25日深夜の「朝まで生テレビ」のテーマは「激論!暴力団排除条例と社会の安全」でした。このブログで何度も暴力団について書いたこともあって、ついつい最後まで見てしまいました。
パネリストは以下の人たちです。
 
平沢勝栄(自民党・衆議院議員、元警察官僚)
青木理(ジャーナリスト)
石原伸司(作家、通称「夜回り組長」)
江川紹子(ジャーナリスト)
小沢遼子(評論家)
小野義雄(元産経新聞警視庁・警察庁担当記者)
木村三浩(一水会代表)
古賀一馬(元警視庁刑事、調査会社副代表)
原田宏二(元北海道警察警視長)
三井義廣(弁護士、元日弁連民暴委員会委員長)
宮崎学(作家)
 
 
番組は警察庁からの出席も求めたのですが、断られたそうです。警察にとっては広報のいい機会のはずなのに、情けない話です。
そういうこともあってか、番組全体の流れが警察批判に傾きがちで、司会の田原総一朗さんがなんとか暴力団批判の方向へと流れを変えようとする場面が何度も見られました。
 
私はもともと暴力団について詳しいわけでなく、島田紳助さんのことがあってから、にわか検索で得た知識をもとに暴力団について書いてきましたが、私の書いてきたことが基本的に正しかったことが今回の「朝生」で確認できました。暴力団や暴排条例について詳しい人たちが同じようなことを語っていたからです(もちろんそれに反対の意見の人もいます)。むしろ私のほうが歯切れがいいぐらいです。
たとえば、こうしたことが語られていました。
 
・条例で「交際」を禁止するのは異常だ。「交際」自体は悪くない。
・警察の暴力団対策は、頂上作戦以来ずっとうまくいっていない。
・島田紳助さんは警察に助けてもらえない。
・社会から落ちこぼれる人間がいるのが問題だ。
・暴力団は落ちこぼれの受け皿になっている。暴力団をなくすともっとひどくなる。
・暴力団員は離脱すると生活できない。
・警察は離脱支援や就職支援をしていない。
 
覚せい剤犯罪における暴力団関係者の比率は半分ぐらいで、あとの半分は暴力団関係者以外によるものだとか、警察の逮捕率は戦後しばらくのころよりはるかに低下しているとか、最近の警察は情報を金で買わないので情報収集力がほとんどないとか、興味ある事実も語られていました。
 
私は、暴力団事務所を追放しようという住民運動があるが、これは地域エゴだ、マスコミはなぜ批判しないのだろうということを「暴力団追放運動の不思議」というエントリーで書きました。
その住民運動に関して、ジャーナリストの青木理さんが語っていました。地元(浜松市)の商店街の会長さんだかに取材すると、地元は暴力団と祭りのときも協力するなどうまくやっていたのだが、警察に言われて訴えたのだ、ほんとうはやりたくなかったのだということです。この話を聞いて納得しました。暴力団事務所の追放運動など単なるいやがらせで、なんの解決にもならないことは誰の目にも明らかだからです。
 
暴力団対策がうまくいかないのは警察のやり方が間違っているからで、警察がやり方を改めない限りこれからもうまくいきません。
 
私は暴力団のことも警察の暴力団対策のことも詳しく知りませんでしたが、それでも大筋は正しく考えることができます。それは倫理の根本を知っているからです。
私は「暴力団員も私たちと同じ人間だ」ということを出発点にして考えていきます。しかし、多くの人は「暴力団は悪い、警察は正しい」ということを出発点にして考えていくので、どこまで行ってもデタラメな世界から抜け出られません。
マスコミも「暴力団は悪い、警察は正しい」という前提で報道するので、まったく現実をとらえることができません。
 
暴力団員が私たちと同じ人間なら、なぜあのような悪いことができる人間になるのかという疑問が生じます。この疑問を追究することで善や悪や正義というものがわかってきます。それを私は「科学的倫理学」と名づけています。
「科学的倫理学」の発想を身につければ、世の中の善、悪、正義に関わる問題のほとんどが明快にわかるようになります。