「外人」という言葉と「外国人」という言葉は同じ意味ではありません。私たちはちゃんと使い分けています。
「外国人」というのはもちろん外国人の総称です。そして、その中に「外人」という言葉があります。「外人」というのは欧米系の外国人を指す言葉です。アジア人には決して使いません。
ですから、欧米から来た人は「外国人」とも「外人」とも呼びますが、アジアから来た人は「外国人」と呼ぶだけで、「外人」とは呼びません。
 
もっともこれは、日本が主にアジアと欧米とだけつきあっていたころの言葉づかいです。ですから、日本にくるイラン人がふえてきたとき、「イラン人は外人と呼ぶべきか」という問題が発生したわけですが、結局のところイラン人は「外人」ではなく「外国人」に落ち着いたようです。
また、アフリカからきた人も「外人」ではなく「外国人」となりました。
プロ野球界で黒人選手は「外人選手」と呼ばれますが、これは欧米から来た人だからです。
 
なぜ「外人」と「外国人」という言葉の使い分けがあるのかというと、日本人は欧米人を自分よりも格上と見なし、アジア人は格下と見なしているからです。欧米人には劣等感を持ち、アジア人には優越感を持っているともいえます。
日本人は目上、目下、あるいは先輩、後輩の区別にこだわります。それによって言葉づかい(敬語)もまったく違ってきます。
日本人にとって欧米人とアジア人はまったく違う存在なのです。ですから、言葉での区別も自然とできてきたのでしょう。
 
 
こんな日本人ですから、世界を見るときも、欧米と欧米以外を区別しています。それは当然、言葉づかいにも表れてきます。
たとえば「国際社会」という言葉は「外人」に当たる言葉です。
 
「世界」、「地球」、「海外」、「グローバル」などの言葉と「国際社会」という言葉は、違う意味で使われています。「国際社会」とは実は「(欧米中心の)国際社会」という意味です。
 
たとえば、地球温暖化は「地球的」、「世界的」、「グローバル」な問題です。「国際社会」の問題とはいいません(温暖化対策は「国際社会」の問題ともいいますが)
経済の問題も、今や欧米中心ではとらえられませんから、「世界経済」や「グローバル経済」という言葉が使われます。
ところが、政治的なことになると「国際社会」という言葉がよく使われます。それは世界の政治がまだ欧米中心に動いているからです。
 
ですから、「国際社会に貢献する」つまり「国際貢献」という言葉は、ほとんど「欧米に貢献する」という意味になります。
そもそも「貢献」という言葉は、朝貢、献上という言葉があるように、下から上へ、上の喜ぶことをするときに使う言葉です。
貧しい人や困っている人に対するときは、主に「援助」や「救助」という言葉を使います。
 
ですから、途上国を助けるときは「海外援助」といい、欧米によく思われたいと思ってするときは「国際貢献」というわけです。
 
このことにほとんどの日本人が無自覚です。そのため日本の外交はあやういものになっています。
 
たとえば、イラク戦争やアフガン戦争やテロとの戦いに日本も協力すべきだというとき、「国際貢献」という言葉が使われます。そして、「国際貢献」という以上、全世界に貢献しているような錯覚に陥ってしまいます。
しかし、実際のところ、イラク戦争やアフガン戦争やテロとの戦いは、欧米の価値観によって行われており、イスラム諸国に貢献することにはなりません。むしろ欧米が潜在的に持っている反イスラム主義に加担することになって、多くのイスラム国が持っている親日感情を害することになってしまいます。
 
 
ここで「宇宙人」の話です。
鳩山由紀夫氏は47日から9日にかけてイランを訪問し、同国のサレヒ外相やアフマディネジャド大統領と会談しましたが、このとき「IAEAは二重基準だ」などと発言したということがイラン大統領府のウェブサイトに載りました。鳩山氏は事実と違うと抗議し、その発言はウェブサイトから削除されましたが、大統領府の担当者は「発言は事実だ」と語っているそうです。
 
鳩山氏の今回の行動について、国内では二元外交だなどと圧倒的に批判されています。しかし、私は大いに称賛したいと思います。
 
まずIAEAやアメリカが二重基準なのは実際にその通りです。イランとイスラエルとで二重基準ですし、イランと北朝鮮とでも二重基準です。このことは誰も否定できないはずです。鳩山氏を批判している人たちは、二重基準について自分の意見を言った上で批判しておられるのでしょうか。
とはいえ、日本政府がそれを言ってしまうとアメリカが怒りますから言うわけにいきません。
かといって、アメリカに追随しているだけでは、イスラム国の民衆が反日感情をいだきかねません。
日本が石油の多くを輸入している産油国はたいていがイスラム国です。イスラム国の民衆が親日感情を持ってくれることは、日本の生命線でもあります(政権はいつ転覆するかわかりませんから、民衆の感情がたいせつです)
今回の鳩山氏のことがイスラム諸国でどの程度報道されているのかわかりませんが、ある程度報道されているとすれば、イスラム国の民衆は、日本人はやはりわかってくれていると思い、親日感情を新たにしたでしょう。おおいに国益に貢献したといえます。
 
日本政府とは別に鳩山氏が個人でイスラムの人々にアピールする発言をしたのは、ひじょうに巧みな外交です。アメリカの機嫌をそこねないようにしつつ、イスラム国の民衆の心をつかんだのですから。
 
しかし、日本のマスコミや知識人のほとんどはアメリカ追随一辺倒ですから、鳩山氏の行動を評価することができません。
 
文藝春秋の「日本の論点PLUS」というサイトには、「国際社会」という言葉が典型的な使い方で用いられていました。この論者は欧米だけが国際社会だと思っていて、グローバルな視点がないのです。
 
鳩山元首相は、持論の理想主義の発露からイランを訪問したというが、国際社会に誤ったメッセージを発信しかねない「二元外交」は明らかに国益を危くする。
 
なお、イスラエルがイランの核施設を攻撃する危機が迫っている現在、鳩山氏が行動を起こしたのは当然のことですし、日本の外交当局がなにもしていないことこそ批判されるべきでしょう。
 
それにしても、困ったのは日本の右翼や保守派まで鳩山氏の行動を批判していることです。
日本は日露戦争や太平洋戦争によって、欧米の植民地主義にしいたげられた人々の支持をえてきた歴史があります。これは日本の財産です。鳩山氏の行動を批判している人たちは日本の財産をなんと思っているのでしょうか。