人間は自分の死を受け入れられないのと同様、自分の老いもなかなか受け入れられません。そこで、じたばたして、いろんなことを考え出します。
 
ひとつは、老いによって衰えることをむしろ肯定的にとらえようという考え方です。この代表的なものが、赤瀬川原平さんの言い出した「老人力」です。年をとってボケてくると、それを「老人力がついた」と表現するわけですが、これはかなりシャレのきいた表現というべきでしょう。
実際は、そんなシャレのきいていないことがよくいわれています。たとえば、「年をとると頭の回転は遅くなるが、経験値がそれを補うので、人間の能力は限りなく発展していくのだ」みたいなことです。
ある程度そういうこともいえなくはないですが、限度があります。年をとるとともに総合力も低下するというのが現実でしょう。所詮はむだな抵抗です。
 
もうひとつは、老いることそのものをなんとかしてなくそう、あるいは遅らせようという考え方です。この代表的なものが、最近よく聞く「アンチエイジング」です。たとえば、美容整形手術で顔のシワをとる、お腹の脂肪をとる、歯はインプラントにする、さらには臓器を取り替える(誰の臓器?)というようなことで老化に抵抗するわけです。最近はサーチュイン遺伝子という老化を抑制する遺伝子が注目されており、動物実験ではサーチュイン遺伝子を活性化させることで寿命が20~30パーセントも延びたということです。
しかし、これとても限界のあることは明らかです。臓器の取り替えはできたとしても、脳の取り替えはできません。これもまた、むだな抵抗です。
 
われわれは老いを受け入れるしかありません。そして、これがもっとも長生きする道でもあると思います。人は老いて死ぬ存在であることを認めてこそ、なんとかそれを遅らせようと健康に留意するようになるからです。