「獅子はわが子を千尋の谷に突き落とし、這い上がってきた子だけを育てる」という話があります。もちろん現実のことではありません。この話は中国の故事で、獅子というのも想像上の生物です。しかし、私が子どものころは、ライオンが実際にそうしているかのように語られていました。あきれたものです。
ネットで調べてみると、逆にライオンが谷に落ちた子を救助する写真があったので、紹介しておきます。
 
「獅子は千尋の谷に落ちた子供を救助することが判明」
 
「麦は踏まれて強くなる」という話もあります。これは必ずしも間違いではありません。実際に「麦踏み」ということが行われています。麦は背が高くなると耐寒力が低下し、また倒れやすくなるということで行うらしいのですが、全国的に行われているわけではなく、外国ではほとんど行われていないようです。もちろん、農作物全般を見渡しても、芽が出たときに踏みつけるというは、たぶん麦だけです。
「麦は踏まれて強くなる」というのは、子どもをきびしくしつけるのはよいことだという意味でいわれるわけですが、そういう特殊なものを子育ての教訓にするのは疑問です。むしろ農業や園芸から得られる教訓は、幼い芽はたいせつに保護して育てるべきだということでしょう。
 
「鉄は熱いうちに鍛えろ」ということも、やはり子どもはきびしくしつけるべきだという意味でいわれます。しかし、鉄と人間にどんな共通点があるのでしょうか。「ダイヤモンドは長く寝かせるほど大きく育つ」ということわざに従ってもいいのではないでしょうか(この“ことわざ”は私が今つくったものです)
 
「ゾウは子どもを蹴ってしつける」(中村幸昭著)という本があります。この本のタイトルはどこかへんではないでしょうか。
「足蹴にする」という言葉があるように、人間において蹴るというのは悪いイメージです。しかし、四つ足の動物というのは、手がないわけですから、蹴るのはあたりまえのことです。
ただ、考えてみると、ゾウは長い鼻を手のように使うことができます。そのために悪いイメージの「蹴る」という表現を使ってもおかしくはないということでしょうか。
「ゾウは子どもを蹴ってしつける」というタイトルを見ると、ゾウが子どもをきびしくしつける様子などを描いた本だと想像されるでしょう。しかし、この本はそんな内容ではありません。ゾウだけでなくさまざまな動物の子育てを紹介したもので、それももっぱら親が子どもをいかにたいせつに、愛情を持って育てるかを描いた本です。つまり本のタイトルと内容が違うのです。
私も出版業界には多少詳しいので想像できるのですが、タイトルのよし悪しは本の売り上げを大きく左右するので、出版社はタイトルづけに必死になります。出版社は考え抜いた挙句、世間の人々に受けそうなタイトルにして、そのため本の内容とも違うし、著者の考えとも違うタイトルになってしまったのではないでしょうか。
 
 
子どもをきびしくしつけるのは人間だけです。
人間は自分の行為が自然に反していることを薄々感じています。しつけを正当化する理屈はいっぱいありますが、所詮は人間(おとな)が考えだした理屈です。そのため、なんとかして自然界にしつけの根拠を見出そうとして、現実でない話を現実だとしたり(獅子の子育て)、特殊な事例を持ち出したり(麦踏み)、人間となんの関係もないことを持ち出したりし(鉄の鍛錬)、さらには内容とタイトルの違う本を出版したりしているわけです。
 
人間がきびしいしつけをすることにはそれなりの理由がありますが、しつけという行為は、その時点ではするほうもされるほうも不幸です。子どもをしつけるのが楽しいという母親はいないはずです。
最近は家族の絆を第一とする価値観が広がっています。となると、しつけも見直す必要があるはずです。