「脱ゆとり教育」が本年度から小学校で始まりました(中学校では2012年度から、高校では2013年度から)。国の教育方針の大きな転換です。
いうまでもなく国あるいは文部科学省は「ゆとり教育」は間違っていたという認識のもとにこの転換を行ったはずです。となれば、これまでの教育が間違っていたと謝罪しなければなりません。
しかし、そんな謝罪は誰も行っていません。
うやむやのうちに転換してしまおうという了見のようです。
 
私のような世代にとっては、ある意味どうでもいいことですが、いわゆる「ゆとり世代」の人にとっては切実なはずです。自分たちの受けた教育が間違っていたとされているのですから。
そのため「ゆとり世代」という言葉は明らかに蔑称となっています。
もちろんつねに若い世代は上の世代からバカにされてきたわけですが、それは根拠なくバカにされてきたわけです。しかし、「ゆとり世代」に関しては、バカにされる根拠があることになります。
「ゆとり世代」は学力がないということになっているからです(これは必ずしも明確な根拠があることではないようですが、少なくとも文部科学省は学力がないと判断して「ゆとり教育」から転換したはずです)
「ゆとり世代」は、自分たちがバカにされるのは文部科学省のせいだとして抗議するべきです。文部科学省がそれを無視するなら、賠償金や慰謝料を求めて訴訟するべきです。
薬害被害者は厚生労働省を訴えています。「ゆとり教育」被害者も文部科学省を訴える資格があるはずですから、教育被害者の会を結成して訴えるべきです。
 
教育はもちろんたいせつなことです。それは教育が人間のあり方を決め、国のあり方を決めるからです。
文部科学省が勝手に教育方針をくるくる変えて(詰め込み教育→ゆとり教育→脱ゆとり教育)、その結果に責任を取らないでいいということになると、これからもいい加減な教育が行われることになります。それを阻止するためにも、「ゆとり世代」は文部科学省に抗議しなければなりません。
あるいは、今教育を受けている世代が「脱ゆとり教育」よりも「ゆとり教育」を受けたいといって抗議するのも当然ありでしょう。
 
現在、いい加減な教育が行われているのは、どうやら文部科学省の権威にひれ伏している人が多いからではないかと思われます。たとえば、日教組に抗議する人はけっこういますが、日教組の組織率はとっくに30%以下になっていますし、日教組が教育を支配しているわけではありません。日教組よりも文部科学省に抗議するべきでしょう。
現在、大阪で行われている大阪府知事選と大阪市長選のダブル選挙で大阪府の教育基本条例が争点のひとつになっていますが、この基本条例も文部科学省の方針の枠内のものですから、教育改革といってもたかが知れています。
 
文部科学省に教育に対する責任感を持たせるためにも、これまで教育を受けてきた人や現在教育を受けている人は、どんどん文部科学省の責任を追及していくべきです。