吉本隆明氏が亡くなりました。私の世代には特別な存在でした。60年代末には「擬制の終焉」や「情況への発言」や「共同幻想論」が本屋に積まれ、少なくとも左翼的な学生なら読まなければいけないような雰囲気でした。
しかし、私は吉本氏の難解な文章はまったく苦手なので、吉本隆明全著作集の詩篇を読んでお茶を濁していました。詩なら難解でも読むことができます。ちなみに吉本氏の詩はそれほど悪くはありませんが、たとえば私の好きな田村隆一、萩原朔太郎、三好達治などと比べると、格段に見劣りします。
 
吉本氏が思想界でカリスマとなったのは、ひとつには論争に強かったからです。とくに最初に花田清輝との論争に勝利し、これで論壇でのステータスが確立されたと思われます。
ちなみにサルトルはカミュとの「革命か反抗か」という論争で勝利し、それでカリスマ的思想家としてのステータスを確立しました。現在、橋下徹大阪市長がカリスマ的地位を確立しつつあるのも、論争に強いからでしょう。
論争に勝つというのは、誰の目にもその人が論客として凄いとわかります(正しいことを言っているとは限らないのですが)
 
なぜ吉本氏が論争に強かったかというと、すでに指摘されていることですが、左翼知識人がマルクス主義を金科玉条としていた時代に、吉本氏だけはマルクス主義を絶対視していなかったからです。その分フットワークが軽く、いわば「蝶のように舞い、蜂のように刺す」ことが可能だったのです(その上、あの難解な文章も有利に働いたでしょう)
 
60年代、70年代というのは、思想界ではマルクス主義が崩壊していく過程でした。吉本氏はその先頭を走っていたので、つねに注目され、カリスマ的思想家と見なされるまでになりました。
しかし、マルクス主義がすっかり崩壊してしまった今では、吉本氏の業績も意味のないものになってしまいました。今、若い人が吉本氏の著作を読む意味はほとんどないでしょう。
 
それにしても、吉本氏の難解な文章は一種の“芸”というべきでしょう。
普通、難解な文章というのは、内容がないことをごまかしている場合が多いものですが、吉本氏の場合は必ずしもそうではありません。たとえば、吉本氏は「観念の遠隔操作性」という言葉を使っていたことがあります。私が文脈から判断するに、人間の認識は「灯台もと暗し」になっているということを言っていたようです。たとえば、自分の人生を棚に上げて天下国家を論じるようなことです。ですから、それはそれで重要な指摘です。
ただ、それを「観念の遠隔操作性」という言葉でいうところが独特です。複雑な現実をより複雑にして説明しているようなものです。
 
思想家には複雑な現実を説明するのに自分のつくった新しい概念を用いる人がいます。これによって一見うまく説明できるようですが、結局複雑な現実をさらに複雑にしてしまっていることが多いようです。
これはベクトルが逆です。
私は複雑な現実をより単純化して説明するということをつねに心がけています。
 
吉本氏は最終的に、親鸞の思想をよりどころにしたようです。
思想家とか論客は、なんらかの思想をよりどころにしないとやっていけません。
宮崎哲弥氏は原始仏教をよりどころにしていますし、五木寛之氏は日本仏教をよりどころにしています。呉智英氏は論語です。橋下徹氏は新自由主義ないしは私がいうところの道徳原理主義です。
右派の論客は国家主義や愛国主義をよりどころにしていますが、これは思想というよりも「拡大された利己主義」というべきものです。
ちなみに私は、道徳観のコペルニクス的転回による「科学的倫理学」をよりどころとしています(これは「人間は道徳という棍棒を持ったサルである」という言葉でだいたい説明できています)
 
吉本氏の親鸞についての講演をまとめた薄い本があって、私も目を通しました(例によって難解ですが、親鸞とあれば私も一応チェックしないわけにはいきません)
その中に、「その思想の強度は、善悪についてどこまで掘り下げているかによって判断できる」という意味の記述がありました。
こういうところも吉本氏のあなどれないところです――というのは多少我田引水の評価かもしれません。
私は善悪について究極の解答を得たと自負しているので、私の思想の強度は最高だということになるからです。