村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

2021年08月

スクリーンショット 2021-08-25 224353
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会公式サイトより


東京パラリンピック大会開会式のテーマが「WE HAVE WINGS(私たちには翼がある)」だと知ったときは、いやな予感しかしませんでした。

翼あるいは空を飛ぶことをテーマにした曲は「翼をください」「この空を飛べたら」「翼の折れたエンジェル」など名曲ぞろいですが、どれも人間が空を飛べない哀しみを歌っています。
ところが、パラは「翼がある」です。大丈夫でしょうか。

パラリンピックの開会式はわりと好評でした。オリンピックの開会式と閉会式があまりにも悪評だったので、その反動もあったでしょう。関係者が「外野からの注文が少なかった」と言っていて、統一感があったこともプラスだったようです。


パラ開会式の中心にひとつの「物語」があります。
スタジアムのフィールドをパラ・エアポートという飛行場に見立て、各国選手団もそこに降り立つという設定です。
パラ・エアポートにはさまざまな飛行機が離着陸していますが、そこに「片翼の小さな飛行機」が登場します。NHKのナレーションによると、「翼がひとつしかありません。いつか空を飛ぶことを夢見ています」ということです。
片翼しかついていない車椅子に乗っているのは、公募で選ばれた13歳の和合由衣さんで、先天性の上肢下肢の機能障害があるということです。

少女の周りにはさまざまな個性ある飛行機が個性ある飛び方をしています。目の見えない飛行機は、テクノロジーと心の目で方向を定めて飛んでいるそうです。
「片翼の小さな飛行機にも飛びたい気持ちはあるものの、なかなか一歩を踏み出すことができません」というナレーションがあります。

少女はパラ・エアポートの外に出ます。そうすると、デコトラがやってきます。
「彼女は悩みを打ち明けます。トラックは悩みを笑い飛ばしました。彼女にぜひ紹介したい仲間がいるみたいですよ」というナレーションで、デコトラの中から布袋寅泰氏の率いるロックバンドが出てきて、演奏を始めます。バンドのメンバーは障害があって、障害があるなりの演奏の仕方をします。
それと同時にやはり障害のあるダンサーが出てきて、踊ります。
この演奏とダンスがたいへんすばらしく、「多様性」をよく表現しています。
感動したという人が多いのもうなずけます。

「物語」になっているのも成功しています。見ている人は結末はどうなるのだろうという興味で引き込まれます。

私もどういう結末かと考えました。
翼が片方しかなくては飛べません。腕のいい職人が“義翼”をつくってくれるのかもしれません。あるいは翼を半分切って、両翼にするという手もありそうです。誰か補助者が翼のない側をささえてくれていっしょに飛ぶのかもしれません。
あるいは、飛ぶことを諦めて、飛べない自分を受け入れるという結末もあるでしょう。

で、物語はどうなったかというと、仲間から勇気をもらった少女はパラ・エアポートに戻ってきて、仲間が照らしてくれる夜の滑走路で、仲間の手拍子に勇気づけられて走り出し、そして空を飛びます。

いったいどういう原理で空を飛んだのかわかりません。
ビデオを見返しましたが、やはりわかりません。
推理小説を読んで、読み終えても犯人がわからないみたいな気分です。

世の人々はあまり気にしていなくて、「勇気をもらって飛んだ」みたいな解釈で納得している人が多くいました。


調べてみると、東京オリパラ組織委の公式サイトの「パラリンピック開会式・閉会式」のページに説明が書いてありました。

パラリンピック開会式のテーマである「WE HAVE WINGS」に込めた思い。 人間は誰もが、自分の「翼」を持っていて、勇気を出してその「翼」を広げることで、思わぬ場所に到達できる。 その「翼」をテーマにした物語が始まります。 主人公は、「片翼の小さな飛行機」。 少女は、空を飛ぶことを夢見ています。ただ、翼が片方しかないということで、 空を飛ぶことをあきらめています。彼女は、自分にも本当は「翼」があることに気づいていません。

少女には最初から「翼」があったのです。
ただ、物理的(フィジカル)な翼ではなく、「心の翼」ということでしょう。
ということは、これは「精神力で身体の障害を克服できる」という精神主義の物語です。

ファンタジーの中だから奇跡が起こってもいいではないかという意見があるかもしれませんが、現実離れしたファンタジーにもメッセージがあって、それがわれわれの心に届いて感動が生まれます。
このファンタジーのメッセージはやはり「勇気で障害は克服できる」というものです。

パラリンピック大会という場で、障害者のミュージシャンやダンサーが多数出てきて、主人公の少女も障害者であるという状況で、「勇気で障害は克服できる」というとんでもないメッセージが発せられたのです。


障害者がみずからの努力で障害を克服してくれれば、周りの人間にとってこれほどありがたいことはないので、こういう物語は歓迎され、「感動ポルノ」と呼ばれます。
感動ポルノとは、「身体障害者が物事に取り組み奮闘する姿が健常者に感動をもたらすコンテンツとして消費されていることを批判的にとらえた言葉」と説明されます。

これは「片翼の小さな飛行機」の物語だけでなく、<東京2020パラリンピック競技大会開会式コンセプト>と題された次の文章にも感じられます。

WE HAVE WINGS

人生は追い風ばかりではありません。

前に進もうと思っても、なかなか進めない。

視界不良で、状況を掴めない。

ついにはその場で立ち止まり、うずくまる。

誰しもが、そんな逆風を何度となく経験します。

しかし、パラリンピックに出場するアスリートたちは知っています。

風がどの方向に吹いていようと、それを人生の力に変えられることを。

勇気を出して「翼」を広げることで、思わぬ場所に到達できるということを。

いよいよパラリンピックが始まります。

アスリートたちのパフォーマンスは、あなたにも「翼」があることを気づかせてくれるでしょう。

パラ・アスリートの活躍を「感動ポルノ」として消費することを宣言したような文章です。
パラリンピック大会運営の中心的な人たちがこうした考えなのでしょう。

障害は精神力では克服できません。
パラリンピック大会が間違ったメッセージを発するのは多くの障害者にとって迷惑です。
「片翼でも空を飛べるんだから、あなたも努力すればできる」と言われかねないからです。

「翼がある」はやはり根本的に間違っています。


ところで、「片翼の小さな飛行機」の物語は、飛べないで悩んでいた少女が、みんなの協力で“義翼”をつけてもらって、空を飛ぶ喜びを味わうという結末でよかったのではないでしょうか。
そのほうが感動的です。

army-60751_1920

アフガニスタンから米軍が撤退し、タリバン政権が復活する過程を見ていると、報道があまりにもアメリカ寄りなのにあきれます。

報道や論評の中で「民族自決(権)」という言葉を見たことがありません。
2001年に米軍がアフガンに侵攻し、タリバン政権を崩壊させ、カルザイ政権を成立させたのは、明白な民族自決権の侵害です。
したがって、米軍撤退とともにタリバン政権が復活したのは、本来の姿に戻ったことになります。
アメリカが20年にわたって多額の戦費を使い、約2500人の人的損害を出しながら、なにひとつ得るものがなかったのも、民族自決権を侵害した当然の報いです。

もっとも、アメリカがアフガンに侵攻したのは、9.11テロで痛手をこうむって、なにかの報復をしないではいられないという国民感情があるところに、タリバン政権が9.11テロの首謀者とされたオサマ・ビンラディンをかくまったので、タリバン政権が格好の標的になったからです。

世界もテロ被害にあったアメリカに同情していたので、民族自決権の侵害には目をつむったところがあります。
しかし、民族自決権の尊重は国際社会の大原則です。
大原則を破ったため、アメリカ人もアフガニスタン人も大損害をこうむりました。


それから、宗教に関する報道がほぼ皆無なのにも驚きます。
そもそもこれはキリスト教国であるアメリカがイスラム教国であるアフガニスタンを侵略し、支配したという出来事です。
2001年から2014年までアメリカとともにアフガンに駐留した国際治安支援部隊には43か国が参加しましたが、そのうちイスラム教国と見なせるのはトルコとアラブ首長国連邦だけです。
キリスト教とイスラム教の対立は根深いにもかかわらず、宗教対立という観点からの報道や論評を見たことがありません。

アメリカがアフガンに侵攻したとき、十字軍的意識がなかったとはいえないでしょう。
侵攻後、ビンラディンの捜索をまともにやろうとしなかったのは、ビンラディン逮捕は単なる侵攻の名目だったからではないでしょうか(ビンラディンは2011年に米軍特殊部隊が殺害)。
アメリカが2003年にイラクに侵攻したときも、イラクが大量破壊兵器を所有し、アルカイダと連携しているという理由がつけられましたが、どちらもアメリカのでっち上げでした。

つまりアフガン戦争もイラク戦争も、アメリカの侵攻の理由はいい加減です。
ということは、アメリカの侵攻の真の理由は、キリスト教国であるアメリカがイスラム教国を打ち負かし、支配するという十字軍意識によるものではないかということになります。
ただ、これについてはアメリカ人自身も半ば無意識かもしれません。
しかし、アフガン人やイラク人は意識しています。そのためにアフガン統治もイラク統治もうまくいきません。
米軍撤退とともに、あっという間にアフガン政府が崩壊したのも当然です。

しかし、ほとんどのマスメディアは、こうした宗教問題も民族自決権のことも取り上げないので、なぜアフガン政府があっという間に崩壊したのかさっぱりわかりません。


「かいらい政権」という言葉もメディアは使いません。
アメリカに忖度しすぎでしょう。

現在、アフガンから海外逃亡を目指す人が空港に押し寄せて混乱が起きていますが、今のところ混乱は限定的です(南ベトナム政権が崩壊したときはインドシナ三国から144万人の難民が出たとされ、一部はボートピープルになりました)。
かいらい政権が倒れるときはいつも起こることであり、フランスがナチスドイツから解放されたときはナチス協力者がひどい迫害を受けました。


新たなタリバン政権は、女子教育を認めないのではないかと懸念されています。
しかし、多くのイスラム教国ではイスラム法を理由に性差別政策を行っています。
サウジアラビアでは、女性は外出時はアバヤという顔をおおう服を義務づけられ、就労もきわめて制限され、自動車の運転はやっと最近認められてニュースになりました。それに、国王がすべてを支配する絶対君主制の国です。
しかし、サウジアラビアは親米国なので、こうしたことはあまり問題にされず、タリバン政権のことばかり問題にされます。

今後、タリバン政権が女子教育や女性就労の禁止などを行うとすれば、大いに問題ですが、これはアフガン国民が解決するべき問題です。外国が武力でなんとかする問題ではありません(タリバンが過激なイスラム原理主義になったのにもそれなりの理由があり、時間をかければ解決可能です)。



アメリカではアフガン政権崩壊を見て、米軍撤退が性急すぎたのではないかとバイデン政権への批判が起きています。
しかし、これは米軍撤退が早いか遅いかの問題ではなく、米軍が撤退するとすぐに崩壊するような政権しかつくれなかったという問題ですから、バイデン政権を批判しても始まりません。
アメリカ人自身もなにもわかっていないようです。

virus-5439065_1920

コロナ禍が長引くとともに、若者を攻撃して不満のはけ口にする風潮が強まっています。

7月28日、小池百合子都知事は取材陣に対して、「ワクチンを受けた高齢の人たちの感染はぐっと下がっていて、逆にワクチンを受けておらず重症や中等症になる若い世代が増えている」と状況を説明したあと、「ワクチンを若い人にも打ってほしい。若い人たちの行動がカギを握っているので、ぜひ、ご協力いただきたい」と若者に呼びかけました。

しかし、実際はワクチンの絶対数が不足して、打ちたくても打てないのが実情です。それに、高齢者から先に打ち出したので、ワクチンを打った若者が少ないのは当たり前です。
小池都知事の言い分だけ聞いていると、まるでワクチンを打たない若者が悪いみたいです。

小池都知事は感染拡大で都民に行動自粛を呼びかけるとき、必ず同時に不満のはけ口になる攻撃対象を示してきました。
昨年4月の最初の緊急事態宣言のときはパチンコ店でした。パチンコ店が感染拡大を招いているという根拠もないのにパチンコ店だけを問題にし、営業自粛要請に従わないパチンコ店の店名を公表するなどしました(これは東京都だけではありませんでしたが)。
その次は風俗店です。ホストクラブ、歌舞伎町、さらには「夜の街」というよくわからないものまでも攻撃の対象にしました。

最近はもっぱら若者です。
「若者は動き回って感染を広げる」という理屈で、とくに若者に対して強く行動自粛を呼びかけ、若者の路上飲みや公園飲みを非難しました。
そして、感染者の中で若者の比率が高まっていることが問題であるかのように再三述べるので、やはり若者が悪いようなイメージになりました(高齢者優先でワクチン接種をしてきたので若者の感染率が高まるのは当然です)。

「若者が感染を広げている」ということは、小池都知事だけでなく、政府関係者からもよく言われます。
パチンコ店、風俗店は社会的に低く見られ、政治力もないので、不満のはけ口にするにはもってこいです。若者も同じような存在なのでしょう。

そして、とうとう小池知事はワクチンを拒否する若者を非難するようなことを言ったわけです。


若者にワクチン拒否の傾向があることは事実です。
FNNプライムオンラインの「なぜ若者はワクチン接種に消極的なのか? 接種に不安を抱える若者たちのホンネ」(7月19日)という記事によると、『ワクチン未接種の若者3600人を対象に番組でアンケートを行ったところ、「受ける」人が49%、「受けない」人が19%、「迷っている」人が32%という結果になった』ということです。
これはネット調査ですから、少し偏りがあるかもしれませんが、ほかの調査でも若者はワクチン接種に消極的です。
これは当然のことで、若者は感染しても重症化することは少なく、逆にワクチン接種による副反応は強く出るからです。

年齢による副反応の違いはかなりのものです。

11413_main_image
『コロナワクチン副反応の出やすさに『3つの特徴』…1回目より2回目・男性より女性か・高齢者より若い人』より


これを見ると、高齢者と比べて若者にワクチン拒否の傾向が強いのは当たり前のことと思えます。

若者はネットを使って高齢者より幅広く情報収集をしています。
新聞やテレビは、副反応がこれほど多く生じて、それもけっこう苦しい思いをする人が多いということをほとんど報道しません。私も有名人のSNSやブログでの発信で副反応がかなり苦しいものだということを最近知りました。
それに、ワクチン接種後に死亡した事例が7月30日までに919例報告されていますが、一応接種と死亡の因果関係はないとされているので、マスコミはあまり取り上げません。ただ、ネットでは議論されています。
そうしたことも若者がワクチン拒否に傾く理由でしょう。

若者にワクチン拒否の傾向があるのは、合理的な判断によるものと思われます。


ところが、小池都知事のような人は、若者はデマに踊らされていると見ているようです。
しかし、ワクチン接種は自分の命と健康に直結する問題ですから、誰でも真剣に考えます。
「ワクチン拒否の若者はデマに踊らされている」という認識は、若者をバカにしたものです。

たとえば橋下徹氏もそういう認識なので、自分の子どもの説得もできません。
橋下徹氏 娘の〝ワクチン拒否〟嘆く「お父さん、50年後保障できるの?って…」
元大阪府知事で弁護士の橋下徹氏が31日放送の読売テレビ「今田耕司のネタバレMTG」に出演。若者の間で出回っているコロナワクチンのデマについて語った。

 橋下氏は「僕はいろんな番組で最初は『社会防衛のためにはワクチンは絶対強制が必要だ』と。日本では強制はできないので、『半ば強制は必要でしょう』と言ってたんですけど」と前置きし「うちの子供はワクチン拒否ですから」と苦笑い。

 一生懸命説明し、その時点よりは子どもの理解も進んだというが「やっぱりネットの中の情報、うちの娘もそうなんですけど、『子宮に影響がある』っていうのが…。特に医療従事者を語る人がそれを言ってたりとか。『お父さんそれは50年後、絶対大丈夫っていうことを保障できるの?』って(言われた)。俺、ワクチンの専門家じゃないしな…。それがすごい今浸透してるんでね」と悩ましげだった。

 その直後に首相官邸のツイッターがデマを打ち消すつぶやきを投稿したというが、橋下氏は「デマと言われる情報はもっと詳しく書いてあるんですよ、この(ツイッターの)4行だけでそりゃ子供たち信用しませんよ」と指摘した。
https://news.yahoo.co.jp/articles/e952f5f44d34a71531ad365ea6faf555d344622e

橋下氏の娘さんは自分の妊娠出産のことを真剣に考えていますが、橋下氏は「社会防衛」のことを考えているので、話が合うわけがありません。

娘さんの心配は一概に否定できるものではありません。
厚生労働省のホームページは、ワクチン接種と不妊の関係について次のように書いています。

Q.ワクチンを接種することで不妊になるというのは本当ですか。
A.ワクチンが原因で不妊になるという科学的な根拠はありません。ワクチン接種により流産率は上がっておらず、妊娠しにくくなるという根拠も確認されていません。
新型コロナワクチンも含め、これまでに日本で使用されたどのワクチンも、不妊の原因になるという科学的な根拠は報告されていません(※1、※2、※3)。排卵と妊娠は、脳や卵巣で作られるホルモンによってコントロールされていますが、新型コロナワクチンには、排卵や妊娠に直接作用するホルモンは含まれていません(※4、※5)。また、卵巣や子宮に影響を与えることが知られている化学物質も含まれていません。動物実験においても、ファイザー社のワクチン、武田/モデルナ社のワクチン共に、接種したラットが問題なく妊娠・出産したことが確認されており、生まれた仔にも異常は無かったことが報告されています(※4、※5、※6)。

米国でワクチン接種後に妊娠した827人の女性の経過を調べた研究では、ワクチンを接種した人の流産率が自然に発生する流産率を上回ることはなく、ワクチンが妊娠に与える好ましくない影響は確認されませんでした(※2)。また、mRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンの臨床試験では、ワクチン接種後に妊娠した人がいることも報告されており(ファイザー社:ワクチン接種群12人、プラセボ接種群11人、モデルナ社:ワクチン接種群6人、プラセボ接種群で7人)、ワクチン接種により妊娠しにくくなるという根拠は確認されていません(※4、※5)。
(攻略)
https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/0086.html

ワクチン接種が妊娠に悪影響を与えるという証拠はないということですが、ワクチン接種が妊娠になんの影響も与えないという証拠もありません。827人の女性に好ましくない影響があったことは確認されていないといいますが、データが少ないですし、出産後の子どもの発達に悪影響が出たことが今後確認されるかもしれません。

副反応、接種後の死亡例、将来の悪影響などを考えてワクチン拒否をする若者がいても、一概には否定できません。
否定しようとする小池都知事や橋下氏のほうにむりがあります。


そもそも今はワクチン不足で、多くの人が打ちたくても打てない状況にあります。
そんな中で、若者のワクチン拒否がことさら問題になるのは、若者を攻撃して不満のはけ口にしようとする人がいるからだとしか思えません。

スクリーンショット 2021-08-09 015859
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会公式サイトより

東京オリンピックが終わりました。

閉会式は開会式以上にひどいものでした。
開会式にはドローンの編隊飛行とかピクトグラムのパントマイムとか、少しは見どころがありましたが、閉会式にはなにもありません。
光の細かい粒が川のように流れて五輪マークをつくる場面があって、これはいったいどういう仕掛けだろうかと思ったら、ただのCGによる映像で、会場の人にはなにも見えていないのでした。

「ろくな内容がないので音楽の力に頼ろう」という意図からか、音楽が多用されました。
もっとも音楽の間、ダンスやパフォーマンスが繰り広げられるのですが、これが「にぎやかし」としか思えない無意味なものです(「東京の休日の昼下がりの公園」を再現し、東京観光ができなかった海外選手たちに東京体験の場をつくりだそうという意図だったそうです)。

「東京音頭」の盆踊り、アオイヤマダさんの鎮魂のダンス、大竹しのぶさんと子どもたちによる宮沢賢治作詞作曲の「星めぐりの歌」などもあるのですが、全体が無意味で退屈と、酷評の嵐です。


開会式がだめだった理由については、このブログで「東京五輪開会式はなにがだめか」という記事に書きました。
閉会式がだめなのも同じ理由です。安倍晋三前首相や森喜朗前東京五輪組織委会長が「ニッポンすごい」というナショナリズムの枠をはめていたからです。

閉会式でも国旗掲揚と「君が代」がありました。
開会式で国旗掲揚があったので(夜中に国旗掲揚はおかしいと思うのですが)、閉会式ではその国旗を降ろすのかと思ったら、また掲揚です。
大きな日の丸が日本人メダリストなど6人に運ばれて入場し、自衛官にバトンタッチされ、宝塚歌劇団の「君が代」斉唱とともに掲揚されるのですが、この一連の動作に5分間かかっています。
「君が代」斉唱は無意味ではありませんが、日の丸の入場行進は時間のむだで、こんなものを世界の人に見せようとする思想が間違っています。
日本の右翼の自己満足です。

安倍氏や森氏から制作チームに対して「日本の素晴らしさを表現しろ」という指示があったに違いありません。
そのため、各地の民謡の紹介や盆踊りや宮沢賢治の歌が盛り込まれました。
しかし、民謡というのは、日本人にもあまり人気がないからローカルな存在なので、世界の人が素晴らしいと思うわけがありません。
盆踊りは、踊っている人が楽しいので、人に見せるための踊りではありません。
宮沢賢治の詩は素晴らしいといっても日本語です。宮沢賢治の曲だけでは世界の人にはなにも伝わらないでしょう。

なお、宮沢賢治の歌を使ったことについて、開閉会式のエグゼクティブプロデューサーである日置貴之氏は、宮沢賢治が岩手県出身であることから、「東日本大震災からの復興の思いを込めた」と意図を説明しました。
しかし、それは世界の人に理解されませんし、日本人にもまず理解されません。

電通が編成した制作チームは(日置氏は博報堂出身)、日ごろからスポンサーの要望を受け入れることに長けているので、「国旗掲揚をやってくれ」「日本文化を入れてくれ」「復興も入れてくれ」と要望されると、すぐさまそれを実現したのでしょう。
そのため統一性がなく、意味不明になってしまいました。

ちなみに開会式で大工の棟梁のパフォーマンスと木遣り唄があったのは、週刊文春によると、都知事選で火消し団体の支援を受けた小池百合子都知事の強い要望があったからだということですし、聖火ランナーに長嶋茂雄氏と王貞治氏とともに松井秀喜氏が登場したのは、森氏が同郷(石川県)の松井氏を推したからだといわれています。

本来なら政治家など組織のトップは、才能あるクリエーターを選んだら、その人間が自由に仕事ができるようにささえるのが仕事ですが、今の政治家はやたら口を出すようです。
そのためまともなクリエーターは逃げ出して、政治家の口利きを受け入れるクリエーターばかりが残ります。


安倍氏と森氏は、税金を出す立場なのでスポンサーみたいなものです(安倍氏は今も東京五輪組織委の名誉最高顧問ですし、森氏を名誉最高顧問に復帰させる案があるとの報道が先月ありました)。
開閉会式は、基本的に安倍氏と森氏の望んだものになったはずです。
彼らは「大きな日の丸が会場に掲揚されるのを見て感激した」とか「日本文化を世界に発信できて誇らしかった」という反応を期待したのでしょう。
しかし、私はその手の反応をひとつも目にしませんでした。

これは考えてみれば当然のことで、開閉会式は世界の人が見るので、日本人も世界の人の視点で見たからです。
そうすると、国旗掲揚はただの時間のむだと思えますし、宮沢賢治の歌ではなにも伝わらないこともわかります。
安倍氏と森氏らの偏狭なナショナリズムは国際的イベントと相容れません。


多額の税金をつぎ込んだ開閉会式で、日本は世界に恥をさらしました。
そのために日置氏らの制作チームが批判されています。
確かに日置氏らにも責任はありますが、やはりいちばん責めを負うべきは安倍氏と森氏です。

スクリーンショット 2021-08-02 031932
首相官邸ホームページより

東京五輪が始まってから、ニュース番組のオリンピック関係は「日本人選手がメダルを獲った」というものばかりです。

日本人選手以外のことはほとんど報道されません。
競泳でいくつも世界新記録が出ているので、「世界新記録が出ました」という報道もあっていいはずですが、私の目には止まりませんでした。

種目のことやプレーの内容も、少なくともニュース番組ではほとんど報道されません。
13歳の西谷椛選手がスケートボードで金メダルを獲ったときはかなり騒がれましたが、「スケートボード女子ストリート」という種目の内容がよくわかりませんし、西谷選手のプレーのどこがすごいのかもよくわかりません。ただ「金メダルを獲った」ということだけで騒いでいます。

アーチェリーやフェンシングのようなマイナースポーツは、メダル獲得を機会にスポーツの内容が紹介されてもいいはずですが、そういうこともありません。

こういう報道を見ていると、オリンピックがほかのスポーツ大会とまったく違うことがわかります。
スポーツの内容はどうでもよくて、日本人選手のメダル獲得にだけ関心があるのです。


なぜそうなるかというと、オリンピックは「国別対抗メダル獲得合戦」だからです。
メダル獲得数のいちばん多い国がその大会の優勝国となり、以下、メダル数に応じて各国の順位が決まります。
そのため、各国の国民は自国のメダル獲得を応援して盛り上がるわけです。ここが普通のスポーツ大会と根本的に違うところです。

もっとも、オリンピックは国別対抗メダル獲得合戦であるという規定などありません。
むしろオリンピック憲章には「オリンピック競技大会は、個人種目もしくは団体種目での競技者間の競争であり、国家間の競争ではない」という規定があります。
しかし、開会式では各国選手団は国旗を先頭に入場行進をし、各種目ごとに表彰式があって、そのつど金メダルには国歌演奏、金銀銅メダルには国旗掲揚が行われ、憲章とは逆に国家間の競争をあおる演出になっています(IOCは建前と実態がまったく違います。建前ではあらゆる差別を否定していますが、実態は白人男性至上主義、ヨーロッパ至上主義です)。

東京五輪組織委員会の公式ウェブサイトには「メダル順位」というページがあって、メダル獲得数の順番に国名が並んでいます。
マスコミもメダル獲得数による各国の順位を必ずといっていいほど報道しています。私が確認した範囲だけでも、ヤフー、読売、朝日、毎日のウェブサイトに各国のメダル順位が示されています。

こうしたことで各国国民のナショナリズムや愛国心が刺激され、それによってオリンピックは世界的大イベントになったわけです。


今のところ日本は好調で、メダル順位も中国、アメリカに次いで3位です。
日本のメダルラッシュで、東京五輪開催に否定的だった国民感情が変わり、菅内閣の支持率も上がるという説があります。
もともと「東京五輪を成功させて、それで内閣支持率を上げ、総選挙に勝利する」というのが菅政権の戦略でした。

しかし、日本人選手が好成績なのは、選手ががんばったからで、菅首相ががんばったからではありません。それで支持率が上がるでしょうか。
ただ、菅首相は日本のリーダーなので、日本人選手団とイメージとして結びつきやすいということはあります。
菅首相もそれをねらっているようです。

菅首相は7月25日、日本人選手で金メダル第1号となる柔道男子60キロ級の高藤直寿選手に官邸から電話し、祝福の言葉を述べました。
しかし、これは「人気取りが見え見えだ」とか「祝福の言葉もカンペを読んでいる」などと評判が悪かったので、それからは電話はやめてツイッターに切り替えたようです。

スクリーンショット 2021-08-02 030649

スクリーンショット 2021-08-02 030752



東スポWebの『田崎史郎氏 菅首相 “五輪偏重SNS” に「スタッフのミス」「総理がやってるわけじゃない」』という記事によると、五輪開幕以降、1日正午までの時点で、菅首相のツイートは「オリンピック関係」が22回、「感染拡大への注意喚起」が3回となっているそうです。
オリンピックの政治利用の意図が見え見えです。


そもそも「東京五輪の成功で内閣支持率アップ」という考えには根本的な間違いがあります。
というのは、菅首相は東京五輪について「私は主催者ではない」とか「開催はIOCに権限がある」と言っていて、菅首相が開催を決断したわけではなく、“時間切れ開催”だったからです。

「東京五輪の成功で内閣支持率アップ」を目指すなら、菅首相は自分の責任で開催を決定するべきでした。
具体的には「五輪開催によって感染が拡大する可能性がないとはいえないが、五輪開催の意義はそれよりも大きい」と主張して、開催に反対する野党と論戦し、国民を説得するのです。
その時点では、菅首相への批判が強まり、支持率は下がったかもしれません。
しかし、五輪を開催して、日本人選手のメダルラッシュになり、感染はそれほど拡大しなければ、国民は「開催してよかった」と思い、支持率は爆上げしたでしょう。

もちろん日本人選手の成績がふるわなくて、感染が拡大するだけなら、開催を決定した菅首相はきびしく批判されます。
そういうリスクを冒してこそ支持率アップという成果も得られるわけです。


菅首相は五輪開催の責任は負わず、それでいて開催がうまくいったときの恩恵は受けようとしたのです。
なんとも虫のいいことを考えたものです。
菅首相だけでなく、政権全体がそれで動いていたのにはあきれます。
「やってる感」を演出することばかり考えていて、誰もが「責任を取る」ということを忘れてしまったのでしょう。

すでに新型コロナの感染者数が急増して、メダルラッシュによるお祭りムードに水を差しています。
これは天罰でもなんでもなくて、菅首相が感染対策をおろそかにしたせいで、自業自得です。

このページのトップヘ