村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

2021年01月

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菅義偉政権のGoToトラベル・キャンペーンへのこだわりは異常です。
12月にGoToトラベルが一時停止になったこともあって大幅にGoTo事業の予算が余っているのに、第三次補正予算でさらに一兆円近い額を追加します。
年度内で消化できるとは思えず、野党から「不謹慎だ」という声が上がっています。
西村康稔経済再生担当相は1月26日の記者会見で、GoToトラベルの再開条件について、感染状況の指標がステージ2まで下がることだと述べました。再開する気は十分にあるようです。

菅政権がGoToトラベルにこだわることの異常さは、中国と比較するとよくわかります。
中国では春節に大規模な人の移動が起こりますが、それを抑えるために税金を使っています。

春節で17億人が移動予測 帰省しない人に報奨金やギガ
 旧正月の春節(2月12日)を控える中国で、帰省しない人に報奨金や特典を用意する地方政府が相次いでいる。今月28日からの40日間で延べ17億人が移動すると予測される中、帰省ラッシュを抑えることで新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐ狙いだ。

 河北省唐山市は農民工(出稼ぎ労働者)が春節期間中に帰省しなかった場合、1人500元(約8千円)の「まごころ祝儀」を支給すると通知。天津市は市内に働きに来ている人が2月末まで市外に出なければ300元、その間に製造業などの職業訓練を受ければさらに300元を手当てするという。こうした報奨金を出す都市は沿岸部を中心に20以上に上っている。

 報奨金のほか、スマホのデータ通信量20ギガバイトのプレゼント(浙江省義烏市)や観光地や動物園の入場無料(山東省東営市)など特典をつける街もある。
 国営中央テレビも「今いる場所で年越しを」と号令をかけるなか、各地がキャンペーンを競い合う状況だ。

 例年だと春節の連休中は店や企業が軒並み閉じて休暇ムードに包まれるが、いつも通り仕事をする人や企業を支援することで帰省しない人を増やそうとする例もある。福建省アモイ市は期間中に道路清掃や公共交通機関などで働く人に1日50元(約800円)の追加手当を支給すると通知。同市翔安区は、春節前後の1週間、祝日も休まず操業した企業には職員1人あたり最高1500元を補助するとしている。

 中国本土では今年に入って河北省や黒竜江省などで感染が拡大し、国家衛生健康委員会は省をまたいで農村地方へ帰省する人に、7日以内のPCR検査を義務づけている。(平井良和)
https://digital.asahi.com/articles/ASP1W54J8P1WUHBI019.html?_requesturl=articles%2FASP1W54J8P1WUHBI019.html&pn=4

中国は感染対策がうまくいっていて、このところ1日の感染者数は100人前後です。
中国の感染対策は、当然ながら人の移動を抑えるほうに税金を使っています。
一方、日本は人の移動を促進させるほうに税金を使っているわけです。
しかも日本は、今年の夏にオリンピックをするつもりでいるのです。
中国と日本を比べると、日本の異常さがわかります。

GoToトラベル再開とオリンピック開催は両立するはずがありません。
ですから、私は菅政権はオリンピックは諦めたのかと思いました。
しかし、橋本聖子五輪相は26日の衆議院予算委員会で「1人5日間程度の勤務をお願いすることを前提に、大会期間中1万人程度の方に依頼をして医療スタッフ確保を図っている」と答弁しました。
菅政権がオリンピックを諦めず、かつGoToトラベル再開も目指しているとすれば、まったく理解不能です。


外国と比較すると見えてくることがあります。
日本ではワクチンの接種が2月末から始まるようですが、世界ではいくつもの国ですでにワクチンの接種が始まっています。
日経新聞のサイトによると、57の国と地域で始まっているそうです。
うち上位20か国は次の通りです。

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これを見ると、先進国である日本は遅すぎるのではないかと思えます。
イスラエルはやはり危機管理がしっかりしているようです。マスク不足のときは特殊部隊が空港で飛行機の積み荷を押収するなどをしていました。

日本は国内製薬メーカーの力が中国やロシア以下だということでしょうか。

そういえば、大阪では“大阪ワクチン”の開発が進められていて、昨年6月には吉村洋文知事が「今月末に人への投与、治験を実施いたします。市大の医学部附属病院の医療従事者に、まずは20例から30例の投与をする予定です」「今年中には10万から20万の単位での製造が可能になります」と希望の持てる話をしていました。
しかし、このところ“大阪ワクチン”の話を聞かないなと思っていたら、吉村知事は1月26日に出演したテレビ番組で「世界のワクチンに比べれば、周回遅れの状態になってますが、なんとか(次の)冬が来る前に大阪産ワクチンができればいいなと思っています」と語っていました。
去年の6月に言っていたことと違いすぎます。

行政のデジタル化の遅れも露呈しました。
10万円の特別定額給付金の申請をオンラインで行うとかえって遅くなるという奇妙なことが起きました。
また、役所において感染者数の報告がファックスで行われているということが世界に報道されて、あきれられました。

PCR検査数は、日本は世界でも最低レベルで、安倍前首相は「人的な目詰まりがあった」と言いました。
国立感染症研究所、厚生労働省、学者などの感染症専門家の利権が目詰まりの原因と思われますが、そういう問題を追及するのは週刊誌ぐらいで、結局どういう目詰まりがあったのかよくわかりません。
また、日本はアメリカやヨーロッパよりヒトケタ以上感染者数が少ないのに医療崩壊の危機が言われていて、これも不可解なことです。
本来こうした問題を追及するべき新聞、テレビなどのマスメディアも利権構造に組み込まれているので、わけがわかりません。
ただ、原因はわからなくても、おかしいということはわかります。


新型コロナウイルスをめぐる日本の対応はおかしなことだらけです。
新型コロナウイルスという世界共通の基準があるおかげで日本のおかしさがくっきりと見えるのは皮肉なことです。

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菅義偉首相は衆院代表質問において立憲民主党の枝野幸男代表から新型コロナウイルス対策の遅れを追及されると、「根拠なき楽観論で対応が遅れたとは考えていない」と反論しました。
また、枝野代表が「リーダーの説得力と真剣さが備わった呼び掛けが必要だ」と指摘すると、菅首相は「節目節目で国民に説明している」と反論しました。

菅首相の言葉は空疎すぎます。大本営発表の「勝った。勝った」を連想させます。
安倍前首相が高支持率を背景にこうした言い方をしていたのを真似たのでしょう。
しかし、安倍前首相はコロナ対策で失敗して退陣したのですから、コロナ対策に関しては安倍前首相のやり方を真似てはいけません。

ところが、菅首相は施政方針演説で、東京オリンピックについて「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として」開催すると、安倍前首相と同じ表現を使いました。

菅首相はオリンピックを成功させて衆院の解散総選挙に持ち込むという政治日程を重視しているそうです。そうであるなら自分の頭で考えないといけません。

現在、ワクチン接種が始まっているのは先進国だけです。オリンピック開催の7月にアフリカや南アメリカにワクチンが十分に行き渡っているということはまったく考えられません。
そのときに「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証」などと言えば、「コロナ禍で苦しむ国の人たちを無視するのか」と批判されるに決まっています。
ですから、菅首相が言うとすれば、「コロナ禍で苦しむ国の人たちに夢と希望を届けるためにも大会開催を実現したい」ということでしょう。


新型コロナウイルスは最初は未知のウイルスでしたから、対応に右往左往しましたが、今ではかなり科学的に解明されてきたので、科学的知見と合理的思考力で十分に立ち向かえます。
菅首相がどうしても東京オリンピックを開催したいのなら、そのための方法も考えられます。

開催するか否かは3月末ごろには決めなければならないという説があります。
もしそうならば、そのころには日本国内の感染が十分に抑えられていなければいけません。
ところが、菅政権は緊急事態宣言は発出したものの、最初は一都三県に限定していましたし、飲食店の営業時短要請が主な内容で、期間も一か月となっていました。
あまりにも手ぬるいやり方で、オリンピック開催を目指すこととまったく矛盾しています。
神風が吹いてウイルスを吹き飛ばしてくれるとでも思っているのでしょうか。

本気でオリンピック開催を目指すなら、最初の緊急事態宣言並みのきびしい行動制限をして、期限も設けずに、たとえば一日の新規感染者百人以下という目標達成まで続けるというようにしなければなりません。
もちろんそれをすれば経済が痛みます。
経済を取るかオリンピックを取るかという問題です。

ただ、知恵を絞ればもう少しやり方があります。
オリンピックはマラソンやサッカーを別にすれば、ほぼ東京、神奈川、埼玉、千葉で行われます。この地域だけきびしい対策をして、感染を抑えればいいのです。
ダイヤモンドプリンセス号のとき、グリーンゾーンとレッドゾーンということが話題になりましたが、東京周辺だけグリーンゾーンにして、それ以外のレッドゾーンでは自由な経済活動を可能にし、ふたつのゾーンの往来は制限します。そうすればオリンピック開催は可能になります。

もっとも、東京で感染を抑えると、感染の広がった外国から選手団が入ってくるのは困ります。
また、一部の国が不参加を決めたことで大会の開催がとりやめになるのも困ります。
それに対処するには、人口10万人当たりの感染者が何人以下の国は参加可能とあらかじめ決めて、つまりグリーン国とレッド国に分けて、グリーン国だけ参加するようにすればいいわけです。

つまり国内と世界をグリーンゾーンとレッドゾーンに分けるわけです。そうすれば世界的に感染が続く中でもオリンピック開催が可能になります。

もっとも、そんなことをしていてはオリンピックが楽しくありません。そこまでやらなくてもという結論になりそうです。

つまり、オリンピック開催の可能性を探れば探るほど不可能に思えてくるのです。

大会関係者は私などよりも真剣に大会開催の可能性を考えています。そうすると、やはり不可能という結論に至っているはずです。

そう考えると、次の報道にも納得がいきます。

日本「五輪中止」非公式に結論と英紙報道、2032年目指す
【ロンドン=板東和正】英紙タイムズ(電子版)は21日、日本政府が新型コロナウイルスの感染拡大で、東京五輪・パラリンピックを中止せざるをえないと非公式に結論づけたと報じた。同紙によると、政府は次に可能な2032年大会の開催を確保することに焦点を当てているという。

 夏季五輪は24年がフランスのパリ、28年が米ロサンゼルスで開催することがすでに決まっている。

 タイムズは21日の記事で、日本の連立与党幹部の話として「既に1年延期された大会は絶望的だとの認識で一致している」と伝えた。同幹部は「誰もが最初にそう言いたくないが、総意は(開催は)難しすぎるということだ。個人的には開催はされないと思う」と同紙に語ったという。

 東京五輪をめぐっては、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が同日、非公開のオンライン会議でIOC委員と意見交換し、東京五輪を予定通りに開催する考えを伝えた。
https://www.sankei.com/tokyo2020/news/210122/tko2101220003-n1.html
この報道に対して、政府関係者や大会関係者はこぞって否定する発言をしましたが、「火のないところに煙は立たない」です。
政府の中途半端な感染対策も、もう開催は諦めているからだと考えると納得がいきます。

日本政府もIOCも中止報道を否定するのは、先に中止を言い出すと費用の分担で不利になるというような思惑があるのかもしれません。


最終的に決めるのは菅首相です。
菅首相の言うことを聞いてもなにもわかりません。
菅首相は決定する最後の瞬間まで自分の考えを周囲に知らせないということをする人なので、周囲の人もわからないのかもしれません。
しかし、客観的には東京オリンピック開催はほとんど不可能です。

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嘘にまみれた安倍政権とトランプ政権が終わっても、トランプ大統領の嘘はこれからも生き続けるかもしれません。

トランプ大統領が「選挙は盗まれた」と主張するのに合わせて、さまざまな嘘が飛び交いました。
トランプ票が大量に燃やされたとか、投票機にソフトウェアを提供した企業の社長はバイデン氏の政権移行チームの一員であるといったものから、ドイツで投票機のサーバー押収をめぐって米軍特殊部隊とCIAが銃撃戦を演じて5人死亡したとか、オバマ前大統領が逮捕されたといったものまでありました。
しかも、日本にこうした嘘を拡散させる人が少なからずいました。

2017年のトランプ大統領就任式における観客はオバマ大統領のときより大幅に少なかったとメディアが報じると、トランプ大統領は「フェイクニュース」と言って猛反発し、報道官は過去最多だったと主張して、「オルタナティブファクト」と称しました。
それからトランプ大統領は嘘をつき続け、ワシントン・ポストは最初の1年間に2410回も嘘をついたと報じました。
「コロナウイルスはもうすぐ魔法のように消える」という罪の深い嘘もありましたが、トランプ大統領はこうした嘘について嘘と認めたり謝罪したりすることはありませんでした。


安倍前首相も任期中、モリカケ桜で嘘をつき続けて、桜を見る会問題では国会で118回の虚偽答弁をしたとされました。

しかし、トランプ大統領の嘘と安倍前首相の嘘は明らかに異質です。
安倍前首相の嘘は、自分が関わった不正をごまかすための嘘、要するに自己保身のための嘘です。
自己保身の嘘は誰でもつきますから、われわれの常識で理解できます。安倍前首相の場合は、公の場で異常に多くの嘘をついただけです。
しかし、トランプ大統領の嘘は常識では理解できません。


トランプ大統領の嘘を知る手がかりは、Qアノンです。
Qアノンはトランプ大統領の嘘に呼応して生まれました。

ウィキペディアによると、
「Qアノンの正確な始まりは、2017年10月に「Q」というハンドルネームの人物によって、匿名画像掲示板の4chanに投稿された一連の書き込みである」
「この陰謀論では、アメリカ合衆国連邦政府を裏で牛耳っており、世界規模の児童売春組織を運営している悪魔崇拝者・小児性愛者の秘密結社が存在し、ドナルド・トランプはその秘密結社と戦っている英雄であるとされている」
ということです。
政府を裏で支配する秘密結社はディープステートと呼ばれます。

私は最初、小児性愛者の秘密組織がアメリカを支配しているというふうにネットの記事で読みました。
小児性愛者の秘密組織は過去に摘発されたことがありますし、上流階級に存在する可能性はあります。しかし、そういう人間は自分の性的嗜好が満たされればいいわけで、国家を裏であやつる必要はありません。ですから、ばかばかしい話と思いました。

しかし、そのネット記事は不正確で、正しくは小児性愛者でかつ悪魔崇拝者の秘密組織だったわけです。
それなら話として成立します。


悪魔崇拝者というのは、ホラー映画やホラー小説にはいっぱい出てきますが、現実にはほとんどいないと思われます。
敵対する宗派や一部の人を攻撃するときに悪魔崇拝者というレッテル張りをしたのが実際のところでしょう。
ただ、そこにおどろおどろしいイメージが付与され、女性や小児を生贄にして性的快楽を得る儀式(サバト)を行うといったこともありました。
ですから、ディープステートが小児性愛者でかつ悪魔崇拝者の秘密組織だというのはありそうな設定です。
メインは悪魔崇拝で、小児性愛はつけ足しです。

もちろんすべてはQアノンのデマです。
Qアノンが敵に対して悪魔崇拝者のレッテル張りをするということは、Qアノンは政治勢力というより宗教勢力だということです。
「陰謀論」という言葉も適切ではありません。「ディープステートが国を支配している」というのは、Qアノンの「教義」というべきです。

トランプ大統領のコアな支持層は福音派という宗教勢力だとされています。Qアノンはそのさらにコアな支持層で、カルト集団みたいなものです。

そうすると、トランプ大統領はQアノンにとってなにかというと、ウィキペディアには「秘密結社と戦っている英雄」と書かれていましたが、「英雄」というより「救世主」というべきでしょう。
つまりQアノンはトランプ大統領を救世主として崇拝するネット上の宗教勢力で、民主党などを悪魔崇拝者として攻撃しているということになります。


こういう宗教勢力が生まれたのは、トランプ大統領の言動にカリスマ性があったからです。
トランプ大統領が言い続けたのは「アメリカは偉大だ」と「私は偉大だ」ということです。
こういう言い方がカリスマ性を高めます。

トランプ大統領の言葉は教祖が語る宗教の言葉なので、いちいちファクトチェックをしても意味がありません。
教祖は奇跡も行えるからです。
科学に従うのも教祖らしくありません。
「コロナウイルスは魔法のように消える」というのは、いかにも教祖らしい言葉でした。

しかし、トランプ大統領に奇跡を行う力はなく、日々の感染者数は増え続け、それがためにトランプ大統領のカリスマ性は失墜し、大統領選挙で落選する結果となりました。


ただ、アメリカはきわめて宗教性の強い国家で、今でも多くの州の学校で進化論を教えることができませんし、アメリカ国歌「星条旗」には「神」という言葉がありますし、大統領は議会での演説の最後に必ず「God bless America」と言いますし、大統領就任式では必ず左手を聖書の上に置いて宣誓します。同性愛差別、人工中絶禁止などの保守派の主張も宗教的価値観からきています。クリスマスに「メリークリスマス」と言うか「ハッピーホリデーズ」と言うかは大きな政治的争点です。

日本のメディアはアメリカを宗教国家と見なすことをタブーとしているので、Qアノンの実態も見えてきません。
トランプ大統領やQアノンの主張は宗教だと考えれば、「嘘だ」とか「事実に反する」と批判するのは的外れで、むしろ「政教分離」の観点から批判するべきだということになります(あるいはキリスト教の権威による「異端審問」も)。

宗教勢力は今後もトランプ大統領を教祖として担いでいこうとするでしょう。
あるいは、司法当局の追及や民事訴訟やマスコミの報道などでカリスマ性が失われていくかもしれません。



ところで、日本におけるトランプ支持者の多くは、統一教会系「ワシントン・タイムズ」と法輪功系「大紀元(EPOC TIMES)」の情報をよりどころにしているということですし、日本でトランプ支持デモを主催しているのは統一教会や幸福の科学だということです。
新宗教やカルトの人たちはトランプ大統領のカリスマ性にひかれるのでしょう。
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1月17日の福岡のデモに登場した“トランプみこし”(「水木しげるZZ」のツイートより)

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菅義偉首相の新型コロナ対策が後手後手になるのは、東京オリンピック開催のためだとか、観光業界利権を持つ二階俊博幹事長への忖度のためだとか言われていますが、もうひとつ納得がいきません。
内閣支持率が下がってからバタバタと動くのなら、どうしてその前から動かないのでしょうか。

そうしたところ、菅首相はスマホではなくガラケーを使っているということがわかりました。
「選択」1月号の『「孤立の宰相」菅の余命』という記事にこう書かれています。

十二月十三日の毎日新聞朝刊が決定打となった。内閣支持率は前月と比べて十七ポイント減の四〇%、不支持率は四九%となり、支持、不支持が逆転した。「勝負の三週間」が終わる前に状況は暗転した。慌てた菅は方針転換に動く。十四日午後、自民党幹事長二階俊博の携帯電話が鳴った。ともにガラ携を使うツートップの電話会談で菅が一方的に結論を伝えた。
「GoToを全国で一時停止させることにしました。これから官邸でそのための協議に入ります」
二階は短く返事をした。
「総理がお決めになったのならやむを得ない」
https://www.sentaku.co.jp/articles/view/20597

菅首相も二階幹事長もガラケーなのです。
二人の年齢を考えれば、ガラケーであってもおかしくありません。
ただ、菅首相はデジタル庁をつくって行政のデジタル化を推進することと携帯料金の値下げを政策の大きな柱にしていましたから、意外な感じもします。

検索すると、菅首相がガラケーを使っていることは、少なくとも読売新聞と神奈川新聞が記事にしていましたから、国家機密というわけではありません。

菅首相はパソコンも使っていないようです。「菅首相 パソコン」で検索しても、菅首相がパソコンを使っているということはまったく出てきません。

菅首相には公式ホームページがあり、公式ツイッター、公式インスタグラム、 公式ブログ、公式フェイスブックもあります。公式ツイッターはけっこう頻繁に投稿されていますが、活動報告みたいなものがほとんどです。
すべて事務所のスタッフが運営しているのでしょう。

菅首相の毎朝のルーティンに散歩や新聞のチェックなどはありますが、「パソコンで情報をチェック」というのはありません。


少し前まではパソコン、スマホが使えなくてもたいして問題視されませんでしたし、高齢者であればなおさらです。
しかし、今の時代、とくに政治家においては、ネットの情報に接していないのは致命的です。

とりわけ菅首相のような立場になると、耳に痛い情報というのは誰も上げてこなくなります。
自分でマウスを操作してネットサーフィン(古い?)をすれば、たとえばヤフコメ欄などで否応なくそうした情報が目に入ります。


ちなみに森喜朗元首相もガラケーのようで、東京五輪・パラリンピック組織委員会の職員に対する年頭あいさつを行ったという記事に、こんなことが書かれていました。
先日、森会長は「不安はまったくない。(五輪を)やることは決まっている。準備はほとんど終わっている。どうして7月のことを今議論するのか」と開催への自信を示したが、世間からの反発は強く「うちの家内がスマホばかりみているんですが、私の悪口ばかりだったそうです。『森は何を考えているのか、バカじゃないか』と。菅さん以上に悪口ばかり。こんなのは長い人生で初めて。森内閣でもこんなに酷くなかった」と苦笑いを浮かべた。
https://www.daily.co.jp/general/2021/01/12/0013999863.shtml
森元首相は奥さんのスマホを通してネットの情報に接して、多少は世の中の空気を理解しました。

もちろんネットの論調は偏っているので、うのみにしてはいけません。偏っていることを知って、頭の中で修正する必要があります。

菅政権のコロナ対応が後手後手であるのは、菅首相と二階幹事長がネット音痴であることでだいたい説明がつきます。

とくにイギリスで感染力の強いウイルスの変異種が発見されて、日本に入ってくることが懸念されているときに、政府は11の国と地域とのビジネス往来を止めませんでした。菅首相は1月8日に報道ステーションに出演したときも、「(相手国の)市中で1例でも発生したら止める」と言って、すぐに停止するとは言いませんでした。
新聞やテレビはこの問題をそれほど重視していませんでしたが、ネットではすぐに止めるべきだという声が圧倒的でした。
とくに菅政権のコアな支持層が強硬に主張していました。
しかし、ネット音痴の菅首相にはそうしたことがわからなかったのでしょう。

結局、菅首相は13日の記者会見でビジネス往来の一時停止を発表しました。
ネット音痴であるがゆえに後手に回った典型例です。


安倍前首相はネットの世論をきわめて気にして、うまく対応していました。
ただ、そのために安倍前首相自身がネトウヨ化してしまいましたが。
モリカケ桜問題で強気の対応を貫けたのも、ネットである程度支持されていたからでしょう。
しかし、アベノマスクと星野源コラボ動画では圧倒的に批判されました。
いや、批判されたというより、バカにされ、嘲笑されました。
安倍前首相が辞任したのは、その精神的ダメージが大きかったからではないでしょうか。


ともかく、今の時代にネット音痴では政治家は務まりません。
菅首相は今からでもスマホを購入して(ガラケーと併用でいいので)、ネットで自分や自分の政策がどう評価されているかを知るべきです。
もっとも、支持率の低下した今の段階では、悪口ばかり目にすることになって、安倍前首相のように辞任したくなるかもしれませんが。

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官邸ホームページより

菅義偉首相は1月7日、緊急事態宣言を発出することを表明しましたが、例によって後出し、小出しの対策です。

すでにいろいろ批判されていますが、根本的な問題として、菅首相は平気で会食を続けていたように、新型コロナウイルスに対する危機感がないのでしょう。

それから、首相就任時に「感染症対策と経済の両立」と言ったのも問題でした。
感染症対策は入院や隔離生活みたいなもので、元気に働くこととは両立しません。
最初に入院して十分な治療を受けて、健康体になってから働く――つまり徹底した感染症対策で台湾やニュージーランドみたいに完全に抑え込むのが、経済を回すための正しいやり方でした。
あるいは、アメリカやブラジルやスウェーデンみたいに経済を止めないというやり方もあるかもしれません。その場合は感染者が増えるので、医療崩壊しないように医療体制を徹底的に強化することが必要です。
日本は感染症の抑え込みが中途半端だったために感染の拡大を招き、医療体制の強化も中途半端だったために、医療崩壊の危機に瀕しています。
菅首相が「感染症対策と経済の両立」という間違った目標を立てたのが最大の失敗です。


私は菅首相のキャラクターや発想法に興味があって、菅首相の記者会見を改めて見てみました。

菅首相の記者会見の動画と書き起こし文は、官邸ホームページで見ることができます。

令和3年1月7日 新型コロナウイルス感染症に関する菅内閣総理大臣記者会見

菅首相はいつものように原稿棒読みですし、記者との質疑応答もあらかじめ決められていたのが明らかです。

緊急事態宣言とまったく関係ない質問をする記者がいました。2月にバイデン次期米大統領に会うときに核兵器禁止条約にどのような方針で臨むかという質問です。
これに対して菅首相はほとんど下を向いて紙を読みながら答えていました。
つまりこの記者が指名されて、この質問をすることは決まっていたのです。
ほかに「感染症対策をする上で“憲法の壁”みたいなものを感じることはないか」という質問をする記者もいて、菅首相はやはり紙を読みながら答えていました。

国民は緊急事態宣言について知りたいと思っているのに、官邸と記者がなれ合って、時間つぶしの応答をしているのです。

細かいことですが、菅首相は冒頭発言の最後に「今一度ご協力を賜りますことをお願いして私からの挨拶とさせていただきます」と言ったので、「記者会見は挨拶だったのか」とか「パーティと勘違いしている」などのつっこみが入っています。
ここだけ原稿から目を離して自分の言葉でしゃべったようです。

細かいことついでにもうひとつ言うと、会見の最後で秘書官が「次の日程がございますので」と言って会見を終了させたのですが、「日程」というのは「一日の予定」のことですから、ここは「次の予定」というのが正しい日本語です。
安倍首相のときに、むりやり会見を打ち切るのに秘書官が「外交日程があるので」とデタラメを言って、それが慣習となって「日程」という言葉が使われるようになったのですが、官邸のスタッフが日本語を乱してはいけません。


緊急事態宣言についてわからないことがいっぱいあります。
これは、菅首相自身が感染症対策のことをよくわかっていないということもありますが、菅首相がわざとわかりにくくしているということもあります。

菅首相は1月4日の年頭記者会見で、「国として緊急事態宣言の検討に入ります」と表明しました。
「検討に入る」であって、「宣言する」とは言っていないのです。
ただ、このときの報道は宣言することを前提としたものばかりでしたし、実際に宣言はなされました。
つまり菅首相は、ほんとうは宣言することを決めているのに、「検討に入ります」という言い方をしたのです。

「宣言することを決めました。7日に具体策を発表し、8日から実施します」と言えばわかりやすく、国民も心構えができますし、企業もリモートワークの段取りなどができます。
「検討に入ります」という言い方では、国民は宣言しないかもしれないと思って不安になりますし、準備もできません。

しかし、これこそが菅首相のねらいです。
ぎりぎりまで決定を延ばすことで周囲を振り回し、自分に決定権があることを思い知らせるのです。


緊急事態宣言の期間は1か月後の2月7日までとされましたが、誰も1か月で終わるとは思わず、どこまで感染が減少すれば解除になるのかが気になるところです。
ある記者も「取り組む国民の一体感のためにも、科学的な数値目標を示すことが必要ではないか」と質問しました。
しかし、菅首相も尾身茂会長も具体的な数値は言いませんでした。
西村担当相は、緊急事態宣言解除の基準として東京都で新規感染者数が500人以下という数字を示しましたが、首相が同調しないのではあまり意味がありません。

つまり全国民が緊急事態宣言はいつどうなれば解除されるのかわからないという状態に置かれているのです。
これも菅首相の意図したものです。
宣言の解除を決めるのは菅首相なので、全国民が菅首相の意向に振り回されるのです。


緊急事態宣言は一都三県が対象で、大阪や愛知は対象外です。
一都三県の感染者数が多いといっても、それほど違うわけではなく、これもわかりにくいところです。

菅首相は4日の年頭記者会見のときから一都三県、とくに東京都が飲食店の営業時短をしなかったことが問題だと、しつこいくらいに述べています。

12月の人出は多くの場所で減少しましたが、特に東京と近県の繁華街の夜の人出はあまり減っておりませんでした。
   *
1都3県について、改めて先般、時間短縮の20時までの前倒しを要請いたしました。
   *
北海道、大阪など、時間短縮を行った県は結果が出ています。東京といわゆる首都3県においては、三が日も感染者数は減少せずに、極めて高い水準であります。1都3県で全国の新規感染者数の半分という結果が出ております。
   *
北海道、大阪など、これは時間短縮、こうしたことを行った県では効果が出て、陽性者が下降してきております。ただ、東京とその近県3県が感染者が減少せずに高い水準になっているということもこれは事実であります。
   *
まず、東京都とその近県で12月の人出があまり減らなかったということです。また、三が日も感染者数は減少しないで、極めて高い水準になっている。
   *
全国でこの2週間、1都3県だけで約半分になっています。こうした状況を見て、政府として、4人の知事の要望も判断の一つの要素でありますけれども、全体として見れば、やはり首都圏だけが抜きん出て感染者が多くなってきている。ここについて危惧する中で行っていきたい。それで判断をしたということであります。
https://www.kantei.go.jp/jp/99_suga/statement/2021/0104kaiken.html
菅首相の狙いは“分断支配”です。
支配下を「よいグループ」と「悪いグループ」に分けて、競わせようというわけです。

実際のところは一都三県だけに問題があるわけではなく、大阪や愛知も感染者が増加しています。
菅首相がむりやり分断しているだけです。

菅首相はGoToトラベルを開始するときも東京都発着だけ除外するということをして、「わかりにくい」と批判され、混乱を招きましたが、これも得意の“分断”でした。


また、決定がつねに“唐突”です。
GoToトラベルの開始は、当初は8月中旬が予定されていましたが、7月10日に突然7月22日から実施すると発表され、準備不足から混乱が起きました。
そして、GoToトラベルを一時停止するときも、菅首相は12月11日にニコニコ動画において「まだそこは考えていません」と言ったのに、政府は14日夜に28日から全国一斉に停止すると発表しました。このときも準備不足から混乱が起きました。


菅首相の権力行使のやり方は「説明せず、分断し、唐突に」決定するというものです。
なぜそんなやり方をするかというと、自分の権力を最大化するためです。
菅首相の周りはつねに振り回されます。そうならないようにするには菅首相の意向を忖度して先回りしなければなりません。


新聞読み芸人のプチ鹿島氏は菅首相の『政治家の覚悟』という本を読んで、「話題の菅総理本『政治家の覚悟』をプチ鹿島が読んでみた…収録されている“実はヤバい部分“とは?」という記事を書いていますが、その中で菅首相のことを「権力快感おじさん」と名づけています。
菅首相は気に入らない部下や自分に逆らった部下を更迭した体験を自慢げに書いていて、そうした権力行使に快感を感じているというのです。

日本学術会議の6人の任命拒否問題も、菅首相にとっては快感なのでしょう。


宣言解除の具体的な目安が示されれば、国民もやる気が出ますが、そうすると首相の裁量の余地が狭くなります。
菅首相が権力の快感を味わうために、国民は分断され、五里霧中の歩みを強いられているというわけです。

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ヘイトスピーチ、誹謗中傷、自粛警察、感染者差別など、社会から寛容さが失われていると感じる人は多いでしょう。
では、寛容さを取り戻すにはどうすればいいかというと、誰もその方法を示すことができません。

ヘイトスピーチをする人に対して、「マイノリティに対して寛容になるべきだ」と主張すると、「その主張はヘイトスピーチをする人に対して寛容ではない」という反論がしばしばなされます。
これは「寛容のパラドックス」と言い、カール・ポパーが名づけました。
ポパーは「寛容な社会を維持するためには、社会は不寛容に不寛容であらねばならない」という結論に達しましたが、見た目が矛盾しているので、この論理で社会を寛容にするのは困難です。

しょっちゅう夫婦喧嘩をしている人は寛容さが足りないといえるでしょう。
本人が寛容さが足りないことを自覚して、寛容になろうとしても、具体的にどうやればいいかわからないので、なかなか夫婦喧嘩も止められません。

「寛容」を国語辞典で引くと、「心が広くて、よく人の言動を受け入れること。他の罪や欠点などをきびしく責めないこと」とありますが、漠然としています。

ウィキペディアによると、「寛容」という概念は、ヨーロッパで宗教改革が起きて宗教対立が激化したために重要視されるようになったということです。
その後、宗教対立以外にも広く寛容のたいせつさが説かれるようになり、宗教的寛容と道徳的寛容として区別する考え方もあります。
日本では宗教対立はそれほど深刻でなかったので、もっぱら道徳的寛容という意味で「寛容」という言葉が用いられていることになります。


道徳的寛容の典型的な物語は「レ・ミゼラブル」(ヴィクトル・ユーゴー著)です。
主人公のジャン・ヴァルジャンはたった1個のパンを盗んだために19年間も服役し、すっかり心がすさんでいました。あるとき泊まった教会の司教は彼を暖かく迎えてくれましたが、彼は教会の銀の食器を盗んで逃げ出し、憲兵に捕まります。しかし、司教は「食器は私が与えた」と言って彼をかばい、さらに2本の銀の燭台も与えます。司教の寛容さに触れたジャン・ヴァルジャンは回心し、ここから長い物語が始まります。これは寛容の連鎖の物語です。

身近なことでよくあるのは、学生のカンニングが発覚して、規定によると単位取り消しで留年になるが、その学生は就職も内定していて、留年させても誰も得しないという場合、担当の教授がカンニングを不問にするというようなことです。
あるいは、商店で万引きした子どもが常習でもなさそうな場合、警察に通報しないで許してやるということもよくあります。

これらが典型的な寛容の例ですが、その特徴を一言でいうと「悪を許す」ということになります。
これは道徳や法律に反するので、社会的に許されません。

教授が学生のカンニングを見逃したことが公になれば、教授も学生もバッシングを受けます。誰も損していないといっても、カンニングをしないまじめな学生に対して不公平だということはあります。
万引きの子どもを見逃したことが知られると、「盗みはいけないことだとわからせるべきだ」といった批判が起きます。

つまり寛容というのは道徳と正面衝突するのです。
「寛容の美徳」という言葉があるので、寛容は道徳の一部と理解されているかもしれませんが、それは誤解です。

道徳というより勧善懲悪と言ったほうがいいかもしれませんが、どちらでもたいした違いはありません。

勧善懲悪は一般に物語の中の原理として理解されています。
有効に機能するのは物語の中だけだからです(もちろん有効に機能するように物語がつくられているのです)。

司法も勧善懲悪を採用しています。悪に対する対症療法として一時的には有効だからです。

マスコミも勧善懲悪を採用しています。読者や視聴者を満足させるからです。

しかし、対症療法だけでは病気が進行してしまうかもしれません。
根本療法(原因療法)が必要ですが、それに当たるのが寛容です。

寛容は心理カウンセリングに似ています。
悪から立ち直るのは本人の力によるという考え方です。
このやり方は、時間はかかっても事態を改善させます。
勧善懲悪は力でその人間を変えようとすることで、目先はうまくいっても、事態をさらに悪化させる可能性があります。

現在、少年法改正による厳罰化が進められようとしていますが、一方で少年の更生に厳罰化はよくないという声もあります。
これは勧善懲悪対寛容の構図と見なすと、よくわかるでしょう。


現在は勧善懲悪の原理が社会をおおっています。
寛容もたいせつなこととされますが、具体的に悪を許すことをすると、社会から非難されます。つまり総論賛成各論反対なのです。
ですから、カンニングや万引きを見逃すといったことは、あくまで隠れて行われています。

最近はマスコミやネットの議論が勧善懲悪の傾向を強めていて、寛容の実行がますます困難になっています。
寛容の復権を目指す人は、ポパーの「寛容な社会を維持するためには、社会は不寛容に不寛容であらねばならない」というようなおかしな理屈は無視して、勧善懲悪の原理を敵と見なして戦うべきです。

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