1983年から数年間、「覚せい剤やめますか? それとも人間やめますか?」という大規模なキャンペーンが行われました。「覚せい剤はあなたを廃人に」というCMもありました。昔はむちゃくちゃなことがまかり通っていたものです。人権後進国といわれてもしかたがありません。
ちなみにそのテレビCMはこちら。
 
「覚せい剤やめますか? それとも人間やめますか?」のどこが悪いんだ、と思う人もいるかもしれませんね。
悪い理由はふたつあります。
ひとつは、覚せい剤中毒になって、そこから抜け出ようとがんばっている人をひどく傷つけるということです。一度覚せい剤をやったやつは人間じゃないとか、廃人だとかいわれてるわけですからね。
こんなことは、覚せい剤中毒になった人の立場に立ってみればすぐにわかることです。
 
もうひとつの理由は、これでは覚せい剤追放の効果があまり期待できないばかりか、かえってマイナスになってしまう可能性があるということです。
 
「緩慢な自殺」という言葉があります。アルコール依存症や薬物依存症になる人の心理を表現した言葉です。つまり、人生に疲れ、希望をなくしたためにアルコールにはまり、このままでは体も生活もだめになるとわかっていても、そこから抜け出す気にならない。だから、「緩慢な自殺」だというわけです。
人生がなにもかもうまくいかず、自暴自棄になっている人に対して、「人間やめますか?」などといえば、「いっそのこと覚せい剤をやって、人間をやめてやるか」と思って、逆に手を出す人がいるかもしれません。
「覚せい剤やめますか? それとも人間やめますか?」のキャンペーンが有効だと思う人は、人間をやめたくない人で、ほかの人も自分と同じだと考えているのでしょう。しかし、世の中には人間をやめたい人もいるのです。
 
それから、覚せい剤についてなんの知識もなく、友だちからやせる薬だとか元気になる薬だとかいわれて、軽い気持ちで手を出してしまう人が多いとよくいわれます。そういう人に対しては、このキャンペーンは有効かもしれません。しかし、そういう人はほんとに多くいるのでしょうか。私は疑問に思っています。
普通の人は、医者でない人から薬を勧められたら少しは警戒します。しかも、それは注射器や“あぶり”で摂取する薬なのです。なにも知らずに軽い気持ちで手を出すなんていうことがあるでしょうか。
私の考えでは、覚せい剤に手を出す人は、「緩慢な自殺」とまではいかなくても、今の生活に大きな不満や違和感を感じている人です。たとえば、家庭でも学校でも居場所がなく、不良仲間がよりどころになっているような人は、不良仲間から勧められたら覚せい剤に手を出してしまうでしょう。
そういう人に対しては、このキャンペーンはなんの効果もないばかりか、むしろ逆効果です。なぜならこのキャンペーンには、今の生活に悩んでいる人への思いやりややさしさがまったくなく、あるのは脅しだけだからです。こんなキャンペーンが横行する一般社会よりも、「この薬をやれば元気になるよ」とやさしさを装って勧めてくる裏社会へと多くの人が傾斜していっても不思議ではありません。