金相場がずっと高値圏にあります。金融危機など世界経済の先行き不透明感から、資金が安全資産とされる金に逃避しているのだと説明されています。
といって、ここで金相場について語ろうというわけではありません。そもそもどうして金にそんなに価値があるのかということについて考えてみます。
 
金に高い価値があるのは、普通こういうふうに説明されます。
 
・産出量が少ない(これまでに産出された総量はオリンピックプール3杯分だそうです)
・工業用に需要がある(コンピュータのCPUなど)
・装飾用に需要がある。
 
ほかにも、化学的に安定していて加工しやすいといった特徴も挙げられますが、要するに工業用や装飾用に需要があるのに、産出量が少なく、その需給によって価値が決まっているわけです(その価値ゆえに資産や貨幣用の需要も出てきます)
問題は、金が装飾用に強い需要があるのはなぜかということです。
それは金の色と光沢が美しいからです。
では、なぜ金は美しいのでしょうか。
言い換えれば、なぜ人は金を美しいと思うのでしょうか。
実は、ここのところについて、はっきり語られることはまずありません。たとえばウィキペディアの「金」の項目を見ても、装飾用の価値について書かれているのはこれぐらいです。
 
「金は多くの時代と地域で貴金属としての価値を認められてきた。化合物ではなく単体で産出されるため装飾品として人類に利用された最古の金属である」
「金は有史以前から貴重な金属として知られていた」
「金とその他の金属の合金は、その見栄えの良さや化学的特性を利用して指輪などの装飾品として、また美術工芸品や宗教用具等の材料として利用されてきた」
 
「見栄えの良さ」という言葉はありますが、どうして見栄えが良いのかは書いてありません。
こういう根本的なことをごまかしているのが、これまでの学問なのです。
 
なぜ人間は金を美しいと思うのでしょうか。
その答えは簡単です。人間は金を美しいと思う性質を生まれながらに持っているからです。
そんなことは当たり前じゃないかと思われるかもしれませんが、これまでその当たり前のことをごまかしていたのです。
 
人間は、甘いものを好み、苦いものを嫌うという性質を生まれながらに持っています。これは進化論からも説明できるので、否定する人はまずいないでしょう。
人間が金を美しいと思う性質を生まれながらに持っていることを進化論から説明するのはちょっとむずかしいかもしれませんが、説明はできなくても、そういう事実があることは明白です。どの時代、どの地域でも、金は価値あるものだったからです。
 
ちなみにカラスはビー玉などの光るものを集めることがあります。光るものを好む性質を持っているのでしょう。人間にも同じ性質があっても不思議ではありません。都会の夜景、花火、星空などは誰でも美しいと思います。
 
人間は金を美しいと思う性質を生まれながらに持っているという考え方は、人間は生物学的存在であって、その性質や能力は生まれながらに決定されているという考え方でもあります。これは人文・社会科学の世界ではタブーとされてきました。
しかし、ものごとを根本から考えようとすれば、人間が生物学的存在であることを無視することはできません。
 
もし人間に金を美しいと思う生まれながらの性質がないとすれば、金の価値は時代の価値観によって変化することになり、資産としての価値に重大な疑義が生じることになりますが、現在の金相場の動きを見れば、誰もが金の資産価値は絶対だと思っているようです。