5月6日、フランス大統領選では社会党のオランド氏が当選し、ギリシャの総選挙では与党が過半数割れしました。これについて朝日新聞では沢村亙ヨーロッパ総局長が『「罰する選挙」いつまで』という解説を書いていて、私はその「罰する選挙」という言葉に注目しました。
その解説から一部を抜粋しておきます。
 
新大統領誕生を祝う群衆で埋まったパリのバスチーユ広場で6日夜、若者が気勢を上げた。「サルコジをやっつけたぞ」。アテネで食事配給に並んでいた初老男性は「懲らしめねば大政党は変わらない。だから政治を一新してくれそうな左派政党に乗り換えたよ」。
政府債務(借金)の危機が深まったことで、欧州の選挙は政治家を「選ぶ場」から「罰する場」へとすっかり装いを変えた。それでもここまで政治家が嫌われた選挙は珍しい。
 
ギリシャ総選挙を伝える記事の中にも「罰する選挙」の実態を伝える部分があります。
 
「これはリベンジ(仕返し)だ」。前回選挙で連立与党の「全ギリシャ社会主義運動」(PASOK)に投票したクシノスさん(49)は「独立ギリシャ人」に一票を投じた。景気が悪く、レンタカー会社を解雇され、家族4人が月約400ユーロ(約4万2千円)で食いつなぐ。「国民に我慢ばかりを強いる連立政権に罰を与えたかった」
(中略)
空調技師のティレマコスさん(40)は、PASOK支持から、移民排斥や反欧州連合(EU)を掲げる極右「黄金の夜明け」に変えた。給与は半分になり、勤め先の同僚は20人から5人に減った。次は自分の番かもしれない。過激だからこそ政治の腐敗を一掃してくれると思ったという。「全部腐った政治家たちのせいだ。みんな刑務所にぶち込んでほしい」
 
ギリシャでは緊縮財政に対する国民の不満が高まり、それが与党を「罰する選挙」になった格好です。しかし、それまでの放漫財政で利益を得ていたのは国民自身でもあり、その政治を支持していたのも国民ですから、今さら与党を罰するというのは論理的にもおかしいのですが、不満が高まれば誰かを罰したくなるのでしょう。
 
「罰する選挙」といえば当然、日本の総選挙のことも連想されます。次の総選挙は間違いなく民主党を罰する選挙になるはずです。
かといって、自民党にも入れたくない、自民党も罰したいという気持ちの人も多いので、「大阪維新の会」が大幅に票を獲得しそうです。
しかし、これはあくまで「罰する選挙」で、罰することが目的ですから、「大阪維新の会」がどんな政治をしてくれるかということは関係ありません。そもそも「大阪維新の会」の力は未知数です。「罰する選挙」をやるたびに政治が劣化していくということは大いにあることです。
 
今や「罰する」ということは時代のキーワードかもしれません。
国歌斉唱のときの不起立教師が罰されることについて、教師に同情する声は意外と少なく、罰されるのは当然だという声のほうが多数です。それだけ人を罰したいという人が多いのでしょう。
とくに教師の場合は、同情されないのはしかたないかもしれません。というのは教師は生徒を、遅刻しただの校則を守らなかっただので罰する立場だからです。今、仕返しされていることになります。
 
犯罪に対しても「罰する」ということがどんどん強化されています。死刑を望む声、厳罰を望む声が多くなり、過失に対しても厳罰が求められるようになりました。
カントの倫理学によると、行為というのは動機において評価されるべきで、結果において評価してはいけないということになっていますが、今は危険運転致死傷罪というのがつくられています。わき見運転をしても、事故が起きないと無罪放免で、わき見運転をしたためたまたま大事故が起きると、その者は罰されるという法律です。つまり、動機ではなく(行為でもなく)結果において罰するという法律で、カント先生がこれを知ったらさぞや嘆かれることでしょう。
もちろんこんなおかしな法律ができたのは、過失でも罰したいという人がたくさんいるからです。
 
犯罪者を罰したい人というのは、犯罪者が罰されると、そこで満足してしまいます。ですから、犯罪者が刑務所に入ると決まった時点で、もうその犯罪者に対する興味を失います。しかし、ほんとうの問題はそこから始まるのです。その犯罪者は刑務所の中でどのようにすごし、改心したのかしないのか。また、出所してから保護司の援助のもとに社会復帰できたのかできないのか。ここがいちばん肝心のところですが、こうしたことはマスコミもまったくといっていいほど報道しません。
 
「罰する選挙」をする人たちも同じでしょう。政権与党を罰することが目的で、そのあとのことは考えていないはずです。
 
こうした「罰する時代」はどうなっていくのでしょうか。
幼児虐待をする親もやはり罰する人です。罰することがエスカレートして、わが子に大ケガをさせたり殺したりしてしまうわけです。「罰する時代」もどんな恐ろしいところに行き着くかわかりません。