最近の若者はあまり出世志向がないそうです。私も若いころは会社勤めをしていましたが、出世したいという気持ちはまったくありませんでした。むしろ上のポストにつかされそうになったら、会社を辞めようかと思っていたくらいです。
出世したくない理由はいくつもありますが、そのうちのひとつについて書いてみます。
 
私は小さい出版社で編集者として働いていましたが、編集者というのは、基本的によい雑誌や本をつくって読者に喜ばれるようにがんばればいいわけです。仕事をがんばることが人の喜びになり、また収入という形で自分の喜びになる。つまり利他行為と利己行為が一致していて、迷いとか葛藤の入り込む余地がありません。ですから、仕事そのものは楽しいわけです(人間関係とか給料が安いとかの問題はありますが)
 
しかし、編集者でも上のポストになると、経費のことを考えるようになり、私のような下っ端にいろいろ言ってくることになります。ひじょうにセコいレベルになると、誌面にあまり写真を使うななどと言ってきます。当時は活版印刷で、写真を入れると写真製版のコストが別にかかったのです。また、評論家のコメントとか入れると謝礼が必要になりますから、もっぱら謝礼など必要のない役所や企業への取材で記事を書けなどと言われました。
出版社というと勤務時間がルーズというイメージがありますが、私のいた出版社はタイムレコーダーがあり、ちゃんと残業代が出ました。残業は30分単位ですから、29分でタイムカードを押すのはバカバカしいことです。ところが、私のすぐ上のポストの人間は、25分くらいになると仕事をやめて帰ろうと言います。さらに上の人間から言われていたのでしょう。こちらは30分か31分でタイムカードを押したいので、そこで妙な駆け引きが生じることになります。
 
なんだか書いていて情けなくなりましたが、中小企業というのはえてしてこんなものではないでしょうか。
 
もっと上のポストの人間になると、印刷会社と価格交渉をします。私も詳しくは知りませんが、相当きびしいやり取りが行われていたようです。そこにおいては、こちらの利益は向こうの不利益、向こうの利益はこちらの不利益という関係で、利他行動と利己行動が完全に不一致になります。
これは大きな葛藤を生じます。こういう立場には立ちたくないと私は思っていました。
 
 
「スマイル0円」で働いている店員は、給料は安くてもそれなりに幸せです。自分のスマイルが客の幸せになり、自分の幸せになるからです。
しかし、その店員が出世して、アルバイト店員の給料を決めたり、仕入先と交渉したりするようになると、まったく違ってきます。アルバイト店員の幸せと自分の幸せが対立し、仕入先の幸せと自分の幸せが対立します。
 
今の若者が出世を望まないというのは、そういう立場に立ちたくないという理由もあるのではないでしょうか。
 
今日書いたことは、前回のエントリー「科学VS倫理学」を補足するものです。
 
悪い人間でなければ出世できないのが文明社会というものです。
悪い人間のおかけでこの文明社会は築かれてきたことになります。
しかし、そろそろ文明社会の転換の時期が迫ってきているのかもしれません。