ノルウェーのテロ事件で逮捕されたアンネシュ・ブレイビク容疑者の拘留延長を判断する審理がオスロの裁判所で開かれ、容疑者は「欧州をイスラムの支配から救うためだった」などと政治的な主張を述べました。容疑者はネット上に1500ページにものぼる声明を発表しており、ここでも政治的主張を述べています。当面、こうした主張に注目した報道がなされるかもしれませんが、私は昨日の「政治的人間の心理」というエントリーでも述べたように、そうした政治的主張よりも、容疑者の幼児期からの親子関係に真の原因があると考えています。
 
では、容疑者の親子関係はどういうものかというと、ほとんど報道がありません。その中でようやく見つけたのがこれです。
 
 
ウォール・ストリート・ジャーナル日本版」2011 7 25 9:03 JST
『最近までオスロ西部で母親と暮らしていた同容疑者はイスラム過激派とはかけ離れたところにおり、しばしばネット上で、欧州におけるあまりに融和的な多文化主義と「イスラム植民地化」に反対する主張を展開していた』
『また、自分自身とのインタビューでは、自分は中流の「普通のリベラルな」家庭で育った平均的なノルウェー人だとし、その保守的な考え方は、同国の右翼政党「進歩党」の青年部に所属していた十代の間に固まったとしている』
 
 
本人が「普通のリベラルな」家庭で育ったと言っても、必ずしも信用できません。また、父親のことが書かれていないのも気になります。
家庭というのは密室ですから、外部からはほとんどわかりません。報道がないのはそれも理由でしょう。
また、犯罪者の成育歴や家庭環境が報道され、親の責任が追及されるようになることは、世の親たちにとってあまりうれしい事態ではありません。それも報道が少ない理由でしょう。
それに、もしこの事件が日本で起こっていたら、今ごろ日本は犯人に対する怒りで沸き立っていたでしょう。そこに犯人の親のことが報道されたら、親にも怒りが向けられます。今のノルウェーもそういう状態なので、親や家庭についての報道が少ないのかもしれません。
 
ですから、容疑者の成育歴を追究するような報道は今後も望み薄かもしれません。これは一種のタブーなのです。
しかし、このような異常な事件の犯人は、異常な人格の持ち主です。異常な人格は異常な環境で形成されます。異常な環境があるとすれば、それは家庭以外に考えられません(地域社会や学校がそれほど異常なはずはないので)
異常な家庭環境というのは、要するに子どもが虐待されていた家庭ということです。
 
ノルウェーは移民や難民に寛容な政策をとってきました。このテロ事件をきっかけに寛容な政策の見直しが議論されるかもしれません。しかし、それは方向が逆です。家庭における不寛容が事件の原因なのです。寛容をより徹底する方向に行かねばなりません。