日本におけるキリスト教徒の数はひじょうに少なく、人口の1%を越えることがありません。これを“1%の壁”と言うそうです。世界の主要先進国の中ではもちろん最低です。
アジアにおいても日本のキリスト教徒の少なさは際立っています。韓国ではキリスト教人口が29.2%で最大勢力、仏教は22.8%で2位です。台湾は道教が1位で、キリスト教は2位で4.5%、3位が仏教です。中国のキリスト教人口は把握しにくいのですが、ウィキペディアの「中国のキリスト教」という項によると、人口の10%を越える段階に達しているということです。
 
なぜ日本ではキリスト教人口が極端に少ないのかについてはいろいろな議論があります。たとえば「教えてgoo」の「なぜ日本ではキリスト教の普及率が悪いのか?」という質問に寄せられた答えのいくつかを挙げると、もともと日本人は無宗教に近い、一神教は日本人に合わない、国家神道と衝突した、江戸時代に邪教とされた、植民地化されてキリスト教を強制されたことがないから、といったことがあります。
 
しかし、日本人がもともとキリスト教と合わなかったということはありません。なぜならフランシスコ・ザビエルらが布教した戦国時代、キリスト教は日本で急速に信者をふやしたからです。何人ものキリシタン大名が生まれ、キリスト教信者が仏教徒や神道徒を迫害する事例がふえたために秀吉はバテレン追放令を発するほどでした。江戸幕府ももちろんキリスト教を禁止しましたが、キリスト教徒を中心とした大規模な一揆、島原の乱が起き、また、隠れキリシタンとして信仰を続けた人たちがいたことを見ても、その信仰心が篤かったことがわかります。
戦国時代や江戸時代初期にどれくらいのキリスト教人口があったのかはわかりませんが、少なくとも布教が行われた地域においては“1%の壁”があったなどということはないはずです。
 
明治時代にはキリスト教禁制は解かれましたから、戦国時代のように布教が進んでもよかったはずですが、そうはなりませんでした。これがなぜかということを誰も説明できていないようです。
 
そこで、私の考えですが、私はキリスト教が明治維新と一体となってしまったために、日本人はキリスト教を拒否するようになったのだと考えています。
つまり日本人は明治維新が嫌いで、明治時代が嫌いなのです(これは前回のエントリー「踊らされる橋下氏」でも書きました)。
 
考えてみれば、勤皇の志士たちは「攘夷」をスローガンにしながら、自分たちが政権を取ると開国政策に転じてしまったのですから、庶民にしたらこれほどの裏切りはありません。そして、明治政府の三大改革といわれる新学制、徴兵制、地租改正も庶民にとってはなにもよいことがありませんでした。
もっとも、明治政府としてはこうしたことをしなければ日本が植民地化されてしまいかねなかったので、しかたがなかったのですが、庶民としては納得がいきません。結局、この納得いかない感が現在にいたるまで尾を引いていて、そのため日本人は今も国際社会でどうふるまっていいのかわからないのです。
 
もちろん明治維新による欧化政策によって鉄道や電信ができ、それは便利なものとして受け入れましたが、精神的な面、たとえばキリスト教などは受け入れる気にならないのです。
日本の庶民にとって明治時代とは、伊藤博文や東郷平八郎や夏目漱石のような「ヒゲをはやして不機嫌な顔をした男たち」の時代です。
ところが、日本のエリートである知識人はそのことを認めようとせず、明治時代を持ち上げるので、そのためたとえば日本のキリスト教“1%の壁”も説明することができないというわけです。
 
明治維新の評価をめぐるエリート層と庶民の対立葛藤は、西洋近代文明をどう評価するかという問題であり、さらには文明と自然をどうとらえるかという大きな問題にもつながっていきます。