村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

2022年07月

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統一教会は1994年に名称を「世界平和統一家庭連合」に変えました。
この名称変更自体にも問題がありますが、それは置いておいて、「家庭」をたいせつにするという意味がこの名称には込められているでしょう。
ところが、統一教会は信者に多額の献金を強要して、そのため山上徹也容疑者の家庭は崩壊してしまったのですから、皮肉なものです。

自民党も家庭や家族をたいせつにする政党です。
夫婦別姓に反対する理由として、「家族の絆が弱まる」とか「家庭の一体感が失われる」ということを挙げるので、家族の絆や家庭の一体感をたいせつにしているはずです。
自民党の日本国憲法改正草案にも「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」とあります。
来年4月に新設される予定の「こども家庭庁」も、一時は「子ども庁」という名称になるはずでしたが、「家庭」の文字が加えられました。

「子ども庁」を「こども家庭庁」にするべきだということは統一教会も主張していました。そして、国際勝共連合ホームページで『心有る議員・有識者の尽力によって、子ども政策を一元化するために新しく作る組織の名称が「こども庁」から「こども家庭庁」になりました』と、自分たちのロビー活動の成果であるかのように書いています。

安倍晋三元首相は昨年9月に天宙平和連合(UPF)のイベントにビデオメッセージを送り、それを見た山上徹也容疑者が銃撃事件を起こすきっかけになったとされますが、そのビデオメッセージでは統一教会教祖の韓鶴子総裁に「敬意を表します」と述べただけではなく、「UPFの平和ビジョンにおいて家庭の価値を強調する点を高く評価いたします」とも述べています。

つまり統一教会も自民党も「家庭・家族をたいせつに」と主張して、そこが共通点となっています。
昔は「反共」という点で統一教会と自民党は結びついていたのですが、今は「反共」ということはあまり意味がなくなりました(もっとも、勝共連合のホームページでは今でも大々的に反共を主張しています。国民民主党や維新の会が共産党との共闘を拒否したことと関係あるでしょうか)。


「家庭・家族をたいせつに」と言われて反対する人はあまりいません。
しかし、家庭にも「よい家庭」と「悪い家庭」があります。それを区別しないと混乱します。

統一教会が理想とする家庭はどんなものでしょうか。
統一教会といえば合同結婚式が有名です。
最近の若い人は合同結婚式のことを知らないかもしれないので説明すると、単に合同で結婚式をするということではありません。教祖が結婚相手を決めて、結婚式参加者は教祖の決めた、一度も会ったことのない相手と結婚するのです。教祖はすべてを見抜いて、最善の相手を選ぶのだとされます。

自分が決めたのでない相手と結婚するということに驚く人もいるかもしれませんが、昔はむしろ普通のことでした。親が息子娘の結婚相手を決めて、息子娘は一度も会ったことのない相手と結婚することがよくありました。
統一教会では教祖が親に当たるのでしょう。

帝国憲法下では、結婚には戸主の同意が必要で、さらに男は30歳、女は25歳になるまでは親の同意も必要でした。ですから、好き合った相手と結婚できるのは、理解のある戸主や親に恵まれた場合だけです。そのため駆け落ちがしばしば行われ、心中という悲劇もありました。
妻は法的には無能力者の扱いで、財産権もなく、重要な法律行為をするときはつねに夫の同意が必要でした。

戦後憲法になってなにが変わったかというと、国民主権や戦争放棄や象徴天皇制もそうですが、国民生活にとっていちばん大きかったのは家族制度の変化でしょう。親の許可なしに「両性の合意」のみで結婚できるようになり、「駆け落ち」は死語となりましたし、妻も夫と同等の権利を有するようになりました。

しかし、家族についての認識というのは、憲法や法律が変わったからといって急に変わるものではありません。そのため、現在にいたっても、親が子どもの結婚を妨害したり、親の望む相手と結婚させようとしたりすることはよくあります。
夫婦の関係もまだまだ対等とはいえません。
ですから、古い家族観と新しい家族観が葛藤しているのが今の状況です。

帝国憲法の古い家族制度を「家父長制」といいます。
自民党や統一教会が理想としているのも家父長制です。
自民党は「家族の絆を守る」という言葉で家父長制を守ろうとしています。


古い家族観は家父長制ですが、では、新しい家族観はなんというかというと、名前がありません。
大家族、核家族、三世代家族、単身家族、同性カップルなどという言葉はすべて家族の(外見の)形態をいったものです。
家父長制というのは、外見ではなく、目に見えない権力関係のことです。

これまで家父長制を論理的に批判してきたのはフェミニズムです。フェミニズムは男性が女性を支配する家族として家父長制を批判してきました。
しかし、家父長制は男性が女性を支配しているだけではありません。親が子を支配している面もあります。
親は子どもを一方的にしつけ・教育をし、進学、就職、結婚にまで口を出すということが行われています。

民法第822条には、親権者は子どもを懲戒することができるという「懲戒権」の規定があり、これが幼児虐待の原因になっていると批判されてきましたが、自民党はずっと懲戒権の削除に反対してきました(ようやく今年秋以降に削除される見込み)。
親殺しを特別に重罪とする刑法第200条の「尊属殺人」の規定は、1973年に最高裁によって違憲とされましたが、自民党は規定を削除することを拒み続け、ようやく1995年の刑法大改正のときに削除されました。
つまり自民党は家父長制が夫が妻を支配するだけでなく、親が子を支配する制度であることを理解して、それを守ろうとしてきたのです。

したがって、家父長制を批判するときは、女性の人権と子どもの人権の両面から批判する必要がありますが、これまでは女性の人権からの批判しかなく、そのため批判があまり有効に機能していませんでした。
たとえば自民党の家族政策の理論的ささえになっているのが「親学」ですが、親学を批判するにも子どもの人権という視点が欠かせません。


統一教会は「子どもの人権」がキーワードになることを理解していて、あらかじめ防御線も引いています。
国際勝共連合のホームページの「【こども家庭庁】家庭再建を軸にした子供政策を」という記事は、「子ども庁」という名称を批判して、このように書いています。

象徴的なのが「子ども庁」という名称それ自体だ。当初は「子ども家庭庁」という名称だったが、被虐待児にとって家庭は安全な場所ではないという理由で「家庭」の文字が削除されてしまった。

この論法は明らかにおかしい。

 被虐待児にとって忌避されるべきは、虐待を生み出した歪な家庭環境であって、「家庭」そのものではない。

 むしろ、彼らにとって必要なのは、親代わりとなって自らを愛情で包んでくれる新しい「家庭」だ。

子供の成育における父母や家庭の役割を軽視する左翼系の活動家が、武器として用いるのが「子どもの権利条約」だ。活動家らは同条約によって子供が「保護される対象」から「権利の主体」に変わったと主張する。

実は、この条約には当初から拡大解釈を懸念する声が上がっていた。西独(当時)は批准議定書に「子どもを成人と同等の地位に置こうというものではない」と明記し、米国に至っては「自然法上の家族の権利を侵害するもの」として批准しなかった。

日本では、増え続ける虐待や子供の貧困をひきあいに「子どもの権利」を法律に書き込んでいないことが問題だと短絡的に考えられている。

しかし、虐待が起こるのは子供の権利が法律に書き込まれていないからではない。夫婦や三世代が一体となって子供を愛情で包み込む家庭や共同体が壊れているからだ。

 子供政策は、家庭再建とセットで考えるべきである。

 当然、憲法改正においても、家族保護条項の追加は欠かせない。
 
(「世界思想」1月号より )

家父長制の復活が幼児虐待を防ぐようなことを言っていますが、実際は逆で、家父長制のもとで幼児虐待が生じます。
そもそも教祖の命じる通りに結婚しろと教え、多くの家庭を崩壊させている教団の言うことがまともであるはずがありません。

なお、「自然法上の家族の権利」という言葉が出てきますが、未開社会の家族には上下関係がありません。
家父長制は家庭内に上下の序列がある制度で、文明的なものです。こうした中でDVや幼児虐待が起きます。


「こども家庭庁」という名称になったときには、俳優の高知東生氏が「すでに家庭が崩壊していたり、機能する見込みもなく、安全性が確保できない家庭の『こども』を『家庭』という檻から助けて欲しいだけ」とツイートして共感を呼びました。


統一教会や自民党が理想とする家庭は家父長制の家庭です。
家父長制では、すべての家族に上下の序列がつけられ、支配・被支配の関係となります。
すべての家族が対等になり、愛情で結ばれるのが本来の家庭です。

家父長制の家庭か、愛情で結ばれた家庭かということが、今の政治の最大の争点です。

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安倍晋三元首相暗殺事件の衝撃が意外な形で日本を揺るがしています。

当初は、安倍元首相を撃った山上徹也容疑者の「統一教会のトップを狙いたかったがむりなので、代わりに安倍元首相を狙った」という犯行動機がいかにも無理筋に思えました。
しかし、統一教会と自民党との癒着は日本の大きな病巣ですから、山上容疑者はまぐれでも意外と急所を撃ったのです(安倍元首相を撃ったことを肯定しているわけではないので、誤解しないように)。


政治家は票を得るためにいろいろな宗教団体とつながりを持つのは当然だという意見がありますが、統一教会(世界平和統一家庭連合)は、かつては霊感商法や合同結婚式で世間を騒がせ、今も信者に多額の献金を強要して自己破産させる危険なカルト教団ですから、ほかの宗教団体とは違います。

統一教会の創始者文鮮明は1950年代から岸信介とつながりがあり、統一教会の政治組織である国際勝共連合を自民党は利用してきたので、統一教会と自民党はずっと密接な関係にありました。自民党議員は統一教会から選挙運動員を派遣してもらうことが多く、さらには秘書を派遣してもらうケースもあるといいます。
しかし、統一教会の霊感商法や合同結婚式が問題にされたときも、なぜかこうした統一教会と自民党のつながりはほとんど追及されませんでした。
それが今回の銃撃事件でようやくマスコミも統一教会と自民党の関係について報道するようになったわけです。


もっとも、カルト教団と癒着したからといって犯罪になるわけではないので、それほど大きな問題ではないと考える人もいるでしょう。
確かに一般の人にとってはそうかもしれません。
しかし、安倍元首相や自民党を支持してきた保守派にとってはそうではないはずです。
というのは、統一教会は韓国人の教祖をいただく、韓国に本部のある、韓国系の宗教だからです。

韓国系の宗教だからいけないという理屈はありませんが、保守派はみな韓国が嫌いです。
安倍元首相も慰安婦問題、徴用工問題、自衛隊機レーダー照射問題などでつねに韓国にきびしい態度をとってきて、それで保守派の人気を博していました。
その安倍元首相が韓国系の宗教とつながっていたというのは、保守派にとっては許せないことのはずです。
それに、自民党議員の秘書に統一教会の信者が潜り込んでいるとなると、日本の政界の秘密が韓国に流出することになりかねず、こうしたことは保守派がいちばん神経を尖らせるところです。

さらにいうと、統一教会の教義も保守派は絶対認められないはずです。
ウィキペディアの「世界平和統一家庭連合」の項目には次のように書かれています。



エバ国家日本はアダム国家韓国に貢ぐことを義務づけられている[40]。韓国がアダム国家である理由は、神に選ばれた民族の国であり、世界に真理を発信したメシアの国であるから[40]。日本がエバ国家である理由は、朝鮮を植民地にして多くの人民を苦しめてきた事実などによる[40]。戦後、日本が経済大国になったのはメシア(文鮮明)が神に日本の罪をとりなし、エバ国家として神に認めさせたからだ[40]。

金と人物の両面で韓国と全世界の統一協会を支えることがエバ国家である日本の責任である[40]。日本人に多く伝道して信者として、その信者を全世界に送り出していくこと、日本で莫大な資金を調達してそれを全世界に供給していくこと、それがエバ国家日本の使命だ[40]。

   ※


韓国と日本では史観が違っており、アダム国家韓国では献金などのノルマなどは厳しくなく、「サタン(悪魔)の国[31]」であるエバ国家日本は「金のなる木」の場所として、アダム国である韓国と国内外の統一教会に全てを捧げる教義が教えられている[32][33]。また、エバ国家日本のLGBTや同性婚、夫婦別姓は「生活共産主義」とされ、認めさせてはならないと説いている[34][35]。

連合ではイエス・キリストの「再臨論」も説いており、天照大神を崇拝してきた全体主義国家であり、韓国のキリスト教を過酷に迫害した日本と、共産化した中華人民共和国は「サタンの国」である為、イエスが再臨する『東の国』とは韓国であるとしている[36]。また、「メシアを迎え得る国となるために我々は第三イスラエル選民となければならない」としている[36]。

文鮮明の教え(教義)の一つとして、文教祖の恨(ハン)を晴らすのは「エバ国家日本をアダム国家韓国の植民地にすること」「天皇を自分(文教祖)にひれ伏させること」としている[37][38][39][40]。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%B9%B3%E5%92%8C%E7%B5%B1%E4%B8%80%E5%AE%B6%E5%BA%AD%E9%80%A3%E5%90%88

ウィキペディアだけでは信憑性がないかもしれないので、『旧統一教会の「“エバ国”日本が資金調達し“アダム国”韓国に捧げる」システム…それでも続いた自民党“保守政治家”との関係』という記事で、『統一教会 日本宣教の戦略と韓日祝福』の著書もある北海道大学大学院の櫻井義秀教授(宗教社会学)の語ったことも引用しておきます。

「霊感商法、そして訴訟関係は日本を中心として起きていて、アメリカや韓国では起きていない。これは日本の旧統一教会だけが、いわば違法な形で資金調達をし、それを韓国の本部に送り届けるというミッションがあるからだ。旧約聖書にアダムとエバが禁断の木の実を食べたという話が出てくるが、エバが先に食べ、そしてアダムに渡したとされている。これが旧統一教会の教義では、アダム=韓国で、エバ=日本だということになっている。つまり“エバ国”である日本の支部が資金調達をし、“アダム国”である韓国の本部に捧げる。そして韓国がアメリカなど各国の支部に配分し、世界的な布教戦略を展開してきたということだ。

「日本を韓国の植民地にする」とか「天皇を自分(文教祖)にひれ伏させる」とか、普通の日本人でもびっくりしますが、保守派やネトウヨが聞いたら卒倒しそうなことです。
要するに反日教義です。
こんな宗教が日本にはびこっていたのです。
ネトウヨは在日を差別しているどころではなく、今すぐ統一教会の排除をしなければならないはずです。

ところが、保守派やネトウヨは自民党と統一教会がズブズブの関係にあることを横目で見ながらスルーしてきました。
ネトウヨの若い人なら知らないということもありえますが、保守派の論客といわれるような人なら統一教会の教義も自民党と統一教会の関係も知らないはずがありません。
というか、保守派の論客には統一教会のメディアでインタビューされたり、イベントで講演をしたりして、統一教会と関係を持っている人も少なからずいます。
ですから、保守派やネトウヨは統一教会に関しては沈黙したままです。

例外は高須クリニックの高須幹弥氏ぐらいです。
高須氏は自身のYouTubeチャンネルで「統一教会について話します。(この動画は削除するかもしれません)」と題する動画をアップして、統一教会の教義についても語っているので、これを見るのがわかりやすいかもしれません(ただし、統一教会と自民党や安倍元首相の関係についてはなにも話していません)。




統一教会と安倍元首相の関係はかなり深いものがあります。
トランプ氏が大統領に当選したとき、日本の外務省はまったく予想しておらず、トランプ氏となんの接点もありませんでした。
そんなとき、就任前のトランプ氏と安倍首相の会談をとりもったのが統一教会だといわれます(詳しくは『「統一教会が安倍・トランプ会談を仕掛けた」説にこれだけの状況証拠! 勝共連合機関誌も2人のタッグを絶賛』を参照)。

安倍元首相が昨年9月にビデオメッセージを送った統一教会系の「天宙平和連合(UPF)」のイベントにはトランプ元大統領も同じ形でメッセージを送っていました。
さらに今年2月に行われたUPF主催の「ワールドサミット2022・韓半島平和サミット」では、トランプ元大統領がビデオ映像において基調演説を行い、息子ブッシュ大統領のときの副大統領だったディック・チェイニー氏も演説をしました(安倍元首相は書面によるメッセージ)。
つまり統一教会はアメリカ政界にも深く食い込んでいるのです。
安倍元首相が統一教会とのつながり続けたのには、そうした背景もありそうです。


いずれにしても、統一教会は反日教義を有するとんでもないカルト教団です。
自民党や保守派が統一教会を批判できないとなれば、自民党や保守派もまた反日勢力と言われてもしかたありません。

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7月10日に参院選の投開票があり、自民党が勝利しました。
投票日の2日前に安倍晋三元首相が暗殺されたことは、この結果にどう影響したのでしょうか。

今私は「暗殺」と書きました。
外国のマスコミも普通に「暗殺」という言葉を使っています。ただ、日本のマスコミはほぼ「暗殺」という言葉を使っていません。
「テロ」という言葉もほとんど使いません。

最初の警察発表によると、山上徹也容疑者は「母親が特定の宗教団体にのめり込んで破産した。安倍元首相が団体を国内で広めたと思って恨んでいた」と動機を説明し、「安倍元首相の政治信条とは関係ない」と言ったそうです。

「安倍元首相の政治信条とは関係ない」ということで、個人的な恨みによる犯行と見なされたようです。
確かに犯行声明のようなものもありません。
政治的な意図がないということで、「テロ」や「暗殺」という言葉を使わないようです。

しかし、安倍元首相が特定の宗教団体とつながるのは政治的な行動です。
とすると、山上容疑者が安倍元首相と特定の宗教団体のつながりに反対するのも政治的な行動ですから、この犯行は「テロ」や「暗殺」と呼んで当然です。


「特定の宗教団体」というのは統一教会(現在は世界平和統一家庭連合に名称変更)のことです。
もともと統一教会と自民党は密接な関係にありました。統一教会は「国際勝共連合」という反共政治団体を持っていて、学生などの動員力もあり、社会党、共産党、新左翼などが強い時代に自民党は統一教会を利用しました。
ただ、統一教会は高価な壺を売りつけるなどの霊感商法や合同結婚式などが社会的な問題を引き起こして、テレビのワイドショーでもよく取り上げられました。オウム真理教と統一教会は二大カルトという感じでした。
ですから、統一教会と自民党とのつながりも問題にされていました。

しかし、いつの間にか統一教会の霊感商法はワイドショーで取り上げられなくなりました。といって、霊感商法の被害がなくなったわけではありません。
どうやら統一教会と自民党との結びつきがいっそう強くなって、マスコミは統一教会と自民党に忖度して取り上げなくなったようです。
そのため今の若い人は統一教会が問題のあるカルトだということをろくに知らないかもしれません。


安倍元首相は自民党の中でもとりわけ統一教会とのつながりが強いようで、昨年9月に統一教会の関連団体にビデオメッセージを送りました。
「全国霊感商法対策弁護士連絡会」は安倍元首相に対して強い調子の「公開抗議文」を送ったので、その一部を抜粋します。

公開抗議文(抜粋)

衆議院議員 安倍晋三 先生へ

4.ところが、本年9月12日、韓国の統一教会施設から全世界に配信された統一教会のフロント組織である天宙平和連合(UPF)主催の「神統一韓国のためのTHINK TANK2022希望前進大会」と称するWEB集会において、安倍晋三前内閣総理大臣の基調演説が発信される事態が生じました。これを統一教会が広く宣伝に使うことは必至です。上記要望書の要望を全く無視したものというほかなく、当連絡会としては深く失望し、今後の被害の拡大に強く憂慮しております。
 安倍先生が、日本国内で多くの市民に深刻な被害をもたらし、家庭崩壊、人生破壊を生じさせてきた統一教会の現教祖である韓鶴子総裁(文鮮明前教祖の未亡人)を始めとしてUPFつまり統一教会の幹部・関係者に対し、「敬意を表します」と述べたことが、今後日本社会に深刻な悪影響をもたらすことを是非ご認識いただきたいと存じます。

5.安倍先生が今後も政治家として活動される上で、統一教会やそのフロント組織と連携し、このようなイベントに協力、賛助することは決して得策ではありません。是非とも今回のような行動を繰り返されることのないよう、安倍先生の名誉のためにも慎重にお考えいただきますよう強く申し入れます。また、事の重大性に鑑み、公開抗議文として送付するとともに抗議文を公開させていただく次第です。
 あわせて、今回のUPFのWEB集会の基調演説のビデオメッセージを提供された経緯について明確なご説明をいただきますようお願いします。
https://www.stopreikan.com/kogi_moshiire/shiryo_20210917.htm

山上容疑者は安倍元首相のメッセージビデオを見て、安倍元首相をターゲットにすると決めたそうです。
安倍元首相のような有力な政治家が統一教会を賛美するメッセージを送ると、その影響は甚大ですから、この考えはそれほど不思議ではありません。

ただ、この場合は「統一教会にメッセージを送る安倍はけしからん」というように、公憤とか正義感になるはずです。個人的な恨みにはなりません。
山上容疑者がもし「安倍はけしからん」という正義感を持てば、ネットの書き込みなどで発散できて、犯行には及ばなかったかもしれません。

また、彼の最後の職歴は、派遣社員としてフォークリフトの運転などをしていたそうです。
給料が安くて、結婚もできそうになく、将来になんの希望もなくて、それも犯行動機のひとつだったでしょう。
こうした境遇について、「安倍政治が悪いからだ」「自民党政治が悪いからだ」と考えれば、社会改革の方向にも意識が向いて、やはり安倍元首相個人を殺そうという考えにはならなかったかもしれません。

それにマスコミの責任もあります。安倍元首相のビデオメッセージについても、報道したのは「しんぶん赤旗」ぐらいです。一般のマスコミがこのときに「安倍元首相はけしからん」と言っていれば、山上容疑者はマスコミに任せて自分は手を出さなかったかもしれません。


もとはフェミニズムから出てきた言葉で、「個人的なことは政治的である」という言葉があります。
男女のことや家族などの問題も、国家などの政治的なこととつながっているという意味です。
山上容疑者は、自分の家庭が崩壊したことを個人的な不幸と思っているようですが、「個人的なことは政治的である」という言葉を知っていれば、またとらえ方が違っていたはずです。
また、マスコミも「暗殺」や「テロ」という言葉を使わず山上容疑者の個人的な犯行ということにしていますが、マスコミも「個人的なことは政治的である」という言葉をかみしめるべきでしょう。



ここで簡単に安倍元首相の足跡を振り返っておきたいと思います。

第二次政権のときの安倍氏は、首相の権力を自由自在に使いこなしていたという印象があります。
一般論として国家は巨大なのに個人は小さいので、個人が首相の権力を使いこなすのは容易なことではありません。しかし、安倍氏は第一次政権の挫折で人間が一回りも二回りも大きくなったのでしょう。第二次政権のときは余裕の政権運営でした。
閣僚も官僚も思い通りに動かし、それだけでなく閣僚や官僚は安倍氏の意向を忖度して先回りして動きました。そうした中で森友学園問題、加計学園問題、桜を見る会問題が起きました。
当時の財務省の佐川宣寿理財局長は、森友学園問題で公文書改ざんを指示し、みずからも虚偽答弁をしましたが、これは安倍氏が命じたのか佐川氏がみずから動いたのか、現在にいたるもわかりません。それぐらい安倍氏と官僚は一体化していたということです。

それだけ権力を使いこなして安倍氏はなにをしたかというと、評価が分かれるところです。
私は否定的な評価をこのブログにずっと書いてきましたから、ここではなにも言わないことにします。

ともかく、安倍氏は「強いリーダー」となりました。
国民は強いリーダーを好むものなので、ずっと高支持率でした。

しかし、実際のところは、強いリーダーはろくなものではありません。
プーチン大統領、習近平主席、トランプ前大統領を想像すればわかります。ここにヒトラー総統をつけ加えることもできます。

ともかく、日本国民は強いリーダーとして安倍元首相を記憶にとどめるでしょう。
そして、その記憶が薄れるとともに、改憲問題も慰安婦問題も靖国参拝問題もフェードアウトしていくでしょう。

安倍元首相の冥福を祈ります。

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第26回参院選が6月22日に公示されました。

選挙において若者の投票率が低いので、「若者は投票に行くべきだ」とか「若者はもっと政治に関心を持つべきだ」という呼びかけが行われますが、こういう発想は根本的に間違っています。
若者の活字離れやテレビ離れに対して、「若者はもっと本を読むべきだ」とか「若者はもっとテレビを見るべきだ」と呼びかけるのと同じで、なんの解決にもなりません。

投票率を上げたいなら、政治をおもしろくすることです。
手っ取り早いのがエンターテインメントの要素を入れることです。

れいわ新選組はそのへんをうまくやっています。
「れいわ景気爆上げダンスパーティ」と称して、バンド演奏と、やぐらを組んだ上での盆踊りで駅前に人を集め、山本太郎候補も浴衣姿で演説しています。

自分の主張が正しいと思うなら、それを世に広めるために工夫をするのは当然のことです。
自由民権運動のときは、川上音二郎が「オッペケペー節」に乗せて自由民権の主張をしました。

NHK党も暴露系YouTuberを比例区に立候補させて、政見放送のときになにか暴露するのではないかという期待を集めていますし、黒川敦彦幹事長はNHKの「日曜討論」において、「安倍晋三元首相は統一教会の集会に参加していたし、高市早苗氏も統一教会に関与していた」「自民党はCIAから資金をもらっていた。これはアメリカの公文書ではっきりしている」と発言し、これはマスコミにはほとんど取り上げられませんでしたが、ネットでは盛り上がりました。


れいわ新選組もNHK党も新興政党で弱小政党です。こういう政党は有権者にアピールするのに必死です。
れいわ新選組の「消費税廃止」という公約は、疑問に思う人も多いでしょうが、エッジが立っていてアピールするのは確かです。
NHK党の「NHK受信料を払わない国民を守る」という主張は、親元を離れて一人暮らしを始めた若者にとってNHK受信料は切実な問題ですから、これも若者には大いにアピールしているのでしょう。

既成政党の旧態依然としたやり方が日本の政治を沈滞させて、若者の政治離れを招いているのです。


日本の政治を活性化させて、若者の関心を引くようにするには、れいわ新選組やNHK党みたいなベンチャー政党がどんどん出てくるようにすればいいのです。
ところが、日本では逆の方向に進んできました。
二大政党制を目指してきたのです。
中選挙区制を廃止し、ドイツ式の比例代表制を併用しつつも基本はアメリカやイギリスのような小選挙区制にしました。
「小選挙区制にすれば二大政党制になる」という理屈なのですが、そんなはずがありません。

アメリカやイギリスが二大政党制になるのは、おそらく一神教の二元論的な世界観が国民に根付いているからでしょう。
日本のような国が小選挙区制にすれば、みんなが「寄らば大樹の陰」と思うので、「一大政党制」になってしまいます。
いったんそうなれば、政権担当経験のない弱小野党に政権は任せられないので、「一大政党制」が「一党独裁」になってしまいます(今そうなりつつあります)。


今は「多様性(ダイバーシティ)」のたいせつさが言われる時代です。
日本は逆の方向に進んできたわけです。
日本人は米英を民主主義国のお手本と思っていて、真似すればいいと思ったのでしょう。
それと、ピラミッド型の中央集権国家を理想と思う人が多かったのでしょう。

中央集権国家か多様性のある国家か――というのは、大きな価値観の対立です。

これは現代思想ではドゥルーズとガタリが『千のプラトー』で述べたことですが、「ツリーかリゾームか」という言葉で知られてきました。
これまでの西欧の価値観は、中心のあるツリー型を理想としてきたが、これからは中心のないリゾーム(地下茎)型を目指すべきだというのがドゥルーズとガタリの思想です。
中央集権国家が有利なのは戦争のときぐらいです。多様性のある国家のほうが時代の変化に対応しやすく、経済力、文化力、科学技術力のどれにおいても有利なはずです。


ともかく、日本の政治は多様性を排除する方向に進んできました。
政党交付金の対象となる政党は、所属国会議員が5人以上で、全国の得票率が2%以上とされるので(政党要件)、小さな政党がだんだん大きくなっていくというのが困難です。
また、立候補の供託金が、1人当たり小選挙区で300万円、比例区で600万円と巨額で、得票数が少ないと没収されてしまうので、この点でも新興政党や新人候補はきわめて出にくくなっています。
公職選挙法による選挙運動の制約もきわめて複雑で、経験のある人に仕切ってもらわないで選挙運動をするのは困難です。

要するに既成政党と現職議員が新興政党と新人候補を排除するために選挙制度を変えてきたのです。
その結果、既成政党と現職議員が現状にあぐらをかいて(野党議員もそれなりに恵まれています)、日本の政治はつまらなくなったのです。
若い人が興味を持たないのは当然といえます。

若い人を啓蒙して政治に興味を持たせようというのは方向性が違っていて、選挙制度を変えるのが正しいやり方です。
しかし、現職議員たちは既得権益を守るために変えたがらないでしょうから、これはむずかしい問題です。

ただ、最近選挙権年齢が18歳以上に引き下げられました。これはよい変化です。
引き下げられたのは選挙権だけで、被選挙権はそのままで、衆議院25歳以上、参議院30歳以上です。これは中途半端な変え方です。
ここは被選挙権も18歳以上に引き下げるべきです。
18歳の候補者が選挙に出れば、若い世代のための政策が出てくるでしょうし、若者も政治に興味を持つようになるはずです。
世代間の考えの違いというのは意外と大きいので、若い世代が政治に参加すると議論が活発化するのは確実ですし、日本の政治もよい方向に変わるに違いありません。


なお、私の考えは、選挙権の年齢制限をなくし、0歳から選挙権も被選挙権も持てるようにするというものです。
そうすれば、ネットの有名人である少年革命家ゆたぼん(13歳)さんも選挙に出られますし、中学生が地方議会の議員になって、校則やら給食やらについて議論するということも起こりえます。若者はたいてい戦争反対ですから、安全保障政策も変わるはずです。

老人国家になった日本を若返らせるいちばんいい方法です。

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