人間はあくまで動物ですから、人間の行動の基本的な部分が生物学的に規定されるのは当然のことです。たとえば、ホッブスは人間の自然状態を「万人の万人に対する戦争」であるといいましたが、進化論からすればそんな動物はすぐに絶滅してしまうはずで、ありえないことです。これからは進化生物学と整合性を持たない思想は淘汰されていかねばなりません。
というわけで、大震災後という、ある意味よいタイミングで出版されたこの本の書評を書いてみます。
 
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小田亮著「利他学」新潮選書
 
小田亮さんはもともとサル学の人で、本書は社会生物学、進化心理学、人間行動進化学といった分野の本になります。
 
大震災後、被災者たちの互いに助け合う姿が報道されて世界の感動を呼び、また世界中の人々から被災者への援助が寄せられました。人間はなぜこのような利他行動をするのかということを、主に進化生物学を使って科学的に説明したのが本書です。「利他学」というタイトルそのままです。
つねに科学的データに基づいて書かれ、文章も平明です。科学的データから離れて著者の推測を述べる部分は、ちゃんとそれとわかるように書かれています。
 
ただ、私には決定的な不満があります。それは、本書が利他学の本であるということです。
利他学の本に利他学の本であるからけしからんなどというのはいいがかりとしか思えませんが、たとえていえば、高血圧の予防法とか、ガンになりにくい食事とか、そんなことが知りたくて「健康本」なるものを手にとってみれば、もっぱら健康のすばらしさばっかりが書かれていたみたいなことです。健康のすばらしさを知ったからといって、それがなにかプラスになるということはありません。
 
利他学はあっていいのですが、もうひとつ利己学も必要です。利他学と利己学は車の両輪のようなもので、利他学だけではほとんど意味がないのではないでしょうか(もちろん第一歩としての意味はあります)。
 
大震災で被災者はすばらしい利他行動を示しました。その一方で、原発事故を招いたのは、政府、電力会社、原子力の専門家たちの利己的なふるまいでした。彼らはみずからの利益のために“安全神話”をつくりだし、原発建設予定地にお金をばらまき、その地域の人たちも利己的な行動として原発を受け入れました。
また、戦争は人々を不幸にする最大のものですが、人類がこれまで限りなく戦争を繰り返してきたのは、互いの利己行動がぶつかりあったからでしょう。
私たちの幸不幸はほとんど利己行動によって決定されているといっても過言ではありません。お金を手にしたり恋人を得たりすることで私たちは幸福になり、他人の利己行動によって幸福を奪われ、また自分の利己行動によってみずから不幸を招いてしまいます。
こうした利己行動も当然進化してきたはずです。
 
文系の学者は社会の矛盾や問題点を見て、そこから発想するのが普通だと思いますが、理系の学者はあまり社会の矛盾を見ない傾向があると思います。大学の先生ともなれば生活の不安はないし、社会の矛盾など見なくても生きていけるのでしょうか。
 
私たちのたいていの行動は、利己的であると同時に利他的でもあります。
たとえば、贈り物という行為は、一般的に利他的な行動と見なされていますが、文化人類学で「贈与の一撃」という言葉があるように、贈り物によって相手に精神的な負債を与えて自分が優位に立つという利己的な面もあります。
また、商売というのは主に利己的な目的でするものですが、客に喜ばれるという利他的な要素を追求することで結果的に成功します。
かといって、商人が「お客様のもうけが第一、こちらのもうけは二の次です」と語る言葉をまに受けてもいけません。
つまり、利己的要素と利他的要素は複雑にからみあっており、それを解明することにこそ学問の醍醐味があるのではないでしょうか。
利他学だけでは物足りないのです。
 
 
ところで、利他学と利己学を車の両輪として考えたとき、道徳をどう位置づけるかという問題が出てきます。
ダーウィンは、人間は利他的性質をもとに道徳をつくりだしたと考えました。「利己的な遺伝子」で有名なリチャード・ドーキンスも同じ考えですし、小田亮さんも同じ考えのようです。
しかし、私は人間は利己的性質をもとに道徳をつくりだしたと考えました。
常識とはまったく逆なので、私はこれを道徳観のコペルニクス的転回と呼んでいます。
そして、これによって人間のすべての行動を合理的なものとしてとらえることができ、人文・社会科学における科学革命が始まると考えています。
 
小田亮さんが今後、進化生物学による人間行動の研究を進めていかれるときには、この道徳の位置づけの問題をぜひ考慮していただきたいと思いますし、進化生物学界全体でも考慮していただきたいと思います。
 
道徳観のコペルニクス的転回については、村田基のホームページでより詳しく説明しています。