年寄りの決まり文句といえば、「昔はよかった」と「近ごろの若い者はなってない」のふたつです。若い者にとって困るのは、これに対するうまい反論がないことです。
年寄りは今と昔のふたつの時代を知っていますが、若い者は今しか知りません。年寄りがふたつの時代を比較して、「昔はよかった」と結論を出せば、今しか知らない若い者は反論ができないのです。
「近ごろの若い者はなってない」についても同じことがいえます。年寄りは「昔の若い者」(つまり自分たちのこと)と「今の若い者」と両方知っているのに、若者は片方しか知らないわけです。
 
しかし、「近ごろの若い者はなってない」については必殺の反撃があります。
「近ごろの若い者はなってない」といわれたら、「へえー、そうですか。じゃあ近ごろの赤ん坊はどうですか?」と聞き返すのです。
おそらくたいていの人は答えに詰まると思うのですが、まともに答えてくれる人なら、「いや、赤ん坊は今も昔も同じだよ」というでしょう。
そうすると、「じゃあ、近ごろの幼稚園児はどうですか?」というのです。もちろん、「近ごろの小学生はどうですか?」「近ごろの中学生はどうですか?」という二の矢、三の矢も用意しています。
赤ん坊は今も昔も同じなのに、今の若者はだめになったとすれば、それは若者の育った環境に問題があるということであり、その環境をつくった年寄りに問題があるということです。いやおうなしにその結論へ導かれるはずです。
「いや、環境のせいではなくて、近ごろの若者の心がけが悪いからだ」という人もいるかもしれません。その場合も、「近ごろの赤ん坊も心がけが悪いんですか?」と聞けばよいでしょう。
 
生まれたばかりの赤ん坊は今も昔も同じです。長谷川真理子という進化生物学者は、「現代人はラップトップを持った原始人だ」といっています。原始の時代から人間はほとんど変わっていないということです。
赤ん坊を基準にして人間を考えるといろんなことがわかってきます。これは「科学的倫理学」の基本でもあります。