。
この発言に対して沖縄からは「『日本国民』の中に沖縄県民は入っているのか」という声が上がっています。
「日本国民のためだ」という言葉には、明らかに沖縄県民のことを無視した差別意識が感じられます。
 
私自身は、「日本の守りの最前線は南西地域であり、抑止力を減退させるわけにはいかない」という言葉のほうが問題だと思います。
この言葉は、地域の防衛力と戦争抑止力を混同しています。
 
辺野古移設賛成派はみな同じようなことを言います。辺野古ないしは沖縄に海兵隊がいることが抑止力になるというのです。
 
しかし、「抑止力」というのは次のようなことです。
 
安全保障分野で、侵略を行えば耐え難い損害を被ることを明白に認識させることによって、侵略を思いとどまらせることをいう(デジタル大辞泉の解説)
 
攻撃してくればダメージを与えるという姿勢を事前に示すことで、相手に攻撃を思いとどまらせるという軍事力の役割。相手に抑止を効かせつつ不測の事態を防ぐには、軍事的対応を実行する「意図」と「能力」を相手に正確に認識させることが必要とされる(朝日新聞掲載「キーワード」の解説)
 
海兵隊が沖縄でなくグアムにいれば、移動に数日よけいにかかるかもしれませんが、それは抑止力とは関係ないことです。
「意図」と「能力」という言葉でいえば、アメリカに圧倒的な軍事力があることはどの国もわかっているので、「能力」の認識に問題はありません。
問題は「意図」ないし「意志」です。
相手国に「日本を攻撃するとアメリカは参戦する『意志』がある」と思わせることが抑止力になります。
 
アメリカ政府にその「意志」があるとは、日本人にも確証が持てません。
しかし、日本国内に米軍基地があれば、日本への攻撃は自動的に米軍への攻撃になり、アメリカは参戦するに決まっているので、抑止力になります。
 
今の日本は、米軍基地にいてもらうことで抑止力を得ています。
辺野古に新基地をつくってもつくらなくても抑止力は同じなので、岩屋防衛相の発言は間違いです。
 
ただ、抑止力を得るために米軍基地にいてもらわないといけないというのが日本の決定的な弱みになって、アメリカが辺野古に基地をつくれと言えばつくらなければいけないし、思いやり予算も出さなければいけないし、日米地位協定の改定もできないということになっています。
日米通商協議も対等ではないはずです。
 
冷静に考えれば、日本は島国で、強力な自衛隊があるので、アメリカの力がないと国を守れないということはありません。
日本人のアメリカ依存は心理的な問題です。
 
日本はアメリカに対して、南方の島では各地で玉砕し、全土が空襲され、原爆も落とされて、圧倒的な力の差を見せつけられて敗北しました。それがいまだにトラウマになっています。
日本は真珠湾攻撃について謝罪したこともありませんし、アメリカの原爆投下について非難したこともありません。
国内では、東京裁判は不当だとか、占領軍は日本人の洗脳工作をしたとか言う人たちがいますが、彼らがアメリカに向かって言ったことはありません。
アメリカに対して戦争のことを話題にすることもできないのです(中国や韓国に対しては南京事件とか慰安婦問題を話題にできます)
 
当然、基地問題についてアメリカと議論することはできず、辺野古問題は日本政府対沖縄県で議論されています。
 
日本人がアメリカに対する“負け犬”心理を克服しない限り、基地問題は解決できません。

中島哲也監督の「来る」を観ました。
 
中島哲也監督というと、最初に「下妻物語」を観て、こんな映画の撮り方があるのかと、不思議なおもしろさに魅了され、それから注目しています。
今回の「来る」は、予告編の映像が半端ないので、おもしろいに違いないと思いました。
 
観始めて30分ぐらいまでは、俳優の演技が嘘っぽくて、演出も空回りしている感じがして、この映画は外れだったかと思いました。
しかし、それは登場人物がいつわりの人生を生きているからなのでした。
 
田原秀樹(妻夫木聡)はそこそこの会社に勤めるサラリーマンで、香奈(黒木華)と結婚し、祝福してくれる友人もたくさんいて、子どもができると子育てブログを始め、自分のイクメンぶりと幸せな家族のあり方をブログに書き綴ります。いかにも幸せそうな生活です。
しかし、実際は妻には冷たく、子どもの世話もせず、ブログに書かれているのは嘘ばかりです。友だちともうわべだけのつきあいです。
ですから、演技が嘘っぽく見えたのは当然です。田原は“幸せ芝居”を演じていたのです(とはいえ、一時的にせよつまらない感じがするのは作品としてマイナスです)
 
今の世の中、ママタレなど幸せな家庭生活をブログに書く人がいっぱいいますが、あれはほんとうのことかと誰もが疑問に思うでしょう。この作品はその裏側を描いているので、実に現代的です。
 
“幸せ芝居”が崩壊していくのは、それ自体がホラーです。
 
そのような家庭生活や人間関係が物語のひとつの軸で、もうひとつの軸になるのが田原の故郷に伝わる物の怪です。
田原はなにかにとりつかれ、身の回りで怪しいことが起こるので、友人の民俗学者、霊能力のあるキャバ嬢、オカルトライターなどの協力を得て立ち向かいます。
この物の怪は、原作では民俗学的な意味づけがあるのかもしれませんが、映画ではあまり描かれません。どうやって退治するかも、結局霊能力に頼るだけですから、物語としてはイマイチです。
ただ、スプラッターシーンもふんだんにあり、除霊の仕方も大がかりなので、ホラー映画としてもかなりの水準です。
 
なお、原作は日本ホラー小説大賞の「ぼぎわんが、来る」(澤村伊智著)で、ホラー小説として高く評価されています。
 
この作品のおもしろさは、もうひとつの軸の人間関係のほうでしょう。
田原の“幸せ芝居”が崩壊したあと、香奈は娘とともに“現実の幸せ”を目指しますが、シングルマザーの生活はきびしく、自分はろくでもない母親に育てられたので娘との関係もうまくいかず、結局“現実の幸せ”のほうも崩壊していきます。
 
霊能者のキャバ嬢(小松菜奈)も、実はたいした霊能力がなく、本物の霊能者の姉(松たか子)の真似をしているだけです。結局、除霊を中心になってするのは姉です。
 
オカルトライターの野崎(岡田准一)も、子どもをつくって家族を持つということができない人間です。
 
このように書くと、ずいぶんと暗い話のようですが、最終的に家族の崩壊と再生が描かれることになります。
また、テレビで見慣れた柴田理恵、伊集院光が出ていることも安心感につながって、うまいキャスティングだと思いました。
 
ホラーのいいところは、人間の暗部を描いてエンターテインメントにできるところです。この映画はそのホラーのよさが遺憾なく発揮されています。

水道事業への民間企業の参入を可能にする改正水道法が成立しました。
日本人は水に独特の思いを持っているので、もっと強い反対の声が上がるかと思いましたが、そうでもありませんでした。
 
水道のような競争原理の働かない分野に民間企業を入れるのはおかしなことですが、「鉄道や電力のような競争原理の働かない分野で民間企業がちゃんとやっているではないか」という反論がありました。
しかし、鉄道会社や電力会社は日本の企業で、これからもずっと営業を続けていきます。
水道事業の場合は、コンセッション方式といって、運営権だけを一定期間民間企業に売却するものです。
しかも、そこに参入するのは水メジャーといわれる外資系企業と見られます。
まさに“ハゲタカ”にむさぼられるわけです。
 
もっとも、これについても水道事業について高度なノウハウを持っている水メジャーに任せたほうがうまくいくという説もあります。
 
三大水メジャーとされるのは、フランスのヴェオリア、スエズ、イギリスのテムズウォーターと、欧米系企業です。
日本人は欧米系に甘いために危機感がないと思われます。
これが中国系の企業だったらどうでしょうか。
 
水道民営化を推進してきた内閣府の民間資金等活用事業推進室にフランス系のヴェオリア社日本法人から職員が出向していたという事実が明らかになりました。水メジャーの力を借りて法案をつくっていたのでしょう。
中国系企業の職員が日本の政府機関に入っていたとしたら、大問題になっていたでしょう。
 
 
数年前、中国人が日本の水源地の土地を買い占めているということがメディアでかなり報道されました。
しかし、水源地を買っても、水を中国に持っていけるわけではありません。なんのために水源地を買うのかと疑問に思っていたら、これはフェイクニュースだとわかりました。今ではこういう報道はありません。
 
関東大震災のときに「朝鮮人が井戸に毒を入れた」というデマが広がったことがあります。「中国人が水源地の土地を買い占めている」というのもこれと同じです。日本人は水源が失われることに強い危機感を持っているので、こういうデマに踊らされるのです。
 
そういう意味では、水道事業が外資系企業に買われることにもっと危機感を持っていいはずですが、やはり日本人は欧米系に甘いようです。
とくにひどいのが、右翼、保守派です。こういう人たちこそハゲタカに危機感を持っていいはずですが、むしろ逆です。
 
右翼、保守派、そして安倍首相らの頭の中は、欧化政策、脱亜入欧の明治時代のままです。
移民政策を進める入管法改正も、要するに欧米の真似をしたものです。
こういうことをしていると、日本のよさがどんどん失われていきます。
 
一方、中国や韓国に対しては、植民地主義時代のままに見下しているので、なかなか外交関係がうまくいきません。
 
日本は「戦後レジームからの脱却」をする前に「明治レジームからの脱却」をしないといけません。

いわゆる「東名あおり運転事故」の裁判をテレビのワイドショーは大々的に取り上げています。入管法改正や水道民営化法案などはそっちのけです。
確かに石橋和歩被告(26)の言動には人の神経を逆なでするものがあります。実況見分のときにあくびをしたり、マスコミへの手紙に「俺と面会したいなら30万からやないと受つけとらんけん」と書いて金を要求したりしています。
 
そもそもの事件は、昨年6月、石橋被告がパーキングエリアの入口付近で駐車していたところ、被害者の萩山嘉久さんに駐車方法について注意され、怒った石橋被告が萩山さん夫婦と娘さんの乗ったワゴン車を追いかけていわゆるあおり運転をし、高速道路上で停車させて萩山さん夫婦を車から降ろしたところに大型トラックが追突してきて萩山さん夫婦が死亡、娘さん2人もケガをしたというものです。
 
石橋被告は危険運転致死傷罪などで起訴されましたが、弁護側は停車後の事故に危険運転致死傷罪は適用できないとして無罪を主張しています。
確かに直接の死因は大型トラックの追突です(トラック運転手は不起訴)
そのため、もしこれが罪に問えないなら危険運転致死傷罪は法律として不十分ではないか、新しい法律がいるのではないかという議論になっています。
 
しかし、たった一件の事故を理由に新しい法律をつくるのはおかしなことです。
 
それに、考えてみれば危険運転致死傷罪そのものが1999年のいわゆる東名高速飲酒運転事故がきっかけでできた法律です。
この事故は、大型トラックが乗用車に追突して幼い姉妹が亡くなり、しかもトラック運転手が救助活動もせずに炎上する乗用車を見ていて、まっすぐ立つことができないほど酩酊していたというものです。さらに、この運転手は飲酒運転が常習であったことが判明して、世論が憤激しました。運転手は業務上過失致死罪などで起訴されましたが、この罪は最高懲役5年で、あまりにも刑が軽すぎるということで最高懲役20年の危険運転致死傷罪がつくられたのです。
 
腹立たしい事件が起こるたびに厳罰化の法律をつくっていればきりがありません。
 
そもそも交通事故は大幅にへっているのです。
 
交通事故がもっとも多かったのは2004年で、952720件でした。
それから着実にへり続けて、2017年は472069件と半分以下になりました。
交通事故の死者数については、第一次交通戦争といわれた1970年の16765人がピークでした。
その後、多少の増減はあってもヘリ続け、2017年は3694人でした。
 
交通事故はへっているのに、世論は交通事故にどんどんきびしくなり、厳罰化が進むという妙なことになっています。
 
なお、犯罪もへっています。
刑法犯の認知件数がピークだったのは2002年の約285万件で、2017年は3分の1以下の約91万件でした。
 
刑法犯も交通事故も大幅にへっているので、警察は人員も予算も大幅にへらしていいはずです。
そういう議論が出てくると困るので、司法当局とマスコミは一体となって、刑法犯や交通事故が深刻化しているようなイメージづくりをしています。
石橋被告のような憎たらしいキャラクターは目一杯利用するわけです。
 
しかし、石橋被告にも「泥棒にも三分の理」で、たとえば被害者の萩山さんとのトラブルについて、彼は裁判でこう語っています。
 
 同県内の中井パーキングエリアで、死亡した萩山嘉久さん=当時(45)=とトラブルとなった経緯を「車を降りて、タバコ吸いよって、吸いよう途中に(嘉久さんに)『邪魔やボケ』と言われて」と説明。「『ボケ』と言われたことにむかついた」と明かした。
 
「邪魔やボケ」と言われたのがほんとうかどうかわかりませんが、ほんとうだとすれば事件の印象がだいぶ違ってきます。
 
また、石橋被告の車に同乗していた恋人も事故のときにケガして入院したのですが、裁判に出てきて、このように証言しています。
 
<東名のあおり事故当時同乗していた女性の弁護側証人尋問>
――(萩山さんの事件後に)退院してから車で出かけた?
はい、何回かはわかりません。
 
―― 一緒に乗るのは怖いなと思わなかったか?
思いましたけど…信じてもらえないかもしれないけど、あの子(石橋被告)、ウチには優しいんです。退院してすぐは(運転を)やめときと(説得した)。
――被告人の良いところを話してもらえますか?
子供とかおばあちゃん、おじいちゃんに優しいところです。
 
――悪いところを話してもらえますか?
うーん…短気なところですかね。相手にちょっとケンカ口調を強く言われた時にキレてしまうから。
 
ともかく、交通事故が大幅にへっているのに交通事故の厳罰化を議論するのはおかしな話で、完全にマスコミにあおられています。

カルロス・ゴーン日産前会長が1119日に逮捕されて2週間余りがたちましたが、東京地検特捜はなぜ逮捕したのかという疑問がますますふくらんできます。
退職時にもらう予定の50億円だか80億円だかの金額を有価証券報告書に記載しなかったということがメインの容疑のようですが、実際にもらったときに記載すればいいというのが世間の常識です。
かりによくないとしても、会社や国民の損害になるわけではありません。
神戸製鋼を初めとする多くの大企業でデータ偽造事件が起きていますが、こちらは国民の損害になると思えるのに逮捕者は出ていません。
 
マスコミはゴーン容疑者が子会社の購入した住宅を自分で使っていたとか、会社の金で家族旅行をしたとか、姉に勤務実態のない契約料が支払われていたとかを次々と報道して、ゴーン容疑者に“強欲”のイメージを植えつけようとしていますが、これも検察に決め手がないからでしょう。
 
 
ゴーン氏が逮捕されたと聞いたとき、多くの人は特捜の動きにはなにか裏があるに違いないと思ったようで、ネットにはいろいろなことが書かれていました。
 
私が最初に目にしたのは、ジャーナリストの田中龍作氏の説で、入管法改正審議で調査結果改ざんが明るみに出て、安倍政権が窮地に陥ったタイミングで逮捕したのではないかというものです。確かにそのとき、入管法の問題点に世間の注目が集まっていましたが、ゴーン氏逮捕のニュースで入管法のことは飛んでしまいました。
 
それから、ゴーン氏逮捕を指揮した森本宏特捜部長は法務省刑事局時代に司法取引導入を主導した人物で、司法取引の有用性を世間に知らしめたかったのだという説もありました。
 
ルノーがフランス政府の後押しで日産と三菱自動車を統合しようとしていたのを阻止するために官邸がゴーン氏逮捕を仕掛けたという説もあります。
ルノーに日産と三菱が吸収されるのを日本政府が防ごうとするのはありうる話で、これがいちばん有力な説でしょうか。
 
あと、トランプ大統領はフランスに怒っており、ルノーがイランでの自動車販売をやめないこともあって、アメリカの意向でゴーン氏を逮捕したという説もあります。
日本一国でフランスに喧嘩を売ることができるかと考えると、この説もありそうです。
 
ともあれ、誰もが特捜の動きの裏を読みたくなるのは、森友事件で特捜が官邸に屈して国有地不当払下げや公文書偽造を立件しなかったからです(森友事件は大阪特捜で、ゴーン氏逮捕は東京特捜ですが)
ゴーン氏逮捕も官邸の意向があるのではないかと疑うのは当然です。
 
ところが、マスコミは特捜の動きの背景をほとんど報道しません。検察批判になるからでしょう。
批判されないと権力は腐ってしまいます。
 
 
もともと法律家を志す人は権威主義的パーソナリティの人が多く、検察官、裁判官となるとなおさらです。
権威主義的パーソナリティとは、「硬直化した思考により強者や権威を無批判に受け入れ、少数派を憎む社会的性格」で、「自分の意見や関心が社会でも常識だと誤解して捉え、外国人や少数民族を攻撃する傾向もよくある」とされます。
 
入管法改正は法務省の管轄で、ここにも権威主義的パーソナリティの問題が出ています。
 
日本の司法は批判されないためガラパゴス化して、取り調べについてだけでも、弁護士の同席ができず、親族との面会も制限され、長期勾留が可能で、可視化も不十分という問題があり、こうした取り調べは拷問だという批判があります。
 
特捜はゴーン氏を再逮捕する方針だという報道がありました。
23日間勾留して、さらに10日から20日勾留を延長しようというわけです。
こんなことをしていると、フランスだけでなく国際社会からも批判されます。
 
森友事件を立件しなかったことで特捜は信用をすっかり失いました。
マスコミが特捜のリークに乗ったゴーン容疑者の“強欲”報道ばかりしていると、国民もいい加減うんざりしてくるのではないでしょうか。

時代劇などの勧善懲悪の物語には、誰が見てもそうとわかる「典型的な悪人」が出てきます。
そんなものは物語の中だけのことかと思っていたら、最近の日本の韓国に対する態度が「典型的な悪人」です。
 
テレビの時代劇でもっともよく出てくる悪人は、善良な庶民をいじめる高利貸しです。高利貸しは証文をかざして善良な庶民に借金返済を迫り、金が返せないとなると、寝たきりの父親の布団をはぎ取ったり、娘を売り飛ばそうとしたりします。
昔は利息制限法がないので、借金の証文を持つ高利貸しのほうに正当性があります。水戸黄門や大岡越前や銭形平次もこの時点では手を出せません(高利貸しはほかにもっとあくどいことをしているために、最後はこらしめられます)
 
「ミナミの帝王」に出てくる悪徳業者も、法律にうとい善良な庶民をだまして金をむしり取ります。法律を盾にしているので、庶民は泣き寝入りするしかありません(萬田銀次郎は悪徳業者の上手をいく手口で悪徳業者をだまし、庶民を救います)
 
 
韓国の最高裁で日本企業に元徴用工への賠償金支払いを命じる判決が相次いで、日本では日韓請求権協定を盾に韓国を批判する声が高まっています。
これは、証文をかざしたり、法律を盾にしたりするという典型的な悪人の態度です。
 
もっとも、相手が不当な要求をしてきた場合は、証文をかざしたり、法律を盾にしたりして身を守らなければならないので、証文をかざしたり、法律を盾にしたりすることがつねに悪いとは限りません。
ただ、日韓請求権協定という証文をふりかざす態度が国際社会からどう見られるかということは知っておかなければなりません。
 
勧善懲悪の物語で、悪人は善良な庶民を苦しめます。これをもって悪人と判断されます。
日本は、戦時中に徴用工を苦しめたので、完全に悪人です。
もっとも、昔のことですから、ちゃんと謝罪と反省を示せば許されます。
ところが、今の日本は日韓請求権協定という証文をふりかざすだけで、謝罪と反省をまったく示しません。
しかもその証文は50年以上前のもので、相手は軍事クーデターで政権を得た朴正煕大統領でしたから、それほど値打ちがありません。
 
多くの日本人は韓国人に差別意識を持っているため、元徴用工への同情心がありません。そのため平気で証文をふりかざして、物語の典型的な悪人を演じてしまうのです。
 
今のところ、徴用工判決を巡る日韓の対立はほとんど世界から注目されていませんが、問題が大きくなって注目を浴びるようになると、日本が悪人と認定されます。
安倍首相、河野外相、菅官房長官らはこの問題について発言するとき、日本が悪人にならないように、枕詞のようにして必ず元徴用工に対する謝罪と同情の言葉を言わなければなりません。
韓国人への差別意識は急に改まらないとしても、それが政治家として当然の責務です。

このページのトップヘ