島田紳助さんのメール106通が週刊誌に公開されました。「黒いつきあい」というので、暴力団幹部とのメールかと思ったら、そうではなくて、元ボクシング選手の渡辺二郎被告とのメールです。それも、メールのやりとりではなくて、島田さんから渡辺被告への片方のメールだけが公開されているのです。どうして刑事事件被告のメールは非公開で、一般人というか芸能人のメールだけ公開なのでしょうか。
私的なメールを一方的に公開することが不当なのはもちろんですが、ここではそれはおいておいて、なぜ島田さんばかりが一方的に非難されるのかについて考えてみます。
 
つきあいというものは、普通は一方的なものではなく、相互的なものです。対等なものといってもいいでしょう。
しかし、暴力団と島田さんの場合は対等とはいえません。暴力団は圧倒的に前科者の比率が高く、今後も犯罪をする可能性が高く、金の稼ぎ方もまともではありません。つまり反社会的存在、あるいは日陰者なのです。一方、島田さんは才能ある大物芸能人で、その芸で多くの人を楽しませています。もし暴力団が島田さんと対等のつきあいをしていたとすれば、マスコミは暴力団に対して、「お前たちに島田さんとつきあう資格はない」と非難するべきです。
ところが、マスコミは暴力団ではなく島田さんを非難しています。どうしてでしょう。
ひとつは、暴力団をいくら非難しても、彼らは少しもこたえないので、非難しがいがないということがあるでしょう。その点、島田さんを非難するのは、大いにやりがいがあります。
つまり、マスコミは弱い者イジメをしているのです。暴力団は手ごわいから、弱い芸能人をやっつけてやろうということです。
 
さらにいうと、いちばん悪いのは、暴力団の排除に失敗した警察です。警察が暴力団をのさばらせているのです。暴力団がのさばっている以上、暴力団とつきあわざるをえない状況も出てきます。警察がちゃんと暴力団排除に成功していれば、暴力団とつきあう者もいません。
ところが、マスコミは警察を非難しません。小さな不祥事は非難しても、警察の基本方針を非難するような根性はありません。
 
つまりマスコミは、権威ある警察を非難できず、手ごわい暴力団も非難できず、そのため、島田さんのような弱い芸能人を非難しているのです。
 
そして、一般の人も島田さんを非難しています。島田さんは人気とお金があるので、やっかみもあるでしょうし、芸能人は差別しやすいということもあるでしょう。
 
マスコミ、一般人、芸能人が騒いでいるのを、警察と暴力団が上から眺めています。