石原慎太郎都知事がアメリカでの講演で、都は尖閣諸島を購入する交渉を進めていると述べたことが波紋を呼び、ネットの掲示板やブログなどでは賛同の声が相次いでいます。日本の右翼のレベルの低さには、つくづく情けなくなります。
 
都が購入してなにをするのかということがわかりませんが、それは措くとして、まず領土問題のプライオリティーが間違っています。プライオリティーなんて石原知事みたいにカタカナ語を使ってしまいましたが、要するに優先順位です。これは日本の右翼だけでなく世界各国どこの右翼も同じだと思いますが。
 
帝国主義の時代には領土の多寡は国力に直結していました。「満蒙は日本の生命線」なんていう言葉もありました。しかし、それははるか過去の話です。今、各国は金融、物流、通信の緊密なネットワークで結びついていて、シンガポールのような小国でも経済的、政治的に重きをなすことができます。日本にしても資源の少ない小国です。
尖閣だの竹島だの北方領土だのは棚上げにしておいて、たいした不都合はありません。
こういうことは一般の人々は直観的に理解しています。理解していないのは右翼だけです。
 
石原知事は、中国が尖閣の領有権を主張することを「半分宣戦布告みたいなものだ」と述べましたが、「宣戦布告」なんて今や死語です。右翼そのものが時代遅れになっています。
 
しかし、時代遅れになっても、右翼にはそれなりの勢いがあります。なぜ勢いがあるかというと、右翼思想というのは、なわばりを守ろうとする動物的本能に基づいているからです。
領土争いがなわばり本能と直結していることは明らかでしょう。人種差別、外国人差別、在日差別、移民排斥など右翼の主張はみな同じです。ですから、本能によるパワーがあるのです。
思想不在の時代に、動物的本能へ回帰する流れが右翼を勢いづけているともいえます。
 
しかし、やはりこうしたなわばり本能は、今のグローバル経済の時代に合いません。
動物的本能と経済合理性を天秤にかけ、理性によって正しく判断しなければいけません。
 
 
ところで、石原知事は16日に、報道陣に「面白い話だろ。これで政府にほえづらかかせてやろう。何もしなかったんだから、連中」と語ったということです。
 
これはアメリカでの発言です。わざわざアメリカまで行って、日本政府と東京都のみにくい対立を見せているわけです。こういうのは「国辱」といいます。
右翼というのは普通、こういう国辱には敏感なものですが、日本の右翼は違うようです。
 
それにしても、石原知事はなぜ訪米中に尖閣購入の発表を行ったのでしょうか。これは多くの人が疑問に思っているはずです。
 
そして、もうひとつの疑問は、なぜ今発表したのかということです。
というのは、地権者と購入金額で合意したわけではないのです。予想される土地の価格についてはいろいろな報道があります。金額が決まらないのでは、この話はどうなるかわかりません。また、国と地権者との賃借契約が来年3月末まであるので、実際の購入は来年4月以降のことになります。
つまり、どう考えてもこのタイミングで発表することではないはずなのです。
 
では、石原知事はなぜアメリカで、なぜこのタイミングで発表したのでしょうか。
私の考えでは、それは石原知事における対米コンプレックスに理由があります。
 
今回の石原知事の訪米はなにが目的だったのかはっきりわかりませんが、アメリカへ行った以上は、日本とアメリカに関わる問題について発言するのが当然です。
たとえば今の時期なら、北朝鮮がミサイルを発射したのはアメリカ外交の不手際ではないかとか、イランの核問題で原油価格が高騰しているのは日本にとって迷惑だとか、普天間基地問題とか、東京都の横田基地の軍民共用化とか、あるいはアメリカは中国より同盟国である日本をもっと重視するべきだとか、もちろん石原知事の考えは違うかもしれませんが、たとえばそういうことを発言するべきです。
なにか発言はしたのかもしれませんが、報道はありません。少なくとも報道に値する発言はなかったということでしょう。
 
石原知事はかつてソニーの盛田昭夫氏と共著で『「NO」と言える日本』という本を出版しましたが、これは反米的な内容だということで日米双方で大バッシングを受け、そのため石原知事は国政において力を失ってしまいました。それが石原知事のトラウマになり、以降、石原知事はアメリカにものが言えなくなってしまったのです。
 
今回の訪米でも、石原知事はアメリカにものが言えないという国士らしからぬ自分に直面することになりました。そして、それから逃れるために、中国にものを言う自分を打ち出したのです。
つまりこれは、心理学でいう防衛機制の「代償」に当たります。
 
こう考えれば、日中間の問題をアメリカで発表したこともわかりますし、まだ発表するタイミングでないのに発表してしまい、果たして購入が可能なのかもわからないし、金額はいくらなのかもわからないし、購入後になにをするのかもわからないという妙なことになってしまったのもわかります。
 
石原知事は福島の原発事故が起きたとき、自分は原発を推進してきた張本人なのですが、「津波は我欲の張った日本人への天罰」などと発言し、自分のことを日本人にすり替えてしまいました。これは心理学でいう「置換」です。石原知事はこうした心理学的操作が得意なようです。
 
アメリカにものが言えないので代わりに中国にものを言う“国士”と、それを持ち上げる日本の右翼。
日本のだめさを象徴する光景です。