村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

2021年05月

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首相官邸ホームページより

東京五輪大会は、開催か中止かを決定する最終局面に入ってきました。
そのためささいな言葉が大きな波紋を呼びます。
高橋洋一内閣官房参与はツイッターで「さざ波」「屁みたいな」と発言したために辞任しました。
高橋氏は五輪開催に反対の声が強いことに危機感を持って、つい強い言葉を使ってしまったのでしょう。

高橋氏の言葉や去就はどうでもいいことですが、IOCのバッハ会長となるとそうはいきません。
バッハ会長は5月22日、「五輪の夢を実現するために誰もがいくらかの犠牲を払わないといけない」と発言し、「なぜ日本人が犠牲を払わないといけないのか」という強い反発を招きました。

「犠牲」発言も問題ですが、私は「五輪の夢」という言葉が引っ掛かりました。IOCの会長ともなれば、五輪の意義を大いに語るのかと思ったら、「五輪の夢」という意味不明の言葉だけです。これで日本国民を納得させるのはむりでしょう。

それよりももっと問題だと思うのは、バッハ会長の4月28日の発言です。
「歴史を通して、日本国民は不屈の精神を示してきました。逆境を乗り越えてきた能力が日本国民にあるからこそ、この難しい状況での五輪は可能になります」
https://www.huffingtonpost.jp/entry/ioc-bach_jp_608b8217e4b0c15313f23aec

この発言は日本人をリスペクトしているようですが、日本人に対して、日本人であることを理由に不利益を押しつけようとしているので、人種・民族差別です。
日本人をリスペクトしているのは、不利益を押しつけるための理由づけです。
菅首相がなにかのことに関して「アメリカ人は陽気で前向きだから、このきびしい状況も乗り越えることができるだろう」と言ったとしたら、アメリカ人を蔑視していると反発を買うでしょう。それと同じです。

ちなみに森喜朗氏が女性蔑視発言で組織委会長を辞任したとき、二階俊博自民党幹事長は「我々は男女平等で、ずっと子どもの頃から一貫して教育を受けてきた。女性だから、男性だからってありません。女性を心から尊敬をしております」と語りました。
女性にもいろいろな人がいて、尊敬できる人ばかりではありません。「女性を心から尊敬をしております」というのは、女性を十把ひとからげにしているので、女性差別です。


そして、IOCの最古参のディック・パウンド委員(79歳)は、週刊文春のインタビューに対して次のように語りました。
――日本の世論調査では今夏の開催に8割が否定的だ。

「昨年3月、延期は一度と日本が述べたのだから、延期の選択肢はテーブル上に存在しない。日本国民の多くが開催に否定的な意見であるのは、残念なこと。ゲームを開催しても追加のリスクはないという科学的な証拠があるのに、なぜ彼らはそれを無視して、科学的なことはどうでもいいと言うのか。『嫌だ』と言っているだけではないのか。開催したらきっと成功を喜ぶことだろう」
   ※   ※   ※
――日本の首相が中止を決めた場合はどうするか。 

「私が知っている限りでは、日本政府は非常に協力的だ。五輪の開催は、日本の当局、日本の公衆衛生当局、そしてオリンピック・ムーブメント(IOCなどの活動)が共有している決定だ。仮に菅首相が『中止』を求めたとしても、それはあくまで個人的な意見に過ぎない。大会は開催される」
https://news.yahoo.co.jp/articles/b6da971d6c93f9884a70bcef4929d1fe06955b34?page=2

このパウンド委員は英紙イブニング・スタンダードに対して、「(東京五輪は)予見できないアルマゲドンでもない限り実施できる」とも語っています。

また、ジョン・コーツ副会長は5月22日、「緊急事態宣言下であってもなくても開催できる」と発言し、緊急事態宣言下で自粛生活をしている日本人の神経を逆なでしました。

これら
IOC側の意見を聞いていると、日本人を見下して、日本人の意志を完全に無視していることがわかります。
菅首相の意志までも無視しています。これは国家主権の無視としか思えません。
国民から反発の声が上がったのは当然です。

ところが、政府関係者や組織委などから反発の声はほとんど上がりません。どうやら日本は
IOCに完全に牛耳られているようです。

菅首相は三度目の緊急事態宣言を発出するに当たっての4月23日の記者会見で「東京五輪の開催はIOCが権限を持っています」「IOCは開催することを決定しています」と語りました。
5月10日の参院予算委員会で蓮舫議員から「主催国の内閣総理大臣が延期や中止をいえる権限はないのか」と聞かれると、菅首相は「選手や大会関係者の感染対策をしっかり講じた上で、安心して参加できるようにするとともに、国民の命と健康を守っていくのが政府の基本的な考え方だ」と何度も繰り返しました。

首相に権限がないはずがありません。その気になれば、感染対策やテロ対策を理由に入国制限をするなどの方法で簡単に五輪開催をつぶすことができます。
いや、そんなことをしなくても、菅首相が公然と五輪中止を
IOCに要求すれば、IOCが開催を強行できるはずがありません。

日本はアメリカの属国だとよく言われますが、“I
OCの属国でもあったようです。
そのことは次の記事からもよくわかります。

東京五輪 大会関係者大幅削減も“五輪貴族”3000人は削れず「必要不可欠な人材」
 東京五輪・パラリンピック組織委員会は26日、都内で理事会を開催し、残り2カ月を切った大会開幕に向けて、準備状況などを報告した。

 延期前の18万人から7・8万人まで大幅に削減した来日大会関係者についての内訳を公表。ゲストやスタッフ、国際連盟や放送関係者、プレスの削減には成功したものの、オリンピックファミリー3000人、各国オリンピック委員会(NOC)1万4800人、パラリンピックファミリー2000人、各国パラリンピック委員会(NPC)5900人の人数は延期前の数字が維持されていた。

 “五輪貴族”とも呼ばれるIOC委員らの数が減らせなかったことについて、武藤事務総長は「もともとこれらの人達は大会運営のために必要不可欠な人材であることがほとんど。現時点では代えることができない」と、説明した。
https://news.livedoor.com/article/detail/20261353/

さらに週刊文春は、バッハ会長は天皇に会わせろと要求していたという記事を書いています。

「天皇に会わせろ」バッハよ、何様だ IOC委員は小誌に「菅が中止を求めても開催する」【全文公開】

これに対してIOCはGHQかという声が上がっています。
ということは、バッハ会長はマッカーサーです。

アメリカの属国であるのは、安全保障のためという理由づけができなくもありませんが、“IOCの属国”である理由は説明が困難です。
IOCは利権の元締めで、日本の五輪関係者は利権のおこぼれにあずかるという関係なのでしょうか。


自民党は“属国慣れ”しているので、“IOCの属国”としてふるまうのに大して抵抗がないようです。
しかし、東京五輪大会を開催すると、IOCは放映権料でもうかるでしょうが、日本は感染が拡大して人命が失われ、自粛生活が長引いて経済的損失が甚大です。
日本は、第二だか第三だかの敗戦にならないようにしなければなりません。

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丸川珠代五輪相は5月11日の記者会見で、五輪開催の意義について問われ、「コロナ禍で分断された人々の間に絆を取り戻す大きな意義がある」と述べたところ、「意味不明」「精神論はやめろ」などの批判が殺到しました。
そのため丸川五輪相は14日に「絆」の意味を補足して、「特別な努力をした人たちの輝きが勇気を与えてくれる。と同時に、私たちが勇気を持って一歩進み、社会の活動を進めていく具体的な後押しになるという思いです」と述べましたが、ますます意味不明と批判されました。

「安全安心な大会」などと言っていますが、実際はコロナ下で危険を冒して開催するのですから、それに匹敵する意義が必要です。

五輪招致の時点では「復興五輪」といって、東日本大震災から復興した日本の姿を見せるという意義が示されました。
新型コロナウイルスのために一年延期になった時点では、「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証」ということが言われました。

現在では、「新型コロナウイルスに打ち勝った証」とは言えないので、「努力したアスリートのために」とか「池江璃花子選手のために」などと各自が勝手なことを言っています。
丸川五輪相が「絆」と言ったのは、「自助・共助・公助、そして絆」が政治信条の菅首相にこびたのでしょうか。


東京五輪は別にして、オリンピックそのものには意義があります。
ただ、時代とともにそれは変遷してきました。

昔はオリンピックの理念というと、「より速く、より高く、より強く」ということが必ず言われたものですが、最近はまったく言われません。今もオリンピック憲章には書かれているのですが。
この言葉の背後にある進歩主義思想が今は評価されないからでしょう。

「オリンピックは参加することに意義がある」というクーベルタン男爵の言葉も最近はあまり言われません。
勝利至上主義を戒めた言葉と思われますが、最近は勝利至上主義、メダル至上主義が横行しているからでしょう。

アマチュアリズムも昔はオリンピックの重要な理念でしたが、1974年にオリンピック憲章からアマチュア規定が削除されました。
以来、商業主義がしだいに強まり、今ではオリンピックは巨額マネーの動く商業主義のイベントになりました。
日本が開催地に立候補したのも、要は利権のためです。


オリンピックは商業主義のイベントとして大成功しましたが、大成功したのは意義があったからです。
それはどんな意義かというと、案外認識されていないかもしれません。

ビッグなスポーツイベントは世界陸上、世界水泳、サッカーワールドカップ、アジア大会などいくつもありますが、オリンピックがそれらと違うのは、ほとんどすべての種目を網羅する総合スポーツ大会であることです。
そして、世界のほとんどの国が参加します。
そのために、各国の総合スポーツ力が順位づけられます。

国の総合スポーツ力というのは国力の有力なバロメーターです。
国力を見るにはGDPのほうが正確ですが、GDPは無味乾燥な数字です。
スポーツは闘争や競争であり、勝ち負けがあるので、人々は興奮します。
個々の勝ち負けがメダルになり、最終的にメダルの数の多さで国の優劣が決まります。

ですから、オリンピックほどナショナリズムや愛国心の高揚するイベントはほかにありません。
戦争はもっともナショナリズムの高揚するイベントですが、オリンピックはその次ぐらいの位置づけになります。

古代ギリシャでは、戦争をしていても、オリンピックが開催されるときは休戦する習わしでした。
そのために「平和の祭典」と呼ばれますが、古代オリンピックの種目は、短距離走、長距離走のほか、戦車競走、円盤投げ、やり投げ、レスリング、ボクシングなど、戦争に関わるものがほとんどなので、当時の人々は戦争もオリンピックも同じ感覚でやっていたのではないでしょうか。
そういう意味では、「平和の祭典」というより「疑似戦争」といったほうがいいかもしれません。

近代オリンピックも、表彰式には必ず国旗掲揚と国歌演奏を行い、各国のメダル獲得数を明示して、ナショナリズムを高揚させる演出になっています。
ほとんどの人は、自国の選手がメダルを獲得するか否かに関心があって、メダルを獲得すると熱狂しますが、スポーツの中身にはあまり関心がありません。


このように近代オリンピックは「疑似戦争」として各国の国民のナショナリズムを刺激することで商業主義的な成功を収めたわけです。


私は「疑似戦争」という言葉を使いましたが、これは決して悪い意味ではありません。「疑似戦争」では人も死にませんし、家も壊れません。「本物の戦争」とは天と地ほども違います。
ですから、「疑似戦争」を「平和の祭典」と呼んで楽しむのは悪くありません。
ナショナリズムの部分を嫌う人もいますが、多くの人はナショナリズムの高揚感が好きなものです(ナショナリズムは「拡張された利己主義」だからです)。


ともかく、オリンピックは多くの人が興奮できる楽しいお祭りなのですが、今回はコロナとの戦いの真っ最中です。
オリンピックを開催したからといって、コロナとの戦いは休戦になりません。

現在、スポーツ大会は無観客や観客制限で開催されつつありますが、各地のお祭りはほとんどが中止になっています。
コロナ下では、お祭りをやってもお祭り本来の楽しさがないからです。

オリンピックが純然たるスポーツ大会なら、厳密な感染防止対策のもとで開催する意味はありますが、実際のところは、オリンピックの意義は、ナショナリズムの高揚感を味わうお祭りだということにあります。

コロナ下でお祭りを強行開催するということはありえません。

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菅義偉首相は5月7日の記者会見で、11日までの予定だった緊急事態宣言を31日まで延長すると表明しました。
菅首相は「短期集中」という言葉がお気に入りだったようですが、短期だから集中できるというものでもありません。
そもそも感染減少が目的なのですから、1日の新規感染者数何人以下とか病床使用率何%以下という目標を決めて、それを達成すれば解除とするべきなのに、そうした目標や基準はなにもなく、解除の日付けだけ決めるというのが根本的に間違っています。

今回、31日まで延長と決まりましたが、この日付けも無意味です。
したがって、今後の展開は、感染状況を見て各自が判断しなければなりません。


まん延防止等重点措置が4月5日から大阪・兵庫・宮城で始まり、12日から東京・京都・沖縄に拡大され、25日からは非常事態宣言が東京・大阪・京都・兵庫に発令されて現在に至りますが、感染は抑制されるどころか、逆に拡大する傾向が見られます。
連休の反動ということも考えなければいけませんが、新規感染者数は8日が7244人、9日が6492人と、第4波が始まって一番目、二番目に大きい数字となっています。

緊急事態宣言下で感染が拡大するというのは深刻な事態です。
これはイギリス型変異ウイルスのせいでしょう。

イギリスでは、昨年3月に1回目のロックダウンをし、夏ごろにはかなり感染を抑え込んだのですが、9月ごろから急拡大して、11月から再びロックダウンになりました。
ただ、現在は感染は減少し、ロックダウンは段階的に緩和されつつあります。
強力なロックダウンに加えて、ワクチン接種が急速に進んだからです。

日本には強力なロックダウンもありませんし、ワクチン接種も進んでいません。

なお、「テレ朝ニュース」の「抑え込んでいたのに…モンゴルで感染急拡大」という記事によると、モンゴルでもイギリス型変異ウイルスのために感染が急拡大し、インド以上に深刻な状況になっているそうです。

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東アジアには“ファクターX”があって、ヨーロッパみたいに深刻にならないという説がありましたが、モンゴルの状況を見ると、その説は捨て去らなければならないようです。

日本でもイギリス型が大阪から東京へと広がっています。
このままでは、5月31日の宣言解除はもちろん、東京五輪開催も不可能です。

コロナとの戦いは長期戦を覚悟しなければなりません。

そうすると、飲食業界などはますます苦境に陥ります。休業補償金や協力金を税金から出しつづけるのもたいへんです。
なにかいい方法はないでしょうか。



現在、緊急事態宣言下では、飲食店は20時までの時短営業に加え酒類の提供禁止となっています。
酒類提供禁止のために居酒屋などは実質営業不可能ですし、一般の飲食店の経営にも響きます。

私は夕食時にはいくらかの酒を飲むのが習慣なので、レストランなどで夕食をとるときに酒がないと困惑します。
一杯のビールかハイボールかグラスワインがあるだけで、食事の楽しさが断然違います。
割増料金を払えばお酒が飲めるという制度にすれば、いくらまでなら払うかと考えました。
どうせビール一杯だけなので、2割増し、3割増しぐらいは平気ですし、2倍でも払うかもしれません。

かりにレストランで酒類の価格を2倍にして、従来の半分の注文があったとすれば、店の売り上げは同じで、原価が少ない分、利益は増大します。
そして、酔っぱらって大声で話すような人もへりますから、感染防止にもなります。

居酒屋でも同じやり方が可能です。

たとえば東京都は、飲食店に対する時短営業要請も酒類提供禁止もやめて、酒類価格を2倍にするという要請だけします。
そうすれば、客数はへり、酒類の消費もへるので、感染リスクは下がりますが、店の収益はある程度維持できます。
酒類の消費があまりへらなければ、酒類の価格を3倍にすればいいわけです。

つまり、価格メカニズムを利用して入店の人数と酒類の消費を抑制し、感染防止をしつつ、店の収益も維持しようということです。

不当値上げだと怒る客がいるかもしれませんが、酒類提供禁止よりはましです。
それに、払ったお金は苦境にある飲食店のためになるので、払い甲斐もあるはずです。


価格メカニズムを使うことはイベント関係でも可能です。

イベント関係では入場者の制限が行われています。
あるコンサートの入場者を半分にするなら、ファンの数は同じでチケット数はへるのですから、チケット価格は上がって当然です。
これまでは人数制限は一時的なことだと考えられてきたので、料金に手はつけられませんでしたが、これが長期化するなら、チケット代を値上げして収益を確保するのは当然のことです。
チケット価格を従来より高く設定すれば、自然と入場者がへるので人数制限をしたのと同じことになり、それでいて収益はあまりへりません。

それにしても、人を動かすのに価格メカニズムを利用するということに頭が回らない人も多いようです。
緊急事態宣言下、国と東京都は首都圏の鉄道各社に運行本数をへらすように要請しましたが、実際に本数がへると車内が混雑して不満が噴出し、結局通常の本数に戻しました。
電車の本数がへれば人流もへると思ったのでしょうが、まったくバカな考えです。
こういうときこそ価格メカニズムを利用するべきです。
人流をへらしたいなら運賃を高くすればいいのです。そうすれば確実に利用者はへります(定期券を持っている人が多いので、実際にはむずかしいでしょうが)。


価格メカニズムによる行動は合理的なものなので、「短期集中」だの「気のゆるみ」だのといった精神論による不快感がありません。
「コロナ割増料金」という考え方が広く世の中に受け入れられれば、飲食店やイベント関係業者が救われます。

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「菅総理は岸防衛大臣に、都内に新型コロナワクチンの大規模接種センターを設置するよう指示した」というニュースがありました。
この接種センターで自衛隊の医官や看護官が1日1万人の高齢者にワクチン接種を行うということです。

このニュースを聞いたとき、いろいろな疑問がわきました。

まず、菅首相が指示する相手は岸防衛大臣ではなくて河野ワクチン担当大臣ではないのかということです。ワクチンに関することは河野ワクチン担当大臣に一元化したはずです。

それから、ワクチン接種が遅々として進んでいないのは事実ですが、ワクチンは日本に届いているのに接種する人や場所が足りないために進んでいないという報道は目にしません。まだ日本に届く量が少ないのではないでしょうか。

ワクチン接種は自治体がやっていて、そこに国が加わることになりますが、国と自治体の連携はうまくいくのか心配です。

自衛隊の医官や看護官を集めるといっても、それぞれ仕事をしているのですから、本来の業務が手薄になるのではないかということも気になります。

大規模な会場に人が集まったら「密」になるのではないかとも思います。


こういう疑問を持っていたら、「アエラドット」の「菅総理”乱心”でワクチン1万人接種センターぶち上げ クラスター、人手不足など問題山積み」という記事を読んで、すべて腑に落ちました。

 遅々として進まない高齢者(約3600万人)のワクチン接種に業を煮やした菅義偉総理は1万人が接種できる大規模接種センターを東京都などに設置するよう指示した。期間は5月24日から3カ月間だという。28日には東京都千代田区大手町の合同庁舎に設けられた接種センターのガランとした映像がマスコミに公開された。

「菅総理は国政選挙で3連敗して以降、乱心気味です。人気挽回策として側近の官邸官僚・和泉洋人総理補佐官と北村滋国家安全保障局長のトップダウンで大規模接種センター案が唐突に決まりました。厚生労働省の田村憲久大臣は蚊帳の外。関係省庁との調整は全くなされていない状態でマスコミにリークされ、話が進んでいます。全国的なコロナ蔓延で東京五輪開催に対し、国民の風当たりが強い。ワクチン接種にしか支持率回復の望みを持てない菅政権の焦りのあらわれです」(厚生省関係者)

 大阪、兵庫、京都などにも65歳以上の高齢者を中心に1日約5000人が接種できる大規模センターを政府が設置するという。

 そもそもワクチン接種は「予防接種法」で住民票のある市区町村で受けるのが原則だ。実施主体は市町村とされており、各自治体でようやく接種予約が始まったばかり。政府が接種に乗り出すというのは極めて異例の判断だ。

「政府が直営で1日1万人規模の接種を行うとぶち上げましたが、接種する人員をどう確保するか。自衛隊の医師を活用するというが、全国で約1000人しかいません。新型コロナの患者を受け入れている病院の通常の任務もあるのに、強引な要請です。防衛省と厚労省など関係省庁の調整も進んでいません。そして1日1万人分のワクチンをどうやって確保するのか。ファイザー製は在庫がないので、国内未承認のモデルナ製を使うという話ですが、5月24日設置に間に合わせるなんて性急過ぎます」(政府関係者)

 各自治体は苦心をしつつ様々な接種会場を確保し、人流の分散にも努めているが、今回のような1万人規模の接種会場となれば、クラスター発生のリスクが高まるという懸念もある。

「一か所に集めれば接種が進むだろうというのは、机上の思い付きに過ぎません。都内の高齢者を1日1万人単位で大手町に集めるというのは、外出抑制を促す政府の方針とも矛盾し、高齢者を感染リスクに晒すことになります。5月24日から始めるとぶち上げたが、準備期間がなさすぎる。ワクチン接種体制の確保といっても、注射ができる医療スタッフだけいればよいという問題ではない。会場整理の人員はもちろん、受付方法や動線の設定、ワクチンの配送・保管などロジの詰めも不可欠です。しかし、それらを誰が担うのか、人員をどう確保するのか。政府にはワクチン接種会場整備のノウハウが全くありません」(前出の厚労省関係者)

 菅官邸トップダウンの珍プランに防衛省、厚労省、内閣官房など関係省庁は頭を抱えているという。

要するに菅首相としては、1日1万人の大規模接種センターという派手な計画をぶち上げて人気取りをしたいのでしょう。そのために振り回される閣僚や官僚はたいへんです。

ところが、このことを報じるニュースはどれも表面的なことばかりです。そういうニュースしか目にしない人は、「菅首相はがんばってるなあ」という印象を持ったかもしれません。


菅首相はバイデン大統領と会談するため4月16日から18日にかけて訪米しましたが、そのおり、米ファイザー社のアルバート・ブーラCEOとの電話会談を行い、ワクチンの追加供給の要請をしました。
菅首相は「9月末までに供給されるめどがたった」と言いましたが、具体的な合意内容が発表されないので、ほんとうなのかと議論になりました。

このことで気になったのは、アメリカに行って電話会談をしたことです。
電話会談をするなら、日本にいてもできます。
テレビのコメンテーターも「わざわざアメリカへ行って電話する必要はない」と指摘していました。
ささいなことではありますが、釈然としない思いが残ります。

そうしたところ、「リテラ」が『菅と河野が嘯く「ワクチン9月完了で合意」は本当か? 実際はファイザーCEOに相手にされず、反故になった昨年の基本合意より弱い内容』という記事で、電話会談の経緯を書いていました。

当初、官邸は菅首相がアメリカ滞在中に、ワシントンでブーラCEOとの対面会談を実現させようと動いていた。しかし、わざわざアメリカに出掛けながら、ブーラCEOとの会談は「電話会談」に終わったのである。

 田崎氏は先の『ひるおび!』で、「菅首相は(コロナ対策もあり)ワシントンD.C.から動けず、ブーラCEOはニューヨークにいてワシントンに来てくれとは言えないので電話会談になった」などと説明していたが、実態はまるで違う。「対面で面会したい」と官邸サイドが要請するも、ファイザーには冷たくあしらわれ、対面での面会を拒否されただけだ。

 そして、菅首相がこの電話会談で、最低でも「9月末までに対象者全員の接種分供給の基本合意」を引き出そうとしたにも関わらず、ブーラCEOは結局、「協議を迅速に進める」としか言わなかったのである。

わざわざ会いに行ったのに面会を拒否されるとは、みっともない話です。
ファイザーのCEOと直接会って交渉すれば、「ワクチン獲得に奮闘する菅首相」の“絵”がニュース番組で流れて、人気取りになるという狙いだったのでしょうが、狙いすぎて空回りしました。

この記事が事実であるという根拠は示されていませんが、この記事によって「アメリカへ行って電話会談」という謎が解けたので、事実ではないかと思います。


菅首相は、有効なコロナ対策をするよりも「やってる感」を出すことを優先させたために、行政を混乱させたり、みっともない失敗をしたりしています。
しかし、そのことを指摘するメディアはごく一部です。

たとえば、ワクチン接種の優先順位は、最初に医療従事者、次に高齢者となっていましたが、医療従事者のワクチン接種が終わらないのに高齢者への接種を始めています。
これも、医療従事者と高齢者と両方接種したほうが「やってる感」が出るからでしょう。
しかし、ワクチンの供給量が同じなら、高齢者に接種した分、医療従事者への接種がへることになります。
救急隊員のワクチン接種を早く 「不安拭いきれない」
発熱した患者を救急車で運ぶなど、新型コロナウイルスへの感染リスクを抱える救急隊員へのワクチン接種が進んでいない。「第4波」に見舞われる中で、現場からは「早急な接種を」との声も上がる。
(中略)
すべての救急隊員と現場で救急活動をする一部の消防隊員は、医師や看護師、薬剤師、自衛隊員、検疫所職員などとともに、先行して接種を受ける「医療従事者等」として厚生労働省から位置づけられている。

 総務省消防庁によると、対象は全国で約15万3千人にのぼる。

 ただ、接種が順調に進んでいるとはいえない。

 約3千人が接種対象の横浜市消防局では、まだ開始時期が決まっていない。

 担当者は「早い接種を求める声もあるが、接種してくれる病院側の準備に時間がかかっているようだ」と話す。

 東京消防庁では4月下旬から接種が始まったが、まだ一部の消防署に限られる。
(後略)
https://news.yahoo.co.jp/articles/b77952dad660a9ef8f5b6392205e0848ef46398b

医療従事者は否応なく人と接触しますし、感染して現場を離脱すれば医療体制に響きます。
医療従事者に優先接種すると決めたのには理由があるのです。
しかし、高齢者と並行接種することを批判するマスコミはほとんどありません。

つまり「やってる感」の政治というのは、それを批判しないマスコミと表裏一体なのです。


「やってる感」の政治といえば、吉村洋文大阪府知事の右に出る人はいません。
吉村知事が「やってる感」を出したことは数々ありますが、ワクチンの話に絞ると、吉村知事は創薬ベンチャーのアンジェスや大阪大などオール大阪の力を結集して“大阪ワクチン”を開発すると宣言し、昨年6月には「僕が治験者の第一号になります」などと発言し、年内に10万、20万の供給が可能と言いました。
専門家は、そんな早くできるわけがないと言っていましたが、マスコミは吉村知事の話ばかりを垂れ流しました。
そして現在、実用化は2022年以降だとされています。
つまり吉村知事の言ったことはまったくでたらめだったのですが、吉村知事はほとんど批判されていません。

口先だけでバラ色の話をして人気を集め、その話が嘘になってもほとんど批判されないとなると、人間、味を占めるのは当然です。
吉村知事の「やってる感」の政治は、半分マスコミがつくったようなものです。


「やってる感」の政治を始めたのは、安倍前首相だと思います。
安倍前首相は、経済については、アベノミクスが2年ほどで限界に達してからは、新卒内定率、有効求人倍率、株価などよい数字だけを強調して、見せかけに走るようになりました。
外交についても、「外交の安倍」などと言われましたが、成果と言えるものはなにもありません。
とくに対ロシア外交は、北方領土は2島返還すらむずかしくなり、経済協力も進まず、最悪でしたが、安倍前首相はプーチン大統領と26回も首脳会談を重ねて、「やってる感」を演出しました。

マスコミはこうしたやり方をほとんど批判しませんでした。
安倍前首相のパフォーマンスが巧みだったこともあり、支持率の高い首相を批判するのはリスクが高いと判断したのでしょう。
その流れが今も続いているのだと思います。

菅首相が「やってる感」を出すのは、そこに政権の延命がかかっているので、必死のところです。
マスコミが「菅首相は見せかけばかりに走っている」などと批判すると、それは政権つぶしも同然なので、政権からの反撃も覚悟しなければなりません。

現在、それだけの覚悟を持ったメディアは「文春砲」しかないようです。


「やってる感」の政治は、うわべに力を入れる分、中身がおろそかになります。
大阪府の新規感染者数が東京を上回ったのはそのためでしょう(小池百合子都知事も「やってる感」を出すことではかなりのものですが)。

マスコミの覚悟が問われています。

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