橋下徹大阪市長はなにかと話題の中心です。週刊誌は、解散総選挙になれば大阪維新の会が300人擁立して200人当選するなどと書いています。しかし、私の考えでは、かりにそうなったとしても日本の政治はよくなりません。
 
128日の橋下氏が出演した「朝まで生テレビ」を見ましたが、橋下氏の論争術もたいしたものではないと思いました。たとえば大阪市長選のマニフェストで区長の「公選制」を掲げていたのに、当選後は「公募制」に変えたことを追及され、答えに窮すると、「では、大阪をどう変えたいのか」と相手に切り返していました。これは明らかにすりかえですが、幸い相手がまともに答えてしまって、すりかえが成功していました。もし相手が論争術にたけた人で、「私の考えはどうでもいいんですよ。マニフェストが間違っていたことを認めるんですか」と切り返していたら、橋下氏は自分の間違いを認めざるをえなくなり、劣勢が印象づけられてしまったでしょう。
ボクシングでいえば、橋下氏はコーナーに追い詰められたものの、うまく身をかわして相手に決定打を打たせなかったという格好です。橋下氏は同じやり方で23回ピンチを切り抜けていました。
テレビ討論では、どちらが正しいことを言ったかではなく、観客が優勢と思ったほうが勝ちです。ボクシングのように有効打の数がポイントになります。
 
しかし、今回のテレビ出演で橋下氏の手口は読まれてしまったでしょうから、今後は同じ手口は使えなくなるのではないでしょうか。
 
その点、小泉純一郎氏はあの手この手で議論に勝利していました。
たとえば、自衛隊がイラクのサマワに行っていたころ、自衛隊は非戦闘地域でしか活動できないと特措法で決まっていたのですが、党首討論の場で岡田克也氏に「サマワは非戦闘地域ではないのではないか」と追及されたとき、「自衛隊がいるところが非戦闘地域だ」とあからさまな詭弁の答弁をしました。岡田氏がその詭弁をその場で追及できなかったために、結局それで通ってしまったのです。
小泉氏は言葉に気迫を込めていたために、岡田氏が気おされてしまったということもあるでしょう。
詭弁が通るというのも困ったことですが、劇場型の政治ではそういうこともあります。
橋下氏にそこまでの気迫があるかどうかですが。
 
また、橋下氏は「統治機構を変える」ということを繰り返し言っていました。これは民主党が「政治主導」や「脱官僚依存」と言っていたことの橋下氏的表現でしょう。
民主党の「政治主導」や「脱官僚依存」がうまくいかなくて、橋下氏の「統治機構を変える」がうまくいく根拠があるでしょうか。はっきりいってまったく見えません。
 
たとえば、「体制維新――大阪都」(橋下徹・堺屋太一共著)という本で堺屋太一氏は、民主党の失敗をたとえて、タクシーの客は行き先を言って運転はプロの運転手に任せておけばいいのに、自分で運転席を占拠してハンドルを握ってしまったようなものだと言っています。
はっきり言って、この認識は甘いのではないかと私は思います。確かに民主党は自分でハンドルを握って失敗したのですが、なぜ自分でハンドルを握ったのかということです。行き先さえ言って目的地に着くのなら、そうしていたはずです。
 
民主党がうまくできなくて、橋下氏にうまくやれるとは思えません。
たとえば、大阪維新の会が300人擁立して200人当選させたとしても、その200人はほとんどが素人同然です。中央省庁の官僚に立ち向かえるとは思えません。鉄砲の打ち方だけ教えた兵隊に近代要塞を攻撃させるようなものです。
「みんなの党」にはある程度実力者がいますが、数が少なすぎます。
 
民主党の失敗に学ばない者は、また同じ失敗をするに違いありません。
 
 
このエントリーをアップしようとしたら、やしきたかじんさんが食道がんで芸能活動を休業するというニュースを見ました。これも橋下氏にはけっこうマイナスになるのでしょうね。