人類はあらゆる分野で進歩を遂げてきました。経済、科学技術、芸術、文化などですが、もうひとつ進歩してきたものがあります。それは「悪」です。
なぜ悪が進歩してきたかというと、善人と悪人が戦うと悪人が勝つからです。つまり生存競争において善人は淘汰され、悪人は生き残り、その結果、世の中は悪人ばかりがはびこることになりました。
 
善人と悪人が戦うと悪人が勝つというのは理解できるでしょう。悪人はだまし討ちも平気ですし、善人にはできない残酷な手口を使うこともできます。善人が勝つときもあるでしょうが、善人は相手を徹底的にやっつけることはしません。しかし、悪人が勝つと、相手を徹底的にやっつけ、さらに奴隷にしたり、手下にしたりします。
 
ですから、善人は負けたくなければ、自分も悪人になるしかありません。
たとえば、江戸時代の日本は平和で、庶民は幸福でした。ペリーがきたときも、追い払ってしまいたかった。しかし、列強と戦うと負けることが明らかになりました。そのため日本は列強と同じ悪い国になる道を選択したのです。
軍事技術を学ぶだけで戦争の強い国になれるわけではありません。人殺しのできる人間が大量に必要です。そのため庶民は学校と軍隊で非人間的な訓練を受けることになり、日本は平和でも幸福でもない国になりました。
しかし、悪人は自分と他人をだます悪知恵を持っています。日本は近代化したよい国になったとされました。
 
白人と黒人が奴隷海岸で出会ったとき、なぜ白人が黒人を奴隷にし、その逆ではなかったのでしょうか。
それは文明化した白人のほうが黒人よりも悪人だったからです。黒人はあまりにも善良だったので、白人と戦うことすらせず奴隷にされてしまいました。
そして、白人は、黒人は人間ではなく動物である、野蛮である、愚昧である、犯罪的であるなどと理由をつけて自分を正当化しました。ここでも悪知恵を働かせたのです。
 
以上述べたことは、現在の倫理学の常識とは正反対だと思います。
つまり倫理学のコペルニクス的転回です。
この新しい倫理学を私は「科学的倫理学」と呼んでいます。
 
「科学的倫理学」によると、われわれ現代人は史上最悪の悪人だということになります。
自分が悪人であるということはなかなか認めたくないものです。そのため今まで、倫理学はまったくでたらめな学問となっていたのです。
自分が悪人であると認めた人には真実の扉が開かれます。