「日本をダメにした○○」という本がいくつもあります。たとえば「日本をダメにした九人の政治家」(浜田幸一著)、「戦後日本をダメにした100人」(ばばこういち著)、「日本をダメにしたこの民主党議員たち」(松木謙公著)、「日本をダメにした売国奴は誰だ!」(前野徹著)、「日本をダメにした10の裁判」(チームJ著)などです。「松下政経塾が日本をダメにした」(八幡和郎著)というのもあります。雑誌の特集やアンケートなどでも同じフレーズがよく使われます。
 
私は「日本をダメにした○○」を目にするたびに、日本はそんなにダメになりやすい国なのかと思って、つい笑ってしまいます。そういう本を書く人は自分を愛国者だと思っているのかもしれませんが、実際のところは日本をバカにしているのではないでしょうか。
たとえば、「天皇家をダメにした○○」という本が出版されれば、不敬だ、天皇家をバカにするのかという声が上がるに違いありません。とすれば、「日本をダメにした○○」はやっぱり日本をバカにしていることになるはずです。
 
もっとも、日本をダメにしたのがアメリカだというのなら、そういう説があってもしかたがないかなと思います。アメリカは圧倒的に強国ですし、日本を占領していたことがありますし、たくみに陰謀を張り巡らされたら、日本としても抵抗のしようがないわけで、決して日本をバカにしていることにはなりません。
 
しかし、たとえば「日本をダメにした九人の政治家」でいうと、何人かの日本の政治家がいかに悪質であったとしても、それだけで日本がダメにされてしまうとすれば、日本はよほどダメにされやすい国だということになります。いや、何人かの政治家が悪質であったとしても、ほかの政治家はどうなのでしょう。日本がダメにされるのを指をくわえて見ていたというのでしょうか。「日本をダメにした九人の政治家」というタイトルは、日本の政治家すべてをバカにして、さらには日本全体をバカにしていることになります。
 
「このままでは日本はダメになるぞ」という意味のタイトルがよく使われるならわかります。これは人々に警告を与え、危機感を喚起して、日本をダメにしないようにしようという意味ですから。
しかし、「日本をダメにした○○」は「ダメにした」と過去形ですから、もうどうしようもないわけです。なぜこんなタイトルがよく使われるのでしょうか。
 
「日本をダメにした○○」というタイトルを好む人は、よほど自虐的なのでしょうか。
いや、そんなことはないと思います。「日本はダメだが、自分はダメでない」と思っているに違いありません。
つまり、「日本をダメにした○○」という本を読む人は、日本全体を見下す優越感を味わっているのです。
 
日本全体を見下して優越感を味わう人というのは自己中心的な人です。
そして、おそらくその人は自分を愛国者だと思っています。
これは一見矛盾しているようですが、そんなことはありません。
愛国者というのは、世界の中で自分の国がいちばん偉いと思っているわけで、やはり自己中心的な発想の人なのです。
 
自己中心的な発想が二重の輪になっていると考えると、利己主義者と愛国主義者の関係がわかり、「日本をダメにした○○」というタイトルが好まれる理由もわかるのではないでしょうか。