大阪維新の会の「船中八策」について、立ち上がれ日本の平沼赳夫代表が「国家観がない」と批判しました。もともと橋下徹氏は、みずから志して政治家になったわけではなく、なりゆきでなった人で、地方政治しか経験していないので、そういう批判があるのは当然でしょう。
私も同じく「国家観がない」と批判します。というか、国家観が矛盾だらけです。
 
橋下氏は「明治以来の国の統治機構を変える」ということを再三言っています。その一方で、大阪維新の会というぐらいですから、「維新」という言葉を肯定的にとらえているはずです。そうすると、橋下氏は明治維新をどう評価しているのでしょうか。
明治維新でできた統治機構がよくなかったから変えるというのか、明治維新当時の統治機構はよかったが、経年劣化したから変えるというのか、どちらかよくわかりません。
「維新」という言葉は右翼の好む言葉です。橋下氏は右翼的なイメージが時代に合っていると思って、自分も使ってみたというところではないでしょうか。
 
「船中八策」という言葉はもちろん坂本龍馬からとっています。坂本龍馬はたいへん人気がありますから、橋下氏も使ってみたというところでしょうか。
しかし、坂本龍馬は明治維新の担い手ではありません。18671014日に大政奉還があり、坂本龍馬は同年1115日に暗殺されました。正しくは幕末に活躍した志士というべきです。
明治維新の中心的な担い手は大久保利通であり、西郷隆盛であり、木戸孝允です。この3人のうち、大久保利通と木戸孝允はまったく人気がありません。西郷隆盛は大人気ですが、これは維新政府に反旗をひるがえした人です。
さらにいうと、木戸孝允は人気がありませんが、桂小五郎は人気があります。同じ人間が幕末と明治維新以降ではまったく評価が変わってしまうのです。
坂本龍馬にしても、もし暗殺されずに明治維新の担い手になっていれば、まったく人気がなくなっていた可能性があります。
伊藤博文、山縣有朋となると、さらに人気がありません。高杉晋作、吉田松陰の人気と対照的です。
 
なにがいいたいかというと、明治維新や明治政府や明治時代というのはまったく人気がないのだということです。
このことは明治ものの小説やドラマがまったく人気がないことを見てもわかります。これは「低視聴率の理由」というエントリーでも書きました。
 
人気というのは大衆レベルのことです。ですから、日本の大衆は明治時代が嫌いだということです。八っつあん、熊さんが呑気に暮らしていた江戸時代が好きです。学校に行かされ、規律を学ばされ、横並びで競争させられ、挙句に労働者や兵隊になるしかないという時代を好きになるわけがありません。
もっとも、一部の頭のいいエリートにとっては違います。こういう人は明治時代になると立身出世することができました。
ですから、今でもエリートである知識人はやたら明治時代を持ち上げるのです。
 
橋下氏は「明治以来の国の統治機構を変える」と言っていますが、「維新」という言葉を使い、子どもを横並びで競争させる相変わらずの教育を推進し、地方公務員たたきはしますが、中央官庁の官僚はほとんどたたきません。統治機構のなにを変えるのでしょうか。むしろ“明治返り”しようとしているように見えます。
 
橋下氏のプレーンの堺屋太一氏や古賀茂明氏はもともと中央官庁のエリートです。
 
橋下氏は「明治以来の国の統治機構」という手のひらの上で踊っているだけかもしれません。