高校の教科書で大家族や核家族について学んだとき、なんとなく核家族というのは家族の最終形態なのかなと思いましたが、まだまだ先があるようです。7月4日の朝日新聞「天声人語」によると、NHKの「きょうの料理」が始まったとき、材料は6人分だったそうですが、それが4人分になり、今は2人分が多くなっています。昨秋の国勢調査の抽出速報によると、家族構成では1人暮らしが31%で首位になり、家族の平均人数は2・46人と最少を更新しました。
 
リーマン・ショック後の不況のとき、派遣村ができて、大きな話題となりました。このときはあくまで失業問題ととらえられ、派遣村に集まった人に対して、なぜ貯金がないのか、仕事をえり好みしているのではないかといった非難が浴びせられました。しかし、私はむしろこれは家族の問題ではないかと思いました。会社の寮を追い出されたとき、20代、30代の独身者で帰るべき実家のない人が思いもかけず多くいたということなのです。
両親が亡くなっていたら帰るべき実家がないのは当然ですが、そのケースはそんなに多くないでしょう。親がいるのに、親は住むところをなくした子どもを受け入れようとしない。これはまさに家族の絆が崩壊した姿です。
 
去年はNHKが取り上げたことで「無縁社会」が大きな話題になりました。年間3万人以上が無縁死しているそうです。これに対しても、高度成長期に自由で豊かな生活を求めて都市に集まり、みずから無縁化したのだから、悲惨なこととして報道するのはおかしいという批判がありました。こうした批判もまた、家族の問題を無視しています。
子どものない高齢者が無縁死するのはある程度やむをえないことですが、無縁死する人はみんな子どもがいないのでしょうか。たぶんそんなことはないと思います。子どもがいるのに、子どもと縁が切れているというケースも多いはずです。自由で豊かな生活を求めて都市に集まったことで地縁は切れてしまうかもしれませんが、自分の子どもとの血縁まで切れたとすれば、それはやはり家族の問題としてとらえないといけません。
 
昨今、引きこもりが大きな問題となっているのは、今さらいうまでもありません。引きこもりは、社会との接点をなくした状態と見なされますが、実は家族との接点もなくした状態です。引きこもりの子どもは自室に閉じこもり、家族との会話を拒み、食事も夜中に1人でインスタントラーメンをつくるなどして、極力家族との接点を持たないようにします。家庭内に単身世帯をつくっているような状態といえましょうか。
 
文明の進展とともに家族関係は崩壊していきます。アジア的なところに西欧的なものを取り込んだ日本、韓国、中国でその崩壊のスピードが顕著です。
しかし、日本にはその現実から目をそらす人がまだまだ多いようです。