私の中では、SFは未来に対する恐怖を描くもの、ホラーは過去に対する恐怖を描くものという分類があります。これでは両方ともホラーになってしまいますから、私だけの分類法です。私は基本的にホラーが好きで、スペースオペラみたいな冒険活劇ものは苦手です。
しかし、この分類はSFとホラーの重要な違いをとらえていると思います。
 
SFはアインシュタイン・ショックとスプートニク・ショックによって急速に力を得たジャンルです。
アインシュタイン・ショックというのは、早い話がヒロシマ、ナガサキの原爆の威力を見て、世界中の人が驚いたことです。その背後にやたらむずかしい相対性理論があるということも人々を驚かせました。
そして、1957年、ソ連が人工衛星スプートニクを打ち上げたことでアメリカなど西側諸国は衝激を受けました。これがスプートニク・ショックです。さらに1961年に宇宙飛行に成功したガガーリンは「地球は青かった」と語り、人々を驚かせました。
 
この時代、科学技術の革命的な進歩に人々は未来はどうなるのかという不安と恐怖をいだきました。そうしたとき、未来を描くSFが人気を得たのは当然のことでしょう。
しかし、最近は宇宙開発の停滞が明らかになり、目立って人々を驚かせるような科学技術の進歩もなく、その分SFの人気が低下してきたのはしたかのないところでしょう。
もっとも、遺伝子工学の急速な発展は人々に不安をいだかせています。人が能力や外見を自由に選択できるようになったらどうなるのかということは大きなテーマですが、これはもろに生命倫理の問題ですから、どうしても重くなってしまいます。エンターテインメントにはなりにくいのではないかというが私の考えです。
 
 
ホラーは基本的に過去への恐怖を描くものです。未来は未知ですが、過去は不可知であり、そこに恐怖が生まれます。
たとえばホラーの道具立ては、うっそうとした森、古い屋敷、きしむドア、昔の人の肖像画、墓場、古井戸、伝説、言い伝えなど、要するに過去を感じさせるものが基本になっています。近代的なマンションを舞台にしたホラーもありますが、古い屋敷を舞台にしたものにはやはり負けます。
古いものは死を連想させるので、恐怖をより増大させるのでしょう。
 
現在の自分は過去に規定されています。現在の自分が不幸なら、その原因は過去にさかのぼって探らねばなりません。高度成長期なら、未来に進むことで現在の不幸を克服できるかもしれませんが、今のような停滞の時代には、関心が過去に向きがちです。
そして、過去にはしばしば忌まわしいものが隠されています。
「幼児虐待の心理的問題」というエントリーで少しふれたことですが、アメリカでは子ども時代に親に虐待されたとして親を訴える訴訟が急増し、それに対して、親に虐待されたという記憶はセラピストにねつ造されたものだとして逆に親が子とセラピストを訴えるという訴訟も急増するということがありました。こうしたことの真相を探るにもホラーは適しています。
 
というわけで、当面はSFよりもホラー優位の展開が続くのではないでしょうか。
私は当面、小説を書くつもりはないので、関係ないことですけど。