「愛国心」は鬼っ子です。「愛国心」はとらえどころがなく、かつ暴走して世の中を混乱させたり、戦争を起こしたりします。
ということは、「愛国心」がわかれば、世の中の混乱や戦争を大幅に回避できるということでもあります。
 
2006年の教育基本法改正によって「愛国心」の教育が行われるようになり、国旗国歌が教育現場に混乱をもたらしています。しかし、教育基本法には「愛国心」という言葉はありません。また、国と郷土が同列に並べられています。条文を挙げておきましょう。
 
教育基本法 第二条の五 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。
 
この条文にとくに問題があるようには思えないでしょう。というか、単にきれいごとが並べられているだけです。
にもかかわらず、この条文を根拠とする「愛国心」教育がさまざまな議論を呼ぶことになりました。しかし、「郷土愛」教育や「他国を尊重する」教育が問題になることはありません。やはり「愛国心」は特別の存在なのです。
 
「郷土愛」と「愛国心」が異質なものであることは、多くの人が感じているはずです。「郷土愛」は自然のままに置かれていますが、「愛国心」は鼓舞され、義務化され、強要されています。
考えてみれば、郷土と国は別の概念です。
郷土と非郷土には区別がありません。私は京都市生まれで、京都人という意識がありますが、京都市と京都府とはそんなに区別しませんし、関西人という意識もあります。つまり、郷土愛というのは同心円的に薄まりながら広がっています。
しかし、国は国境によって画然と区別されています。「愛国心」も同じです。多くの日本人は韓国人や中国人と同じと見られると反発します。
国境はもちろん人工的なものです。ですから、「愛国心」も人工的なものということになります。
 
いや、そもそも「愛国心」は愛なのかということから考えないといけません。
「愛に国境はない」という言葉があります。これが正しければ、「愛国心」は愛でないことになります。
 
そうなのです。「愛国心」は愛ではないのです。
「愛国心」は実は「周辺国への敵愾心」なのです。それを「愛」という言葉で粉飾しているのです。
いや、粉飾というよりも、まったく逆のものにひっくり返しているのです。
これを正しくとらえるには、まさに認識のコペルニクス的転回が必要です。
 
「周辺国への敵愾心」がないと国の存続が危うくなります。ですから、どの国も歴史的に「周辺国への敵愾心」をつねに鼓舞してきました。
 
これはあくまで「周辺国への敵愾心」です。「外国への敵愾心」ではありません。また、排外主義とも微妙に違います。
たとえば、多くの日本人は中国は共産党の一党支配の国だからけしからんと考えています。しかし、ベトナムも同じく共産党の一党支配の国ですが、ベトナムはけしからんと考える日本人はほとんどいません。なぜならベトナムは周辺国ではないからです。
たとえばイギリス、ケニア、アルゼンチン、ウズベキスタンなどどこでもいいですが、日本の周辺国といえない国に対しては、日本人はまったく敵愾心を持っていません。
しかし、中国、北朝鮮、韓国、ロシア、アメリカなどの周辺国には強い敵愾心を持っています(アメリカについては敵愾心以外にも複雑な感情がありますが)
 
周辺国といざ戦争となったときに国民を動員するために「周辺国への敵愾心」は欠かすことができません。しかし、「周辺国への敵愾心」を露骨に表現すると、周辺国の反発を招いてマイナスになります。そこで、それを「愛国心」と表現しているわけです(仮想敵国を実際は想定していても、言葉では表現しないのと同じようなものです)
これは人類が長年かけて形成してきた文化で、誰もが深く思い込んでいるので、「愛国心」が「周辺国への敵愾心」にほかならないことに気づく人はほとんどいません。
 
ところで、「自国への本当の愛」は「周辺国への敵愾心」とバッティングします。「愛に国境はない」からです。ですから、「周辺国への敵愾心」を鼓舞するときは、「自国へのニセモノの愛」のほうがいいわけです。そこで利用されるのが国旗国歌です。国旗国歌を愛する格好をするのはニセモノの愛でもできます。
 
ここで教育基本法に戻ると、「他国を尊重」とか「国際社会の平和と発展に寄与」とかはきれいごとですが、「周辺国への敵愾心」は国家の存立に直結することですから、これだけが特別に重視されるわけです。
 
しかし、ヨーロッパでは周辺国と戦争をする可能性はほぼゼロになりましたから、そこでは「愛国心」すなわち「周辺国への敵愾心」を鼓舞することもほぼなくなりました。
 
東アジアでも戦争の可能性がなくなれば、「愛国心」を鼓舞することもなくなるでしょう。
もちろん「愛国心」をなくすことで戦争の可能性をなくしていくという戦略もありです。