暴力団追放運動というのが昔からありますが、私にはこれが不思議でなりません。
たとえば、暴力団事務所の使用差し止め訴訟というのがあります。地元住民が出ていってほしいと思うのはわかるのですが、マスコミがこの手の訴訟で住民側に好意的なのは不可解です。なぜならこれは地域エゴ、住民エゴだからです。
追い出された組事務所は、結局どこかほかの土地に移ることになるはずです。ほかの土地の住民のことを考えれば、単純に賛成できることではありません。
暴力団追放運動は全国的に展開されていますから、追い出された暴力団はどうすればいいのでしょう。日本にいる限り追放運動にあってしまいます。いずれ海の中にでも消えていってくれるというイメージなのでしょうか。
 
いや、暴力団追放運動は最終的に暴力団の解散を目指しているのでしょう。
しかし、暴力団が解散を決めたら、解散した暴力団の元組員は一般社会で就職し、1人の市民として普通のアパートなどに住むことになります。一般社会は元組員を受け入れなければなりません。そこでまた元組員追放運動が起きるとしたら、マンガとしかいいようがありません。
 
ですから、暴力団追放運動は元組員受け入れ運動と表裏一体で展開されなければなりません。
しかし、元組員受け入れは誰もがいやなものです。そのため、今は暴力団追放運動だけの片翼飛行のような状態になっているわけです。
アメとムチでいえば、ムチだけあってアメがない状態といえましょうか。
そして、今の暴力団員は自分たちが一般社会からなかなか受け入れられないことを知っているので、暴力団員であり続けざるをえません。
昔の兵法では、城攻めをするときは完全に包囲するのではなく、逃げ道をつくっておけという教えがあります。逃げ道がないと死に物狂いで戦ってくるからです。今の暴力団追放運動は、逃げ道をつくらないやり方になっています。
したがって今、警察庁やマスコミがやるべきことは、暴力団追放運動よりも元組員受け入れ運動に力を入れることです。
元組員が一般社会に受け入れられ、幸福に暮らしていけるような世の中をつくることこそが最大の暴力団対策です。
 
暴力団追放運動ばかりが展開されている今の世の中は、いわば石が流れて木の葉が沈む、アベコベの世界です。