芸能界を引退した島田紳助さんは、考えてみれば偉大な人でした。世の中の価値観にコペルニクス的転回をもたらしたからです。それは「おバカ」の発見です。
 
「クイズ!ヘキサゴン!!」で、バカな回答をするタレントが笑いをとっているのを見た紳助さんは、それらのタレントをおバカタレントとしてフィーチャーし、売り出しました。紳助さんがプロデュースした音楽ユニット「羞恥心」(つるの剛士、野久保直樹、上地雄輔)及び「Pabo」(里田まい、スザンヌ、木下優樹菜)は大人気となり、「おバカ」は価値あるものとなったのです。
 
それまでバカとは軽蔑されるものであり、私たちはバカにならないよう勉強し、またバカと見られないよう知ったかぶりなどをしてきたわけですが、そうした価値観が揺らぐことになったわけです。
 
もっとも、多くの人はそのことを認めたくないようです。当時、「日経ビジネスオンライン」に誰かがおバカタレントブームについて文章を書いていたのですが、それにつけられたコメントは圧倒的におバカブームを否定的に見ていて、まじめに勉強することのたいせつさを訴えるものでした。また今、「おバカタレント」で検索してみても、否定的な評価をする意見のほうが多く見られます。
 
もちろんバカか賢いか、知識があるかないかといったら、賢くて知識があるほうがいいのですが、それは人間を評価する物差しのひとつにすぎません。
おバカタレントはたいてい美男美女です。それに歌などの才能を持っています。性格も明るくて、好感度が高いです。おバカタレントはバカであっても、総合評価で高ポイントをあげているわけです。
 
さらに、おバカタレントは自己肯定感が強いのではないかと私は思っています。
人がおバカを好むのは、バカな発言などを聞いたときに優越感を味わえるということもひとつの理由です。人が優越感を味わうということは、その対象となる人のほうは劣等感を味わうことになるのが普通ですが、おバカタレントはそういうことがないようです。人に笑われても平気でいられるのです。この自己肯定感の強さに私たちは自分にないものを感じ、憧れを持つのではないでしょうか。おバカタレントの人気はそこにもあるのだと思います。
ちなみにオネエタレントも、オネエというのは社会的に低く見られますが、それをはね返すだけの強い自己肯定感を持っている人たちのような気がします。
 
私たちのほとんどは、学校において勉強ができるか否かという単一の物差しで測られ、そのことをずっと引きずり、劣等感を持たされてしまっています。しかし、その物差しは実社会ではそれほど役に立つものではありません。
たとえば、ダウンタウンの松本人志さんは、島田紳助さんとのトーク番組「松本紳助」において、自分は九九ができないということを語っていました。どうしても掛け算をしなければならないときは、足し算を繰り返すそうです。九九ができないというのは、学校の物差しではバカということになりますが、そんな評価にはほとんど意味がないということがわかります。
 
おバカタレントの活躍は、私たちの人を評価する物差しのつまらなさを教えてくれます。
 
最近テレビで目立っているおバカタレントは、鈴木奈々、坂口杏里といったところです。ローラもおバカのうちでしょうか。みんなおもしろくて、番組を盛り上げています。