昔、新聞の投書欄で、夫を亡くした奥さんの悲しみを訴える文章を読み、今も印象に残っています。その夫は病院食を食べながら、「これ、おいしいからお前もお食べ」といってくれたそうです。
夫の思い出として書いてあるのはそれだけで、どんな職業かどんな性格の人かもわかりません。しかし、そのひと言ですべてがわかるような気がします。
私の勝手な想像ですが、その夫は会社ではあまり出世しなかったのではないでしょうか(会社員だとしてですが)。「おいしいからお前もお食べ」というような人は、人を押しのけるようなことはしなさそうだからです。周りの人から信頼され、必要とされながら、そこそこの地位で終わった人のような気がします。
 
「おいしいからお前もお食べ」ということがいえる人はめったにいないでしょう。私は昔つきあっていた女性から、正反対の父親の話を聞きました。
彼女が子どものころ、父親はいただきもののおいしいお菓子を、彼女と弟がうらやましい思いで見つめているのに、1人で全部食べてしまったそうです。食い物の恨みは恐ろしいといいますが、彼女はいまだに根にもっていました。
もちろんその父親は、つねにそういうふるまいをする人でした。
 
愛情があるかないかは、日々のひとつひとつの行動に表れます。
映画やドラマでは、テロリストやギャングに人質にされた子どもを父親が命がけで救出し、それが愛の証であるかのように描かれますが、ばかばかしいことです。テロリストやギャングと戦うのはならず者にもできます。愛があるなら毎日の食卓のふるまいに表れます。
 
「おいしいからお前もお食べ」というような人は社会の隅に追いやられ、自分のことばかりを考える人が幅を利かす世の中です。このことは「悪人は善人を駆逐する」というエントリー(http://blogs.yahoo.co.jp/muratamotoi/3886993.html)でも書きました。
 
こうした世の中を逆転させるのが私の野望です。