盗みで生計を立てている泥棒家族があったとします。小さな子どもは見張りなどをして親の盗みを助けていて、親からは「よい子だ」とほめられていました。しかし、その子どもはある日、「盗みはよくないことだよ。もう手伝わない」といい、親から「悪い子だ」と叱られてしまいました。
ヤクザの世界では、カタギを脅してでも親分に多くの金を上納するのがよいヤクザで、カタギを脅すのはいやだというのは悪いヤクザです。
ナチス支配下においては、ユダヤ人を強制収容所送りにすることがよいことで、ユダヤ人をかくまうことが悪いことです。
つまり、悪人の世界においては、悪が善で、善が悪だということです。
 
では、私たちの住んでる社会は、どうなのでしょう。私たちは善人の世界に住んでいると思っていますが、ほんとうなのでしょうか。
SFでは、枢軸国が連合国に勝利した世界というのが古典的なネタとしてあります。その世界では当然、英米などの価値観は退廃的な悪い文化とされています。
連合国が勝利した世界と、枢軸国が勝利した世界と、どちらが善人の世界なのでしょう。私たちは連合国が勝利した世界が善人の世界だと信じていますが、その根拠はあるでしょうか。もともとは英米が先行した帝国主義国で、ドイツや日本は遅れた帝国主義国でした。
 
はっきりいうと、私たちの世界が善人の世界だという根拠はありません。
もし私たちの世界が悪人の世界なら、私たちが善と思うことは実は悪であり、悪と思うことは実は善だということになります。
それなのに、学者、知識人を含む多くの人たちが、「あれが善で、これが悪だ」と善悪の判断をしています。まったく愚かなことです。
 
私たちの世界では、戦争、テロ、犯罪が絶えません。娯楽映画の多くは実は大量殺人を描く映画です。ビンラディンが殺害されたときは、多くの人が歓声を上げました。これはむしろ悪人の世界に似ていないでしょうか。
ちなみに、山口組と住吉会が抗争したとき、善と悪が戦っていると考える人はまずいないでしょう。ほとんどの人は悪と悪が戦っていると思うはずです。連合国と枢軸国の抗争も同じようなものでしょう。
 
私たちの住む世界は悪人の世界ではないか。そこを出発点にすると、あなたの思想はどんどん深化していくはずです。