人間の究極の価値はみな同じというのが人権思想です。
売上の多いセールスマンと売上の少ないセールスマンは、セールスマンとしての価値は違いますが、人間としての価値は同じです。
また、人間は悪人として生まれたり、善人として生まれたりすることはありません。育つ過程で悪人になったり善人になったりするわけです。ボーボワール風に言えば、「人は悪人に生まれるのではない。悪人になるのだ」ということです。
 
こういう立場から現在の暴力団対策を見ると、「ヤクザ差別」という言葉で表現するのが適切です。
今は暴力団対策法と暴力団排除条例があるので、差別行為が合法ということになっていますが、法律自体が差別的ですから、合法であっても差別行為は差別行為です。
 
たとえば東京都の暴力団排除条例では、暴力団関係者を公共工事の入札に参加させないなど都の公共事業から排除することになっています。これはおかしな規定です。暴力団関係者が安くてよい仕事をする場合、それを排除すると税金のむだ使いをすることになります。また、暴力団関係者が正業をすることができなくなると、覚せい剤など非合法な稼業に向かわざるをえなくなります。
また、事業契約において、相手が暴力団関係者と判明した場合一方的に契約を解除できる特約を入れるよう努めなければならないという規定もあるのですが、これも正業をやりにくくさせます。
非合法な稼業を徹底的に取り締まり、正業をする場合はむしろ奨励するというのがヤクザを正しい方向に導くやり方ですが、今は非合法な稼業の取り締まりは中途半端なままで、正業を禁止するという逆のやり方になっています。
 
警察の基本方針は、一般市民に暴力団や暴力団関係者と交際させないというものですが、これは暴力団や暴力団関係者を不可触賤民と見なしているようなもので、差別というしかありません。
警察のするべきことは、暴力団の犯罪行為を取り締まることであって、それ以外にはありません。
 
これは法律とは関係ないことですが、サウナや公衆浴場などで、「刺青の人はお断り」としているところがありますが、これももちろん差別です。暴力団員は確かに刺青を見せて脅迫するということがありますが、だからといって刺青が悪いわけではありません。世界的に見ても、刺青の人を迫害しているのは日本だけです。
 
「ヤクザ差別」という言葉を使うと、今の暴力団対策の間違いがよりはっきりと見えてくるでしょう。