中国の大連に行ってきました。ただの観光旅行です。旅順がすぐ近くなので、ロシア軍の要塞跡を見て、二百三高地にも登りました。
実は中国に行くのは初めてです。初めての中国旅行が大連だというと何人もの人に驚かれました。普通はまず北京か上海に行くのでしょうね(旅行の計画は妻主導で決まります。私はもともと引きこもり系なので、もし結婚していなかったら、海外旅行はしていなかったかもしれません)
 
驚いたのは、一般の人にぜんぜん英語が通じないこと。レストランで「ビアー」と言っても通じないのには閉口しました。結局、冷蔵庫の前まで行って指差して注文しました。白いご飯を注文しようと「ライス」と言っても、やはり通じません。「ハン」とか「パイハン」とか言っても、発音が悪いのかだめです。写真つきのメニューなので、ほかの料理は注文できるのですが、白いご飯はメニューに載っていないのです。
 
ちなみにスペインも、一般の人には英語がまったくといっていいほど通じません。そのことはあらかじめわかっていたので、「ビールをください」など必要な言葉は覚えておきましたから、たいした問題は起きませんでした(私にとってカフェでもレストランでもビールは必須です)
中国では「ニイハオ」と「シェイシェイ」だけ知っていればいいだろうというのは甘い考えでした。やはりちゃんと準備はしなければいけません。
 
これまで20カ国近くに行ってきましたが、その経験で言えるのは、あまり文明的でない、ちょっと田舎っぽい国のほうが旅行して楽しいということです。
たとえば、ヨーロッパでいちばん楽しかったのはギリシャです。もちろん遺跡など観光資源もすばらしいのですが、人間が素朴で、ふれあいがあり、こちらもリラックスできます(それにどこでも英語が通じます)
ギリシャには野良犬がいっぱいいます。それもシェパードやレトリバーのような大型犬が町中や遺跡などいたるところで昼寝しています。野良犬というと凶暴というイメージがあり、最初は警戒心を抱いてしまいますが、そのうちどの犬もおとなしいことがわかり、そうするとこちらも犬好きですから、野良犬を見かけることが楽しくなってきます。
 
私が学生のころはまだ日本にも野良犬がいました。夜中に1人で歩いていて、野良犬の群れに遭遇したときはかなりの恐怖でした。実際野良犬に人が襲われるという事件もよくありました。
当然、野良犬の態度は周りの人間の態度によって決定されます。少なくとも昔の日本人は野良犬にはきびしい態度だったのでしょう。そして、ギリシャ人は野良犬にやさしいのでしょう。ギリシャには野良犬の世話をするボランティアがいるということですが、それだけで野良犬があんなにおとなしくなるとは思えません(夜中にはギリシャの野良犬も群れて行動しているのかもしれませんが、人を襲うことはないのでしょう。もしあれば、野良犬をなんとかしろという声が出てくるはずです)
ギリシャの野良犬のやさしさは、ギリシャ人のやさしさでもあるのでしょう。
 
「その男ゾルバ」という映画があります。イギリス人の作家がギリシャでゾルバという男に出会い、その素朴な人間性や生き方に感銘を受けるというストーリーです。
 
ギリシャはヨーロッパでは田舎です。日本でもどこでも田舎の人は素朴です。文明化あるいは都市化されると、人間は素朴さを失います。つまり邪悪な心が芽生えてくるのです。
こういう考え方が「科学的倫理学」の基本です。
 
もっとも今、ギリシャは財政危機から国債のデフォルトが懸念され、国際金融危機の震源地になっています。
素朴なだけでは生きられません。これがこの文明社会のむずかしいところです。